2025 Volume 2025 Issue 20 Pages 61-
トルコギキョウは全国的に栽培されているが,立枯病,萎凋細菌病や青枯病などの土壌病害による被害が甚大で,慣行の土壌くん蒸消毒や土壌還元消毒などによっても全株枯死の事例は珍しくない.低濃度エタノールによる土壌還元消毒技術を実証・普及するためには,園芸作物一般に,生産者圃場の施設・灌水設備,土壌条件や栽培方法などの多様性が大きいため,木目細かな対応が必要である.これらの多様性を考慮しながら,可能な限り生産者の所有の機材・資材を用いた低コストでかつ,土壌病害低減効果のある処理方法に最適化(カスタマイズ)し,高知県芸西村のトルコギキョウ栽培をモデルとして,現地の生産者,自治体職員,普及員,JA職員等と協力し取り組んだ事例について,経済的な評価とともに紹介する.
The production of ornamental plants continues to be a prospering and expanding industry across Japan. The most destructive pathogenic microorganisms for ornamental production are the soil-borne Fusarium wilt diseases pathogen, Fusarium oxysporum and bacterial wilt disease pathogen, Ralstonia solanacearum and Burkholderia caryophylli against Eustoma grandiflorum (lisianthus) plants in Japan. Once these diseases have broken out, plants are rarely suitable for commercialization. When the diseases have become established in a production system, many approaches for achieving suppression have been explored, but most have not met the high standard for zero diseases threshold demanded by the industry. Anaerobic soil disinfestation with diluted ethanol (Et-ASD) is gradually spreading as one of the promising soil disinfection techniques. In most cases of Et-ASD in Eustoma, satisfactory results at practical levels have been obtained against soil-borne disease. However, to encourage further prevailing Et-ASD, it is necessary to address grower-driven research questions, to define the minimum input rates needed to reduce costs, and to demonstrate a stable soil disease suppression effect and to steadily promote its use based on the advantages and economic evaluation of Et-ASD.
The purposes of our study were to demonstrate areawide Et-ASD in a lisianthus monoculture in Gesisei Village, Kochi Prefecture to get observer perceptions and economic analysis of the treatments and results and to gain useful feedback for the future research approach.
野菜や花卉をはじめとする園芸作物は,連作を前提とした生産体系が組まれていることが多く,土壌病害虫が発生しやすい.我が国では,これらの連作に伴って発生する土壌病害虫を防除するために,クロルピクリン剤や1,3-ジクロロプロペン剤,メチルイソチオシアネート(MITC)等の揮発性有効成分を含み気化させて使用する土壌くん蒸剤が広く利用されている.特に,トマト,ミニトマト,イチゴ,メロン,ショウガ,カンショ,トルコギキョウ等の多くの園芸作物生産では,土壌くん蒸剤を用いることで連作障害を回避し,集約的な生産体系を維持してきたと言える.
以前は,臭化メチルによる土壌くん蒸消毒が広く行われていたが,オゾン層破壊物質であることが明らかとなり,モントリオール議定書締約国会議において,日本を含む先進国では,臭化メチル以外では代替不可能な一部の用途(不可欠用途)を除いて2005年に使用が禁止された.UNEP(United Nations Environment Programme:国連環境計画)の下部機関であるTEAP(Technology & Economic Assessment Panel:技術・経済評価委員会)・MBTOC(Methyl Bromide Technical Options Committee:臭化メチル技術選択肢委員会)は,不可欠用途において2013年の全廃に向けた勧告が出されたことから(UNEP 2011),日本では土壌消毒用の使用は2012年,収穫後消毒用の使用は2013年で最後となった.臭化メチルの代替技術として様々な代替技術の開発や普及が行われてきたが,その多くの場面でクロルピクリン剤,1,3-ジクロロプロペン剤,メチルイソチオシアネート剤等の土壌くん蒸剤で代替することで,土壌病害虫による被害を回避して,生産を維持してきた.
持続可能な食料システムの構築に向け,環境に負荷をかけない農業技術の開発が強く求められ,農林水産省は令和3年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し,2050年までに目指す姿として化学合成農薬使用量の50%低減を目標に掲げている.土壌病害虫対策として用いられている土壌くん蒸剤(クロルピクリン剤,1,3-ジクロロプロペン剤,メチルイソチオシアネート剤等の主要な土壌くん蒸剤)は,化学合成農薬使用量(リスク換算)の大きな割合を占めていることから,目標達成のためには,これら土壌くん蒸剤の代替技術の開発と普及による使用量低減が喫緊の課題である.
