2021 Volume 2021 Issue 8 Pages 35-41
放射性セシウムに汚染された牧草地においては除染作業を兼ねた草地更新が進められた.しかし,機械作業が困難な傾斜地を永年草地として利用している場所では,作業機が転倒する危険性があるため,草地更新は困難であった.そこで,15 ~ 30°の急傾斜草地の草地更新作業を低重心の無線で操作する傾斜地用トラクタ(以下,「無線傾斜地トラクタ」という)で行う技術を開発した.無線傾斜地トラクタは河川敷の草刈りに利用されており,最大 100 m 離れて操作でき,無線が届かないと自動停止する.装着できるロータリを松山株式会社と共同開発したことにより,製品化されているフレールモーア,散布性能を確認したブロードキャスタ,試作したローラと組み合わせて,前植生の刈払い,施肥,耕うん,播種,鎮圧の一連の草地更新作業が遠隔作業で安全に実施できるようになった.開発したロータリは地表の凹凸の追従性が高く,丁寧に耕うんができ,石礫に当たっても耕うん爪が折れにくい特徴を有する.実証試験において,草地の空間線量率は除染前の約 70% に,翌年の牧草の放射性セシウム濃度は未除染の場合と比べて 37 ~ 78% に低減した.その一方で,石礫が多い草地では,ロータリに石がつまることにより,作業効率が著しく低下する場合があった.4 箇所の実規模草地での一連の草地更新の作業時間は,10 a 当たり 4.05 時間であった.この作業体系は草地除染の事業にも採用され,栃木県,福島県,宮城県,岩手県の公共牧場などの急傾斜草地の除染に活用され,草地の利用再開に貢献した.全国には急傾斜が原因で十分な草地管理が行えず植生悪化や生産性低下に陥っている草地があり,この作業体系はこれらの草地の草地管理にも利用できる.
東京電力福島第一原子力発電所の事故に起因する放射性物質汚染により,東北地域,北関東地域で牧草の利用自粛がなされた.2011 ~ 2012 年のモニタリング調査の結果を受けて,放射性セシウム濃度が飼料の暫定許容値である 100 Bq/kg を上回る可能性がある永年草地は除染や移行抑制対策の対象となり,土を耕起して牧草種子を播種しなおす草地更新が除染方法として推奨された.永年草地は条件不利地に立地することが多く,関東・東北地域で重要な自給飼料基盤となっている多くの公共草地が山間地に存在している.山間地の草地は 15°を超える急傾斜地を有し,起伏に富むうえ,大きな岩や雨水で削られた溝があることが通常である.また,利用自粛している草地では,これらの障害物が生長した草で被われて確認しづらく,機械作業に大きな危険を伴う.そのため,放射性セシウムによって汚染された急傾斜草地を安全に草地更新する機械や作業体系の開発が求められた.一般的な草地更新作業では,前植生の処理(刈払いまたは除草剤散布)をした後,土壌改良材と肥料の散布,耕うん・整地,播種,鎮圧が行われる.それぞれの工程において,使用する作業機械と作業方向(等高線作業,登坂作業,降坂作業)によって,安全に作業できる傾斜度および作業効率・精度に問題ない傾斜度は異なる.多くの作業工程で安全に安定して作業が行える傾斜は 15°以下であり,作業方向が限定される場合もある(一戸 1968,農林水産省生産局 2014).そこで,農研機構は急傾斜草地を安全に除染できる技術開発をめざし,平成 24 年度新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業によって,急傾斜草地の作業に適したトラクタ向けのロータリを松山株式会社と共同開発し(伊吹ら 2016),宮城県,福島県の現地試験圃場で適用試験を実施した.また,翌年に,JRA 畜産振興事業によって実施された岩手県,宮城県,福島県における実規模の実証試験を踏まえて構築した作業体系について紹介する.
急傾斜地作業に用いる無線傾斜地トラクタとして,河川敷法面の草刈り用に開発された無線操作のクローラ式トラクタの,クボタ AMX-7(図 1),または後継機種の筑水キャニコム CG670(図 3)を選定した.この無線傾斜地トラクタは,低重心で倒れにくい,無線で離れて操縦できるので転倒時の重大事故を避けられる,クローラ(キャタピラ)走行ですべりにくい,という傾斜地作業に適した特徴を持っている.静的横方向転倒角は 65°で,刈払い作業は等高線方向,登坂・降坂方向ともに 40°まで作業できる.操作に特別な資格は不要である.最大 100 m 離れて操作でき,無線が届かなくなると自動停止する.無線傾斜地トラクタの出力は 67 馬力で主要諸元は表1の通りである.無線傾斜地トラクタは作業機を油圧で駆動する機構のため,一般のトラクタに通常装備されている機械式の動力取出し軸を備えていない.また,作業機を取付ける三点リンクヒッチと機体との関係位置が一般のトラクタとは異なり,使用できる作業機はほぼ専用のものに限られる.草地更新作業のうち刈払いは標準装備されているフレールモーアで実施できる.施肥の作業機については,車輪付きの 600 L ブロードキャスタが開発されていたが(澤村 2004,住田,澤村 2004),起伏の多い草地では安定した走行が難しいため,より軽量の 350 L のブロードキャスタを原型として無線傾斜地トラクタに装着できるように改造した.このブロードキャスタについて播種作業への利用を検討し,大きさの異なる 2 草種の種子について繰出し量の目安を明らかにした.鎮圧は既存のローラを構成する部品を利用して無線傾斜地トラクタで牽引できる試作機を製作した.耕うん作業については適した作業機が存在しないことから,除染作業に適した耕うんが可能な作業機としてロータリの開発を目指した.
