2025 Volume 2025 Issue 20 Pages 109-
オーチャードグラスにおいて,水溶性炭水化物(WSC)の改良を育種目標として,遺伝資源のWSC含量を評価したところ大きな遺伝的変異が見られた.これらの遺伝資源を育種母材として農研機構北海道農業研究センターと雪印種苗株式会社との共同により中生新品種「えさじまん」を育成した.出穂始日は,「ハルジマン」と同日の6月2日で,早晩性は「中生の晩」である.地域適応性検定試験における乾物収量は,全場所平均で「ハルジマン」比104%でやや多収である.水溶性炭水化物含量は,場所および年間を通して「ハルジマン」より約3ポイント高い.繊維成分含量は,「ハルジマン」より低い.推定TDN含量は,「ハルジマン」より約2ポイント高く,TDN収量は「ハルジマン」比109%である.サイレージ発酵品質は,Vスコアが「ハルジマン」より高い.「えさじまん」サイレージを搾乳牛に給与したところ,産乳量が「ハルジマン」より4%多かった.「えさじまん」に引き続き,WSC含量の高い早生の「わせじまん」と極晩生「きたじまん」を育成した.これら一連の高WSC含量品種は,北海道と東北の自給飼料の生産性向上と高品質化に貢献できる.
The water-soluble carbohydrates (WSC) content of genetic resources in orchardgrass was evaluated to improve WSC content, and significant genetic variation for WSC content was found among them. ‘Esajiman’, a new cultivar of orchardgrass (Dactylis glomerata L.), was developed by Hokkaido Agricultural Research Center, NARO, in collaboration with Snow Brand Seed Co., Ltd. using these genetic resources as breeding material. The heading date of ‘Esajiman’ was 2 June and was a medium late maturity as well as ‘Harujiman’. The total dry matter yield across three years in regional performance testing in ten locations averaged 4% higher than that of ‘Harujiman’. The water-soluble carbohydrate (WSC) content was 3 percentage points higher than that of ‘Harujiman’ across three years and four locations. Its fiber contents were lower than those of ‘Harujiman’. The estimated total digestible nutrient content of ‘Esajiman’ was 2 percentage points higher than that of ‘Harujiman’, and its total digestible nutrient yield was 9% higher. The value of fermentation quality of ‘Esajiman’ silage, measured as the V-score, was higher than that of ‘Harujiman’ silage. Milk production was 4% higher than that of ‘Harujiman’ when the silage of ‘Esajiman’ was fed to milking cows. Following ‘Esajiman’, early maturity cultivar ‘Wasejiman’ and very late maturity cultivar ‘Kitajiman’ with high WSC content were bred. These varieties with a high WSC content can contribute to an increase in the productivity and quality of self-sufficient feed in the Hokkaido and Tohoku regions.
北海道の酪農は,約53万 ha(2023年)の広大な牧草地から生産される自給飼料を基盤としており,生乳生産量は全国の約57%(2023年)を占めている(北海道農政部 2024).北海道の酪農経営においては,飼料の50%近くを輸入飼料に依存しており,輸入飼料はロシアによるウクライナ侵攻などの国際情勢および急激な円安など為替相場の変動によって価格が大きな影響を受けることから,安定経営のためには飼料自給率の向上が不可欠である.酪農経営における牛乳生産費の46%を飼料費が占め,飼料の国際価格の高騰や1戸当たりの飼養頭数の増加に伴いその費用は年々増加しており,持続的な酪農経営のためには自給飼料の生産性向上と高品質化を図ることが重要である.さらに,近年の気候変動による高温・干ばつなど生育環境の変化に対して安定した生産性が求められている.
北海道の草地は,越冬性と家畜の嗜好性に優れるチモシー(Phleum pratense L.)が約80%を占めているが,2012〜2014年に行われた道内の草地植生調査によると,チモシー草地の冠部被度はチモシー43%,マメ科牧草9%,雑草40%,裸地8%で,チモシー草地の植生が雑草侵入により悪化していることが報告されている(大塚 2016).オーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)は,北海道ではチモシーに次いで栽培が多く,その面積は道内草地の10~15%と推察される.オーチャードグラスは,耐旱性など環境耐性に優れるとともに,地下茎型イネ科雑草との競合力にも優れ,良好な植生を維持できることが知られている.さらに,再生力に優れることからマメ科牧草との混播にも適している.このため,オーチャードグラスの利用拡大により,道内草地の植生改善が図られるとともに,マメ科牧草との混播による飼料品質の向上と施肥量削減の効果が期待できる.
