2021 Volume 2021 Issue 8 Pages 165-171
東北地方最大のイチゴ産地である宮城県亘理町,山元町は東日本大震災によって大きな被害を受けた.筆者らは,震災直後から地元普及センター,試験研究機関,JA に協力し,イチゴ産地復興のための技術的な支援を行った.2012 年から復興庁・農林水産省の復興支援プロジェクト「食料生産地域再生のための先端技術展開事業,(先端プロ)」が岩手,宮城,福島で実施された.施設園芸分野では,山元町に 7200 m2 の高軒高ハウスが建設され,プロジェクトの拠点として専任の研究チームをおいて,新技術の実証や問題解決のための実験を行い,その成果を生産者に提供したり,地域の指導機関の活動に日常的に協力した.この地域では,地震と津波によってハウスが破壊されただけでなく,土壌に塩類が蓄積し地下水が塩水化したため,高設栽培の導入が必須と判断された.筆者らは技術の習得やノウハウの蓄積を効率よく進めるために,導入する高設栽培システムを統一することを提案し,その具体的な仕様として,独立プランター型の栽培ベッドとクラウン温度制御を採用したシステムを地域に提案した.イチゴ生産用ハウスが新しく建設され,2013 年 9 月から営農が再開された後は,地域普及センターが組織するイチゴ団地支援チームのメンバーとして,講習会の開催,定期的な巡回調査や生産者に対する技術情報の提供を継続的に行った.
宮城県の亘理町(北緯 38° 02’16.0”,東経 140° 51’09.3”)と山元町(北緯 37° 57’44.5”,東経 140° 52’39.0”)は,東北地方のなかでは日照時間が多く,比較的温暖であるため,昭和初期からイチゴ栽培が行われてきた.おもに単棟のパイプハウスとウォーターカーテンが利用され,栽培面積は約 100 ヘクタールであった.しかし,この地域は東日本大震災によって大きな被害を受け,イチゴ栽培面積の 98%が被災して栽培ができなくなった.筆者らは,イチゴ産地の再建をめざし,震災直後から地元の支援機関,研究機関,民間企業に対して技術支援を行った(田淵・岩崎 2014).宮城県や亘理町,山元町の行政組織,JA や生産者の一致団結した努力が実り,国の補助金等を活用したハウスの建設が実現し,2013 年 9 月から山元町(17.4 ha)で 52 生産者,亘理町(23 ha)で 99 の生産者がイチゴの生産を再開した(図 1).しかし,生産方法が大きく変わり(土耕から高設養液栽培へ,パイプハウスから大型鉄骨ハウスへ),養液栽培や環境制御技術の定着へ向けた地道な支援が必要となった.本稿では,宮城県南部のイチゴ産地の復興支援を目的とした調査研究の取り組みを紹介する(Iwasaki et al. 2019)
1.ハウスの建設とイチゴ生産の再開
筆者らは,地域の普及指導機関が中心となって組織されたイチゴ団地支援チーム(以下,支援チーム)の一員として,技術支援を行い,生産者へのセミナーや技術的なアドバイスを行ったり,生産者のハウスを訪問して技術的な問題点の解決にあたった.復興庁・農林水産省の復興支援プロジェクト「食料生産地域再生のための先端技術展開事業(通称先端プロ)」が 2012 年より岩手,宮城,福島で開始され,山元町に 0.72 ha の実証研究用ハウス(以下,拠点ハウス)が建設された.ここに専任の研究チームをおいて養液栽培,環境制御や病害虫防除の新技術を用いたイチゴ(2400 m2)とトマト(1700 m2)の生産実証と,移動ベンチや収穫ロボット,LED 補光など先端的技術のデモンストレーションを行った.野菜茶業研究所(現野菜花き研究部門)はプロジェクトの中心機関としてこれらの研究事業を推進しながら,その一方で,ここを拠点として地元の普及センタ,JA や研究機関に協力し,イチゴ団地に対して情報提供や栽培上の問題解決にあたった.
亘理町,山元町では,津波によってハウスが倒壊しただけでなく,土壌に塩類が集積し,地下水中の塩化ナトリウム濃度が高まっていることから,産地の復興には高設栽培が必須であると考えられた.当初導入費用が高額となることから両町とも高設栽培の導入には否定的であった.しかし,国の補助金を利用したイチゴ生産用のハウス建設が具体化して費用負担の目処がたったことから両町ともに高設栽培を全面的に導入することになった.ところで,イチゴ高設栽培システムは民間企業や県,JA などが開発した多数のシステムが国内に存在していた.多種多様なシステムの存在は選択枝が増える反面,栽培技術の共有や蓄積,栽培指導や問題解決を行う上で大きな障害となる可能性があった. 亘理町, 山元町では大多数の生産者が初めて高設栽培に取り組むことになるので,技術の習得/指導,トラブルの回避/対応を効率よく進めるために,導入する高設栽培システムを共通化することが重要と考えられた.筆者らはこの地域で導入するイチゴ高設栽培の仕様を統一することを地元 JA や普及センターなどに提案した.
