2021 Volume 2021 Issue 8 Pages 211-230
福島県の被災地域では大規模水稲生産法人のほか,風評被害を受けにくいハウス農家を中心に営農再開している.生産者は避難に伴う転居先から生産現場まで距離がある「通い農業」の状態にあり,加えてハウスや耕地が分散していることが多いため,生産現場を頻繁に訪れることが難しい.一方,生産者は情勢の変化に応じて新しい換金作物への取り組みも始めている.このような実状に対応するため,営農形態の変化に応じた柔軟性のある遠隔監視システムが求められている.しかし,市販の遠隔監視システムは通年での契約を想定しており,育苗期間など短期利用には高価である.そこで,我々は Web API を有する市販 IoT プロトタイピング・キットとメッセージングアプリによるハウス遠隔監視システム「通い農業支援システム」を考案し,営農再開地域のハウスで多くの作物に対して実用試験を行った.本システムは温度,湿度,土壌水分,画像データ等に加えて,取得データの統計値やグラフを通知でき,データ通知のエラー率 1% 未満,温度の精度約 ± 1 ℃で運用できた.また,生産者が必要な間隔でデータを得て遠隔地の管理作業の要否を判断できるなど,実用性・有効性を確認した.
2011 年 3 月の東京電力福島第一原子力発電所事故により,周辺地域に放射性物質が拡散し,福島県では避難指示が行われ営農が制限された.その後,放射線量に応じ避難区域が見直され,避難指示が解除された地域では営農が再開されている.
営農再開地域では,住民の帰還率が低いことによる担い手不足や,花きや園芸作物といった風評被害を受けにくい新たな換金作物(以下,新規作物)の導入に対して,スマート農業技術による支援が行われている.たとえば,南相馬市小高区では複数の営農組織が出資を行って大規模水稲生産法人を設立し,ロボットトラクタを導入するなどスマート農業に取り組むことで限られた人員で省力化を図っている(農林水産省 2019).新規作物導入の事例としては,浪江町で NPO 法人が大型ハウスでのトルコギキョウ生産するにあたり,市販のハウス遠隔監視システムを導入して栽培1年目の初心者と熟練者が環境データの共有を行い,初心者が栽培管理法の指導を受ける取り組みが行われている(安田ら 2019).また,中山間地である川俣町山木屋地区では,町内の生産者らによって川俣町ポリエステル培地活用推進組合が設立され,ハウス環境制御機器が備わったハウスで近畿大学の支援のもとにアンスリウムを生産し,切り花として出荷している(川俣町役場 2019).これらのロボット技術や環境制御技術といったスマート農業技術による生産者に対する支援が行われている一方で,生産者が営農再開時に利用するハウスの多くは既存の機械化されていないハウスである.
南相馬市小高区の水稲育苗を例にとると,生産者は営農再開当初は一時的に避難先の既存ハウスを借り,ハウスから 30 分以上離れた耕地でトラクタ等による管理作業を行っていた.その後,避難先から帰還し,帰還場所に新しく複数棟の育苗ハウスを建設したものの,担い手の減少により管理作業を行う耕地は被災前より広く,ハウス建設後も依然として耕地からハウスまでの距離は遠いままである.耕地での管理作業中に,天候によっては急激に気温が上昇することもあるため,しばしばハウスに戻って温度を確認してハウスの側窓開閉の判断を行わざるを得ない.しかし,遠隔でハウスの温度を確認することができれば,育苗に必要な管理作業要否の判断が耕地で可能なため,ハウスの遠隔監視技術が求められた.
一方,営農再開が進むにつれ,南相馬市小高区では新規作物として既存の水稲育苗ハウスで春まき・秋まきタマネギの育苗が始まったほか(根本 2018),川俣町山木屋地区でもイチゴの苗生産など新規作物に取り組む例が出てきた.これらの園芸作物のハウス栽培においても,同様のハウス遠隔監視技術が求められている.ハウス環境データの遠隔監視が実現すれば作業の判断を離れた場所で行うことができるため省力化につながる.さらに,新規作物に取り組む際に,温湿度や土壌水分データを取得することで栽培管理の履歴として次年度にも利用できるなど,ハウスの遠隔監視の利点は大きい.
ハウス環境データを取得する遠隔監視システムは数多く市販されている(映像情報編集部編 2018).市販システムは生産者が求める水準よりもデータ取得間隔は多頻度であり,取得エラーの少ない安定したシステムをベースに,農業現場での利用を想定して防水・防塵機能を備えている.このようなシステムの多くは営農再開地域の生産者が求める 2 万円の価格帯を大きく超えており,水稲育苗や新規作物栽培時の試行といった短期間での利用では仮に興味を持っていたとしても手軽に試すことができない(根本ら 2020).このため,短期間の利用を想定し農業用途向けの耐久性を犠牲にしてでも,低コスト化したハウス遠隔監視システムを構築する必要がある.農業における環境情報を遠隔で取得する研究開発はフィールドサーバ(深津,平藤 2003))に始まり,KOSEN 版ウェザーステーション( 吉田ら 2016) や UECS(星 2007,中野ら 2018)などがある.フィールドサーバはやUECS は農業者が自作し管理することを前提としたオープン・フィールドサーバ(平藤ら 2013)のように製品の仕様が公開されており,既にキットや完成品が市販化されている.また,UECS はパッケージ化されたプラットフォームが提供されており,環境機器制御メーカー各社が対応機器を市販化している.生産者が導入コストを低く抑えることを求める場合はこれらのキットを購入し自作することが予想される.その一方で,生産者自らがスマートフォンと連携する農業用途以外の市販機器を組み合わせて遠隔管理システムを構築する動きも出ている(曽田 2019).市販機器の組み合わせは前述のハウス遠隔監視システムより低コストかつ導入が容易であるものの,新しい製品が市販化されない限り機能を利用者が追加することは難しい.営農再開地域では,短期間の利用を想定した低コストかつ導入の容易さが不可欠である一方で,営農再開が進むにつれて生産者が被災前から生産している作物から新規作物に取り組むことで変化する現場のニーズに応じ,測定可能な環境データの追加やデータの可視化などの機能追加が容易な拡張性が必要となる.