農研機構北海道農業研究センター(北農研)は,1960年代からオーチャードグラスの育種に取り組み,1970年代に道東を中心にオーチャードグラスが大規模な冬枯れを起こしたことから,越冬性の改良を主要な育種目標として品種育成を進めてきた.早生の「はるねみどり」(2007年品種登録)や中生の「ハルジマン」(2001年品種登録)など,近年育成された品種は,冬季の気象条件の厳しい道東地域においても安定した越冬性を示す水準に達しており,北海道立根釧農業試験場(現道総研酪農試験場,中標津町)における耐寒性特性検定試験では,「はるねみどり」の耐寒性と「ハルジマン」の耐病性(雪腐病)は,それぞれ“強”と判定されている(眞田ら 2006,山田ら 2002).
オーチャードグラスは,チモシーやペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)より酸性デタージェント繊維(ADF)が高いなど飼料品質が低い場合があり,特に気温の高い夏季に収穫される2番草の飼料品質が低いとされている(増子ら 1994).そのため,北農研ではこれまでの越冬性の改良に加えて,新たに飼料品質の改良に着手した.飼料品質の改善では,家畜の採食性や消化性およびサイレージの発酵品質との関連が知られている水溶性炭水化物(WSC)含量に着目した.WSCは,サイレージ調製において乳酸発酵の基質となるため,原料草のWSC含量はサイレージの発酵品質と密接に関連している(増子 1999).さらに,サイレージの発酵品質が高まると,乾物摂取量と栄養価が向上し,家畜が摂取する養分量が増えることが知られている(増子ら 2009).イネ科牧草のWSCは,オーチャードグラス,ペレニアルライグラスおよびトールフェスク(Festuca arundinacea Schreb.)において,家畜の採食性(Bland and Dent 1964,雑賀 1981,Mayland et al. 2001)や消化率(Humphreys 1989)と正の相関があることが報告されている.そのため,オーチャードグラスの育種においてWSC含量を高めることにより,サイレージの発酵品質や消化性および採食性の向上が期待される.さらに,飼料品質の改良に並行した収量性の改良による栄養収量性の向上についても育種目標に設定し,自給飼料の生産性向上に貢献できる品種の育成を目的とした.
育種の開始に際して,改良の目的となる形質について遺伝的変異を明らかにし,広範な遺伝資源を供試してその中から育種のための素材を見いだす必要がある.オーチャードグラスのWSC含量を改良するに当たり,育種素材を見出すことを目的として,日本や世界各地で育成された品種・系統および保存優良栄養系について,WSC含量の変異をそれぞれ明らかにした.さらに,WSC含量の選抜効果を明らかにするために,WSC含量の異なる栄養系とその後代系統を用いて,WSC含量の遺伝的変異と主要な飼料成分である粗タンパク質(CP)および繊維成分との遺伝相関および遺伝率を評価した.
1.導入品種および育成品種・系統におけるWSC含量の変異オーチャードグラスは,北米やヨーロッパ,オーストラリア,ニュージーランドなど世界各地で育種が行われており,早晩性や形態的特性の異なる様々な品種が育成されている.乾物消化率については,品種間で大きな変異があることが明らかとなっており(雑賀 1981),WSC含量についても大きな変異があることが予測される.オーチャードグラスの育成品種・系統および導入品種97点を早生品種・系統30点(早生群),中生品種・系統34点(中生群),晩生品種・系統33点(晩生群)の3群に分けて,飼料成分を評価した(Sanada et al. 2004).各番草におけるWSC含量は,いずれの品種・系統群についても,一部の番草を除いて品種・系統間で有意差が認められた(表1).品種群別のWSC含量の平均値は,早生と中生は約6.5%で同等であったが,晩生は8.7%で高い傾向であった.原産地とWSC含量の関係については,「はるねみどり」など北海道で育成された品種がやや高い傾向であったが,全般的には一定の傾向はみられなかった.これらの結果から,オーチャードグラスのWSC含量については,品種・系統間で変異が認められ,育種によりその含量を改良できる可能性が示された.
