2021 Volume 2021 Issue 8 Pages 185-189
地震と津波,原発災害の影響を受けた福島県浜通り地域において,風評の対象になりにくい切り花の先端技術実証プロジェクトを実施し,トルコギキョウの周年生産を可能とする新たな生産技術を開発した.閉鎖型育苗装置による短期間で均質な苗生産,軽労化と効率生産を可能とする NFT 水耕栽培とその病害対策,省力化と熟練生産者レベルのハウス管理を実現するトルコギキョウの光合成モデルを核とした複合環境制御システム,冷却と加湿の分離が可能なダクト式パッドアンドファン,蕾収穫を可能とする着色ムラ防止剤などである.これらの技術を組み合わせることで,同地域の慣行が年 1 作であったものを,作付け開始時期を問わない年 3 作の栽培を可能にした.この技術を導入した複数のハウスでの栽培による出荷時期を分散させた周年栽培体系を設計し,実証した.新たな担い手による当技術体系の普及と,個別技術の慣行土耕栽培への適用が期待される.
2011 年に発生した地震と津波,原子力災害によって福島県内の花き生産は大きな被害を受け,切り花全体の作付面積は震災前 2010 年の 540 ha から 479 ha に減少した.同県の主要品目の一つであるトルコギキョウの出荷量は 633 万本から 471 万本へと 25.6%減少した.これは主要産地の飯舘村と川俣町山木屋地区が原子力災害に伴う避難指示区域とされたために作付けが困難となった影響が大きい.同品目の作付面積と出荷本数は 2015 年に若干増加したがその後は減少が続き,2019 年は震災前 2010 年と比較して作付面積が 84%,出荷本数は 59%となった.トルコギキョウの全国の作付面積と出荷本数の同年次間の比較はそれぞれ 93%と 91%であることから,福島県の減少幅は大きく,全国的に進む高齢化や後継者不足に加えて,避難指示の解除が進んでも営農再開が困難であったことが推察できる.一方,東京市場における震災前 2010 年と後 2011 年の切り花全品目の年平均価格は 62 円から 59 円に約 5% 低下した中で,福島県産の宿根カスミソウとトルコギキョウは前年度よりも上昇したことから,非食用である切り花については風評の影響を受けにくいことが示された.こういった状況から,農水省・復興庁が実施した「食料生産地域再生のための先端技術展開事業(先端プロ)」のなかで,福島県では花きの課題が設定され,農研機構花き研究所(当時)が代表機関として「周年安定生産を可能とする花き栽培技術の実証研究」を 2013 年度から 2017 年度まで実施した.当課題は福島県の放射性物質の影響が懸念される地域における多様な経営体の収益性向上に貢献する技術体系の構築と実証を目的として,雇用労働による法人経営等を想定した「大規模水耕栽培によるトルコギキョウの高品質周年生産システムの構築(実証地いわき市),パイプハウス等簡易施設での家族経営を想定した「トルコギキョウと低温開花性花きの組み合わせによる効率的周年栽培技術の確立」(実証地南相馬市),水田などとの複合経営を想定した「露地電照栽培を核とした夏秋小ギク効率生産」(実証地新地町)で構成された.ここでは「大規模水耕栽培によるトルコギキョウの高品質周年生産システムの構築」で開発したトルコギキョウの新たな生産技術について紹介する.
福島県浜通り地域は内陸部と比較して冬季の日射量が豊富で温暖であり,西南暖地よりも夏の高温期間が短いため,施設園芸に適した気象環境である.また同地域は社会経済的な諸事情から,自治体や会社組織等によって栽培施設に一定の投資をした上で,雇用労働を前提とした花き生産経営体が新たに成立する可能性がある.このような背景の元で,福島県の主要切り花の一つであるトルコギキョウについて,周年生産可能な技術体系を構築することを目的とした.トルコギキョウは在圃期間が長く,連作には土壌消毒が必須のため同地域の慣行栽培は 1 圃場については年間 1 作であった.これに対して我々は年間 3 作することを目標とし,ハウスを 3 つに分けてそれぞれ 3 作することによって年間 9 回,ほぼ周年での出荷を目指した.1 ハウスで年間 3 作するためには平均の在圃期間は 17 週間,年間 9 回の定植のためには 5 週間ごとに一定形質の苗生産を可能とする必要がある.我々はこれらを可能とする効率的な生産技術および,花形質の環境応答や光合成特性に基づいた環境調節システムを開発した.
