2021 Volume 2021 Issue 8 Pages 151-155
東日本大震災による避難指示区域では,人間活動の低下によって野生動物による営農再開時の農業被害リスクが増加した.営農再開農地の孤立や集落機能の低下など当該地域特有の問題はあるが,農業被害リスク増加の構造自体は全国的に獣害が社会問題化した背景と同じであるため,有効な対策も一般的な総合対策であると考えられた.圃場への侵入防止技術として営農再開地域において選択されることの多い電気柵は,安価で高い防除効果を期待できる一方で,誤った設置方法で使用されることが多いことや,管理労力が大きい欠点があることを示した.他方,溶接金網柵は導入コストが高いが,管理労力の低さから営農再開地域におけるイノシシ用侵入防止柵に適していると考えられた.
東日本大震災を端緒として設定された避難指示区域では,住民避難と営農停止によって短期間のうちに広範囲で人間活動が低下した.このような環境下では野生動物の行動範囲が広がるとともに人間に対する警戒心が低下していく(図 1).例えば本来昼行性であるイノシシ(Hanson and Karstad 1959,Graves 1984,Robert et al. 1987,江口ら 1999)は,実際の野生下では主に人間の活動時間帯を避けるために(Hanson and Karstad 1959,Graves 1984,Boitani et al. 1994,上田・姜 2004)夜行性を示すことが知られているが(上田・姜 2004,江口 2008),避難指示区域内では他の地域より明るい時間帯の活動が多いことが示されている(藤本ら 2015).このような野生動物の行動の変化が,結果として営農再開における農業被害を深刻化させることが懸念される.この人間活動の低下による野生動物の活発化と,それに伴う農業被害リスクの増加という構造は,ここ数十年の間で全国的に獣害が社会問題化した背景と同じであり,容易には根本的解決には至らない.一方で,早期から被害が増加した他の地域の対策知見を参考にできるともいえる.
福島県浜通りおよび中通り地方の一部である営農再開地域においてリスクとして挙げられる野生動物は,同地域の農地周辺でおこなわれた自動撮影調査(藤本ら 2015)による哺乳類相(表 1)を見ると,最も大きな懸念はイノシシであろう.本来,営農再開地域を含めた東北地方はイノシシの自然分布域である.しかし,明治初期頃に生じた全国的な分布縮小傾向の中で,当該地域のイノシシも極めて限られた分布になっていたが,1990年代頃から生息数増加および分布回復の兆候がみられ始め,農業被害の微増傾向は 2010 年に至っても続いていた.すなわち,震災当時の当該地域にはイノシシに対する被害対策の知識や技術がほとんど普及しておらず,そのような状況で営農再開を進めなければならないというリスクも存在する.
獣害対策の基本は総合対策(江口 2013)である.すなわち,放任された果樹や竹林などの餌資源,草むらなどの遮蔽物といった野生動物の誘因を除去する“ 環境整備”,農地への侵入を制限する“ 侵入防止”,それでも農地へ接近する個体を捕獲する“ 加害個体駆除”で,これらを総合的におこなうことが重要とされる.もし被害対策がうまくいっていないならば,これらのうちどれかが欠けているか,機能していないか,順序を間違っている可能性が高い.またこれらに加え,ニホンザルなどの動物種によっては追い払いや電波発信機等による群れの位置把握が有効な場合がある.さらに,地域ぐるみで対策を組織化すると効率化する場合がある.
営農再開地域でも被害リスク増加の構造が同じである以上,全国的に推奨されている総合対策が効果的であると考えられる.しかし,当該地域では周囲が営農停止している中で孤立して営農再開しなければならない場合が多いため,野生動物が加害する対象が絞られることで,必然的に被害リスクが通常より高まる可能性がある.また,そのような場合には集落機能が存在しないことも想定されるため,対策の組織化は期待しにくい.このような生産農地の孤立や集落機能低下も全国的に起こっている事象であるが,被災地ではその程度が大きいと考えられる.したがって,対策方針は総合対策としながらも,圃場周囲の雑草管理などは他地域より厳密におこなわれる必要があり,侵入防止柵はより強固なものが適している.