注)* と ** はそれぞれ5%および1%水準で有意,ns:有意差なし.Sanada et al. (2004)を改変して作成.
オーチャードグラスでは,栄養系の表現型選抜により「ハルジマン」など耐病性や越冬性に優れる品種が育成されている(山田ら 2002).北農研では,耐病性や越冬性に優れる栄養系をこれまでに多数選抜しており,これらの中にWSC含量について大きな変異が存在する可能性があると考えられた.そこでオーチャードグラスの保存優良栄養系240点について,2番草のWSC含量を調査した.本試験では,優良栄養系についてWSC含量の変異を明らかにして,WSC改良のための育種素材としての可能性を検討した.図1に栄養系の2番草WSC含量について,2カ年平均値の分布を示した.WSC含量の平均値は9.9%で,変異幅は2.5~22.3%であった.約半数の栄養系は,WSC含量が6~12%の間に含まれた.WSC含量が15%以上の栄養系は,全体の約11%であった.WSC含量の年次間の相関係数はr=0.67(n=240,P<0.001)で,高い年次間相関を示したことから,栄養系のWSC含量は年次間の序列変動が小さく,安定して選抜できることが明らかとなった.
以上の結果,保存優良栄養系についてWSC含量に大きな変異が認められ,この中から中生から晩生の高WSC含量栄養系を選抜し,「えさじまん」育成の育種母材とした.
作物の育種において,改良の目的となる形質が後代にどの程度遺伝するかを知ることは,育種を効率化するために重要である.また,WSCの選抜を進めるに当たっては,WSCの選抜に伴って収量やその他飼料成分がどのように反応するかについて明らかにする必要がある.WSC含量の異なる栄養系とその後代を用いて,繊維成分等の飼料成分および乾物収量との遺伝相関とWSC含量の遺伝率を明らかにした(Sanada et al. 2007).後代系統の単少糖,フルクタンおよびWSC含量とCP,ADFおよび中性デタージェント繊維(NDF)との間には,負の表現相関および遺伝相関がみられた(表2).単少糖,フルクタンおよびWSC含量とNDFとの間の遺伝相関は,-0.48~-0.62で特に高かった.単少糖,フルクタンおよびWSCは,乾物収量との間に有意な遺伝相関はなかった.単少糖,CP,ADF,NDFおよび収量における狭義の遺伝率(hn)は,0.69~0.71で比較的高い値であった.親子間の相関係数は,各成分とも有意な正の値であった.この結果から,WSC含量を高める選抜により,繊維成分が低下するとともに,収量性への影響なしに選抜ができることが示された.また,WSC含量の遺伝率は高いことから,循環選抜により高い選抜効果が得られることが示唆された.
注)Sanada et al. (2007)を改変して作成.1) **, *; P<0.01, P<0.05.2) hb:親栄養系における広義の遺伝率,hn:多交配後代系統における狭義の遺伝率,r:親栄養系と多交配後代系統との間の相関係数.3) WSC:水溶性炭水化物,単少糖とフルクタンの合計,CP:粗タンパク質,ADF:酸性デタージェント繊維,NDF:中性デタージェント繊維.
「えさじまん」の育成経過を図2に示した.「えさじまん」の育成方法は,母系間および母系内選抜法である.2000年に北農研に保存されている中生から晩生の優良栄養系240点の2番草WSC含量を評価した.2001年にWSC含量の高い15栄養系を選抜し,隔離交配した.2002年にその後代である15母系を個体植し,2002年と2003年に母系のWSC含量と収量性を評価するとともに,越冬性と耐病性に優れる151個体を一次選抜した.2004年にこれらの中からWSC含量の高い9母系18個体を選抜し,隔離交配した.2005年にその後代である18母系を定植し,個体植区と収量および成分評価区を設けた.2006年に母系の収量性とWSC含量等の飼料成分を評価するとともに,越冬性と耐病性に優れる264個体を一次選抜し,2007年にその中からWSC含量の高い9母系22個体を選抜した.これらを隔離交配して,種子を等量混合し「北育92号」を付した.2008年に増殖2代種子を採種し同年に「北育92号」を含む4候補系統を北農研,雪印種苗(株)北海道研究農場,同芽室試験地および別海試験地の4場所に播種し,収量性と生育特性を2009年から2010年の2カ年評価した.北農研において各場所および各系統のWSC含量を評価し,雪印種苗において各場所および各系統のサイレージ発酵品質と採種性を評価した.これらの結果,「北育92号」が有望であると認められたため,地域適応性検定試験への供試系統として選定し,「北海30号」を付した.