代替技術として化学的防除以外にも,太陽熱や熱水,蒸気消毒(物理的的防除),生物農薬や拮抗微生物の導入(生物的防除),病害虫抵抗性品種および抵抗性台木の導入,アブラナ科植物の鋤込み,完熟堆肥の施用,菌根菌の接種や輪作(耕種的防除)の単用あるいは組み合わせなどの開発と普及も鋭意進められている.しかし,これらの代替技術によっても,連作障害の低減化効果と効果の安定性,環境への影響,また経済性等の観点から,現状において完全に代替することは困難な状況にある.また,農業従事者の高齢化が進むなか,優れた土壌消毒効果があったとしても,これまで以上の労力や経済的負担を強いるような技術は,容易には受け入れられず普及は困難である.さらに,新規土壌消毒技術を開発する上で,土壌消毒に関する日本の諸事情に留意しなければならない.土壌消毒に関して欧米諸国と最も異なる点は,欧米諸国では土壌消毒を生業とする専門業者が大型のくん蒸機械を用いて土壌消毒処理を行なうのに対して,日本では栽培農家自身が土壌消毒処理を行なっている点である.そのため,栽培農家にも容易に導入が行えるよう,初期投資が不要で低コストの土壌消毒技術が必要であり,化学的な防除資材を用いた技術においても可能な限り安全性の確認されたものを用いる必要がある.
土壌還元消毒は他の消毒法に比べて初期投資の必要が無く,安定した消毒効果が得られることから,2000年代以降,国内外で急速に普及が進んでいる(新村 2004;竹内 2004;村本 2015;門馬 2017,2022).用いる資材として,米ヌカ,小麦フスマ,稲ワラ,低濃度エタノール,糖蜜,糖含有珪藻土,糖蜜吸着資材,焼酎廃液等,様々な種類の有機物が使用されているが,今回は,その中でも低濃度(1%(v/v)以下)のエタノールを用いた土壌還元消毒に焦点を当てて説明していきたい.本稿では,低濃度のエタノール処理による土壌酸化還元制御を利用した連作障害回避技術の開発経緯(農業環境技術研究所 2012;農研機構 2021a,2021b,2021c)とこれまで明らかとなった作用機構について,高知県芸西村のトルコギキョウ栽培をモデルとして,現地の生産者,自治体職員,普及員,JA職員等と協力し取り組んだ事例について,経済的な評価とともに紹介する.
エタノールを用いて土壌消毒処理方法の改良・検討を行った結果,図1 に示すような簡便な方法に至った.手順としては,エタノールを水で1%(v/v)程度以下の濃度に希釈し,灌水装置等を用いて消毒を目的とする深さまで土壌を湿潤状態にすると同時に,農業用ポリエチレンフィルム(農ポリ)で土壌表面を2週間以上覆うという簡便な技術で主要な土壌くん蒸剤に比較しても十分に効果が得られることが分かった(日本アルコール産業株式会社ら 2010,2013).また,エタノールは容易に水中で均一化し,プラスチック資材などを劣化させる影響もないため,予め散水チューブを土壌表面に設置して,農ポリで土壌表面を被覆した後,液肥混入器等を用いて低濃度アルコールを処理する等,手順の変更は容易である.農ポリで被覆する目的は,空気(酸素)を遮断するためと,エタノールと水の蒸発による損失を防ぐためである.農ポリはエタノールの透過性が小さいので,エタノールの大気への損失を防ぐ目的のためにガスバリアー性フィルムを敢えて用いる必要はない(Kobara et al. 2012).しかし,農ポリは酸素の透過性が大きいので,大気からの酸素の流入を遮断したい場合には,酸素ガスの透過性の小さなガスバリアー性フィルムを用いて被覆するとより高い効果を得ることができる.また,エタノールの土壌中での拡散性は小さいため,低濃度のエタノール水溶液で土壌を湿潤状態にすることにより,水を媒体としてエタノールを必要とする土壌深さまで到達させることができる.また湿潤処理は酸素の供給を制限するという働きも持つ.このため湿潤状態とするための必要水量は圃場条件や作物の種類,灌水処理速度と浸透速度等の条件によって異なる.そのため,予め条件に合った処理量を把握しておく必要があり,これは土壌の気相率から容易に推算可能であるが,一般的には表流水が生じたところで灌水処理を終えている.また,低濃度エタノールを処理する場合に,波板などで処理圃場を囲った後,灌水処理を一気に行い,湛水状態とすることで,意図する深さまで低濃度エタノールを均一かつ十分に短時間で行き渡らせることも可能である.また,土壌還元消毒処理終了後の土壌の移動を嫌うため予め畝立てを行っての土壌還元消毒処理が一般的になっている.いずれの処理方法も圃場の条件に依存するので,圃場や施設の条件にあった方法を適宜採用することが必要である.
