Journal of the NARO Research and Development
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ISSN-L : 2434-9895
Original Paper
Development of a tool for evaluating economic and environmental
Tatsuki UEDA
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RESEARCH REPORT / TECHNICAL REPORT FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 2022 Issue 12 Pages 13-

Details
Abstract

農業分野において脱炭素化に貢献する技術開発を進めるにあたっては , まず慣行農業の温室効果ガス排出量などを定量的に把握し , 今後目指すべき農業との比較のためのベンチマークとすることが求められる . そこで , 本研究では , 都 道府県内産業連関モデルに基づくライフサイクルアセスメントにより , 慣行農業を主な対象として , 温室効果ガス排出 量 , エネルギー消費量および経済波及効果を , 地域経済の構造を反映したかたちで , 一括して WEB 上で評価できるツー ルを開発した . 事例分析により , 本ツールは , 系統電力や化石燃料をはじめとする , 市場取引される投入財の量を増減 させた場合の環境影響や経済波及効果を比較できることを示した .

緒言

2021 年 5 月に農林水産省で策定された「みどりの食料システム戦略」において,「食料・農林水産業の分野においても,カーボンニュートラルの実現に積極的に貢献していく必要がある」とうたわれた(農林水産省 2022).しかし,現代農業は化石燃料に大きく依存しているため,農業に投入された化石エネルギーに対する産出エネルギー(作物に含まれる熱量)の比は,時代を経るごとに低下し,2000 年時点では,1.0 を下回っている地域が多い(仁平 2011).これを反映して,農業の温室効果ガス(GHG)排出収支は,大きく排出過多となっているのが現状である(上田ら 2019,上田 2021).

したがって,農業分野において脱炭素化に貢献する技術開発を進めるにあたっては,第一に,現状の営農活動の GHG 排出量などを定量的に把握し,今後目指すべき農業との比較のためのベンチマークとすることが求められる.第二に,GHG 排出削減に向けて,再生可能エネルギーの活用や営農技術の革新など,様々な要素技術の組み合わせを探索していく必要がある(上田 2021).第三に,そのような技術が実際に社会に受け入れられるためには,技術の探索過程で,生態系保全など他の環境保全目標や,農業の経営自立化や地域経済の活性化など社会経済に関わる目標と整合しているか,慎重に検討すべきである.

このような背景から,本研究では,ベンチマークとなるべき慣行農業を主な対象として,その GHG 排出量とエネルギー消費量(これらを合わせて環境影響という)および経済波及効果(生産誘発効果,付加価値誘発効果,雇用誘発効果を合わせてこのようにいう)を,地域経済の構造を反映したかたちで,一括して WEB 上で評価できるツール(農研機構 2022)(以下,本ツールという)を開発したので報告する.以下では,簡単のため,都道府県を県,市町村を町ということがある.

本ツールの概要と特徴

1. 概要

本ツールは,産業連関分析に基づくライフサイクルアセスメント(LCA)により,環境影響と経済波及効果を評価する.この手法の骨子は,以下の 3 つの段階からなる.すなわち,(1)営農で用いる各種投入財の量などに基づき,直接環境影響を計測し,(2)これら投入財を入力として,産業連関モデルにより生産誘発効果を金銭単位で評価し,(3)生産誘発効果を,環境影響係数を用いて間接環境影響に換算する.ここで,「直接環境影響」とは,営農の現場で化石燃料の燃焼や土壌からのGHG発生などにより生じる影響であり,「間接環境影響」とは,営農に用いる農薬や化学肥料などの投入財の製造過程で生じる影響のことである(図 1).ただし,営農の現場で直接用いる電力(系統電力より購入)は,直接・間接影響の中間的位置付けとなるため,混同しないよう,分析結果を提示する際は「直接電力消費」という独立したカテゴリーで明示する.

「直接環境影響」は,さらにエネルギー由来と非エネルギー由来に大別できる.本ツールの特徴は,エネルギー由来の直接環境影響を,ユーザーが与えたデータに基づいて,できるだけ精緻に計測しようとするところにある.これに対し,非エネルギー由来の直接環境影響(GHG 排出量)については,もっぱら国立環境研究所の「産業連関表による環境負荷原単位データブック:3EID」(国立環境研究所 2022)(以下,3EID)の排出係数により求めた.3EID の非エネルギー由来 GHG 排出係数は,基準年の「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」に記載された各分野からの国内排出量を,産業連関表の各部門に配分することにより計算されている(南斎 2013).同報告書の国内排出量は,主に国内の既往研究に基づき,積み上げ法により求められている.例えば,灌漑水田からのメタン国内排出量は,数理モデル(DNDC-Rice モデル)により算出した地域別・排水性別・水管理別・有機物管理割合別の排出係数に,それぞれのカテゴリーの水稲作付面積を乗じることにより推計されている(環境省 2022).したがって,同報告書を引用している 3EID のデータは,基準年における慣行農業の全国平均的な実態を反映している.