このため,低コスト化と導入の容易さに加え機能追加が容易な拡張性を備えたハウス遠隔監視システムを構築することを目的に,ホビー向けの IoT プロトタイピング・キットと総称される安価な製品群に注目した.従来の Arduino 等のプログラムを用意してセンサデータの取得やモータなどを動作させる安価なマイコンのほか,近年メーカー側が設定用アプリケーションやネットワーク経由で制御するためのクラウドサービスを用意することで,簡便に IoT 機器を試作することができる商品が開発され販売されている.これらの中でも Seeed 社の Wio Node は,耐久性は担保されていないものの実際の農業現場に転用可能と思われるセンサが既に市販化されており,キットにあらかじめセンサをセットしておけば,スマートフォンでデータ取得用の Web API(HTTP からはじまる URL を用いてサーバ側のアプリケーションを実行する仕組み)を用いてセンサデータを取得できる(野中ら 2019).また,データの閲覧については,既に広く普及しており,メッセージを通知するための Web API が用意されているスマートフォン用のメッセージアプリである LINE の利用を検討した.本研究では,IoT プロトタイピング・キットのデータ取得用 Web API と,メッセージアプリの通知用 Web API を連携させる簡便なシステムを構築することで,導入の困難さと拡張性にかかる問題の解決を図ることとした.
IoT プロトタイピング・キットを用い,生産者に必要な温度等の環境情報を取得できるようにした遠隔監視システムの農業現場への適用事例については,水稲育苗施設内の蒸気式催芽機へ適用することで庫内および水温を測定し,スマートフォンへ温度データを通知できることが報告されている(野中ら 2019).これは主に施設機械への適用を試みたものであり,水稲育苗ハウス内のデータは得られてはいるものの,精度や信頼性などの運用上の評価や他の施設園芸ハウスなどへの展開はされていない.また,当該研究は農業法人において専任の担当者らが 10 分や 30 分の通知間隔で送られてくる数値データを逐次確認して利用することで機械の稼働が正常か否かを判断するものであった.一方,本研究で対象とした営農再開地域の生産者は主に 1 名が作業の合間に数値データからデータのトレンドを把握して管理作業の要否を判断する.このため,データ通知間隔は 30 分から 1 時間程度で問題ないものの,日平均値や日最大・最小値といった統計値やグラフによる可視化が求められた.そこで本研究では,主に花きなどの園芸作物を対象に,市販の IoT プロトタイピング・キットを利用して生産者が管理作業に必要なハウス環境データを簡便に取得できる安価なハウス遠隔監視システム「通い農業支援システム」を構築した.営農再開地域で通い農業やハウスと農地が分散した営農を行う生産者にシステムを導入して,実用性・有効性を検討した.また,営農再開が進むにつれて変化する導入生産者のニーズに合わせて「取得データの統計値計算」や「グラフ化」の機能を随時追加した.
1.ハウス遠隔監視システムの構成要素
本研究で構築したハウス遠隔監視システムは市販の Web API が用意されている機器を連携させることでデータの取得,通知を行う.「データ取得:ハウス内に設置する Wio Node およびセンサ」,「データ通知:生産者のスマートフォンへ通知するメッセージアプリケーション」,「データ処理:生産者の自宅や事務所に設置しプログラムを定期実行する Raspberry Pi 3B+」の3つで構成した(図 1,表 1).
現地ハウス内に設置するマイコン(Seeed 社, Wio Node)は,製品化の前に実働する試作機を早期に制作する手法である「プロトタイピング」向けに普及している安価な Wi-Fi 付きモジュール(Espressif Systems 社,ESP8266)を搭載しており,アナログセンサやデジタルセンサだけでなく I2C や UART 通信形式のセンサを 2 つ利用できる.本システムでは Wio Node で利用することが想定されている Seeed 社のセンサを用いた.Wio Node は iOS, Android 搭載スマートフォン向けに設定アプリケーションが用意されており,本体の登録とセンサの指定を行うことで自動的にセンサ用ドライバに相当するプログラムが書き込まれ,データ取得用 Web API が利用できるようになる.設定した本体 1 つにつきアクセストークン(ユーザーを識別するための文字列)が 1 つ与えられ,アクセストークンを含んだ URL をデータ取得用 Web API にリクエストすることで JSON 形式(データの名称とデータ値の組み合わせの形式)のセンサデータ値を得ることができる(図 2).また,アクセストークンを含んだ URL は後述するプログラムで利用した.
加えて, 現地ハウス内にはカメラ付きマイコン(M5Stack 社,M5Camera) を設置した.M5Camera は Wio Node と同様に Wi-Fi 付きのマイコンである. 今後,市販ネットワークカメラにおいても画像データ取得用 Web API が用意されることが予想されるため,データのダウンロード・アップロードが可能な Web API が用意されているオンラインストレージ(Google LLC, Google Drive)を利用し,API を介して画像の一時保存と取得をできるようにした.M5Camera には定期的に写真を撮影しオンラインストレージにアップロードするプログラムを書き込み実行した.本部分の詳細については今後別稿で報告する予定である.
生産者へのデータ通知はメッセージアプリ(LINE 株式会社, LINE)を用いた.このメッセージアプリは個人アカウント向けに LINE Notify というメッセージ通知用 Web API を提供している.LINE Notify の PC 向けページにアクセスし,個人の LINE アカウントでログインすることで,メッセージを通知する自分のアカウント,あるいはグループ(複数のユーザーで構成することができるチャットルーム)を指定することでメッセージ通知用 Web API のアクセストークンを入手することができる.試験では,生産者がデータを共有したい関係者だけでグループを作成し,センサデータ値をメッセージ通知用 Web API にポストすることでそのグループにデータを通知することとした.
