Journal of the NARO Research and Development
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Original Paper
New buckwheat cultivar‘NARO-FE-1’
Takahiro HARA Katsuhiro MATSUITatsuro SUZUKITakahisa TETSUKATeruya MORISHIMA
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2021 Volume 2021 Issue 9 Pages 25-36

Details

「NARO-FE-1」は,九州沖縄農業研究センター(以下,九沖研とする)において育成された春まき栽培でき穂発芽しにくいソバ新品種である.「NARO-FE-1」は,九沖研選抜の 5 系統の交配後代から集団選抜法により選抜固定して育成された.「NARO-FE-1」は春まき品種「春のいぶき」と比較し穂発芽しにくく,春まき栽培において多収で,容積重が大きい.夏まきの標準期播種栽培では,「さちいずみ」と比較し成熟が早く低収であるが,遅播栽培では同等の収量があり経済栽培が成り立つ.成熟期,草丈,倒伏程度と食味は「NARO-FE-1」と「春のいぶき」で同程度である.なお,品種名「NARO-FE-1」は,各地域等で育成したブランド名はそのままに品種を置換できる「地域農産物ブランド化における品種と商標との知財ミックス戦略」を想定し命名したものである.本品種は暖地,温暖地,北陸の春まきソバ栽培地域での普及が見込まれる.

緒言

ソバの春まき栽培は,台風等の気象災害リスクの分散化により国産ソバ生産量安定化へ寄与でき,高需要期に高品質のソバを供給できる(農林水産省 2015c原 2014).春まき栽培向けに 2008 年に育成された品種「春のいぶき」(原ら 2012)は,暖地を中心に産地形成が進んでいる(原 2014).「春のいぶき」は春まきで多収となる品種の中で最も穂発芽しにくい(原ら 2009).穂発芽は収穫期の雨により発生しやすく,穂発芽に伴い収量減少や麺物性劣化等の問題がある(杉本 2003Hara et al. 2007原ら 2009).

春まき栽培では収穫時期が梅雨にかかるため,より強い難穂発芽性により,穂発芽リスクのさらなる軽減が望まれている.近年,ソバ生産量の多い北海道や福井で穂発芽が問題となった(池田製粉 2016カガセイフン 2018)ことから,穂発芽への関心がさらに高まると考えられる.難穂発芽性に加え,2015 年度から導入されたソバの新たな検査規格に対応するため,容積重の向上が求められている.

春まき栽培と夏まき栽培の両方を行う産地も増えているが,春まき栽培と夏まき栽培とで用いられる品種が異なるため,採種の負担増や野良生えなどによる品種交雑が問題となりうる.そのため,夏まき栽培で減収したとしても,春まき栽培と夏まき栽培の両方で栽培可能な品種の要望がある.

このような状況に対応し,「NARO-FE-1」は 2017 年に品種登録出願された.本稿では,「NARO-FE-1」の育成の来歴,経過,品種特性および地域適応性等について報告する.

また,ソバにおいても地域農産物ブランド化による産地振興が重要である.ブランド化は産地振興に重要な要素であるが,将来的にさらなる優良品種への置き換えが必要となった際に,品種名とブランド名が同一であると,それまで育てたブランド名を使用できなくなることが課題である. そうした観点から,品種名とは異なるブランド名で普及を進めることで,ブランド名を変更することなく必要に応じて品種を置き換えることができる「品種と商標との知財ミックス戦略」の利点が注目されている(農林水産省 2020).そこで本稿では,品種名とブランド化について考察した.