本土壌還元消毒方法で用いる1%程度の低濃度エタノール水溶液では,エタノールによる直接的な殺菌・殺虫等の効果は期待できない.これは,キュウリつる割病菌,トマト青枯病菌等を用いた室内実験の結果からも明らかであり,この程度のエタノール濃度であれば2週間程度の暴露期間でも死滅させることは難しく,辛うじて静菌作用程度の効果しか得られない.本土壌消毒技術が,土壌病害虫等の密度低減に有効な理由について,詳細な検討と解明が今後も必要であるが,本技術を適用することで,土壌中の環境が酸化(好気的)状態から還元(嫌気的)状態に急速に変化すること(図2 ),還元状態へ推移していく過程で土壌溶液中へ鉄やマンガン等が還元されて溶出することや,酢酸や酪酸などの有機酸の濃度が増加することなどが要因として考えられる(Kobara et al. 2007).
土壌の還元化が急速に進行するメカニズムは以下のように考えられている.土壌の部分殺菌により,土壌微生物全体のうち,エタノールに感受性の高い微生物が処理後に死滅し,その死菌体,それから発生した有機物質やエタノールを基質として他の土壌微生物が増殖する.この時に土壌中の酸素が消費され還元的な環境となる.また,土壌が湛水状態または湿潤状態であること,かつ土壌表面を農ポリフィルムで被覆することで酸素の流入を制限していることは酸素濃度の低下を促進し,土壌の還元化に寄与している.よって,本消毒法で用いる低濃度のエタノールは,土壌の還元反応を進行させる反応のトリガーとして機能する.1週間程度でエタノールに感受性でない土壌生物のうち,酸素を必要とするものも死滅させることが可能で,広範な土壌伝染性の病害虫や雑草抑制に効果が得られるものと考えている.これらの土壌の還元状態への反応は,滅菌した土壌では起きず,また,滅菌した土壌へ新たに作物病原性微生物(トマト萎凋病菌など)を接種した場合,未滅菌土壌の様な消毒効果が得られなかった.よって,本土壌消毒技術は常在の土壌微生物を用いた土壌消毒法である(Momma et al. 2010).
低濃度のエタノールを土壌処理した場合に,この濃度領域で常在の土壌微生物のフザリウム菌やトリコデルマ菌等が特異的に増殖していることもあるが,増殖した菌類の播種・移植する作物への病原性はないことを確認している.しかし,種々の雑草や作物の種子を埋設して萌芽抑制効果を評価した結果,これらのフザリウム菌やトリコデルマ菌による萌芽抑制効果への寄与も完全には否定できなかった.これまでに得られている結果より,土壌病害虫および雑草の密度の低減効果は,単独の要因によるのではなく,複数の要因が相互に影響して生じると考えられている.特に,作物病原性フザリウム菌は,Fe2+やMn2+に対する感受性が高く,病原性フザリウムの密度低減には,有機酸よりも,これらの遊離金属イオンによる影響が大きいことを明らかにした(Momma et al. 2011).
土壌病害虫および雑草の密度低減効果へ寄与する要因は一様ではなく,対象の生物種により大きく異なることが明らかになっているが,土壌消毒効果の得られるエタノールの処理濃度や処理量に関しては,未だに得られた経験から判断するしかない状況にある.今後,本土壌消毒技術における省資材化を進める上で,詳細な作用機構の解明,すなわちEh-pHと土壌溶液中のFe2+,Mn2+や有機酸の濃度,病原性土壌微生物の密度を低減する効果の関係解析が必要である.これはShennan et al.(2011)らが,200mV以下の酸化還元電位の積算値(Eh mVhr)により消毒効果の定量化に成功していることからも,最適化のための指標を求める一助になると考えられる.