データの取得やメッセージの通知などの処理には教育用マイコンである Raspberry Pi 3B+ を用いた.Raspberry Pi 3B+ は Web API を用いたプログラムを作成する都合上,HTTP 通信が簡易に行える Python プログラムを定期実行できる環境並びに,市販のノートパソコンに比べ消費電力が少なく 24 時間稼働させることができる環境が必要であることから Raspberry Pi 3B+ を選択した.データ取得用 Web API からセンサデータ値を取得してメッセージ通知用 Web API に送ることでセンサデータ値を通知した.センサデータ値は CSV 形式のテキストファイルとして Raspberry Pi 3B+ に保存し,必要に応じて統計値(日平均値や日最大・最小値)やグラフ化などを行った.なお,プログラムの定期実行には Linux OS に標準搭載されている「crontab」コマンド(設定したスケジュールに従ってプログラム等を定期実行してくれるコマンド)を利用した.
2.ハウス環境情報を生産者に通知するために作成したプログラム
遠隔監視を行うプログラムは「データ通知プログラム(リトライ機能付き)(図 3)」,「データ統計値およびグラフ通知プログラム(図 4)」,「画像通知プログラム」の 3 つを作成した.なお,データ通知プログラムに関しては先行研究(野中ら 2019)を参考とした.
データ通知プログラムでは,データ取得用 Web APIリクエスト後にデータが取得できなかった場合,5 秒後に再実行するようにし最大実行回数は 3 回とした.また,API サーバ側で返してくるエラー理由を生産者に通知することでメンテナンスを促すようにした.取得したデータは CSV 形式で Raspberry Pi 3B+ に保存するようにした.加えて,生産者が自ら修正して利用することを前提に可読性を重視したプログラムとし,アクセストークン部分とデータ名を変更し,センサが増えた際は何を追加すればよいかわかるようにした.なお,今回はプログラムの処理時間を測定するために time.perf_counter 関数を使い,データ取得からデータ通知までの時間を測定できるようにした.
データ統計値およびグラフ通知プログラムでは,データ通知プログラムで保存したデータを読み込み,データ通知日を基準として任意の期間(図 4 ではデータ通知日前日の 0 時からデータ通知日の 24 時まで)のグラフを通知できるようにした.統計値に関しては 10 分間隔の瞬時値データから日最大値・日最小値を算出し 60 分間隔の瞬時値データから日平均値を算出した.なお,グラフ化には python 向けの Matplotlib ライブラリ,統計値の計算には Pandas ライブラリを利用した.
3.現地での設置方法とセンサの保護
本来室内での利用が想定されている IoT プロトタイピング・キットを使用するため,電源の確保や現地での設置や事前の電子基板の保護は以下のように行った.現地に設置した Wio Node は Wi-Fi を利用するため消費電力が大きく,バッテリーで長期間動作させることが難しい.また,ハウス内であっても電源とセンシングしたい場所が離れていることが多い.一般に I2C などの通信方式のセンサは基板上で利用することが前提となっているため,センサに付属するケーブルを延長して使用することができない.このため,100 V 電源を電工ドラムなどで延長してコンテナボックスに入れて物理的に電源を延長し,電源に接続した USB-AC アダプタから電源用の USB ケーブルを延長して利用することとした.予備試験では 0.5 sq のシールド線を用いて USB 延長ケーブルを作成すると約 25 m の延長でも問題なく動作可能であったが,入手性を考慮して市販の 5 m の USB 延長ケーブルを使用することとし,同ケーブルでの延長は最大2本までとした.電線が細くなるほど,電線を延長するほど出力電圧 5 V からの降下が生じるが,Wio Node への供給電圧は,動作電圧の 3.3 V 以上が必要であるため動作には問題ないと判断した.100 V 電源が無い場所では 50 W のソーラーパネルと 12 V 36 Ah のディープサイクルバッテリーを組み合わせて太陽光発電システムを作成した(図 5).なお,パネルやバッテリーの容量については予備試験を行い,Wio Node 2 台とモバイルルータ 1 台が現地で問題なく動作することを確認し,仕様を決定した.
Wio Node とセンサはハウス内であっても環境変化による結露が予想されるため,現地で利用するためには基板の保護が必要であった.電子機器を入れることを前提とした防水バッグ(Aquapac 社, Wire Through Case S)は市販価格約 7,000 円と高価であり,短期間での利用を目的に簡易かつ安価に済ませるために市販のジッパーバッグに入れた.ケーブル,センサを通すため角をカットし,自己融着テープや絶縁ビニールテープでセンサ出入口を塞ぎ,現地試験に供した(図 6).
温度センサを用いてハウス温度を測定する場合は,日射の影響を低減させるために市販品の日よけ(R.M.Young, MODEL 41303 など)を模した自然通風式放射シールドを自作し,その中に温度センサを設置した(図 7).自然通風式放射シールドは市販の鉢皿(大和プラスチック(株),鉢皿サルーン 1 号,直径 65 mm ×高さ 15 mm)を 4 枚使用し,鉢皿の間には 15 mm 分のプラスペーサを入れて 4 つの鉢皿をねじ止めして作成した.また,精度の高い温湿度データが必要となった場合は,自作できる強制通風筒 NIAES-09S(福岡ら 2019)を用い,Wio Node に接続する供試センサに対する基準センサとしてメーカー校正済みの SENSIRION「SHT15」を搭載した温湿度センサ(ONSET 社,HOBO Pro v2 U23-002A)を設置した.また,基準センサのすぐ上部にマイコンに接続する温度(温湿度)センサを供試した.供試センサは Maxim Integrated 社の「DS18B20」を搭載した防水温度センサ(Seeed 社,One Wire Temperature Sensor)と SENSIRION 社の「SHT31」を搭載した温湿度センサ(Seeed社, Temperature & Humidity Sensor SHT31 v1.0)をそれぞれ用いた(図 7).