来歴と育成経過

「NARO-FE-1」は九沖研(現 合志研究拠点)において,穂発芽難の春まき向け品種の育成を目標にして,九沖研選抜の 5 系統の交配後代から選抜した.集団選抜法を用い,一部は後代検定によった(表 1).2005 年春まき栽培(4 月播種)の集団区(4 倍体系統による隔離)において九沖研選抜の 5 系統の種子を等量ずつ混合して播種し,成熟期に全 200 個体を刈り取り F1 種子を得た.2006 年夏まき栽培(8 月下旬~ 9 月上旬播種)の集団区にて F1 世代を養成し,62 個体よりF2 種子を個体別に得た.2007 年春まき栽培にて,共通の F1 世代個体を母親とする F2 種子を 1 つの系統として播種し 62 母系を養成し,各系統の成熟期,難穂発芽性,結実状況を観察し評価した.評価の優れた 9 母系の F2 種子を等量ずつ混合し,2008 年春まき栽培の集団区に 600 粒を播種しF2世代を養成して観察し,成熟期,難穂発芽性,結実状況に優れる 50 個体を選抜し,F3 種子を得た.2009 年春まき栽培の集団区に F3 種子 210 粒を播種して養成し,うち 33 個体を選抜して F4 種子を個体別に得た.続く夏まき栽培の集団区にて,共通のF3 世代個体を母親とする F4 種子を 1 つの系統として播種し 33 母系を養成し,母系別に F5 種子を得た. 2010 年春まき栽培で,これら33系統を生産力検定予備試験に供試し,評価の優れた 2 系統を選抜した.続く夏まき栽培で,これら 2 系統の F5 種子 180 粒を播種して養成し,F6 種子を得た.F6 種子を 2011 年春まき栽培で生産力検定予備試験に供試し,評価のより優れた 1 系統を選抜した.

2011 年より穂発芽性の特性検定試験に供試し,難穂発芽性が認められたため,2013 年からは「九州 7 号」として生産力検定試験,系統適応性検定試験に供試してきた.2016 年の世代は F10 である.

なお,九沖研選抜の 5 系統はそれぞれ,「キタワセソバ」,「矢板在来」,および「朝日村在来 3」の交配後代の F4 世代,「階上早生」,「朝日村在来 3」,および「中信系 VII」の交配後代の F4 世代,「キタワセソバ」,「常陸秋そば」,および「矢板在来」の交配後代の F3 世代,「キタワセソバ」,および「谷系 93FE2-3-3」(北陸農業試験場から導入)の交配後代の F4 世代(「九系 30」),「谷系 94FE1-12」(北陸農業試験場から導入)に選抜を加えた S5 世代(「九系 10」)であり,難穂発芽性および結実に優れると評価した系統であった.

「NARO-FE-1」の草丈,主茎節数,分枝数の標準偏差および変動係数は「春のいぶき」,「しなの夏そば」と比較して同程度であることから,実用上支障のない程度に固定している(表 2).

農林水産植物種類別審査基準による特性概要

農林水産植物種類別審査基準そば種(農林水産省 2013)に基づき育成地の観察,調査結果を用いて「NARO-FE-1」の主要特性を分類した(表 3).倍数性は“2 倍体”,伸育性は“ 無限”で「春のいぶき」と同じである.

草丈,分枝の数,茎の長さ,茎の直径は“ 中”,茎の節数は“ やや少”,で「春のいぶき」と同じである.穂発芽性は“ 難”で,「春のいぶき」の“ 中”と異なる.生態型は“ 中間夏型”,開花始期・開花最盛期・成熟期は“ やや早”で「春のいぶき」と同じである.千粒重は“ 中”で「春のいぶき」と同じである.容積重は“ 中”で「春のいぶき」の“ やや小”と異なる.

育成地における生産力検定試験

1.栽培試験の方法

育成地である熊本県合志市の農研機構九沖研圃場で生産力検定試験を 2013 ~ 2016 年に実施した.播種量は 150 粒/ m2 とし,条間 30 cm の条播とした.窒素,リン酸およびカリの施肥量は,春まきではそれぞれ 4,8,および 6 kg/10 a,倒伏を生じやすい夏まきではそれぞれ 2,4,および 1.5 kg/10 a とした.

成熟期に刈り取り,乾燥,脱穀,風選の後に,子実重,容積重,千粒重を測定した.容積重は磨き前の子実について電気式穀粒計(株式会社ケット科学研究所,そば水分計 PM-631)を用いて測定した.

2.成績

生産力検定試験の成績を表 45 に示した.

春まき栽培において,「NARO-FE-1」は「春のいぶき」と比較し,標準期播種区および遅播区ともに子実重がやや大きかった(表 4).標準期播種区では容積重が大きかった.成熟期,草丈,倒伏程度などそのほかの形質は同程度であった(表 4).

夏まき栽培において,「NARO-FE-1」は「さちいずみ」と比較し,成熟期は早く(表 5),子実重は標準期播種区では 6 割程度と小さく,容積重はやや小さかった(表 5).遅播区では子実重は「さちいずみ」の 9 割程度であり,「さちいずみ」との差は標準期播種区に比べて小さかった(表 5).