2011年から2014年にかけて,「北海30号」増殖2代種子を供試して,道内9場所において中生の「ハルジマン」を標準品種として地域適応性検定試験を実施した.北農研において混播適性等の特性検定試験とWSC含量等の飼料成分の評価を行い,雪印種苗においてサイレージの発酵品質等を評価した.その結果,「北海30号」は「ハルジマン」に比べて各地域の収量性が優れWSC含量が高いことから,2015年に北海道優良品種に認定され,同年に「えさじまん」として品種登録出願し,2017年3月15日に登録番号25796で品種登録された(眞田ら 2020).
「えさじまん」の出穂始日は,全場所平均では6月2日で中生標準品種「ハルジマン」と同日であることから,早晩性は「ハルジマン」と同じ“中生の晩”であった(表3).越冬性と早春の草勢は,「ハルジマン」よりやや優れた(表3).耐寒性特性検定試験における耐寒性は“中~やや弱”で「ハルジマン」と同程度,雪腐病に対する耐病性は“中”で「ハルジマン」より劣ったが(表3),各地域での越冬状況から越冬性については実用上は問題ないと判断された.北海道における主要病害のすじ葉枯病,雲形病および黄さび病罹病程度は「ハルジマン」より低く,耐病性は「ハルジマン」より優れた(表3).
1) 北農研,道総研上川農試天北支場(現酪農試天北支場),同畜試,同根釧農試(現酪農試),家畜改良センター十勝牧場,同新冠牧場,雪印長沼,雪印芽室,雪印別海,2) 播種年を除く2-4 年目,3)北農研,道総研上川農試天北支場(現酪農試天北支場),同畜試,同根釧農試(現酪農試),家畜改良センター十勝牧場,雪印長沼,雪印芽室,4) アカクローバ品種「ナツユウ」,アルファルファ品種「ハルワカバ」,播種量はオーチャードグラス2 kg/10a,マメ科0.65 kg/10a,乾物収量はイネ科とマメ科の年間合計.
地域適応性検定試験(採草利用)における播種後2から4年目までの3カ年平均乾物収量を図3に示した.「えさじまん」の乾物収量は,北農研,長沼,天北,別海で「ハルジマン」比107~110%で多収であった.その他の場所では「ハルジマン」比97~104%で,全場所平均は「ハルジマン」比104%であり,「ハルジマン」よりやや多収であった.番草別乾物収量は,1および2番草は全場所平均で「ハルジマン」比104%でやや多収,3番草は106%で多収であった(表3).「えさじまん」は,年間を通して「ハルジマン」よりやや多収な傾向を示した.
放牧利用を想定した多回刈では,3か年合計収量は「ハルジマン」比103%でやや多収であった(表3 ).1番草を出穂期に刈取り,2番草以降は放牧を想定した多回刈を行う採草放牧兼用利用では,3か年合計収量が「ハルジマン」比106%で多収であった(表3).
以上のように,「えさじまん」の収量性は,「ハルジマン」に比べて採草利用と多回刈(放牧利用)ではやや多収,採草放牧兼用利用では多収であった.
注)乾物収量は播種後2-4 年目の3 カ年平均.天北:上川農業試験場天北支場(現酪農試験場天北支場),畜試:道総研畜産試験場,根釧:根釧農業試験場(現酪農試験場),十勝牧場:家畜改良センター十勝牧場,新冠牧場:同新冠牧場,雪印長沼:雪印種苗(株)北海道研究農場,雪印芽室:同芽室試験地,雪印別海:同別海試験地.バーの上のカッコは「ハルジマン」比(%).
「えさじまん」のWSC含量は,4場所3カ年平均で11.9%であり,「ハルジマン」より3.3ポイント高く,各番草においても「ハルジマン」より2.7ポイント以上高かった(表4).「えさじまん」のWSC含量は,年間を通して良好なサイレージ発酵の目安とされる値(10%)を概ね上回ることから,良質なサイレージ調製が可能であると考えられた.NDFは,各番草ともに「ハルジマン」より約2ポイント低く,繊維成分(ADFおよびNDF)も「ハルジマン」より低かった(表4).推定可消化養分総量(TDN)含量は,各番草とも「ハルジマン」より高く,年間平均では「ハルジマン」より1.8ポイント高かった(表4).TDN収量は,3場所2カ年平均で「ハルジマン」より9%多く,栄養収量が多かった(表4).