このような背景をもつ 3EID の排出係数を用いる本ツールは,平均的な慣行農業の評価には適しているものの,営農技術の工夫によって,非エネルギー由来直接 GHG 排出の前提条件が変わった場合に,それを分析結果に反映することができない.したがって,市場から購入する投入財の増減を超えた営農技術の工夫(例えば,中干し期間の延長)によるGHG排出量の変化を,どのように本ツールの分析に組み込むかは,今後の課題である.

2. 従前の WEB ツールとの比較

筆者らは,これまでに産業連関分析に基づく経済・環境評価ツールを構築し(上田,國光 2018;上田 2018,2019),WEB 上で公開してきた(農研機構 2022).これらを,以下,従前のツールという.従前のツールと比較した本ツールの特徴は以下のとおりである.

第一に,従前のツールでは,石川,宮城(2003)が開発した「47 都道府県間産業連関表」の 2011 年版を用いていたが,本ツールでは,同表の 2015 年版が原稿執筆時点では入手できないため,各都道府県より一般公開されている都道府県内産業連関表(以下,都道府県表という)を用いることにした.

この方針の利点は,誰でも入手できる都道府県表を用いることで,今後も継続的なツール開発が期待されるとともに,ある基準年について 47 都道府県全ての産業連関表が出揃う前からツール構築が可能となることである.実際,本ツールの構築時点では,2 つの県でまだ最新の 2015 年表が公開されていなかったが,残りの県について 2015 年表を用いた分析を提供することができた.

他方で,この方針の欠点は,経済波及の「跳ね返り効果」(A 県から B 県に生産が波及し,それがさらにA県の生産を誘発する効果)を計測できないことである.例えば,片田ら(1994)は,愛知県を事例に,跳ね返り効果は全波及効果の 6.5%を占めることを明らかにしたが,都道府県表を用いた分析では,このような跳ね返り効果の分だけ,経済波及効果や間接環境影響を過小評価する可能性がある.

また,それぞれの都道府県表は,都道府県間産業連関表と異なり,県際交易(移出・移入)額などを相互に調整していないという問題がある.しかしながら,はじめて全都道府県で産業連関表が作成された 1990 年時点では,全国産業連関表と全都道府県表の集計値の間に大きな齟齬がみられた(大平ら 1997)ものの,それ以来,徐々に各県において産業連関表の作成手法の標準化が進み,2005 年表では,都道府県表の全国表に対する整合性は,かなり高いと評価された(山田 2011).

このように信頼性が向上してきた都道府県表を用いて,各県の経済構造を反映した間接環境影響を計測することに,本ツールの特色がある.これは,3EID が,専ら全国産業連関表によって全国平均の間接環境影響を評価し,都道府県レベルの評価には踏み込んでいないのと対照的である.

第二に,市町村レベルの経済波及効果を計測するために,従前のツールでも用いていた「地域シェア法」(大平ら 2000)を精緻化したことである.従前のツールでは,県レベルの波及効果を各市町村に按分するための係数として,各市町村の域内総所得比を用いていた(上田,国光 2018)が,この方法では,各市町村の産業構造の違いを反映した按分ができないという欠点があった.それに対し,本ツールでは,市町村別かつ産業別の就業者数比を用いて,産業ごとに同様の按分を行うことにした.これにより,例えば,ある県内でより農業に特化した(農業従事者の多い)市町村では,より高い地域シェア係数で農業への県内波及効果をその市町村に按分できる.この目的のために「経済センサス―基礎調査」(総務省統計局 2022a)を活用した.経済センサスは,全国一律の産業分類に則って,全国の市町村別・産業別の就業者数を集計しているため,全国を網羅した地域シェア係数のデータベースを容易に構築することが可能であった.

なお,地域シェア法のほかに,市町村レベルの経済波及効果を計測する手法として,市町村別の産業連関表(市町村表)を作成する方法がある(中澤 2002).しかしながら,この手法では,個々の市町村表を作成するのに多大な労力を要するため,全国の市町村を網羅的に分析対象とすることが困難である.例えば,直近 5 年間で実際に市町村表を作成した市町村は,167(全体の 9.6%)と限定的であった(兵法,菊池 2021).