野生動物に圃場へ侵入されて農作物を採食されることは,単に収穫物が損耗するだけに留まらず,侵入と採食の成功体験を与えることで次回の加害を助長することに繋がる.この点において侵入防止柵の運用は,被害対策上,非常に重要な要素といえる.このため,日本では歴史的にも圃場をシシ垣などと呼ばれる土塁や石塁,木塀で囲うのが常識で,これらの遺構は全国で見られる(高橋 2010).現代になると,余剰資材であるトタン板や漁網などを活用した柵や,ポリネットを用いた柵が使用されるようになり,やがて畜産分野で使用されていた電気柵の活用や建築資材を活用した溶接金網柵などが一般的になった.さらに大規模な侵入防止柵にはロール状の編込金網を金属支柱や木柱に固定するタイプの柵も見られるが,これを孤立営農で設置することや,集落機能が存在しない状況で維持管理していくことは現実的ではない.
営農再開地域で選択されやすいのは簡易な電気柵で,イノシシ用に 2 段張り,あるいは 3 段張りとしたものが多い(図 2).電気柵が選択されやすい理由は導入コストが安価であるためだろう.電気柵は,唯一,圃場へ侵入を試みる動物に対して積極的に嫌悪刺激(感電による痛み)を与えられるという点で優位性の高い柵であるが,いったん設置した後に十分な効果が得られる状態を維持するための維持管理コストが高く,使用環境によっては導入コストの低さという長所を相殺してしまいかねない.イノシシ用であれば最下段の電気柵線の地上高は 20 cm とするのが一般的であるため,この柵線に雑草が触れて漏電しないように,雑草の丈を 20 cm 以下のまま制御する必要がある.状況に応じて除草剤や防草シートの併用が望ましい.近年は防草シート一体型の電気柵が市販されるようになったので,これも選択肢に含められる.ただし,安価さを求めて選択されることが多い電気柵において防草シートなどの追加資材が併用されることはそもそも稀であるし,柵直下に防草シートを敷設するだけでは除草作業が不要になるわけではない点に注意が必要である.また,簡易電気柵は簡易であるがために設置方法の自由度が高く,十分な効果が期待できない設置状態のまま使われてしまいやすいという欠点もある.実際に,避難指示区域に隣接する地域における調査(藤本・竹内 2016)では,13 種類(表 2)の設置エラーが採集され,十分な普及指導がない場合,何らかのエラーが存在する割合は電気柵設置区間全体の 57% に上った.これらのエラーは一定の普及指導をおこなった場合には有意に低減できるが(図 3),単なる設置だけでは侵入防止効果が発揮されにくい.
溶接金網柵も営農再開地域では普及している.これは建築資材であるワイヤーメッシュと異形棒鋼を活用する柵で(図 4),イノシシ用としてはメッシュ目合い 10 × 10 cm 以下,線径 4 mm 以上のものを使用する.使用されるワイヤーメッシュは約 1 × 2 m のパネル状であるため,重機を使用しない生産者の自力施工が可能である.簡易電気柵より導入コストが高い代わりに耐久性が高い.ただし,成獣のイノシシが破壊できないほど耐久性が高いというわけではなく,破壊に要する労力が一定程度高いので十分に警戒心が高い状態のイノシシならば破壊を選択しないという原理で侵入を防止するものである.したがって,柵周囲の除草や餌資源の除去などを怠ったり,加害性を意識しないような不適切な駆除を繰り返したりすると警戒心が低い状態のイノシシが柵に触る機会が増加するため,柵として機能しなくなる場合があることに注意が必要である(図 5).しかしながら,簡易電気柵と比較する限りでは,漏電に対する配慮が不要であるため,雑草管理の労力は低い.また,簡易電気柵は柵線の高さや支柱の間隔を自由に変えられる点で設置の自由度が高いのに対して,溶接金網柵は資材を用意した後の自由度が低い.このため,設置エラーが比較的起こりにくい.営農再開地域におけるイノシシ侵入防止のためには適性が高いと考えられる.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.