トルコギキョウは種子が微細なことや,播種から本葉展開 2 対まで 2 ヶ月以上かかることもある上,温度や水分条件によって節間伸張しない「ロゼット」状態となる場合があるため,生産者は細心の注意を払って自ら育苗するか,苗生産会社から購入する.トルコギキョウの育苗は必要に応じて遮光や冷房または加温によってハウスの環境を調節して行うが,天候や季節変動によって一定形質の苗を計画的に育てるのは困難である.そこで我々は,10 ℃ 5 週間の種子冷蔵処理後に人工光閉鎖型育苗装置を用い,ロゼットしない本葉 2.5 対以上の苗を 5 週間で得るための条件を明らかにした.育苗温度については明/暗期ともに 27.5 ℃,明期長は 20 時間以上,光合成有効光量子束密度は 100 ~ 125 μmol・m-2・s-1 程度である(福島ら 2018, 2019).人工光閉鎖型苗生産システム「苗テラス」(三菱ケミカルアグリドリーム㈱)を用いて本条件で苗生産が可能なことを実証したが,庫内の風と乾燥を回避するためにプラスチック製のカバーでセルトレーを被覆する必要があった.トルコギキョウは種子が極微小で,発芽に光が必要なために覆土しないことから,苗の成長は種子周辺の微気象の影響を強く受ける.斉一で効率的な苗生産のためには,制御設定値以外にも装置の温湿度調節の仕組みや気流の強さ等に配慮する必要がある.そこで,庫内の気流が極弱く湿度調節が可能で LED を光源とする新たな育苗庫を開発した(揖斐川工業㈱).新規育苗庫ではカバーが不要になり作業時間が大幅に短縮できた他,成苗率も高位安定化した.
年間 3 作を可能とする前提として,生育促進効果が高く,改植の際の殺菌処理が簡易な水耕栽培を選択した.1/60 ~ 1/80 の傾斜を付けた高さ 80 cm 前後の栽培ベッドの底部を,養液が薄く流れ循環する葉菜用の NFT(Nutrient Film Technique)水耕栽培システム「ナッパーランド」(三菱ケミカルアグリドリーム㈱)を改造して用い,固化培地で育苗した苗をパネルの穴に定植する.最長 20 m の栽培ベッド 7 本を1ブロックとして 500 L の養液タンクから連続して養液を送り続ける.定植密度は出荷本数と品質に影響するため日射量に応じて調節する必要がある.栽培ベッドを移動可能として通路を最小限にできれば面積当たりの生産量を飛躍的に増加できる.また栽培ベッドが高設されているため,慣行では長時間地面にしゃがみ込んで行う定植や芽整理作業の労働負荷が大幅に軽減されるメリットも大きい.レタスなどの栽培期間がひと月未満なのと比較して,トルコギキョウは 3 ~ 4 か月と長いうえ,当該水耕システムは養液循環型のため,水媒介性の Pythium 属菌による根腐れ病と,Fusarium 属菌による立枯病が発生するリスクがある.我々は Pythium 属菌に対しては「ユニフォーム」(シンジェンタジャパン㈱),Fusarium 属菌に対しては「ベンレート」(住友化学㈱)の 2 剤について水耕栽培で初めてとなる農薬登録を実現した(佐藤・福田 2016,2019).使用方法を守って適切に殺菌剤を使用することで,病害による損失を軽減できるようになった.もとより,施設周辺の菌の分布が確認された土壌表面を被覆すること,清浄な原水を使用すること,ハウス内に病原菌を持ち込まないこと,改植時に養液タンクや水耕ベンチ,パネルの洗浄と消毒を行うなど,耕種的防除の徹底が不可欠である.また,定期的に養液中の Pythium 菌の有無を選択培地や LAMP 法で調査し,発病前に養液交換等や薬剤散布等の対策を行うのが有効である(Feng et al. 2018).具体的な手順は「トルコギキョウ水耕栽培における水媒伝染性病害対策マニュアル」( 農研機構 2018b) として公表している.