この問題を克服するために,より限られたデータに基づいて,簡便に市町村レベルの波及効果を計測しようとするのが地域シェア法である(大平ら 2000).大平らは,北海道での経済波及効果の分析において,地域シェア法と従来の地域間産業連関分析法を比較した結果,両者は極めて類似した分析結果を与えたと報告した.このことから,本ツールにおいて,地域シェア法に則った市町村別の波及効果の分析手法を,独自の市町村表を持たない自治体も含めて,全国一律に提供することには意義がある.

第三に,全環境影響のうち大きな割合を占める直接環境影響をより精緻に計測できるよう,営農活動が直接消費する化石燃料の消費量を,ユーザーが燃料種ごとに指定できるようにした.さらに,化石燃料の価格変動の影響をなるべく受けないよう,それらの消費量は,物理単位(容量,重量など)で入力することを基本とし,ツール内で金額単位に自動変換することにした.

データベース構築のための材料と方法

1. 産業連関表と雇用表

各都道府県庁(北海道は国土交通省)のホームページから,都道府県表(生産者価格評価表)と雇用表を収集した.原則として 2015 年表を用い,以下 2015 年を本ツールの基準年とする.ただし,石川,奈良の 2 県は,データを収集した 2022 年 2 月時点で 2011 年表が最新であったため,それらを用いた.この措置は暫定的であり,2015 年表が公表され次第,差し替える予定である.

各都道府県とも,いくつかの異なる部門数をもつ産業連関表を提供しているが,そのうち, 2015 年全国産業連関表(総務省統計局 2022b)(以下,全国表)の統合中分類 107 部門におおむね相当する部門分類(96〜109 部門)をもつ表を原則として採用した.各表の内生部門を,表 1 に示す 51 部門に統合した.この統合を行なった理由は,産業連関表の部門構成は県によって異なるため,統合中分類よりもやや大きなくくりで部門を設定しないと,部門構成を県間で統一するために多大な調整作業が必要となるためである.ただし,表1の部門に統合するにあたっても,例外的に以下のような調整を行う必要があった.

表1. 本ツールの産業連関表の部門構成
1 耕種農業
2 畜産
3 農業サービス
4 林業
5 漁業
6 石炭・原油・天然ガス
7 その他の鉱業
8 飲食料品
9 飼料・有機質肥料(除別掲)
10 繊維製品
11 木材・木製品・家具
12 パルプ・紙・紙加工品
13 化学肥料・無機化学製品
14 その他の化学製品
15 石油・石炭製品
16 プラスチック・ゴム製品
17 窯業・土石製品
18 鉄鋼
19 非鉄金属
20 金属製品
21 はん用・生産用機械
22 業務用機械
23 電子部品
24 電気機械
25 情報通信機器
26 輸送機械
27 その他の製造工業製品
28 再生資源回収・加工処理
29 建築
30 建設補修
31 公共事業
32 その他の土木建設
33 電力
34 ガス・熱供給
35 水道・廃棄物処理
36 商業
37 金融・保険
38 不動産
39 運輸・郵便
40 通信・放送
41 情報サービス
42 公務
43 教育
44 研究
45 医療・福祉
46 その他の非営利団体サービス
47 物品賃貸サービス
48 広告
49 その他の対事業所サービス
50 対個人サービス
51 その他
52 (付加価値部門)
注 1)下線は「地元生産型」,他は「広域生産型」部門を示す(本文参照)
注 2)部門 9 の有機質肥料はきゅう肥,鶏ふん(→部門 2)を除く

まず,以下に示す県・部門において,全国表の生産額比を用いて,都道府県表の部門を表1の部門(数字は部門番号)に比例分割した.すなわち,「土木」→ 31 と 32(岩手県),「飼料・有機質肥料・たばこ」→ 9 と「たばこ(8 に統合)」(北海道,京都府,福岡県,熊本県),「化学製品」→13と14(宮城県,島根県)の各県・部門である.ここで,全国表の生産額を代用変数としたのは,これらの部門の県内従業者数の内訳を入手できなかったためである.投入・産出構造は分割した部門間で同一とみなした.

栃木県の「電力・ガス・熱供給」の列部門については,県内従業者数比で同部門の県内生産額を「電力」と「ガス・熱供給」部門に分割し,コントロール・トータル(C.T.)とした.次に,全国表のこれら 2 部門の投入構造を参照して,C.T.を各行に按分した.一方,行部門については,根拠となる情報が得られなかったため,産出構造は同一とし,C.T.比を用いて単純に 2 部門に分割した.

東京都独自の「本社」部門は,「その他の対事業所サービス」部門に統合した.

