Journal of the NARO Research and Development
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Mini Review
Health checkup based soil-borne disease management: HeSoDiM
Shigenobu YOSHIDA
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RESEARCH REPORT / TECHNICAL REPORT FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 2025 Issue 20 Pages 69-

Details
要旨

難防除病害が多く経済的被害の大きい土壌病害では,栽培前に防除要否の判断が求められることから,従来の発生予察とは異なる発想・概念でその要否を判断し,判断結果に応じて対策を講じる必要がある.こうした背景のもと,予防医学の概念であるヒトの健康診断による健康管理を参考に,圃場の土壌病害の発生しやすさ(発病ポテンシャル)の評価によって防除の要否や適切な対策手段を決定する新たな土壌病害管理法「ヘソディム」が考案され,主な土壌病害を対象にマニュアル化された.さらに,10種の土壌病害を対象に,さまざまな圃場条件に応じて土壌病害の発病ポテンシャルをAIで診断・評価し,評価結果に応じた対策を支援するAIアプリ「HeSo+(ヘソプラス)」が開発された.これらを活用したヘソディムの実践により,土壌病害の効率的な管理が可能となり,農耕地の持続的生産性の維持・向上が図られる.

Summary

Soil-borne diseases have been recognized to cause significant negative impacts on crop production. Because of the difficulty of control once the disease occurred during cultivation in the fields, most farmers have been using chemicals such as soil fumigants to disinfest the field soils before planting. However, such conventional use often causes an excess use of the chemicals, leading to increase of disease control costs and inhibiting agricultural sustainability and environmental conservation. To solve the problem, it is significant to diagnose and assess the disease-occurrence potential before planting in each field and take appropriate control measures based on the potential degree. Since such decision-making system is based on health check-up system in preventive medicine, we named the system as the Health checkup-based Soil-borne Disease Management (HeSoDiM). HeSoDiM is a promising strategy to realize sustainable agriculture by decreasing input of costs and environmental stresses to arable lands. This paper mentions the outline of the HeSoDiM and artificial intelligence assisting HeSoDiM practice against 10 soil-borne diseases recently developed.

はじめに

土壌伝染性病害(土壌病害)は,土壌中に生息する病原菌によって作物の地下部が侵され,病原菌の種類によっては,さらに地上部の茎葉まで侵される病害(駒田 1998)として知られており,過去に実施されたアンケート調査結果によれば,圃場で生じる連作障害の原因の主要因になっているとされている(駒田 1988).一般に,土壌病害は防除が難しく,経済的損失額の大きな被害を及ぼすとされるが,さらに近年では,農業者の高齢化・減少に伴い,土壌病害の発生が耕作放棄のきっかけとなってしまう場合もある.このため,産地や圃場の持続的生産の維持・向上のためには,土壌病害対策がより重要となっているといえる.土壌病害は,栽培途中に一旦発生してしまうと,その後の対策が基本的には困難になることから,予防的に防除・管理することが必要であるが,その予防的管理のためには,圃場での土壌病害の発生のしやすさ(発病ポテンシャル)を予め診断・評価し,防除の必要性の判断やポテンシャルのレベルに応じた適切な対策を講じる戦略が有効である.筆者らは,予防医学の中の取組として行われるヒトの一般定期健康診断に基づく健康管理を参考に,「診断」・「評価」・「対策」のフレームワークに基づく土壌病害管理法を考案し,「ヘソディム(HeSoDiM)」と命名した(一般財団法人日本土壌協会 2020Tsushima and Yoshida 2012Yoshida and Tsushima 2020).ヘソディムは,土壌病害の予防的管理や効率的な防除に役立ち,農地の持続的利用や生産者の収益性の向上に貢献することが期待できる管理法である.本稿では,土壌病害に対する予防的管理の必要性,ヘソディムおよびヘソディム普及のために開発されたAIツール「HeSo+(ヘソプラス)」について概説する.

