2025 Volume 2025 Issue 20 Pages 3-
本レビューでは,バイオ炭の生産ポテンシャル推定のための,未利用バイオマス賦存量データの再構築過程とその背景を解説する.過去の推計方法を参考に,最新のオープンデータを活用して賦存量データセットを再構築し,データの持続的利用のために推計方法の詳細を別紙として公開した.また,農地由来の未利用バイオマスに焦点を当て,焼成温度に関するシナリオを設定してバイオ炭生産量ポテンシャルを検討した.最後に,バイオマス利用促進のための基礎データの継続的な更新と活用の重要性を示すとともに,みどりの食料システム戦略におけるバイオ炭の役割と可能性を考察した.
This review elucidates the process and rationale behind reconstructing unused biomass availability data for estimating biochar production potential. Drawing upon past estimation methodologies and leveraging open data, we reconstructed an updated availability dataset. To ensure the sustainable utilization of this data, a detailed methodology is provided as supplementary material. Focusing on unused biomass originating from farmland, we examined biochar production potential under various scenarios involving different pyrolysis temperatures. Finally, we highlight the importance of continuously updating and utilizing fundamental data to promote biomass use, and we consider the role and potential of biochar within the MIDORI Strategy for Sustainable Food System by the Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries (MAFF).
近年,気候変動対策や循環型社会の実現に向けて,バイオマス資源の有効活用が注目されている(科学技術振興機構研究開発戦略センター 2023).特に,農業分野において未利用バイオマスの活用は,環境負荷の低減と資源の循環利用を両立する重要な取り組みとして認識されている(Smith and Bustamante 2015).その中でも,バイオマスを加熱し炭化させて生成されるバイオ炭(biochar)は,炭素貯留効果や土壌改良効果が期待される資材として,国内外で研究が進められている(Lehmann et al. 2006,Woolf et al. 2010).日本では,2021年に農林水産省が「みどりの食料システム戦略」を策定し,2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化を目指すなど,持続可能な食料システムの構築に向けた取り組みを加速させている(農林水産省大臣官房環境バイオマス政策課地球環境対策室 2021).この戦略の中で,バイオマス資源の活用やバイオ炭等の農地への投入による炭素貯留の促進が重要な施策として位置付けられている.しかしながら,バイオ炭の実用化に向けては,原料となる多様な未利用バイオマスの総合的な賦存量を正確に把握し,その生産ポテンシャルを適切に評価することが不可欠である(Nair et al. 2017).これまでにも農業残渣,林業残渣,食品廃棄物など複数の種類を含む包括的な未利用バイオマスの賦存量推計は行われてきたが( 農研機構 私信;新エネルギー・産業技術総合開発機構 2011, 2023),データの更新や推計方法の透明性確保,さらには地域特性を考慮した詳細な分析が求められている(Torquati et al. 2016).
本レビューでは,バイオ炭生産の基盤となる複数種類の未利用バイオマスを含む総合的な賦存量データの再構築過程とその背景について解説する.また,農地由来の未利用バイオマスに焦点を当て,バイオ炭生産量ポテンシャルの推定を行い,持続可能な農業システムにおけるバイオ炭の役割と可能性について考察する.
バイオマス利活用の取り組みは,その契機となるバイオマスタウン構想(農林水産省大臣官房環境バイオマス政策課 2008)より一定の進展があったが,その後の政策展開において一時期下火となり,気候変動対策の脱炭素技術の推進(内閣官房副長官補室(内政),環境省大臣官房地域政策課 2021)がされるまで大きな進展が見られなかった.この間,日本国内でのバイオマス賦存量に関するデータの更新や推計方法の改善は限定的であった.過去の主要な推計方法としては,農研機構 農村工学研究所(現:農村工学研究部門)の地域バイオマスの賦存量を把握するための基礎データ一覧(2010年10月12日版)(私信)(39品目,市区町村単位以下の地域を対象),2011年の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による全国市町村別のバイオマス賦存量および利用可能量の推計とマッピングに関する調査(新エネルギー・産業技術総合開発機構 2011)(26品目,市区町村と3次メッシュを対象),そして最近では2023年のNEDOによる再生可能原料アベイラビリティー調査(新エネルギー・産業技術総合開発機構 2023)がある(27品目,市区町村と海域を対象).