新潟県と沖縄県の雇用表は,それぞれ 37,35 部門が最も詳しい分類であった.したがって,表 1 の 51 部門のうち,雇用誘発係数を直接得られない部門は,両県の雇用表から得られる最も近い部門と同一であるとみなした.

2. 経済センサス

「平成 26 年経済センサス―基礎調査」(総務省統計局 2022a)の「事業所に関する集計,都道府県別結果」から,全都道府県の「第 3−2 表:産業(中分類)別・市区町村別の従業者数」を収集した.なお,同表は本稿の執筆時点で 2014 年が最新なので, 2014 年のデータで基準年の 2015 年の状況を近似できるとした.

産業は,表 1 の 51 部門に統合し,(1)式により,部門別の地域シェア係数を求めた.

s i r = l i r l i p (1)

s i r ri部門の地域シェア係数, l i r ri部門の就業者数, l i p r町の属するpi部門の総就業者数.

ただし,経済センサスの産業分類のうち,農業,鉱業,飲食品業,化学工業,建設の各産業は,表 1 の部門分類より粗いため,これら産業に属する表 1 の各部門では,地域シェア係数は同一であるとみなした.

3. 環境負荷原単位データ

各産業部門の直接 GHG 排出量および直接エネルギー消費量のデータは,3EID の 2015 年版(国立環境研究所 2022)より引用した.これらを各部門の生産額で除することにより,直接 GHG 排出係数(t-CO2eq/百万円)および直接エネルギー消費係数(GJ/百万円)を求めた.

環境影響と経済波及効果の計測方法

1. ユーザーによるデータ入力と直接環境影響の計測

 本ツールにおけるデータ入力と環境影響・経済波及効果の計測手順の概要を,図 2 に示す.まず,ユーザーが入力するデータ(図 2 の破線部分)と直接環境影響の計測について述べる.

表 2. ユーザーの選択する生産品目
1
2 麦類
3 いも類
4 豆類
5 野菜(露地)
6 野菜(施設)
7 果実
8 砂糖原料作物
9 飲料用作物
10 その他の食用耕種作物
11 飼料作物
12 種苗
13 花き・花木類
14 その他の非食用耕種作物
15 酪農
16 肉用牛
17
18 鶏卵
19 肉鶏
20 その他の畜産
21 獣医業
22 農業サービス(獣医業を除く)
23 育林
24 素材
25 特用林産物(狩猟業を含む)
26 海面漁業
27 海面養殖業
28 内水面漁業
29 内水面養殖業
30 食肉
31 酪農品
32 その他の畜産食料品
33 冷凍魚介類
34 塩・干・くん製品
35 水産びん・かん詰
36 ねり製品
37 その他の水産食料品
38 精穀
39 製粉
40 めん類
41 パン類
42 菓子類
43 農産保存食料品
44 砂糖
45 でん粉
46 ぶどう糖・水あめ・異性化糖
47 動植物油脂
48 調味料
49 冷凍調理食品
50 レトルト食品
51 そう菜・すし・弁当
52 その他の食料品

第一に,営農活動が行われる都道府県と市町村を選択する.ここで選択された都道府県の産業連関表(レオンチェフ逆行列)が自動的に抽出される.また,市町村は 20 箇所まで選択でき,1 市町村を超えた広域の活動も評価できるようにした.

第二に,農林水産業または食品製造業 52 品目(表 2)のなかから,1 つを選択する.これらの品目は,非エネルギー由来 CO2,CH4(メタン),N2O(一酸化二窒素)の各直接排出係数に関連づけられている.ここで,幅広に品目の選択肢を設けたのは,ひろく農林水産業および関連の第 2 次産業を含めた評価が行えるようにするためである.

第三に,営農活動で消費する化石燃料と系統電力を,物量で入力する.ただし,ユーザーが物量で把握していない場合は,購入額でも入力できるようにする.その場合は,後述の生産者価格への換算(マージンの剥ぎ取り)を経て,全国表の「物量表」(総務省統計局 2022b)により物量に変換する.これら物量に,各燃料種の単位発熱量(GJ/物量)と単位発熱量あたり CO2 排出係数(t-CO2/GJ)(国立環境研究所 2022)を乗じて,直接環境影響を計測する.

第四に,営農活動で直接使用する非エネルギー中間投入財の購入額および付加価値額(農業従事者の賃金等)を入力する.中間投入額は,ユーザーが容易に把握できる購入者価格で入力するので,産業連関モデルへの入力とするために,生産者価格に変換する.すなわち,全国表の「投入表」(総務省統計局 2022b)に基づいて,商業・運輸マージンを剥ぎ取り,これらマージンをそれぞれ商業・運輸部門からの投入額に加算するとともに,残額を,もとの内生部門からの投入額として勘定する.