また,本土壌消毒法はこれまでに述べてきたように,従来の土壌くん蒸剤と全く異なった作用機構であるため,土壌消毒後も一般微生物はある程度の密度で維持されている.そのため,病原性微生物による再汚染に関しても抑制効果(発病抑止性)があることが確認できており,従来の土壌くん蒸剤のように毎作毎の土壌消毒処理の必要がないことが大きな利点である.
土壌還元消毒用エタノール資材(日本アルコール産業株式会社 エコロジアールⓇ)が2012年に上市されてから,国内各地で低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒法の現地圃場実証試験を実施または実施に協力し多くの作物と土壌病害虫で成果を得ている(表1 ).対象作目としては主にトマト,ミニトマト,キュウリ,イチゴ,メロン,ショウガ等の野菜の他,トルコギキョウ,ガーベラ,ストック等の花卉類で,対象病害としては土壌伝染性の細菌病(ナス科・ショウガ科・花卉類青枯病,花卉類萎凋細菌病等),糸状菌病(トマト萎凋病,トマト根腐萎凋病,トマト褐色根腐病,イチゴ萎黄病,メロン黒点根腐病,ショウガ根茎腐敗病,ホモプシス萎凋病,白絹病,疫病等),植物寄生性センチュウ(ネコブセンチュウ等)等で成果が得られている(Momma et al. 2010, 2011).
低濃度エタノール濃度範囲(*1) は0.5 ~ 1.0%(65%エタノール資材の希釈倍率は65 ~ 130 倍程度に相当),希釈液処理液量範囲(*2)は30 ~ 110 L/m2 の範囲で,圃場の条件,土壌,作物,病原性微生物等の種類に応じて適宜設定し(*3),実施されてる.例えば,対策が困難な青枯病菌等の場合には,土壌深くまで分布しているため,低濃度エタノール濃度と処理液量は範囲内の高めに設定し実施されている.*1:地温が低い場合には,低濃度エタノールの濃度範囲の高めの濃度で実施する.*2:処理液量が多いほど土壌深くまで土壌還元消毒効果が得られるが,砂地や透水性の良い土壌での処理には処理液量が過多になりがちなため,作物の根域の深さや土壌病害の種類に応じて処理液量を調整する.*3:高設栽培や土耕栽培などの栽培方法によって,処理濃度や処理液量は異なる.
トルコギキョウは全国的に栽培されているが,立枯病,萎凋細菌病や青枯病などの土壌病害による被害が甚大で,慣行の土壌くん蒸消毒や土壌還元消毒などによっても全株枯死の事例も珍しくなく,農研機構ではこれまでにトルコギキョウの土壌病害対策に精力的に取り組んできた(農研機構 2021d).低濃度エタノールによる土壌還元消毒技術を実証・普及するためには,園芸作物一般に,生産者圃場の施設・灌水設備,土壌条件や栽培方法などの多様性が大きいため,木目細かな対応が必要である.これらの多様性を考慮しながら,可能な限り生産者の所有の機材・資材を用いた低コストでかつ,土壌病害低減効果のある処理方法に最適化(カスタマイズ)し,高知県芸西村のトルコギキョウ栽培をモデルとして,現地の生産者,自治体職員,普及員,JA職員等と協力し取り組んだ事例について,経済的な評価とともに紹介する.
高知県では温暖な気候を利用した花卉の促成栽培が盛んであり,花卉の産出額は63億円(令和元年度)であり,県の農業生産に占める割合は5.6%である.令和4年度は,高知県芸西村におけるトルコギキョウでの低濃度エタノール土壌還元消毒施用に対し,土壌や施設などの圃場条件や土壌病害の種類や程度の異なる9圃場(合計157 a)に対して,各圃場の土壌,立地条件,灌漑設備や土壌病害の種類や程度の状況,また,生産者の意向に応じて畝立て処理や平畝での処理などを協議し,処理時の水分状況に応じて処理設計を行い,土壌還元消毒処理を7月~8月間の3週間程度,各圃場の青枯病,萎凋細菌病対策としてエタノール濃度1.0%程度を標準として設定し,低濃度エタノールによる土壌還元消毒法を実施した(図3 ).