バイオマスタウン構想時に採用されていたバイオマス推計方法は,バイオマス資源評価に貢献したものの,課題も存在していた.特定地域の係数使用や非公開の専門会議資料からの引用,計算に使用する係数の更新不足などの問題があった.新エネルギー・産業技術総合開発機構(2011)の推計結果はWebアプリケーションで公開され,ユーザが容易にデータにアクセスし視覚化できる革新的な取り組みであった.しかし,2022年にはサイトが閉鎖されており,アクセス不能な状態となった.同様に,農研機構の地域バイオマスの賦存量を把握するための基礎データ一覧(2010年10月12日版)も以前はダウンロード可能であったが,2024年現在リンク切れとなっている.これらのWebでの公開は,データの即時性と利便性を高めた一方で,長期的なアクセス保証の課題を浮き彫りにした.ただし新エネルギー・産業技術総合開発機構(2023)では,利活用するバイオマス品目と係数の見直しが行われている.
これらの課題を踏まえ,稲冨(2025)は,過去のバイオマス賦存量推計をベースに,バイオ炭生産に適した16品目について各都道府県での未利用バイオマス賦存量の新規推計を実施した.この取り組みでは,推計プロセスの透明性と再現性の確保に重点を置き,推計式,入力データセット,各種係数の出典を詳細に記録したドキュメントを作成した.作成された「未利用バイオマス賦存量推計データセット」は,バイオ炭の農地施用を促進するため,原料となる未利用バイオマスの賦存量に関する情報を提供することを主な目的としている.対象は,気候変動対策として地域の未利用バイオマス資源活用を検討する自治体やNPOなど,農地施用の関係者である.このデータセットの主要な特徴は,農研機構研究報告のデータペーパーとして公表された点にある.DOI(Digital Object Identifier)の付与を通じてWeb上での永続的なアクセスが保証されるとともに,日本語での公開とオープンアクセスが実現された.日本語でのデータペーパー公開が限られている現状において,これは重要な利点である.結果として,情報喪失のリスクが最小化され,継続的なデータ更新と方法論の改善を可能にする基盤が提供された.さらに,想定される利用者が容易にデータにアクセスし活用できる環境が整備されたことで,データセットの利用価値と影響力が大きく向上したと考えられる.
本研究では,稲冨(2025)が構築した「未利用バイオマス賦存量推計データセット」の活用例として,農地由来の未利用バイオマスに焦点を当てたバイオ炭生産ポテンシャルと土壌中への炭素貯留量の試算を行った(図1).ただし,本試算では炭化過程や運搬に伴うCO₂排出は考慮外とし,純粋に農地施用後の土壌炭素貯留効果のみに焦点を当てる.対象としたバイオマスは,果樹剪定枝(木質由来),稲作残差_稲わら(もみ殻・稲わら由来),稲作残渣_もみ殻(もみ殻・稲わら由来),麦わら(麦わら由来),その他の農業残渣(草本由来)の5種類である.これら5種類の農業残渣は,一般廃棄物や産業廃棄物としての規制を受けることなくバイオ炭生産に利用可能であり,特に農業者が自身の農地から発生する残渣を利用する場合,運搬にかかるCO2排出を最小限に抑えられるという利点がある.
本試算は大きく3 つのステップから構成される.まず,稲冨(2025)のデータセットを用いて未利用バイオマス賦存量を把握する.次に,Woolf et al. (2021) の方法論に基づき,3つの温度シナリオでのバイオ炭生産ポテンシャルを算出する.最後に,生産されたバイオ炭の農地施用による長期的な土壌炭素貯留量を推定する.
熱分解でのバイオ炭生産プロセスにおける焼成温度(T)の影響を考慮するため,Woolf et al.(2021)の方法論に基づき,低温(350≦T<450℃),中温(450≦T<600℃),高温(600℃≦T)の3つの焼成温度シナリオを設定した.各シナリオにおけるバイオ炭原材料のリグニン含量(各係数はWoolf et al.(2021)のTable 1を参照のこと)を反映させ,Woolf et al. (2021)の(3)式を用いバイオ炭生産ポテンシャルの算出を行った.さらに,生産されたバイオ炭を農地施用した場合の長期(100年後)土壌炭素貯留量(GHGbc)を推定した.この過程では,バイオ炭を10 t/ha以上投入時のN2O削減量を考慮しない条件での評価のため,Woolf et al. (2021)の(6)式を
とした.土壌中でのバイオ炭の分解速度(本推計では全球平均土壌温度14.9℃(係数(Fc,Fperm)はWoolf et al.(2021)のTable 3を参照のこと)と仮定)も考慮に入れることで,より現実的な土壌炭素貯留量の評価を試みた.