草地の一部が草地更新できないとその部分は未除染草地として残され,利用再開の大きな障壁となるため,除染用のロータリには起伏や石礫の多い急傾斜地でむらなく安定的に耕うんできることが求められる.開発したロータリは全長 1025 mm,全幅 2120 mm,全高 915 mm,質量 400 kg,耕幅 1600 mm で,ダウンカット方式である.植物残渣が絡みにくく,石礫などの衝撃にも強いL爪となた爪の中間的な幅広の耕うん爪を装着している(図 2).砕土・攪拌性能を高めるため,爪本数を 42 本と多くした.地表凹凸の追従性を高めるためにゲージ輪をロータリの両側部につけた.急傾斜地を深く起こすと土砂崩れの危険性が高まるため,無線傾斜地トラクタのロータリの設定耕深は 15 cm までとした.
15°と 25°の傾斜草地で耕うん作業(設定耕深 10 cm,1 回掛け)を行って走行性能を調べた結果を表 2 に示した.クローラ滑り率は,無負荷時のクローラ1回転の進行距離をそれぞれ平地(d0)と傾斜地(d)において測定し,(d0-d)/d0 × 100 から求めた.またエンジン回転数低下率は,無負荷時回転数(2500 rpm)に対する無負荷時と作業時の回転数差の割合である.25°の傾斜地において,耕深を 6 ~ 9 cm とする耕うん作業の場合,トラクタの履帯滑り率は,等高線作業および上り作業ではわずかであり,また下り作業では ‒6%から ‒10% と走行の不安低性はなく,制動不能になることもなかった.また,作業時のエンジン回転数低下率は,最も負荷が大きい上り作業でも無負荷時(2500 rpm)に比べて 6%以下であり,25°の傾斜地作業でエンジン出力の不足は見られなかった.砕土率(耕うん土壌中の土塊径 20 mm以下の質量割合)は 15°の等高線作業で 66%とやや低いが,それ以外では 80%を超えた.表 3 の 3 箇所の現地試験圃場で等高線方向にロータリ 2 回掛けの適用試験を行ったところ,砕土率は概ね 90%で,牧草の播種に十分な砕土が可能であった.
無線傾斜地トラクタ用のロータリが開発され,改造試作したブロードキャスタとローラも無線傾斜地トラクタ用の作業機として製品化されたことにより,図 3 のように一連の草地更新作業が可能となった.なお,草地更新の前に除草剤散布を行いたいという要望もあり,ブロードキャスタを改造したスプレーヤも試作し(伊吹 2015),「急傾斜草地に対応したスプレーヤの開発」として文部科学省の平成 29 年度創意工夫功労者賞を受賞しているが,製品化には至っていない.
草地表層に蓄積された放射性セシウムは草地更新によって土中に埋却され,土の遮蔽効果により空間線量率が低下する.また,放射性セシウムを高濃度に含む草地表層はロータリ耕により汚染されていない土壌とよく混和され,植物が放射性セシウムを吸収しにくくなる.2012 年に無線傾斜地トラクタで 3 箇所の試験草地(草地 A:平坦地,草地 B,C:傾斜地)で草地更新を行い,更新前後の空間線量率の低下を比較したところ,空間線量率は草地更新によって約 70%に低下した(図 4).翌年に草地更新した試験区(更新)と更新しなかった試験区(未更新)の牧草を採取して放射性セシウム濃度を比較した.草地 A,草地 B では未更新のままにしておくよりも,草地更新した方が牧草の濃度は半分~ 3 分の 1 と大きく減少することが確認された(図 5).しかし,土壌中の交換性カリが 10 mg/100 g 乾土と低い草地 C では,草地更新による移行低減効果が他の地点より劣った.草地更新の際には適切なカリ施肥を合わせて実施することが重要である.
急傾斜草地において無線傾斜地トラクタにより一連の草地更新作業が可能になったことから,2013 年に岩手県,宮城県,福島県内の 4 箇所の急傾斜草地において実規模での実証試験が実施された.4 箇所の草地の平均傾斜度は 15 ~ 34°,更新面積は 0.9 ~ 7.4 ha であり,いずれも石礫が多い草地であった.4箇所の作業記録を集計して,10 a 当たりの作業時間を表 4 にまとめた.10 a 当たりの作業時間は,刈払いが 1 時間弱,ブロードキャスタと鎮圧ローラの作業が 20 ~ 30 分程度であり,最も時間を要するのは耕うん作業で,2 回掛けで 10 a 当たりおよそ 1 時間半を要し,一連の作業の合計は,10 a 当たり 4 時間程度であった.