2.高設栽培ベッドの標準化
最初に,全国のイチゴ研究者や技術者にアンケートに協力してもらい,高設栽培システムに必要な各種仕様を検討した.また,各高設栽培システムのマニュアルも提供してもらった.これらの情報をもとに,支援チームで協議を重ね,高設栽培システムの標準仕様を策定した.亘理町はこの仕様に基づいて高設栽培システムを設計して導入した.標準仕様の概要は以下の通りである.
1)各栽培ベッドは,長さ 0.75 m の発泡スチロール製コンテナを直線状に並べて構成する(図 2(a).栽培ベッドはコンテナ単位で物理的に分離されているので,土壌伝染病菌の拡散リスクが低減される.さらに,栽培ベッドの高さ調整が容易になり,高さを均一に維持することが容易となり,栽培ベッド内部に水が滞留して酸素不足となり根腐れを生じるリスクを低減できる.
2)各栽培ベッドには,補助的に加温を行うためのクラウン加温装置を設けた(図 2(b)).低温期にイチゴのクラウン部分を加温することで,生育が促進され,ハウス全体を加温するよりも燃料の消費量を削減できる(壇ら 2019).宮城県では,低温期に日中の気温が上昇しない日が続くことがあり,その場合根域の温度が低下し養分の取り込みが低下するので,根域加温が必要と考えられている.根域加温は熱交換パイプを培地内部に埋設し,温湯を循環させる方式が一般的である.しかし,栽培ベッドを発泡スチロール製コンテナで構成したため,0.75 m 単位で区切られているため,栽培槽内部に熱交換パイプを埋設配置することが難しいという問題があった.クラウン加温は,熱交換パイプを培地表面に敷設するだけなので,今回のような区切りのあるコンテナ製の栽培ベッドにも適用しやすい.クラウン加温は,イチゴのクラウンに接触するように培地の表面に熱交換パイプを配置して,通常,約 20 ℃の水を循環させる.冷却・加温いずれもできるヒートポンプ式のチラーを使用すれば,高温期(定植直後や春)は冷却運転でクラウン部分の温度を下げて花芽の分化を促進し,低温期には加温運転でクラウン部分を暖めて生育を促進する.亘理町で導入されたシステムは,コストを下げるため,灯油燃料式の温湯ボイラーを使用しており,加温のみで,冷却はできない.
3.イチゴ団地復興にむけての先端プロの支援活動
先端プロでは上述した拠点ハウスに専任研究チーム(スタッフ 10 名)をおいて,新技術の経営実証,先進技術の開発を行うと同時に,支援チームのメンバーとして,亘理町,山元町の個人生産者に対して栽培技術情報の提供や巡回指導,講習会をおこなった.例えば,用水の水質を調査し,水系別に培養液の pH 補正方法の情報を提供したり,クラウン加温システムの設定温度と気温,燃料使用量の関係を実際の生産圃場で調べ,効率的な使い方を提案した.
拠点ハウス内では,クラウン温度制御技術,CO2 終日施用を中心とした環境制御技術,IPM について実際にイチゴの生産販売を行いながら経営実証を進めた.新技術(可動式ベンチ(Hayashi et al. 2011),LED を用いた補光照明(Goto et al. 2019,図 3),うどんこ病抑制のためのUV-B 蛍光灯(Sugeno et al. 2019,図 4),クラウン温度制御システムなど)の実証実験を行った.以下に,研究チームが拠点ハウスで行った実験結果の一部を紹介する.
1)光合成促進のための LED 補助照明がイチゴ促成栽培の生育・収量に及ぼす影響
イチゴは秋にハウスに定植され,収穫時期は 11 月下旬から 6 月である.日射量の少ない低温期に果実肥大が進むため,日射量が不足すると,生育や収量が低下しやすい.そこで,LED を用いた補光の効果を調べた.実験は 2 種類行った.実験 1 では光の質(赤と青の光の比率)が生育や収量に及ぼす影響を調べ,実験 2 では, LED を設置する位置の影響を調べた.実験 1 では,LED ランプ(SFL 120 BR-ERx,青のピーク波長= 450 nm,赤のピーク波長= 660 nm,昭和電工製)を用いて,光質(赤と青の比率= 2:1,3:1,4:1,光合成有効放射束密度(PPFD)ベース)の異なる光をイチゴに照射し,実験 2 は,2 種類の光質(赤と青の比率= 3:1 と4:1)の LED ランプを 3 箇所(上方,中央,キャノピー下部)に設置した.