土壌水分センサ(Seeed 社,Grove Moisture Sensor)は,基盤上の電子部品が結露によりショートすることを防ぐため,RTV シリコーンゴムスプレーをプローブ以外の基板上の電子部品に塗布して乾燥させることを 2 回繰り返した後,自己融着テープで保護した.ポットで利用した場合のみ土中に埋め,その他の試験ではプローブだけを灌水チューブ近傍の土中に約 4 cm 差しこんだ(図 8).
Wi-Fi ルータはモバイルルータを 2 種,100 V で動作し停電復旧時にも自動で再起動するホームルータ 1 種の合計 3 種を用意し,マイコン等を設置するために要したコンテナボックスに設置した.なお,SIM カードは格安 SIM と呼ばれる 3G/4G の携帯電話回線を使用できるもの(BIGLOBE モバイル3 ギガプラン,NTT ドコモ)を用いた.
4.遠隔監視試験の試験条件と目的
2019 年 4 月から 2020 年 8 月まで営農再開地域のハウスで水稲育苗だけでなくアンスリウムなどの園芸作物に適用した(表 2).まず,試験を行ったハウスの設備について述べる.Run1 から Run5 はミストによる自動灌水装置のみを備えた水稲育苗ハウスで行った.Run6 は灌水装置のほか強制換気装置と自動カーテン装置が自動化されている 3 連棟のアンスリウムハウスで行った.Run7 では自動灌水装置のほか自動側窓開閉装置と自動カーテン装置を備えたイチゴ育苗ハウスで行った.
試験前に生産者にヒアリングしたところ,作業の合間にハウスの状況を確認したいことが多く,データのトレンドを知りたいため 30 分間隔や 1 時間間隔の通知を求められた.しかし,生産者によっては毎時にデータが来ることは煩わしく感じることもあるため,Run1 ~ Run3 では指定時刻のみの通知とした.指定時刻は生産者が水稲・タマネギ育苗の期間において,日中の急激な気温上昇と夜間の著しい温度低下に対応するために必要と考える時刻であった.このため,Run1 ~ Run4 では水稲・タマネギ育苗ハウス群利用時に問題なくデータが取得できるのかを確認するための実用性の検討を行った.
収集する環境データの種類と目的は,作目や生産者によって大きく異なる.例えば,同じハウス内という条件であっても,水稲育苗では高温障害の回避のため日中の最高気温の情報や早朝の急激に上昇する温度情報,アンスリウムでは花の変色に繋がる出荷調整中の温度履歴の情報,園芸作物では灌水作業の要否決定に土壌水分の情報が必要となる.また,市場や民間の種苗会社との契約栽培では,生産環境の履歴に基づく指導を受けるため,履歴情報の保存が重要となる.このため,取得データのグラフ化による可視化や統計処理,写真データの表示ができるようにし,Run7 で試行した.
センサは実証試験地の生産者の求めに応じセンサを選定し, 主にこれまで生産者がホームセンター等で購入して使用していたデジタル温度センサを置き換える形で必要な場所に設置した. Run1 ~ 3 では水稲育苗ハウスでの水稲育苗,タマネギ育苗であるため,低温障害や高温障害を防止することを目的に育苗箱や育苗トレーの上部(生産者がこれまで設置していた高さ)にハウス内気温測定用温度センサを設置した.また,苗近傍の温度を測定するために育苗シートと育苗箱の間に温度センサを設置した.Run5 ではポット栽培の香酸カンキツ(スダチ,カボス)を水稲育苗ハウス内で越冬させるために必要な条件を調べることを目的に,ポット近傍のハウス温湿度(地上から 60 cm),ポット地温を測定するためにそれぞれ温湿度センサ,温度センサを設置した.なお,本報告ではハウス温湿度データのみ取り扱い,詳細は別稿で報告する予定である.Run6 では熱帯作物であるアンスリウム栽培であるため,主に作物体の冬季の低温障害の防止と低温による切り花の変色を防ぐことを目的に,ハウス内の栽培エリアと出荷調整を行うエリアの 2 か所に温度センサを設置した.Run7 ではイチゴの育苗に生産者が初めて取り組んだため,複数の種類のセンサを設置し,ハウス内温度測定用に温湿度(地上から 120 cm),育苗プランターの培地温度,培地の土壌水分,照度(強制通風筒上部),CO2 濃度を測定した.
ハウス遠隔監視システムの有効性の検討は生産者にヒアリングを行うことで主に Run6,Run7 について行い,センサ精度の評価は Run5,Run7 でのデータを用いた.また,導入コストの試算には Run1 ~ Run4 および Run6~ Run7 の事例を用いた.
1.データ通知エラー率とその要因分析を通じたシステム実用性の検討
Run1 ~ Run4 の南相馬市小高区での水稲・タマネギの育苗を対象に安定的にセンサデータが取れる条件を検討するために,使用機器やプログラムを変更することによるデータ通知のエラー率の変化を確認した(表 2,表 3).エラー率はデータ通知プログラムで得たデータの内,何らかのエラーによりセンサ値が得られなかった場合を「エラー」とし,エラー数を取得データ全体の数で除して求めた.例えば,温度センサが12 個ある場合一回のデータ取得で 12 個の温度データが得られるが,3 個がエラーで取得できなかった場合エラー率は 25% とした.
まず,モバイルルータ製品による違いについて Run1 では AC785 を用い,Run2 では MR05LN を用いて比較した(表 3).Run1 では AC785 を用いたところエラー率が最も高く 26% であった.4/30-5/2 までは通信障害とみられる原因不明なエラーがあったため,この区間を除外してもエラー率は高く 16.5% であり約 6 回に 1 回はデータを通知できないため,実用上問題があった.しかし,Run2 では Mr05LN を用いたところエラー率は 0.3% まで落ち,実用上問題ないレベルでデータを通知することができた.なお,11/8-11/11 はデータ処理用 Raspberry Pi 3B+ の Wi-Fi ルータの電源を誤ってオフにしてしまったため除外した.このため,選択したモバイルルータの Wi-Fi 側の安定性によってエラー率が大きく変化したと考えられる.また,導入生産者からは Run2 では Run1 に比べエラーがほとんど無く,確実に温度を確認することができたとの評価を得た.このため,Run2 では必要とする水準で通知できたと考えられる.