耕うん作業の能率は圃場の状況に大きく左右され,地中の大きな岩に爪が当たったり,ロータリに石がつまったりして,大きな負荷がかかると自動的にエンジンが停止した.石礫が多いと作業速度を上げることができず,また,作業機につまった石を取り除くのに時間を要した.しかしながら,石の衝撃で耕うん爪が折れることはなく,時間を要するものの無線傾斜地トラクタやロータリの故障はなかった.
ブロードキャスタの作業時間には,資材の補給などの時間を含むが,作業幅が広いので能率は比較的高い.補給場所までの無線傾斜地トラクタの空走距離が長くなる場合には能率が低下するので,効率のよい補給場所を選定し,資材運搬者との組作業を検討する.
実証試験では平均傾斜度 34°の急傾斜草地も草地更新することが可能であったが,土壌流亡の危険性や横転の危険性も考慮して,30°までの急傾斜草地の更新作業が可能と判断した.
構築した急傾斜草地の草地更新作業体系は草地の除染事業に用いられ(農林水産省生産局畜産部 2021),上記の 3 県に加えて栃木県の公共牧場の利用再開に貢献した.
著者の所属する事業所は畜産がさかんな栃木県北部那須塩原市にある.自給飼料基盤に立脚した畜産技術を開発してきており,近隣の畜産農家とともに実証試験を行うなど緊密な協力関係にあった.ところが,2011 年の 3 月の東京電力福島第一原子力発電所の事故の際には,これまで自給飼料利用を推進していたにもかかわらず,放牧と冬作の青刈り給与の自粛を要請せざるを得なかった.事故直後の海外文献調査や海外の専門家との情報交換から,永年草地への影響は大きく,また長期間継続することが予測され,様々な調査研究や技術開発が緊急に取り組まれた.急傾斜草地の除染技術も1年の研究期間で機械開発を行い,翌年の実規模の実証試験を経て,作業機の製品化を達成した.閉鎖されていた公共牧場に再び牛を放牧でき,関係者と喜びを分かち合った.
本作業体系は,無線操作で安全に作業が可能で,作業方向が柔軟で小回りがきくので丁寧に耕うんできるという利点もあるが,難点や限界もある.無線傾斜地トラクタは高価であり,大型機械に比べて作業幅が狭く,作業に時間がかかることが難点としてあげられる.草地更新の適期は数ヶ月間と限られており,1つの公共牧場を草地更新するのに数年かかる場合もある.また,岩の上に成立した浅薄な草地,林間放牧の林床,30°を超える急傾斜面は耕うん作業が不可能である.無線傾斜地トラクタで耕うんが可能な急傾斜草地でも,土壌流亡が発生しやすい場合は草地更新そのものが妥当か慎重に検討する必要がある.このように,現在でも草地更新が難しい草地が未除染草地として残されており,利用再開に向けての取り組みが課題として残されている.旧ソ連で発生したチェルノブイリ原子力発電所事故(1986 年 4 月)を踏まえ,2011 年にイギリスの研究者に除染困難草地の対策技術を問い合わせたところ,耕起困難地は草地更新しないという.自然草地での羊の放牧が盛んな地域では,貴重な植生を保護するために放牧が不可欠であり,未除染のまま放牧し,生体モニタリングをして羊の出荷の可否判断している.イギリスの食品の基準値は 1000 Bq/kg と日本の 100 Bq/kg と比べて高く,そのまま生体モニタリング手法を日本に適用することは難しい.しかしながら,日本においても,未除染草地の利用再開に向けて,未除染草地へのカリ施肥による積極的な吸収抑制対策や利用再開の判断基準の策定など検討する必要があろう.
全国には急傾斜が原因で十分な草地管理が行えず植生悪化や生産性低下に陥っている草地があり,無線傾斜地トラクタによる急傾斜草地の草地更新作業は除染だけでなく,これらの荒廃草地の草地管理にも利用できる(北川,井出 2015).さらなる活用を図るため,手引き(栂村ら 2018)や動画(農研機構畜産研究部門 2018)を作成している.
無線傾斜地トラクタによる草地の除染技術は,農林水産省の競争的研究資金である平成 24 年度新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業によって開発した.また,開発した技術の実証試験は平成 25 年度 JRA 畜産振興事業(実施主体:(一社)日本草地畜産種子協会)によって実施された.ロータリの開発や実証試験への試作機の提供について,松山株式会社に多大なご協力いただいた.また,実証試験の実施にあたり,福島県農業総合センター畜産研究所,福島県いわき市,いわき市畜産団体連絡協議会,岩手県農業研究センター畜産研究所,宮城県畜産試験場,(公社)みやぎ農業振興公社,(独)家畜改良センターの方々からご協力をいただいた.関係者の皆様に深く感謝いたします.
開示すべき利益相反はない.