「えさじまん」とオーチャードグラスおよびチモシー既存品種を供試して,出穂始ごろから3日毎に試料を採取し,第一胃内乾物消失率を評価したところ,「えさじまん」はオーチャードグラス既存品種(「ハルジマン」および「バッカス」)およびチモシー極早生品種「ユウセイ」より第一胃内乾物消失率が高く推移し,チモシー早生品種「ホライズン」と同等の消化性を示した(図4).
以上の結果から,「えさじまん」は「ハルジマン」に比べてWSC含量が年間を通して高く繊維成分が少ないことから,栄養価が高く消化性に優れ,TDN収量(栄養収量)が多い品種であることが示された.また出穂に伴う乾物消失率の低下がオーチャードグラス既存品種より少ないことから,1番草において生育ステージの進行による消化性低下の程度は既存品種より低いと判断された.
1) CP:粗タンパク質,ADF:酸性デタージェント繊維,NDF:中性デタージェント繊維,WSC:水溶性炭水化物,TDN:可消化養分総量(NRC2001 式による),DMD:第一胃内乾物消失率,CP,ADF,NDF,TDN は北農研の2 カ年平均,WSC は4 場所3 カ年平均,DMD は2012 年3 場所平均.2) カッコ内は「ハルジマン」比(%),3 場所2 カ年の平均.
注)OG はオーチャードグラス,TY はチモシー.眞田ら(2020)より作成.
「えさじまん」のサイレージ適性をパウチ法とボトル法による簡易評価により調査した(表5).「えさじまん」のサイレージ発酵品質は,予乾なしで調整した場合にパウチおよびボトルのいずれの方法においても,一部を除いてVスコア(サイレージ発酵品質の良否を示す指標)が「ハルジマン」より高い値を示した(表5).予乾した場合は,Vスコアはパウチ法では差が見られなくなったが,ボトル法のすべての番草は「ハルジマン」より高かった.「えさじまん」は,WSC含量が「ハルジマン」より高いことから,サイレージ調製において天候不良により予乾による水分調整ができない場合でも,発酵品質が良好となる可能性が示された.
V スコア:サイレージの発酵品質の良否を示す指標,揮発性脂肪酸とアンモニア態窒素含量から算出.100 点満点で,80 点以上が「良」,79 ~ 60 点が「可」,59 点以下が「不良」.1) 原料草約100 g を調製,乳酸菌添加なし,4 場所平均.2) 原料草約650 g を調製,乳酸菌添加なし,4 場所平均.3) 1 日予乾後に調製.4) 2012 年と2014 年の4 場所平均.5) 調製時の原料草の水分.
アカクローバとの混播適性は,乾物収量(イネ科とマメ科の合計)とマメ科率は「ハルジマン」と同等であった(表3).
アルファルファとの混播では,乾物収量(イネ科とマメ科の合計)は「ハルジマン」と同等で,マメ科率は「ハルジマン」よりやや低く,イネ科の割合がやや多かった(表3).マメ科率は適正範囲とされる30~60%内であり,イネ科牧草の収量が多いことからアルファルファとの混播適性は「ハルジマン」よりやや優れた.
6.「えさじまん」の利点「えさじまん」はWSC含量と消化性が「ハルジマン」より優れ,TDN収量も高いことから,北海道における自給飼料の高品質化と生産性向上への貢献が期待される.マメ科牧草との混播適性は,「ハルジマン」と同等以上であったことから,雑草との競合力は既存品種と同等以上と推察され,植生の悪化した草地の植生改善にも既存品種と同様に利用できると考えられた.また,WSCが低い原料草のサイレージ調製では,ギ酸などの添加剤を加える必要があるが,「えさじまん」のWSC含量は良好なサイレージ調整の目安となる10%を上回り添加剤が不要となる場合もあることから,酪農経営のコスト削減にも貢献できると考えられる.