Run1 のエラー率が著しく高かった主な原因は AC785 の安定性が低かったことが考えられるが, 3G/4G 携帯電話回線の混雑についても検討を行った.Run1 における通知時刻によるエラー数の変化(表 4)を確認したところ,除染作業員等の復興に関わる業者が休憩を行う 12 時や夕方は特にエラーが多い傾向にあった.地区は異なるが,川俣町山木屋地区で営農再開後に生産者に対してスマートフォンのデータ通信の混雑についてヒアリングしたところ,「2018 年現在は解消されているが,営農再開直後は除染作業員が休憩を行う時間帯はスマートフォンでのデータ通信が混雑していた」とのことであった.
エラー率の原因とは異なるが, Run1 で試験機材を設置に行った際,現地ではスマート農機が数多く動いており Wi-Fi の 2.4 GHz 帯のうち Band1 を発する機器が数多く存在していた.Wio Node は設定時に Band1 を用いることから,現場で Wio Node の設定をすることができないほど Wi-Fi によるデータ通信が困難であった.このため,Wio Node を設定する際は現場ではなく事前に行うことが望ましい.
Run3 では電源復帰時に自動で電源が入らないモバイルルータを利用していたが,停電からの電源復帰時に自動で電源が入る家庭用ホームルータ(Home L01)に変更し,データ通知プログラムもデータが取得できなかった際に再実行するようにした. また, Wio Node と温度センサは水稲育苗ハウス群 6 棟にそれぞれ 2 つ設置し,合計 12 個設置した.また,Wio Node に関しては,ハウス 6 棟の内ハウス 1・2 と 3・4 は太陽光発電システムでそれぞれ動作させ,ハウス 5・6 は 100 V 電源で動作させた.なお,Home L01 は 100 V 電源で動作するためハウス 6 に設置した.ハウス 6 棟全体のエラー率は 7.6% であったが,ハウス 1・2,ハウス 5・6 ではエラー率は 0 であった.ハウス 3・4 のエラー率が高かった原因は,太陽光発電システムのバッテリー不良があり,途中で交換したためデータを取得できない期間があったためである.なおそれ以外の期間のエラーは 0 であった(表 3).
Run2 のようにモバイルルータで安定動作すれば生産者にとって必要な情報がエラー無く取得できると言えるが,営農再開地域は大雨等による瞬間的な停電が多いため,100 V 電源が使えるのであれば停電後の電源復帰時にも自動で電源が入るホームルータの利用が望ましい.
Run4 では 1 分間隔でデータ通知プログラムを実行することとした.1 分間隔とした理由は,日平均値や日最大値・日最小値といった極値は一般にデータの間隔が短いほど精度よく測定できるためである.ただし,データ取得間隔が短いと Seeed 社の API サーバ(図 1)からデータを取得できないことがあるため,1 回でデータを取得できない場合は 5 秒待機した後に最大 3 回まで繰り返すこととした.また,データ通知プログラムでデータ取得を試みた際に API サーバ側で特定のエラーを返してくる場合は,データ取得の再実行を行わずエラーメッセージを分類して保存するようにした(図 3).表 5 中のエラー原因の表記に関しての詳細を以下に述べる.「OFF」は Wio Node がネットワークにつながっておらずメーカーサーバ側で Wio Node がオフラインであると判断した場合に通知される.「TIME」はサーバ側で Wio Node がオンラインであると判断したものの,データ取得に時間がかかりすぎてデータを取得できない(Time Out)と判断したものを表した.「BLANK」は API サーバ側の不調が原因でセンサ値を空白で返してきた時,あるいはデータ通知プログラムの実行に時間がかかり 1 分間隔での実行をスキップしてデータの欠損が起こった時を表した.なお,「FWUP」は Wio Node の設定に用いるアプリ上で選択したセンサと異なる場合に通知され,「UNK」は不明なエラーがあった場合に通知される.また,これらすべてに当てはまらず 3 回実行したにも関わらずデータを取得できなかった場合を「FAIL」とした.試験期間である 6/3 から 6/13 までの 11 日間のデータ取得を行ったが,6/6 のみ日中のデータ取得ができなかった(表 5).エラーログを確認したところ,BLANK の値が大きく API サーバの不調が原因でセンサ値を空白で返してきたためデータを取得できなかったことがわかった.それ以外の期間のエラー率は 0.5% 前後であり,6/6 を除いた全期間のエラー率は 0.4% であった(表 3).このため,今回の条件では 1 分間隔でも問題なくデータの取得が行えたと判断した.
しかしながら,今回作成したデータ通知プログラム(図 3)は各センサに対してデータ取得を並列に行うわけではなく,1 つ目の温度センサから順番にデータ取得を実行するため,取得するセンサ値が多いと 1 回のデータ取得にかかる時間が増える.例えば 1 つのセンサ値の取得にエラーが 2 回起こり API サーバへのアクセスを 3 回実行したとすると,少なくとも 10 秒間の待機時間がかかることとなる.このため, Run3,Run4 のように 12個の温度センサ値を取得するには最大で 120 秒間の待機時間が必要となり,1 分間隔での通知は行えないこととなることが危惧されたが,実際にはデータ取得実行回数が 3 回のものは少なかった(表 5).ただし,Wio Node がネットワークにつながっているにも関わらず「OFF」や「TIME」のエラーが出たこと,そして 1 回の実行時間が長かったため 1 分間隔での実行をスキップしてデータの欠損が起きた「BLANK」のエラーがあったことから,プログラムの実行からデータ通知完了までの時間を Run3,Run4 で比較した(表 6).プログラムの実行からデータ通知完了までの平均時間は通知間隔が 1 時間の Run3 と 1 分の Run4 ではほぼ同じであり,実行間隔を短くしてもデータの取得までの平均時間は変わらないことが確認された.また,Run3 では実行に最大で 54.1 秒かかっており 1 分を下回っていたが,Run4 では最大で 91.9 秒と通知間隔である 1 分を上回っていた.このため,Run4 の条件でよりエラーを減らすには通知間隔を 1 分ではなく 2 分以上にすること,あるいは1 つのデータ通知プログラムで 1 回に取得するデータの数を減らすか,各センサのデータ取得を並列に行うようにプログラムを修正することが考えられる.ただし,メーカー側のデータ取得用 Web API の提供は,現在は無料のサービスであり,短い間隔でのデータ取得やデータ取得プロセスの並列化による API サーバへのアクセスの集中や通信量の増大は想定されていないことは留意すべきである.