夏の日中の高温は施設園芸の周年安定生産を阻害する重大な課題である.当プロジェクトにおいて,トルコギキョウの花品質に係る花弁数への気温の影響を詳細に解析し,花弁を増加するのに有効な温度帯と生育ステージを明らかにした(Kawakatsu et al. 2018).また,湿度条件がトルコギキョウの光合成や生育に及ぼす影響を明らかにし(牛尾・福田 2017,2018).これらの知見を基に,植物を濡らさずに夏は冷房,夏以外の季節は加湿できる「ダクト配風・正圧方式のパッドアンドファン」(揖斐川工業㈱)を運用した.外気が 35 ℃の条件でも遮光と組み合わせるとハウス内を 30 ℃程度に冷房可能で,夏の切り花品質が向上する効果が認められた.また,同システムはトマトなどの大型植物を栽培しても群落内に冷気を供給することが可能で慣行のパッドアンドファンと比較して施設,群落内の温度ムラが少ない.さらに,日射熱を吸収した温室内空気が湿潤パッドを通過するように内気循環させ,同時に設定室温以上で天窓が開放するように制御すると,気温を低下させない加湿が可能で,作物は全く濡れない.導入コストやファンの消費電力は慣行のパッドアンドファンよりも同システムは 1.5 倍程度割高だが,夏秋期の冷房と冬春期の加湿装置として周年で運用可能であり,品質や収量の向上が期待できる.
ハウスの環境制御については,省力化と熟練生産者レベルのハウス管理の実現を目指して,トルコギキョウの光合成パラメーターを組み込み,日射量と二酸化炭素濃度から光合成同化量を最大化する気温となるように換気窓の開閉や暖房の運転などを自動制御するシステム「DM-ONE Lis.」(㈱ダブルエム)を開発した.熟練した生産者が窓や暖房機など機器ごとに個別に設定値を入力して管理する慣行と 1 年間比較を行った結果,自動制御によって慣行と遜色のない生産物が得られることを確認した.さらに,エネルギーコストも慣行と同等になるようにプログラムを修正した.当システムは気温や湿度,日射量のデータをリアルタイムで確認でき,スマートフォンなどで遠隔地からの制御も可能である.また,定植ブロックごとに品種や定植日,発蕾日,出荷開始終了日の記入が可能なことから,データを蓄積し後の計画や管理に反映できるなどメリットが多い.
キクやバラは蕾のうちに収穫して流通させるが,トルコギキョウは開花してから収穫しないと本来の花色にならず,蕾の緑色が残って着色不良となることが知られている.我々は蕾で収穫したトルコギキョウ切り花にジャスモン酸メチルを処理することで,花弁の着色ムラを解消し本来の花色に開花させる技術を開発した(Mizuno et al. 2017,水野ら 2018).この技術は「花きの着色ムラ防止剤」として登録され(特許第 6617008 号),2020 年度中に商品が発売される予定である.冬季の在圃期間の短縮や,輸送コストの圧縮などへの活用が期待される(農研機構 2019)
これらの技術を用いて㈱いわき花匠は約 40 a のハウスで 2014 夏から国内外で初めての実経営規模での水耕栽培によるトルコギキョウの周年出荷技術の実証栽培を開始した(写真).2016 年 6 月定植分から 1 年間に 3 回作付け 9 回出荷の目標を達成し,経済性の評価も実施した.いわき花匠は,先端プロが 2018 年 3 月に終了した後も水耕栽培によるトルコギキョウの周年生産を実施していたが,2019 年 10 月の台風によって農場が浸水し 5 か月ほど営農停止状態に陥った.多方面のご協力といわき花匠の奮闘により復旧し,2020 年 4 月からはスマート農業実証プロの実証現地として協力していただいている. 今後はさらなる生産の安定化と計画出荷の精度向上を通じて,スマートフラワーチェーンを担い得る生産技術体系の確立を目指したい.ここで紹介した個別技術の多くは土耕栽培でも活用できる.トルコギキョウ周年生産のための新技術カタログ集(農研機構 2018a)として公表しているので参考にしていただきたい.震災の影響を受けた地域をはじめ,トルコギキョウ生産技術の進展に役立つことを願っている.