アカクローバ,シロクローバおよびアルファルファなどマメ科牧草は,イネ科牧草に比べて粗タンパク質含量やミネラル含量が高いため,マメ科牧草との混播により飼料の栄養価が向上する.マメ科牧草とイネ科牧草との混播では,マメ科牧草の根に共生する根粒菌の窒素固定により施肥量の削減が可能となり,マメ科率(牧草収量に占めるマメ科牧草の比率)が20~40%の場合,窒素施肥量はオーチャードグラス単播の50%に削減できることが示されている(北海道農政部 2020).このことから「えさじまん」を2 kg/10a,アルファルファ品種「ウシモスキー」「ハルワカバ」「ケレス2」を各0.5 kg/10a(根粒菌コート種子換算)の播種割合による組み合わせで混播栽培した(農研機構 2023).イネ科とマメ科の合計乾物収量は,「えさじまん」と「ケレス2」の組み合わせにおいて,他2品種との組み合わせに比べて多収で,マメ科率は適正範囲40%であった(図5).アルファルファは,クローバ類に比べて収量性と永続性に優れるが,2番草の生育が旺盛なためチモシーとの混播においてチモシーを抑圧する場合がある.一方,競合力に優れる「えさじまん」は,アルファルファとの混播で適正なマメ科率を維持できた.飼料品質に優れる「えさじまん」とアルファルファとの混播により,より良質な自給飼料生産が可能となり,特に「ケレス2」との組み合わせで多収となることが示された.
注)乾物収量は播種後2-4年目の3 カ年平均.播種量は,「えさじまん」.播種量は,「えさじまん」2 kg/10a,アルファルファは0.5 kg/10a.
雪印種苗(株)北海道研究農場において,「えさじまん」の草地(1 ha)を造成し,1番草をサイレージ調製して,TMR(完全混合飼料)として搾乳牛に給与し,産乳性を評価した(横山 2024).「えさじまん」の1番草サイレージはVスコアが「ハルジマン」より高く,発酵品質は良好であった(表6).「えさじまん」サイレージを搾乳牛へ給与したところ,「ハルジマン」と比較して乾物摂取量が5%多く,産乳量(FCM乳量:4%脂肪補正乳量)は4%多かったことから,「えさじまん」給与による産乳量増加への効果が認められた(表6).サイレージ発酵品質の向上によって,乾物摂取量と栄養価が高まり,家畜が摂取する養分量が増えることにより乳生産性が向上したと考えられる.
ペレニアルライグラスでは,高WSC含量品種を後期泌乳牛へ給与した場合,乾物摂取量に差は見られなかったが,標準的なWSC含量の品種に比べて泌乳量が約20%多かったことが報告されている(Miller et al. 2001).高WSC含量品種は,標準的な含量の品種に比べて乾物消化率が高く,消化性の高い飼料を採食したことにより泌乳量が増加したとしている.「えさじまん」についても,消化率が「ハルジマン」より高いことから,泌乳量増加への効果が認められた.「えさじまん」の導入は産乳性の向上への効果が期待されることから,酪農経営の収益向上にも貢献できると考えられる.
3.放牧利用における生産性の評価北農研で実施した実規模(30 a)による採草放牧兼用利用試験では,1番草採草後の放牧(2014年)において,「ハルジマン」の放牧回数は9回であったのに対して,「えさじまん」の放牧回数は12回であった(表6,眞田ら 2020).年間合計採食量は「ハルジマン」より7カ年平均で30%多かった(横山 2024).「えさじまん」は,放牧後の再生が「ハルジマン」に比べて速やかで,放牧可能な草丈に達する日数が短く,放牧回数が多くなった.WSCは刈取り後の再生のための養分として利用されると考えられ,ペレニアルライグラスでは茎部のWSC含量と再生との関連が明らかとなっているが(Donaghy and Fulkerson 1997),「えさじまん」における再生とWSCとの関連は,今後明らかにする必要がある.