試算結果を以下に示す.焼成温度350~800℃を5℃ごとに試算した結果の平均値を図2に示した.都道府県ごとのバイオ炭生産ポテンシャル総量は北海道が最も多かった(図2a).農林水産省生産流通消費統計課(2024)によると,北海道は全国耕地面積の26.6%を占める.一方,耕地1ha当たりのバイオ炭生産ポテンシャルを分析すると,集約的農業を行っておりバイオマス生産力が高い地域で多い傾向を示した.特に,果樹剪定枝由来の農業残渣が多い和歌山県,愛媛県,山梨県,およびその他の農業残差(草本由来)が多い沖縄県,神奈川県において顕著に高かった(図2b).5種類の未利用バイオマス賦存量は全国で2 651 922 DW-t/年であった(図3).これらの未利用バイオマスから生産されるバイオ炭の合計は,低温シナリオで100 571±52 735 t/年,中温シナリオで100 561±52 735 t/年,高温シナリオで100 533±52 735 t/年となった(図4).焼成温度が高いほど燃焼率が高まるため生産ポテンシャルは微減するが,大きな差は見られなかった.しかし,バイオ炭を農地施用した場合,焼成温度によって分解速度が異なるため,土壌炭素貯留量に差が生じることが明らかになった(図5).5種類のバイオ炭農地施用による土壌炭素貯留量は,低温シナリオで140 674 t CO2/年(55 898~257 938 t CO2/年),中温シナリオで171 854 t CO2/年(69 439~310 759 t CO2/年),高温シナリオで203 077 t CO2/年(81 294~370 930 t CO2/年)となった.
a. 各都道府県の5種類の農業残渣バイオ炭生産量ポテンシャル.b. 各都道府県の耕地1 ha当たりの5種類の農業残渣バイオ炭生産量ポテンシャル.
低温(350≦T<450℃),中温(450≦T <600℃),高温(600℃≦T),Tは焼成温度.エラーバーは,土壌炭素貯留量の計算に用いた係数(Woolf et al. 2021のTable 2, 3)の標準偏差(sd)に基づく推定値の範囲を示す.
低温(350≦T<450℃),中温(450≦T <600℃),高温(600℃≦T),Tは焼成温度.エラーバーは,土壌炭素貯留量の計算に用いた係数(Woolf et al. 2021のTable 2, 3)の標準偏差(sd)に基づく推定値の範囲を示す.
焼成温度シナリオによる試算から,焼成温度がカーボンクレジット評価に大きな影響を及ぼすことが示されたため,炭化装置選定の際には慎重な検討が必要である.焼成温度が高いほど土壌炭素貯留量が増加することから,高温でのバイオ炭生産が望ましいが,エネルギー消費量や設備コストの増加も考慮しなければならない.また,原料となる未利用バイオマスの種類や地域特性に応じて,最適な焼成温度を選択することが重要である.さらに,炭化装置の運転条件や排ガス処理などの環境対策にも十分注意を払い,総合的に最適なカーボンクレジット評価が得られる装置を選定する必要があることが示唆される.
本レビューでは,未利用バイオマスの賦存量データの再構築とバイオ炭生産ポテンシャルの試算を通じて,農業分野における気候変動緩和策の可能性を探った.「みどりの食料システム戦略」が掲げる2050年CO2ゼロエミッション化に向けて,バイオ炭の活用は重要な役割を果たす.構築された「未利用バイオマス賦存量推計データセット」は,透明性と再現性を確保し,継続的な更新が可能な基盤となった.データセット活用例のバイオ炭生産の試算では,焼成温度が土壌炭素貯留量に大きく影響することが明らかになり,地域特性や経済性を考慮した最適な生産方法の選択が重要であることが示唆された.
今後は,より包括的な評価や実地での検証を進め,バイオ炭の活用を通じた持続可能な農業システムの構築に向けた取り組みが期待される.本レビューを通して農業分野における気候変動対策の推進と循環型社会の実現に寄与することを願う.
本研究は,農林水産省委託プロジェクト研究「農林水産分野における炭素吸収源対策技術の開発(農地土壌の炭素貯留能力を向上させるバイオ炭資材等の開発)」JP J008722の補助を受けて行った.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.