2. 都道府県レベルの生産誘発効果と間接環境影響の計測

第一に,各都道府県表から,各県個別に輸移入外生型((I – A)-1 型)および輸移入内生型((I – (I – M)A)-1 型)レオンチェフ逆行列を求め,あらかじめデータベースに格納しておく.これらを用いて,(2),(3),(4)式により,それぞれ総生産誘発効果(県内外・国外への波及を全て含む)と県内,県外への生産誘発効果を求めた.

𝐱 1 = ( 𝐈 𝐀 ) 1 𝐟 (2)

𝐱 2 = [ 𝐈 ( 𝐈 𝐌 ̂ ) 𝐀 ] 1 [ ( 𝐈 𝐌 ̂ ) 𝐟 ] (3)

𝐱 3 = 𝐱 1 𝐱 2 (4)

𝐱 1 :総生産誘発効果ベクトル; 𝐱 2 :県内生産誘発効果ベクトル; 𝐱 3 :県外生産誘発効果ベクトル(国外を含む); 𝐈 :単位行列; 𝐀 :指定された県の投入係数行列; 𝐌 ̂ :指定された県の輸移入係数を対角要素とする対角行列; 𝐟 :営農活動の中間投入額ベクトル; ( 𝐈 𝐀 ) 1 :輸移入外生型レオンチェフ逆行列; [ 𝐈 ( 𝐈 𝐌 ̂ ) 𝐀 ] 1 :輸移入内生型レオンチェフ逆行列

ただし,(2)式の総生産誘発効果は,輸移入財を全て県内で自給した(すなわち(3)式の輸移入係数を全てゼロ)と仮定した場合の仮想的な誘発効果である(環太平洋産業連関分析学会 2010).そのため,(2)式により,理論上は輸移入財の生産(すなわち県外への漏出分)を含めた波及効果を計測可能だが,県内の生産構造と,現実に輸移入財が生産される県外の構造は一般に異なるため,その分,県外漏出分の計測に誤差が生じることに留意が必要である.県外漏出分をより正確に計測するには,全ての都道府県の投入構造を記述した「都道府県間産業連関表」などを用いた分析が必要である.

第二に,(2)式の総生産誘発効果に直接環境影響係数を乗じ,間接環境影響を求めた.

𝐠 = 𝐆 ̂ 𝐱 1 𝐆 ̂ ( 𝐈 𝐀 ) 1 𝐟 (5)

𝐞 = 𝐄 ̂ 𝐱 1 𝐄 ̂ ( 𝐈 𝐀 ) 1 𝐟 (6)

𝐠 :間接 GHG 排出量ベクトル(t-CO2eq); 𝐆 ̂ :直接GHG排出係数を対角要素とする対角行列(t-CO2eq/百万円); e :間接エネルギー消費量ベクトル(GJ); 𝐄 ̂ :直接エネルギー消費係数を対角要素とする対角行列(GJ/百万円)

 (5),(6)式では,国外を含む総生産誘発効果 𝐱 1 を用いていることから,理論的には国外における輸入財の生産にかかる GHG 排出量も含めて評価している.これに対して,従前のツールでは,輸入内生型レオンチェフ逆行列により求めた国内波及効果を用いて,国内に限定したGHG排出量を計測していた(上田,國光 2018;上田ら 2019).したがって,本ツールとの間では,輸入財の国外生産にかかるGHG排出量の分だけ評価に差がある.ただし,生産誘発効果の計測と同様の理由で,輸移入外生モデルを用いた輸移入財の生産にかかるGHG排出量の計測には誤差が不可避であることに留意が必要である.

第三に,(2),(3)式では,最終需要 𝐟 として営農活動の中間投入額ベクトルを与えていることから,生産誘発効果 𝐱 1 𝐱 2 は,間接効果のみを計測している(図 1 参照).したがって,これらにそれぞれ直接効果,すなわち最初に投入した金額の合計(中間投入額+付加価値額)を加算したものが,ツールの出力として表示される生産誘発効果(後方連関効果)である(図 2 の網掛け).同様に,間接効果 𝐱 1 に環境影響係数を乗じて求めた 𝐠 𝐞 も,間接影響のみを表している((5),(6)式).したがって,これらに前節で求めた直接影響を加算して,全環境影響とする.なお,環境影響については,経済波及効果と異なり,どこで発生したかよりもその総量が重要であるので,県ないし市町村レベルの地理的内訳は示さない.

3. 市町村レベルの生産誘発効果の計測

第一に,直接効果については,全て営農活動が行われる(ユーザーによって指定された)市町村に配分した.