特性検定成績

「NARO-FE-1」の穂発芽は,梅雨の雨による穂発芽が問題となりやすい春まき栽培において,「春のいぶき」より少なかった(表 6).「NARO-FE-1」の穂発芽抵抗性を夏まき栽培で「常陸秋そば」と比較したところ同程度に抵抗性が強かった(表 78).

品質調査成績

豊後高田市での評価においては,「NARO-FE-1」は「春のいぶき」と比較し,香り,そばらしさ,総合得点が上回った(表 9).麺色は「春のいぶき」の方が緑色で好ましいとの評価であったが,「NARO-FE-1」は香りとそばらしさが好ましいと評価された.育成地での評価において「NARO-FE-1」の食味は,春まき栽培標準の「春のいぶき」,夏まき栽培標準の「さちいずみ」と同程度であった(表 10).

「NARO-FE-1」は「春のいぶき」と比較し,春まき栽培および夏まき栽培において玄ソバ粒径はやや小さかったものの,丸抜収率,製粉歩留は同程度以上であった(表 11).夏まきにおける「さちいずみ」との比較において粒径は小さいが丸抜収率,製粉歩留は同程度以上であった.

配付先における試験成績

配付先のつくばおよび長野での栽培による系統適応性試験成績を表 12 ~ 13 に示した.

春まき栽培において, つくばでの栽培により,「NARO-FE-1」は標準品種「春のいぶき」と比較して,子実重は大きく,容積重が同程度であった(表 12).長野での春まき栽培により,標準品種「しなの夏そば」よりも容積重が大きかった(表 12).

夏まき栽培において, つくばでの栽培により,「NARO-FE-1」の子実重は「さちいずみ」より小さかった(表 13).容積重は「さちいずみ」と同程度であった.長野での栽培により子実重は,2015 年には標準品種「信濃 1 号」,「さちいずみ」よりも小さかったが,台風等の影響で極低収となった 2016 年にはやや大きかった(表 13).容積重は同程度であった.

福井市では,「NARO-FE-1」は「キタワセソバ」と比較し,標準期播種区および遅播区ともに子実重が大きかった(表 14).豊後高田市では,「NARO-FE-1」は「春のいぶき」と比較し子実重が小さかった(表 15).穂発芽しにくい傾向が,達観ではあるが観察された.

「NARO-FE-1」の名前の由来

「NARO-FE-1」の「NARO」は農研機構(National Agriculture and Food Research Organization)の英語略称,「FE」はソバの学名(Fagopyrum esculentum)の頭文字である.

考察

「NARO-FE-1」は春まき栽培において「春のいぶき」に比べ,子実重がやや大きく,穂発芽が少なく,容積重が大きい.また,特段の欠点は認められない.これらにより,「NARO-FE-1」は春まき栽培において「春のいぶき」よりさらに優れた品種と考えられる.

特に,育成地の熊本での 4 月下旬播種,福井市での5月中旬播種の遅播栽培において,「春のいぶき」や「キタワセソバ」より子実重が大きいことから,播種適期が長いと考えられる.晩霜限が遅く春まき栽培しにくかった地域での春まき栽培拡大や,降雨等で播種が遅延した場合の収量安定に貢献すると期待される.

一方,春まき栽培と夏まき栽培の両方を行う産地も増えているが,春まき栽培と夏まき栽培とで用いられる品種が異なるため,採種の負担増や野良生えなどによる品種交雑が問題となりうる.そのため,夏まき栽培で減収したとしても,春まき栽培と夏まき栽培の両方で栽培可能な品種の要望がある.「NARO-FE-1」は夏まき栽培において,夏まき向け品種の「さちいずみ」には劣るものの 6 ~ 9 割程度の収量が得られており,春まき栽培を重視する産地でも夏まき栽培用に導入できると考えられる.特に,遅播栽培では「さちいずみ」の 9 割程度の収量が得られていることから,導入しやすいと考えられる.

ソバは収穫期の雨により穂発芽が発生し,品質が劣化する(杉本 2003,Hara et al. 2008).「NARO-FE-1」の穂発芽は,梅雨の雨による穂発芽が問題となりやすい春まき栽培において,「春のいぶき」より少なかった(表 6).したがって,「NARO-FE-1」は「春のいぶき」より穂発芽による品質劣化のリスクが低いと考えられる.農林水産省そば種審査基準において,穂発芽性が階級7“ 難”の標準品種とされている「常陸秋そば」と同程度の穂発芽粒率となっていたことから(表 7,8),同審査基準での分類は“ 難” と考えられる.なお,さらに高度な難穂発芽性や休眠性が報告されており(Hara et al. 2020, Suzuki et al. 2020, Wang and Campbell 2000),将来的にはこうした野生種を含む遺伝資源を用いた育種により,さらに難穂発芽性を強化できる可能性が考えられる.