注)横山(2024)より作成.1) 雪印種苗(株)北海道研究農場(長沼)による調査.1 ha の草地で実施した実規模試験.1 番草を細断型ロールベールによりサイレージ調製.半日程度予乾,添加剤は無し.2) Vスコアは100-80点が良,79-60点が可,59点以下が不良,3 カ年平均.3) 雪印種苗(株)北海道研究農場(長沼)による調査.「えさじまん」および「ハルジマン」サイレージを主体とするTMR(混合飼料)を調製.給与試験は,1期の予備期前に7日間の馴致期を設定した後,予備期7日間,本期7日間を1期とする1区4頭,2期の反転試験法で実施した.TMR は自由採食とした.乾物摂取量と産乳量は,3か年平均.TMRの配合割合は,1年目:グラスサイレージ55,配合飼料等15.48,2年目:グラスサイレージ40,コーンサイレージ10,配合飼料等12.79,3年目:グラスサイレージ10,コーンサイレージ20,配合飼料等14.67,加水5.4) FCM 乳量(4%脂肪補正乳量):0.4 × M+15 × F(M:実乳量,F:乳脂肪量),乳脂肪分を4%に補正した乳量.カッコ内は「ハルジマン」比(%).5) 北農研における30 a の放牧試験.採食量は年間合計で,ライジングプレートメーターによる推定値.7カ年平均.放牧回数は2014年.
オーチャードグラスでは,早生,中生,晩生,極晩生の熟期ごとに品種が育成されており,酪農家の作業体系に合わせてオーチャードグラスの複数品種やチモシーなど他草種を組み合わせた作付体系を組むことができる.そのため酪農家がそれぞれの体系に合わせて品種を選択できるよう,早生から極晩生までの各熟期においてWSC含量を高めた品種を育成した.
1.早生品種「わせじまん」早生については,農研機構東北農業研究センター(東北研),北農研および雪印種苗(株)との共同により,「わせじまん」を育成し2021年に品種登録出願した(藤森,眞田 2021).「わせじまん」は,WSC含量評価試験(表1)においてその含量が高かった早生5品種を基礎集団として,北農研で高WSC含量育種母材を作出,東北研でその育種母材から耐病性等による選抜を実施して育成された.「わせじまん」の主要特性を表7に示した.「わせじまん」は,出穂始日が早生標準品種「はるねみどり」と同日または2日早い早生である.乾物収量は,北海道と東北のいずれにおいても「はるねみどり」より多かった.WSC含量は,「はるねみどり」に比べて北海道と東北の平均で1.8ポイント高く,NDF含量は2.2ポイント低かった.TDN含量は「はるねみどり」より1.7ポイント高く,TDN収量は8%多かった.サイレージ発酵品質は,Vスコアが「はるねみどり」より6ポイント高かった(横山ら 2020).越冬性は同程度で,すじ葉枯病罹病程度は「はるねみどり」より低く,耐病性は優れた.
注)飼料品質は,WSC:水溶性炭水化物,TDN:可消化養分総量,NDF:中性デタージェント繊維.V スコア:サイレージ発酵品質の指標,100点満点で60以上が可,80以上が良好.パウチ法:約100 g の原料草を真空包装しサイレージ調製.1) 北農研,道総研酪農試,同酪農試天北支場,同畜産試験場,同北見農試,家畜改良センター新冠牧場.雪印種苗(株)芽室,2) 播種後2-3 年目,3)東北研,青森畜研,秋田畜試,山形畜研,4) 播種後2-4 年目,5) 北農研,東北研,青森畜研,秋田畜試,山形畜研,雪印種苗(株)芽室,6) 北農研,雪印種苗(株)芽室,7) 北農研,東北研,雪印種苗(株)芽室,8) イネ科とマメ科の合計乾物収量,アカクローバ「リョクユウ」,アルファルファ「ウシモスキー」を供試.
オーチャードグラスの種子流通に占める早生品種のシェアは,北海道では5%程度であるが,東北では約80%であることから,早生は東北の主力品種であり,「わせじまん」は特に東北地域において普及が見込まれる.また,「わせじまん」は飼料品質に優れていることから,「わせじまん」の普及により東北地域における自給飼料の品質向上への貢献が期待される.東北地域では,畜産研究部門で育成された温暖地向け品種も利用されているが,「わせじまん」は越冬性が良好であることから,日本海側の多雪地帯や標高の高い山間地での普及が見込まれる.
2.極晩生品種「きたじまん」極晩生については,北農研と雪印種苗(株)との共同により「きたじまん」を育成し,2024年に品種登録出願した(眞田 2024).「きたじまん」は,「えさじまん」と同様に保存栄養系から選抜した高WSC含量栄養系を育種母材として,その後代系統から後代検定によって選抜したWSC含量と収量性の高い栄養系を構成親とする合成品種法により育成した.