2.導入生産者からのヒアリングを通じたハウス
遠隔監視システム有効性の検討
Run6 ~ Run7 ではハウス環境データの通知,Run7 ではこれに加えて画像通知,データ統計値と環境データのグラフ通知を行った(図 9).導入生産者へヒアリング調査を行い,本ハウス遠隔監視システムの効果について以下のことが明らかとなった.
まず,本システムの導入によりハウスの見回り時間が削減された.アンスリウムは熱帯作物であるため,温度管理が重要であり冬季の作物体の低温障害と低温による切り花の変色を防ぐだけでなく夏季の高温障害にも対応する必要がある.夏季は午前 9 時から 16 時までの間,冬季は管理作業を行う日中は 1 時間に 1 回程度の見回りが必要であるとのことであった.見回りの時間については,隣接するハウス・圃場からの移動を要する場合は往復 4 ~ 6 分,生産現場から離れた居住地からの移動を要する場合は往復 1 時間 20 分ほどの時間が必要となる.前者は,隣接する生産現場にいたとしてもスマートフォンで確認できるため見回り時間を削減することができた.後者に関しては,冬季に利用する暖房設備は軽度な地震の揺れ(震度 2 程度)を検知し停止してしまうため,生産現場から離れた居住地から確認に行くのは大きな負担であったが,遠隔でハウス温度を確認し暖房設備が停止しているか否かを判断することができることがわかり,生産者の見回り時間の削減につながった.
その他の効果として,暖房機の効率的な利用が可能になった. 本システムを導入する前はハウスの温度を目視で確認しつつ,定時にハウスの開閉作業や暖房の「入・切」作業を手動で行っていた.本システムを導入することでハウス温度の履歴が自動で保存されるため,温度変化を確認しながら,タイミングを見計らいこの作業ができるようになった.
Run7 のイチゴ育苗では,初めてのイチゴ育苗であったため複数のセンサを設置したものの,主に土壌水分の管理に注意を払っていた.このため,自動灌水装置による灌水以外にも手動での灌水を追加で行う必要があった.生産者が土壌水分センサ値と目視等によって判断した土壌水分量を対応させることで土壌水分センサ値の推移を適宜確認し,必要な時に灌水を行うことができた.このようなデータに基づいた管理を行うことで,新規参入であった導入生産者がベテラン生産者と同程度の苗数を生産できた.
最後に,データ通知のみを行った Run1 から Run3 の水稲育苗,タマネギ育苗においては以下のことが明らかになった.本システムの導入後,生産者はハウス温度データに基づきハウス温度を予測し,側窓の開閉作業を行うようになった.また,タマネギ育苗はこれまで導入生産者らが行っていた水稲育苗と異なる時期に行うため,ハウス内の温度管理や灌水タイミングが難しい.加えて,試験地である南相馬市小高区は日照時間が長いためハウス内が低温になることは少ないが,Run2 では試験期間中に台風があり例年とは異なる低温が続いた.しかし,導入生産者はハウス温度データに基づいて栽培管理ができたため,周辺の生産者に比べ良質な苗が生産できた.このため,生産者からは本システムを用いたことで良質な苗が生産できたとの評価を受けた.
以上のことから,これまで生産者が必要としていたものの取得することができなかったハウス温度などの環境データを生産者が得ることができるようになったことで,管理作業の要否の判断を生産現場から離れた場所で行い,栽培に生かすことができたことがわかった.
3.センサ精度の検討
Run5,Run7 の試験にて強制通風筒を用いて供試センサ(DS18B20,SHT31)値(測定値)基準温湿度センサ(SHT15)値(基準値)と比較することで精度を検討した(図 7,図 10).供試センサの種類に問わず測定値と基準値は線形に近似され決定係数も高かった(図 8).しかし,湿度センサに関しては線形近似式の切片が大きく,低湿度条件ではセンサ値は基準値よりも高くなり,器差が大きかった.先行研究では本試験で用いた基準温湿度センサである SHT15 を用いて,低相対湿度条件で器差が大きいことが同様に報告されており(星ら 2016),同じメーカー製であるため基準センサだけでなく供試センサの両方が持つ特性と考えられる.また,今回の試験では基準センサ(SHT15)と供試センサ(SHT31)の素子は同じメーカーのものであり,メーカーが公表している精度は両者ともに ± 2%RH である.しかし,供試センサはあくまで IoT プロトタイピング用であるため,センサ素子に装着する専用の保護フィルタが存在しておらず,フィルタの有無に違いがある.このことも同一メーカー同一精度のセンサ素子であっても,それぞれに異なる誤差が生じていると考えられることは留意しておくべきである.