第二に,地域シェア法により,市町村別・産業別の就業者数比を用いて,県内への間接効果を,当該の市町村に配分した((7)式).

𝐱 𝐫 = 𝐒 ̂ 𝐱 2 (7)

𝐱 𝐫 :指定された市町村内への間接生産誘発効果ベクトル; 𝐒 ̂ :指定された市町村の産業別地域シェア係数(複数の市町村が指定された場合は,それら市町村の係数の合計)を対角要素とする対角行列

第三に,間接効果のうち,大きな割合を占める 1 巡目の効果,すなわち,営農者自身による中間投入財の購入については,上田ら(2020)にならい,(7)式の地域シェア法によらず,ユーザーが入力した各投入財の購入場所に基づいて具体的に町内外に配分した.すなわち,町内での購入分については,農産物など「地元生産型」の投入財であれば全額を町内に,工業製品など「広域生産型」の投入財であれば商業・運輸マージンのみを町内,残額を町外に配分した.町外での購入分については,全額町外に配分した.なお,上田ら(2020)が多面的機能支払交付金の特殊性を考慮して導入した,建設外注分(建設補修部門)の特殊な扱いは,本ツールでは行わず,全ての中間投入財の購入を 1 巡目の間接効果とした.

4. 付加価値誘発効果と雇用誘発効果の計測

付加価値誘発効果は,最終的に家計所得の増加分がどの地域に帰着したかを示す指標であり,雇用誘発効果は,生産誘発に伴って創出が期待される雇用者の数を示す.両効果は,生産誘発効果に,それぞれ付加価値率(付加価値額/総生産額)と雇用誘発係数(就業者数/総生産額)を乗じて求めた((8),(9)式).各産業の付加価値額は都道府県表から,就業者数は雇用表から引用した.

𝐯 = 𝐕 ̂ 𝐱 (8)

𝐥 = 𝐋 ̂ 𝐱 (9)

𝐯 :付加価値誘発効果ベクトル; 𝐕 ̂ :付加価値率を対角要素とする対角行列

𝐥 :雇用誘発効果ベクトル; 𝐋 ̂ :雇用誘発係数を対角要素とする対角行列

なお,(8),(9)式の 𝐱 には,都道府県レベルの生産誘発効果( 𝐱 1 または 𝐱 2 )が代入される.詳細は割愛するが,県内波及効果を市町村に配分する方法も,生産誘発効果と同様である.また,(8),(9)式は間接効果であり,これらにユーザーが与えた直接効果(それぞれ,営農活動自体の付加価値(給料等)および就業者数)を加算してツールの出力とする(図 2 の網掛け).

ツールによる事例分析

ここで,本ツールによる事例分析を 2 つ紹介する.評価対象地域は,農林水産研究推進事業委託プロジェクト研究「脱炭素型農業実現のためのパイロット研究プロジェクト」の実証地区である,栃木県那須塩原市と北海道河東郡鹿追町とする.以下,シナリオ間の比較を容易とするため,いずれのシナリオも,生産額 100 万円(生産者価格)あたりの評価とする.また,使用する電力は,系統電力から購入することを前提とする.

以下では,施設野菜と酪農を事例とした分析について述べるが,それぞれの慣行生産シナリオでは,全国表(基本分類表)の投入構造,すなわち当該列部門の投入係数を,部門を統合した上で,そのまま最終需要ベクトルとして与えた.ここで,都道府県表ではなく,全国表を参照したのは,都道府県表では,詳細な生産品目ごとの投入構造に関する情報が得られないためである.

1. 施設野菜生産における暖房のヒートポンプ代替効果

慣行の施設野菜生産の暖房に使用するA重油をヒートポンプ(以下,HP)で代替した場合の環境影響を評価する.ただし,重油ボイラーやHPの製造・設置にかかる環境影響はシステム境界(分析対象)外とし,これらの運用に絞った評価を行う.HP は,再生可能エネルギーである環境中(大気中,地中,水中)の熱を採取・移動することにより,ポンプを稼働するための電力量を上回る熱量を得る装置である.移動した熱量をポンプ稼働の消費電力量で除した値を COP(Coefficient of Performance,成績係数)という.

施設野菜生産は,那須塩原市で行われたとする.慣行栽培シナリオでは,全国表(基本分類表)から抽出した「野菜(施設)」列部門の投入構造に則して,化石燃料および他の投入財が使用されたと仮定する.さらに,簡単のため,化石燃料のうち,A 重油のみがボイラー暖房に使用されたと仮定する.ここで,全国表(基本分類表)の当該列部門から情報を抽出すると,100 万円(生産者価格)の施設野菜生産に対し,A 重油が 468 L 使用されたと見なすことができる.これを物理単位にすると,18,206 MJ または 5,058 kWh に相当する.ボイラーの燃焼効率は 100%とみなす.