容積重は直接支払交付金の要件とされる検査規格において最低限度が定められている(農林水産省 2015ab).「NARO-FE-1」の容積重は,春まき栽培において「春のいぶき」より大きいので(表 4)等級検査で有利と考えられる.実需者の評価基準として,容積重が一定程度確保されていれば,粒の色や完熟度等に関わりなく製粉歩留まりは確保できると考えられている(農林水産省 2015b).実需者が重視する製粉歩留まりについても,期待通り「NARO-FE-1」は「春のいぶき」より優れる傾向であった(表 11).

「NARO-FE-1」の栽培にあたっては,ソバ春まき栽培マニュアル( 農研機構九州沖縄農業研究センター 2019)を参考にできる.特に,排水対策や輪作体系に加え,生育期間が晩霜後から梅雨初期と短期間であるため適期の播種と収穫が重要である.

品種名とブランド化について

地域の農産物をブランド化することで産地の振興を図る際,特定の品種を核としてブランディングを行う戦略が良く用いられる.それには,①当該品種を特定産地に囲い込み,他では使用させない場合や,②ポピュラーな品種を特別な栽培条件・方法で差別化するなどの方策がある(森嶋 2019).ただし,馬鈴薯の「男爵」の例のように,品種のブランド化が行き過ぎると,かえって後継品種の参入障壁となることもありうる(森嶋 2012).そこで近年は,品種名自体をブランドとはせずに,商標等を組み合わせて活用する知財ミックス戦略が採られるようになってきている.

この戦略は海外企業による先行事例が多いが(斎藤 2011),我が国においてこの新品種と商標の知財ミックス戦略の成功例としてよく取り上げられるのが,イチゴの「あまおう」の事例である(櫻谷 2019).

この品種と商標との知財ミックス戦略には,①より特性に優れた品種が開発された場合,容易に品種転換できるばかりでなく,同じブランド名で改良品種を含めた複数の品種を包括的に保護できること,②最大 30 年で権利が消滅する品種名とは異なり,商標権は更新により権利を永続できるため,育成者権消滅後のブランド価値の低下を防止できること,③文字だけしか認められていない品種名と異なり,商標は文字・図形・記号・色彩などを単独または組み合わせたものに加えて音や動き等も登録できるため,表現の自由度が高いこと,④商標権の対象は農産物だけでなく,菓子や飲料等の加工品まで広げることができるため,一つのブランド名で多くの種類の商品を保護できること,などの特徴がある(農林水産省 2020).

ソバにおいても,品種「長野 S8 号」,「山形 Bw5 号」の登録商標「信州ひすいそば」,「でわ宝」によるブランド化が進められ,最近登録商標「信州ひすいそば」では品種「長野 S11 号」への品種転換が検討されている.

「NARO-FE-1」はあえてブランド名としにくい品種名となっており,各産地それぞれの戦略に基づく固有のブランド名の下で活用されると期待される.一例として福岡県久留米市の農業者が,荒廃農地を再生してソバ複数品種を栽培し,商標「ほとめきのそば」のブランドで乾麺等の製品開発を行っている(九州農政局 2018).2022 年からは「NARO-FE-1」をその原材料に用いる計画の下,増殖が進められている.「NARO-FE-1」は 2017 年 9 月の品種登録出願公表以来,鹿児島,熊本,大分,佐賀,長崎,福岡の九州各県だけでなく,岡山,大阪,静岡,群馬まで普及が進捗している.

謝辞

本研究の一部は農林水産省委託プロジェクト「広域・大規模生産に対応する業務・加工用作物品種の開発」において中課題「実需者等のニーズに応じた加工適性と広域適応性を持つ大豆品種等の開発」により実施したものである.食味評価にご協力頂いた豊後高田そば生産組合,ほか関係各位に感謝の意を表する.本品種の育成にあたり,試験を実施していただいた各県および農研機構の各位のご協力に感謝する.さらに圃場業務を担当いただいた技術支援部九州沖縄技術支援センター九州第1業務科の職員,ならびに大豆・資源作物育種グループの非常勤職員に感謝の意を表する.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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