また,基準センサは電池で動作するため,2 ヵ月で 3 分ほど実際の時刻より時間遅れが生じる.そのため, 図 11 中の破線に示す通り基準値と測定値の差を時系列で並べると基準センサの測定開始日より後になるにつれて器差が大きくなった.このことから器差を正確に評価するために日平均値・日最大値・日最小値の統計値での差を確認した(図 12).なお,平均温度は毎正時の平均値,最高最低温度は 10 分毎の極値とした.平均温度,最低温度の差はほぼ ± 0.5 ℃以内に収まり,最高温度の差も一部高いところもあったが概ね ± 1 ℃であった.これは設置した強制通風筒の位置が低く, 地面からの放射による影響を受けたと考えられる.水稲育苗ハウスの強制通風筒は地上部から 60 cm と低かった.また,イチゴ育苗ハウスでは地上部から 120 cm のところに設置したものの,作業通路の確保からプランターの乗った作業台の上部に強制通風筒の吸い込み口を設置せざる負えず,これに加えてイチゴの親株が生長するにつれて葉が繁茂したため実際には作業台から吸い込み口までの距離は 60 cm 以下であったと考えられる.なお,図 12 中の欠損値については,実験時のミスにより 1 月 14 日の夜から 1 月 15 日の午前までの期間は測定を行っていなかったためその区間は除外した.また,イチゴ育苗ハウスでは大雨による停電があったため,その区間は除外した.
メーカーが公表しているセンサ素子精度は SHT15 では ± 0.2 ℃,DS18B20 では ± 0.5 ℃,SHT31 では ± 0.3 ℃であった.また,本試験を行ったハウスでは従来市販のデジタル最高最低温度計を用い,最高温度・最低温度を基準に作業をしていた.このため,± 1 ℃の器差であれば許容範囲であると考えられる.今回の試験で想定している育苗期間などの短期間(3 ~ 4 ヵ月間)では温度センサは ± 1 ℃の精度を保っており,実際の農業現場で生産者が利用しているセンサ精度からも実用上問題の無い精度であった.
4.導入コストの試算
1 機器当たりの導入金額である総額の物財費に対応してハウス 1 棟の 1 年間当たりの物財費(以下,1 棟 1 年費用)を試算した(表 7).なお,試算にあたり 100 V 電源の有無とハウス棟数を考慮した.
まず,南相馬市小高区の事例を基に,水稲育苗ハウスでの利用(Run1-Run4)を想定し試算 1 から試算 3 を行った.試算 1 では 100 V 電源のあるハウス 1 棟での利用を想定し試算したところ,1 棟 1 年費用は,21,290 円となり,データ通信に用いる SIM カードの利用料金が最も高い割合を占めた.試算 1 では,ハウス 1 棟にデータ通信に必要な SIM カードと Wi-Fi ルータをそれぞれ 1 つずつ枚利用しているが,Wi-Fi ルータは複数棟での利用が可能である.そこで,ハウス 6 棟で利用することを想定し試算 2 を行った,複数棟で利用することで SIM カードの利用料金が減り,1 棟 1 年費用も 8,890 円まで低下した.この金額は生産者が期待する 1 機器あたり 20,000 円(根本ら 2020)を大きく下回った.
試算 1,試算 2 については,ハウスに 100 V 電源があることを前提に費用を算出したが,試算 3 では,試算 1 を基に 100 V 電源が無く太陽光発電システム一式を電源として利用した場合の 1 棟 1 年費用を試算したところ 38,290 円であった.試算 1 に比べ導入コストが高くなるため,将来的に灌水の自動化なども検討するのであれば,100 V 電源を契約した方が安価となる.
試算 4 では,川俣町山木屋地区のアンスリウムの事例(Run6)から試算を行った.他の事例と異なり,ハウス環境制御設備を備えたハウスである.このため,ハウス内に複数のコンセントがあり,100 V 電源延長資材である「その他」の項目が不要となるため 1 棟 1 年費用は 20,000 円を下回った.ハウス設備によっては 100 V 電源の延長にかかる物財費用を抑えることが可能であった.
試算 5 では川俣町山木屋地区のイチゴ育苗ハウスの事例(Run7)から試算を行った.試算 4 の事例と異なり暖房以外の環境制御装置を備えたハウスで,将来的に施設園芸を行う上で必要なセンサを備えた場合の 1 棟 1 年費用は約 7 万円であった.この価格は市販の温湿度センサ・日射量センサ・定点カメラを備えたハウス遠隔監視システム(S 社)と同程度の価格帯であるが,自作することで CO2 センサや土壌水分センサなどの複数のセンサと温湿度を精度よく測定するための強制通風筒を備えることが可能であった.ただし,本研究で用いたハウス遠隔監視システムは農業用途に求められる耐久性を犠牲にして低コスト化しているため,センサは使い捨てとなることは留意すべきである.最後に,本試算で 1 つ留意すべき点がある.試算時に選定した Wi-Fi ルータは安価に手に入るホームルータを選択した.ホームルータは停電復帰時に自動復帰するため,自動での復帰が行われない一般的なモバイルルータよりも安定性は高い.しかし,3G の携帯電話回線に対応しておらず,4G の携帯電話回線の対応周波数帯も少ないため,川俣町山木屋地区の山間部ではデータ通信ができなかった.この場合は,山間部でも使用できる周波数帯に対応する高価なモバイルルータを使用するしかないため導入コストは高くなる.
5.耐久性の検討
設置したWio Node は,ジッパーパッグによる防水を施したところ,全ての試験区で試験期間中問題なく利用できた.しかし,通年で利用しないハウスに試験後約 9 ヵ月間放置したところ,日射と高温に晒されることでジッパーバッグが劣化により破けることがあった.一度設置した後は一般に機械のメンテナンスを行う農閑期や,あるいは次の作物で利用するまではそのまま設置することが多いと予想される.このため,生産者が長く利用したい場合は設置場所に関わらず耐久性の高い高価な防水バッグの利用が望ましい.また,耐久性とは異なるが,予備試験ではミスト灌水によるミストがかかる場所に設置した場合は袋に対する浸水が認められたため,ミストがかからない場所に吊るす必要がある.