この需要熱量を HP で代替した場合,HP で消費する電力量は,需要熱量を COP で除した値となる.ここでは,古野ら(2012)の平均的な成績にならい,空気熱源 HP および地中熱源 HP の COP をそれぞれ 2.14,3.89 と仮定する.すると,空気熱源および地中熱源 HP で消費する電力量は,それぞれ 2,364 kWh,1,300 kWh となる.これらを,全国表にもともと記載されている電力消費量(これは,暖房以外の用途,例えば照明に使用されたと想定)に加算する.一方で,HP によって代替された A 重油の使用量を 0 L とする.なお,実際の施設野菜栽培では,化石燃料とHPによる暖房を併用する運用(川嶋ら 2008)もありえるが,ここでは,簡単のため,暖房は全て HP で代替されると仮定した.

表 3.営農活動の環境影響と生産誘発効果の事例分析結果
生産品目 施設野菜 施設野菜 施設野菜 酪農 酪農
シナリオ 慣行 空気熱源HP 地中熱源HP 慣行 慣行
評価対象地域 那須塩原市 那須塩原市 那須塩原市 那須塩原市 鹿追町
温室効果ガス(GHG)排出量(単位:t-CO2eq)
 直接排出(電力を除く) 1.915 0.625 0.625 6.580 6.580
  うちエネルギー由来CO2 1.343 0.053 0.053 0.063 0.063
  うち非エネルギー由来 CO2 0.046 0.046 0.046 0.000 0.000
  うち CH4 0.007 0.007 0.007 5.679 5.679
  うち N2O 0.519 0.519 0.519 0.838 0.838
 間接排出 2.151 3.362 2.731 3.032 3.579
  うち直接電力消費 0.241 1.427 0.893 0.242 0.242
  うちその他 1.910 1.935 1.837 2.790 3.338
 全排出量計 4.066 3.987 3.355 9.612 10.160
 慣行シナリオからの削減率(%) - 1.9 17.5 - -
エネルギー消費量(単位:GJ)
 直接消費(電力を除く) 19.017 0.811 0.811 0.930 0.930
 直接電力消費 3.676 21.757 13.619 3.686 3.686
 間接消費 23.120 23.880 22.691 26.856 30.362
 全消費量計 45.813 46.448 37.122 31.472 34.978
 慣行シナリオからの削減率(%) - -1.4 19.0 - -
生産誘発効果(単位:100 万円)
 自県内 1.176 1.202 1.190 1.185 1.501
  うち自市町村内 1.123 1.123 1.123 1.129 1.216
  うち他の市町村 0.053 0.079 0.067 0.055 0.284
 県外(国外含む) 0.579 0.594 0.563 1.033 0.839
 合計 1.754 1.796 1.753 2.218 2.340
 自市町村内率(%) 64 63 64 51 52
 自県内率(%) 67 67 68 53 64
注)生産額 100 万円(生産者価格)あたりの影響・効果を示す.

以上のシナリオに沿って評価した結果を,表 3 に示す.まず,GHG 排出量のうち「直接排出(電力を除く),うちエネルギー由来 CO2」を比較すると,A 重油を使用する慣行栽培(1.343 t-CO2eq)に比べて,HP 代替シナリオでは大幅に削減されている(0.053).一方で,「間接排出,うち直接電力消費」において,HP 運転のための電力消費による排出増加が加算されるので,慣行栽培(0.241)に比べて,空気熱源および地中熱源 HP では,それぞれ 1.427,0.893 まで増加する.なお,ここで加算される排出量は,系統電力の火力発電所で間接排出される GHG である.2015 年の系統電力の電源構成では,火力発電が 88.7%を占めた(日本エネルギー経済研究所 2020)ため,A 重油を系統電力による HP の運転で代替した場合,電力部門からの GHG 排出量の増加が無視できないことがわかる.

直接・間接の GHG 排出量の合計をみると,慣行栽培の 4.066 に対して,空気熱源および地中熱源 HP で,それぞれ 3.987,3.355 まで削減される.したがって,系統電力を使用する場合,空気熱源 HP では,重油代替による削減と火力発電所における増加がほぼ相殺されてしまうが,COP の大きい地中熱源HPでは,削減効果が上回り,差し引き 17.5%の GHG 排出削減効果が得られることがわかる.