土壌還元消毒処理前後に各圃場3から5箇所の土壌を採取し,青枯病菌,萎凋細菌病菌,フザリウムについて菌密度を測定した結果,土壌還元消毒処理後の土壌試料では,いずれの病原菌も検出限界以下にまで低減していることを確認した.10月26日の中間調査時点で,土壌還元消毒期間中に浸水被害を受けた2圃場については,ハウスのサイド部分で土壌病害の発生が確認された.また,土壌還元消毒期間中に処理ムラにより土壌表面に乾燥箇所がみられた圃場については,連棟ハウスの棟間の支柱がある付近(谷部分)で土壌病害が観察されたが,その他の6圃場では土壌病害の発生は確認されていない(図4 ).前作の慣行防除法での立枯れによる欠株率は1.4から45%で,被害の大きな圃場での被害額は2250千円/10aに達していたことから,土壌還元消毒処理が被害額の軽減に有効であったと考えられる(表2 )(Kobara et al. 2024).土壌還元消毒処理の結果が不十分であった圃場に関しては,土壌還元処理時の圃場の状況に応じて,処理ムラを無くし均一に処理する対応・対策が不十分であったと考えられ,また,大雨による浸水の対策が困難,不十分であったためと考えられた.また,土壌還元消毒処理後の再汚染も考えられるため,立枯病の発生状況や進展についても確認し,科学的なエビデンスに基づいて検証しフィードバックする必要がある.
(A)2021 年作での慣行防除での立枯被害.(B)2022 年作での低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒後の様子.
* 立枯病以外による枯死株もあるが,25 000 本/1000 m2,平均的な出荷額200 円/ 本とし計算.** 大雨による浸水被害で評価できなかった.
実証成果検討会や巡廻調査では,全体の結果を総括するとともに,効果の得られた圃場と効果が不十分であった圃場を現地普及機関担当者や各生産者とともに比較検証し,土壌還元消毒処理時の灌水処理の時の状況等について確認し,処理ムラを改善するために,鎮圧,処理前に過度な乾燥状態にならないよう管理,乾燥している場合には予め事前灌水により土壌表面を均一に濡らす,全面処理の場合には灌水チューブのレイアウトや設置間隔の見直し,より適した灌水チューブへの変更,畝立て処理など,また,大雨時の浸水対策については,排水性改善のための明渠,止水板の設置など,土壌還元消毒の効果を改善するために各生産者が実行可能な対策について,木目細かな提案を行った.
エタノールは,一般の土壌環境中では数日で分解消失し,環境への負荷も小さく,また,ヒトに対する毒性データも十分に得られており,低濃度エタノールによる土壌還元消毒法は安全性の高い技術である.フスマや糖蜜や他の有機物を用いた土壌還元消毒法が鋭意実施されているが,至適温度条件,臭気,肥料成分の管理等の問題点があり,適用が制約されることがあった.本土壌消毒技術では,これらの問題点が改善される可能性がある.しかし,本土壌消毒技術には,まだまだ検討しなければならないことも多く残されており,例えば,より詳細な作用機構の解明とそれに基づいたエタノール濃度や処理量の至適化(資材量の削減)等,処理方法の検討,目的とする作物・土壌病害虫の拡大と効果の確認,土壌消毒から収穫まで,さらに次作への効果の持続性のより詳細な評価等が必要である.
土壌還元消毒の定着と横展開には,生産者が土壌還元消毒の成功体験を得ること,土壌還元消毒効果が不十分であった場合にも,科学的なデータに基づいて,各圃場の状況に応じた生産者に実行可能な改善策の提示を行うことが求められる.さらに,省資材化が可能な場合には,資材投入量削減だけでなく作業の省力化についても検討を行うなど,見かけの資材費のみでは無く,収量の回復性なども加味した総合的な営農経費に関しての経済的な有効性を提示することにより,定着を図る必要がある.
本研究は農林水産省「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」のなかの「低濃度エタノールを用いた新規土壌消毒技術の開発(課題番号:2019)」,「みどりの食料システム戦略推進交付金」の助成を受けたものです.
日本アルコール産業株式会社と農研機構は「土壌還元消毒方法,土壌還元消毒剤,土壌湿潤化消毒方法,土壌湿潤化消毒剤および土壌消毒剤潅注システム」に関する特許を保有している.著者はこの特許の発明者である.