本試験で用いた土壌水分センサ(Seeed 社,Grove Soil Moisture Sensor)はプローブ間の土中の抵抗値変化に応じた電圧を出力するため,土壌の乾湿に対する応答性が高いが,使用するほどプローブが腐食するため使い捨てとなる.Run7 ではイチゴ育苗の親株が植えられたプランターにセットしたところ,約 2 ヵ月間でプローブが腐食し,使用できなくなった(図 8).土壌水分センサは使い捨てではあるもの, 園芸作物では灌水作業の要否決定に土壌水分の情報が必要となる.Run7 ではイチゴ育苗の前半など水が不足すると枯れてしまうため,灌水によって土壌水分が十分かの確認が必要となる.また,花きや果樹であれば花芽がある時期に土壌が乾いてしまうと花芽が落ちてしまうためその期間に必要となる.今回試用した土壌水分センサは約 2 ヵ月間の耐久性であったが,500 円程度で交換が可能であることから実用上問題なく使用できると考えられる.
本研究では,営農再開地域で通い農業を行っている生産者や,耕地やハウスが分散している生産者を対象に,水稲育苗だけでなく園芸作物を生産する際に生じる作業の判断や見回りの省力化を目的に,拡張性の高い市販 IoT プロトタイピング・キットとメッセージアプリの Web API を連携させて生産者のスマートフォンにハウス環境情報を通知する安価かつ簡便なハウス遠隔監視システム「通い農業支援システム」を構築し,現地試験により実用性や有効性を検討した.
その結果,以下のことが明らかになった.Wi-Fi ルータが安定的に稼働する条件下では,リトライ機能付きデータ通知プログラムを利用することによってエラー率 1% 以下で生産者にデータを通知することが可能であった.また,センサ精度に関しては温度の平均値・最低値は± 0.5 ℃以内に収まり,最高値は ± 1 ℃以内に収まった.Wio Node をハウス内に設置する際に簡易なジッパーパッグを用いた防水を施したところ,ミスト灌水などによる直接水がかからなければ浸水はなかった.しかし,通年での利用を想定する際は劣化によって袋が破れるため,電子機器を入れることを想定した防水バッグを利用することが望ましい.土壌水分センサはイチゴ育苗の環境下ではセンサ部(プローブ)が腐食することにより約 2 ヵ月で使用できなくなったが,土壌水分が必要とされる期間が短く,センサのコストも非常に安価であるため問題ないと考えられた.また,導入生産者が通い農業を行う上でハウス近隣からの 1 時間に 1 回行う往復 4 ~ 6 分の見回り時間と,地震による暖房設備確認のための往復 1 時間 20 分の見回り時間が短縮された.加えて,ハウス温度の変化を確認できるため,タイミングを見計らいハウス開閉や暖房のオンオフができるようになった.そしてイチゴ育苗に関しても土壌水分量を監視・制御することで新規参入の生産者であってもベテラン生産者と同程度の苗数を生産できたことがわかった.導入コストは 100 V 電源を用いて 6 棟の水稲育苗ハウスで利用することで 1 棟 1 年費用も 8,890 円まで低下し,生産者が期待する 1 機器あたり 20,000 円(根本ら 2020)を大きく下回った.また,最も安価に製作した場合はランニングコストであるデータ SIM 通信料を除くと約 20,000 円であった.また,電気代以外の毎月のランニングコストは通信料 990 円であった.
以上のことから,本研究で開発したハウス遠隔監視システムは水稲育苗だけでなく園芸作物においても試験期間中の短期間であれば問題なく利用でき,生産者が必要な情報を適切に得ることができ,実用性・有効性を確認することができた.
残された課題について述べる.本研究で紹介したハウス遠隔監視システムを自作することで,市販品に比べて安価に済ませることが可能である.一方,市販品と異なりサポートは無く,不具合は自分で解決する必要がある.自作型のセンサネットワークの利用には様々な技術・知識・環境が求められ,製作から設置・運用までの各工程において多くの利用者が様々な手段で課題解決できるような情報を多く提供することが有効である(深津,平藤 2020).そのため,事例集を付記したマニュアルや動画コンテンツなどを作成することで生産者が自作できるような環境の整備に今後取り組む予定である.
本研究で試行したハウス遠隔監視システムは,低コストに導入して短期間利用することを目的とした技術的な試行であり,通常農業向けの利用で要求される複数年の耐久性は無い.そのため,本システムは市販のハウス遠隔監視システムなどの IoT 技術導入に興味があるもののコストの問題で取り組めない生産者が主な対象となる.今後は対象となる生産者向けに農業普及所や自治体と連携した普及活動を行う予定である.また,原発事故による避難によって帰還率が低く農村の過疎化が進んでいる営農再開地域の生産者にとって, IoT 技術による遠隔監視は見回りの削減など省力化に有効であるが,管理作業の判断は人間が行うこととなる.更なる省力化を求める場合には,管理作業の判断のため IoT に加えて AI といった技術が必要となるだろう.加えて,営農再開地域の現地生産者からは,従来の作物だけではなく新規作物や水稲育苗ハウス等の冬期間の裏作などの換金作物についての情報を求められている.本研究で開発した通い農業支援システムによって新規作物に取り組む生産者の一助となったが,今後は栽培作物と栽培手法とのセットでの遠隔監視が求められると考えられる.加えて,導入生産者からはハウスや圃場に出入りする契約先の種苗会社などの民間企業,JA や普及所がデータの共有を求めていると聞いている.本試験で使用したメッセージアプリを利用して関係者全体で情報を簡易に共有すれば,栽培に必要な管理作業の判断を生産者だけでなく指導機関側からも提案することが容易になるだろう.その反面,生産者にとって自身の生産管理が開示され新たなメリット・デメリットが生じると予想される.たとえば,契約栽培であれば価格交渉等の材料となる可能性もある.また,生産者と消費者や市場関係者がデータや写真を共有することで販路の拡大につながる可能性も考えられる.これらに関しては今後の課題としたい.
本研究の一部は,農林水産省委託事業「原発事故からの復興のための放射性物質対策に関する実証研究委託事業」により実施したものである.現地実証の生産者,経営法人,福島県農業総合センター浜地域農業再生研究センター等の関係機関等の皆様より多大なご協力を賜りました.ここに記して謝意を申し上げます.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.