いずれの実験においても,ほぼすべての補光処理で対照より収量が増加した.実験 1 では,赤と青の比率が 3:1,4:1 の場合,2:1 の場合よりも収量が多かった.実験 2 では,対照と比較してイチゴの収量は約 10% 増加したが,LED ランプの設置位置や光質には収量に有意な差は認められなかった.補光によって総乾物重の増加は認められなかったが,葉のへ乾物分配量が減少し,果実への果実分配量が増加し,その結果収量が増加したことがわかった(表 1).LED ランプで補光すると,作物の高さや葉面積が減少した.これは,補光環境変化にイチゴが適応して形態的変化が生じ,葉を構成するために消費される光合成産物量が減少し,果実への分配量が増加した結果として収量が増加したことが明らかとなった.
2)UV-B 蛍光灯の照射でうどんこ病を抑制
うどんこ病は,イチゴの主要な病害の一つであり,殺菌剤抵抗性がつきやすいので化学的殺菌剤のみで防除することは難しい.UV-B ランプは,イチゴのうどんこ病に対する抵抗性を誘導することが報告されている.そこで,新型の UV-B 蛍光灯(図 4,パナソニックライティングデバイス株式会社)を用いて,うどんこ病を抑制する効果を調べた.実験 1 では,イチゴにUV-B(群落表面の光強度は 4.0 ~ 13.4 μW・cm-2)を定植時から栽培終了まで毎日 3 時間照射した.その結果,うどんこ病に感染した果実の数は,対照処理(無照射)と比較して 84.3%減少した.UV-B 照射(光強度 4.3 ~ 15.3 μW・cm-2)を週 4 日,1 日 3 時間照射したところ,感染率は対照と比較して 54.8%低下した(表 2).実験 2 では,毎日 UV-B 照射を行うことで,殺菌剤散布の頻度を減らすことが可能かどうかを調べた.その結果,毎日 3 時間の UV-B 照射(照射強度 8.0 ~ 18.8 μW・cm-2)を行う場合は,殺菌剤散布回数を 4 回(通常の散布回数は約 16 回)に減らしても,イチゴ果実のうどんこ病の感染率はわずか 0.1%であることがわかった.以上の結果から,うどんこ病の抑制に UV-B ランプを用いることで,果実のロスや殺菌剤散布のコストを大幅に削減できることが明らかになった.筆者らの実験では,イチゴの総収量は平均約 6 kg m-2 で,UV-B ランプを照射しなかった場合の感染率は約 13% となったので,うどんこ病による果実損失は約 0.8 kg m-2( 金銭的損失が約 880 円,2016 年日本のイチゴ卸売価格約 1100 円 kg-1)と試算された. UV-B 蛍光灯を設置すると,収量の損失量は 84%減少すると予想される(表 2).これは,年間 740 円 m-2 利益が増加することを示す.また,薬剤散布のコストは,年間 16 回の散布で 58.8 円 m-2,年間 4 回の散布で 10.4 円 m-2 となり,約 50 円 m-2 減少すると試算される.UV-B 照明の費用は約 600 円 m-2(1,000 m2 あたり60 球の場合,1 球あたり約 10,000 円)である.電球の寿命は 45000 h(1 年 10 ヶ月間,毎日 3 h の照射で使用した場合,5 年間の使用が可能).年間減価償却費が約 120 円 m-2,年間ランニングコストが 30 円 m-2 で,UV-B 蛍光灯を使用した場合の年間利益は 640 円 m-2 と試算された.
4.ICT を活用した生産者・技術者サポートネットワークによるデータ共有と相互支援
筆者らは生産現場での新技術の導入・定着に力を入れた.亘理町や山元町の生産者の多くは,イチゴの栽培経験は豊富だが,高設栽培の経験は少ない.また,近年は CO2 施用を中心とした環境制御技術も大きく向上している.導入した技術を産地全体に定着させるために,生産者間のコミュニケーションを促進し,栽培技術(例えば,環境条件の管理,生育,収量,作業量など)に関する情報交換・共有を進めた.試験的に 20 箇所のハウスに,環境データ(温度,湿度,二酸化炭素濃度)を収集し,Web サーバに保存する UECS(ユビキタス環境制御システム)環境モニタリング(星ら 2016)を設置し,生産者同士で環境情報の共有ができるようにした.
地元普及センターでは,環境制御の勉強会を開催した.「イチゴ団地の特性を活かした収益性向上と産地強化」と題したプロジェクトを立ち上げ,境制御技術の普及による産地の強化を目指した.プロジェクト初年目の 2016 年は,外部講師を招いた研修会や個別巡回により,環境制御に取り組む生産者の拡大を図った. 2017 年は,環境制御に取り組んだ生産者の手法を勉強会で共有し,相互研鑽を図った.現在は,これらの温室システムを全生産者への展開を目指しており,この試みをさらに進めるための「支援ネットワーク」の構築を進めている.