次に,エネルギー消費量をみると, A 重油の削減は「直接消費(電力を除く)」に,HP による電力消費の増加は「直接電力消費」に反映される.ただし,ここで注意すべきは,「直接電力消費」の項目は,農業施設で使用する電力量ではなく,その電力量を供給するために発電所で投入されるエネルギー量を示していることである.2015 年の火力発電所における標準的なエネルギー転換効率(汽力発電所熱効率)は 43%とされている(日本エネルギー経済研究所 2020)ことから,ある電力量を需要家に届けるために,そのおよそ 2 倍強の化石燃料エネルギーを火力発電所で投入していることになる.したがって,消費電力量の 2.14 倍の熱量を採取できる空気熱源 HP を使用すると,HP のエネルギー削減効果と発電所でのエネルギー損失がおおむね相殺され,正味(全消費量計)ではエネルギー消費量はほぼ横ばいとなる.これに対し,COP の大きい地中熱源 HP を用いると, HP のエネルギー削減効果の方が大きくなり,正味で 19.0%の消費エネルギー削減となる.

以上の結果から,今後重油暖房の HP 代替による GHG 排出削減効果を高めていくためには,(1)地中熱源 HP など,COP の大きい HP の開発・普及を進めていくことと(2)HP に供給する電源をできるだけ低炭素の再生可能エネルギーで置き換えていくこと,の 2 点がともに重要である.

2. 酪農生産における生産地域間の比較

次に,酪農生産を事例として,那須塩原市と鹿追町の 2 地域で生産した場合の環境影響と経済波及効果(生産誘発効果のみを抜粋)を比較する(表 3).ここでは,両地域とも,慣行の酪農業を代表する全国表の「酪農」部門の投入構造を仮定した.ここでは地域比較を行うため,本来であれば,それぞれの地域の投入構造を参照すべきだが,前述の通り,都道府県表からはその情報が得られないため,全国表で代用した.したがって,両者の違いは,用いる産業連関表と地域シェア係数,すなわち,仮定する地域経済の構造のみである.

環境影響の評価結果をみると,地域経済の構造と関係のない,直接 GHG 排出・エネルギー消費および直接電力消費にかかる評価項目は,両地域で同一である.両者が異なる間接 GHG 排出(その他)と間接エネルギー消費では,鹿追町の方がやや大きい.その原因を特定することは難しいが,両地域で生産される畜産部門の品目構成の違いなどが影響していると考えられる.

生産誘発効果をみると,県外まで含めた総波及効果では大きな違いはないが,自県内への波及割合では,鹿追町(北海道)の方がかなり大きいことがわかる(64%).これは,北海道のほうが,栃木県に比べて,畜産部門にかかわる川上産業が道内で完結する割合が大きいことを示している.

さらに,施設野菜と酪農の評価結果を比較すると,全般的に異なる結果が得られた.これは,両者の間で大きく異なる投入財の構成や,非エネルギー由来の GHG 排出係数の違いなどを反映している.

今後の課題

本研究では,都道府県内産業連関表などを用いることにより,環境影響と地域経済波及効果を同時に計測できるツールを開発した.事例分析により,本ツールは,系統電力や化石燃料をはじめとする,市場取引される投入財の量を増減させた場合,あるいは異なる地域の環境影響や経済波及効果を比較できることを示した.

他方で,本ツールは,産業連関表や 3EID などの既存の統計資料に依存しているため,それらに記載されない条件を前提とする評価が困難である.例えば,営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)の導入や水稲栽培における中干し期間の延長などは,既存の産業の枠組みにとどまらない試みである.したがって,そのような新たな試みを評価していくには,現地調査による追加的なデータと新たな評価手法,例えば,積み上げ法による LCA と産業連関分析のハイブリッドモデルを導入していくことが求められる.その場合,精緻な評価を行いつつも,一般のユーザーがデータ入力に負担感を覚えない簡便なツールを提供していくことは,今後に残された課題である.

また,本ツールでは,環境影響と県・町レベルの地域経済波及効果の同時計測を行うために,あえて一般的な全国表ではなく,都道府県表を採用した.本稿では,経済波及効果の評価に深く立ち入ることはできなかったが,このような本ツールの特色を生かしていくためには,脱炭素化に向けた農業推進の取組みの評価指標の一つとして,地域経済波及効果をどのように組み入れていくか,さらに議論を深めていく必要がある.

謝辞

本研究は,農林水産省委託プロジェクト研究「農林水産研究推進事業(脱炭素型農業実現のためのパイロット研究プロジェクト)」JPJ009819 の補助を受けて行った.

利益相反の有無

著者は開示すべき利益相反はない.

References
 
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