「きたじまん」の主要特性を表8に示した.出穂始日は極晩生標準品種「トヨミドリ」より2日早い極晩生である.「トヨミドリ」に比べてWSC含量は2ポイント高く,高消化性成分含量(OCC+Oa)は3.1ポイント高かった.推定TDN含量は,「トヨミドリ」より1.8ポイント高く,年間合計TDN収量は「トヨミドリ」比108%で栄養収量が多かった.サイレージ発酵品質は,Vスコアが「トヨミドリ」より5ポイント高かった.越冬性は「トヨミドリ」と同程度で,すじ葉枯病罹病程度は低く,耐病性は「トヨミドリ」と同程度であった.マメ科牧草との混播では,アカクローバとシロクローバともに乾物収量は「トヨミドリ」と比較して多収となり,マメ科牧草との混播適性は「トヨミドリ」より優れた.
注)飼料品質は,WSC:水溶性炭水化物,TDN:可消化養分総量,OCC+Oa:細胞内容物質+ 高消化性繊維.V スコア:サイレージ発酵品質の指標,100点満点で80 以上が良好,60以上が可,59以下が不良.パウチ法:約100 g の原料草を真空包装しサイレージ調製.1) 北農研,道総研酪農試天北支場,同酪農試,同北見農試,同畜試,雪印種苗(株)別海,2) 播種後2-3年目,3) 北農研と雪印別海,4)アカクローバ(RC)「リョクユウ」,シロクローバ(WC)「アバラスティング」を供試.RCは採草,WCは多回刈.乾物収量はイネ科とマメ科合計.
北海道において,オーチャードグラスの種子流通に占める晩生および極晩生品種のシェアは約70%である.オーチャードグラスは出穂始がチモシーより早いが,極晩生品種はチモシー早生品種との出穂始の差が7日程度であり,チモシーとの作付体系が組みやすいことから,北海道では極晩生の種子需要が多い.また,マメ科牧草との混播において多収であることから,「きたじまん」の混播利用により施肥量の削減も期待できる.さらに「きたじまん」は,飼料品質が改良されていることから,北海道における自給飼料の高品質化と安定生産に貢献できる.「きたじまん」の普及見込みは,極晩生が北海道の主力熟期であることから,オーチャードグラス既存品種との置き換えに加えて,夏季高温の影響を受けやすいチモシーとの置き換えによる需要拡大によって,市販後10年間で20 000 haの普及を見込んでいる.
北海道草地の約80%を占めるチモシーは,高温や干ばつに対する環境耐性がオーチャードグラスより劣ることが知られており,今後は気候変動により夏季高温となる頻度が高まることが予想されることから,環境耐性に優れるオーチャードグラスの育成が望まれている.また,TMRセンターにおいては,チモシーのみでは特に1番草において収穫作業が集中し,刈遅れが発生する場合もあることから,その対策として採草地の一部をチモシーからオーチャードグラスに置き換えることによって,作業競合を回避することが可能となる.そのため,オーチャードグラスの種子流通量は,今後も一定量を維持すると見込んでいる.
今後のオーチャードグラスの新たな育種目標としては,「みどりの食料システム戦略」の具体的な取り組みの一つに,「地球にやさしいスーパー品種等の開発・普及」が提示されているため,さらなる高温環境に適応した品種の育成を目指す.また北海道で必要な越冬性を維持し,東北で必要な夏季の病害に対する耐病性と越夏性を選抜指標として,北海道から東北までの自給飼料の安定生産に貢献する広域適応性品種の育成を目指す.昨今の飼料価格の高騰により,自給飼料の安定供給の重要性が再認識されていることから,「えさじまん」等の高品質品種の普及と新たな環境適応品種の育成により,北海道から東北地域における自給飼料の高品質化と飼料自給率の向上に貢献したい.
オーチャードグラス「えさじまん」の育成は,農林水産省委託プロジェクト研究「食用米との識別性を有する多収飼料用米,TDN収量が高い飼料作物品種の開発」により実施したものである.「わせじまん」の育成および「えさじまん」の産乳性試験と放牧利用試験は,農林水産省委託プロジェクト研究「栄養収量の高い国産飼料の低コスト生産・利用技術の開発」により実施したものである.「きたじまん」の育成は,雪印種苗株式会社との資金提供型共同研究により実施したものである.
著者は開示すべき利益相反はない.