5.拠点ハウスにおける生産実証(半閉鎖環境下でのクラウン温度制御を利用したイチゴ生産の実証)
実験ハウスでは,換気開始温度を通常より高めに設定し,換気を抑えることよってハウス内の CO2 濃度と相対湿度を高く維持する管理環境(いわゆる半閉鎖環境管理)条件でイチゴの栽培実験を行った.2013 年~ 2016 年にわたり,0.24 ha の栽培区画で栽培実験を行った.いずれの年も供試品種は「もういっこ」として,クラウン温度制御は 10 月中旬から 3 月上旬までは加温運転,3 月上旬からは冷却運転とした.クラウン温度制御によってほぼすべての年,作型において収量が増加したが,2014 年の 8 月 10 日定植では,収量の差がみられなかった(表 3).この場合,第 2 花房の開花日,収量ともに有意な差は認められなかった.一方,8 月 30 日に定植した場合はクラウン温度制御により,第 1 花房と第 2 花房の間の葉数が有意に減少し,1 月と 12 月の収量が増加した.8 月 10 日に定植した場合は日長が長く,気温も高いため,クラウン冷却による花青誘導効果が打ち消された可能性がある.このことから,クラウン温度制御装置を設置した場合でも,定植日は日長や気温を考慮して設定する必要があることが示唆される.4 か年の栽培実験で,クラウン温度制御を行った場合の収量は5.6 ~ 8.7 kg m-2(この地域の温室での平均果実収量は約 4 kg m-2)であった.電気使用量は,2014 年が 6,155 Wh m-2(95.4 円,1 Wh = 15.5 円),2015 年が 6,071 Wh m-2(94.1 円)となった.ヒートポンプ,水槽,ポンプ,配管,制御システムを含めた導入費用は 1,280 円 m-2 であった.2 年間の実証調査の結果から,クラウン温度制御を利用することで,イチゴの収量が 10%以上,平均重量が 0.5 kg m-2 以上増加することが明らかとなり,クラウン温度管理システムを導入することで,収益を向上させることができることが明らかとなった.
震災によって大きな被害を受けた地域は野菜の産地であったので,著者らは震災直後から専門家として技術的な支援をするために現場を何度も訪問した.しかし,当時は何をしたらよいかわからず,手探りしながらできることを探してやっていた.そのような状況で先端プロが開始され,研究機関や企業が組織的に関わることができるようになり,様々な分野の多くの研究者が関わることができるようになったことは大きな意味があった.
プロジェクト終了後も地元普及センターをはじめとする支援機関,地元研究機関は継続して,産地復興の支援にかかわり,現在も環境制御技術や IPM 技術の普及に力をいれている.環境制御勉強会は,環境制御に関する情報提供と生産者同士のデータを見ながらの意見交換,いちごに関する栽培生理,管理方法の確認を行ってきた.現在は環境制御機器をグループで導入し,生産者同士の情報交換等が行われている.自宅から離れたところにハウスがあるため,ICT 技術導入によりハウス内の急激な温度変化等があった場合に生産者に直接警報が届き,緊急時にも即時対応できるようになっている.IPM 技術も普及が進み,天敵を利用したハダニ防除は生産者の 90% 以上に普及している.うどんこ病の発生抑制に効果の高い UV-B ランプの普及はここ 2,3 年で部会員の約 80 % まで普及した.これらの努力の結果,JA みやぎ亘理いちご部会の販売金額は震災前(2010 年産)と比較し,約 90% まで回復している.2020 年産の部会生産者は 197 名で反収は 4.4 tとなり,より集約的な生産へ変化しつつある.経営再開当初よりも管理技術に習熟し,積極的に養液管理を行っている生産者も多い.一方,建設から5 年以上経過し,ハウス内カーテンや,被覆資材の張替え等のメンテナンスが必要な時期になっている.経費負担は震災前のパイプハウスと比較するとかなり大きい.単収が向上している反面,維持経費が大きいため負担に感じている生産者も少なくはない.ここ数年,個別生産者の単収は 7 トンを超すところもあり,販売金額は 800 万(10 a あたり)を超える人もいるという.大玉,多収品種の導入や,環境制御技術の導入が,安定した生産を更に後押ししている.
震災復興のための支援は,実は震災前から課題となっていたことが震災によって顕在化し,そのための解決を進めていることに気づかされた.地域の課題解決に対して,地域や地元の支援機関,研究機関が果たす役割は大きく,一方で地域の外部の研究者,研究機関が直接できることは限られている.課題解決の方向を明確にし,地域や地元の支援機関,試験研究機関に継続的な支援をしたいと考えている.
本研究は復興庁・農林水産省の復興支援プロジェクト「食料生産地域再生のための先端技術展開事業,(先端プロ)」 の助成を受けたものです.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.