土壌病害に対する予防的管理の必要性

土壌病害は,圃場での栽培期間中に一旦発生するとその後の対策が一般には困難となる.病害の種類によっては栽培途中の対策が可能なものもあるが,その場合でも病害発生に伴う減収に加え防除に要する労力や費用がかさみ,農業者の収益に大きなダメージを与えてしまう.このため,生産現地では最悪の事態を回避するための予防的措置として,懸念される病害に対して有効な土壌消毒剤などの化学農薬を防除暦に基づいて管理圃場に画一的に使用する防除(カレンダー防除)が行われる場合が多い.しかし,こうした画一的な使用による予防的管理では,消毒剤を使わなくてもよいと考えられる圃場にも使用してしまう場合があり,結果的に過剰な作業労力や農薬代などが生じ,非効率的な防除が行われてしまうことになる.また,近年の施策的な動きとして,作業者の健康や周辺環境への影響などの観点から化学農薬の使用を制限する動きが国際的に進んでおり,我が国では農林水産省によって2021年5月に策定された「みどりの食料システム戦略」において「化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減」が2050年までに目指す姿のKPI(重要業績評価指標)として設定されている(農林水産省 2021).農薬全体の使用量をリスク換算で見た場合には,土壌病害対策に使用される土壌くん蒸剤の占める割合が大きくなるため,その使用への風当たりが今後一層強まることが予想される.さらに,2018年に改正された農薬取締法に基づき2021年から開始された農薬の再評価制度により,現場で利用可能な農薬の選択肢が減ることが懸念されており(横田 2023),その余波を受け土壌消毒剤が今後利用しにくくなる状況となってしまう可能性も否めない.こうした施策的なニーズや背景も踏まえると,土壌消毒剤を効率的に利用する方策を講じることは喫緊の課題であるといえよう.

土壌消毒剤の効率的な利用を図るためには,まずは土壌消毒や防除が必要な圃場や場面を明らかにしたうえで,必要と判断された場所や場面で使用して病害の予防的管理をする戦略を実行することが有効かつ重要である.これにより生産コストや農耕地の環境負荷の低減が図られ,持続的農業の推進にもつながる.筆者らは,こうした予防的な病害管理を,一般定期健康診断に基づくヒトの健康管理が参考になると考えた.一般定期健康診断は,血圧や血糖値などの基本的項目の診断と問診に基づき自身の健康状態を把握して,健康維持や疾患の予防・早期発見に役立てるために行われるものであり,結果的に疾患に伴う長期入院・長期治療およびこれらに伴う高額な費用負担を回避することにつながる.同じように,その圃場の土壌病害の発生しやすさの程度(すなわち,防除が必要な状態かどうか)を診断して,その状態に応じて対策を講じることで,土壌消毒剤の過剰な利用コストを避けつつ病害の発生やまん延を回避することができ,圃場の持続的利用に役立てられることが期待できる.筆者らは,この土壌病害の予防的管理法を,一般定期健康診断による健康管理にちなんでいることから,「健康診断の発想に基づく土壌病害管理法」の英語表現(Health checkup based soil-borne disease management)の頭文字を取って,「ヘソディム(HeSoDiM)」と命名した(一般財団法人日本土壌協会 2020Tsushima and Yoshida 2012Yoshida and Tsushima 2020).ヒトの健康診断では, 血液検査などの診断項目ごとに基準値が設けられ, その基準値と実際の測定値を各基準値に照らし合わせて,基準値をオーバーした項目を改善するための対策を講じることで,病気を予防することを目指している.ヘソディムは,このような予防医学の中の一次予防の考えに倣って土壌病害の管理をしようとするものであるといえる.

健康診断の発想に基づく土壌病害管理法「ヘソディム」

ヘソディムは,「診断」,「評価」,「対策」の3つの要素で構成されている(図1 ).「診断」では,病害ごとに前作の発病度,土壌の生物性(ここでは,土壌中の病原微生物の定性定量情報や土壌微生物相を示す)や土壌の理化学性,土壌の発病しやすさの検定(対象土壌を用いたポット試験により評価するDRC(Dose-Response-Curve)診断法)などから,その病害に適した診断項目を選び,診断項目ごとに基準を設定し,診断票を作成する.次に「評価」では,診断票に記入された結果と栽培管理などの聞き取りを踏まえて,総合的な圃場の土壌病害の発生しやすさ(発病ポテンシャル)の程度を原則3段階で評価する(ポテンシャルが低い場合:レベル1,中程度の場合:レベル2,高い場合:レベル3など).最後の「対策」では,指導者は対象病害ごとに対策技術をリスト化して,生産者と一緒に適切な対策方法を検討する.例えば,レベル1であった場合は,土づくりによる発病抑止土壌の活用,レベル2であった場合は,微生物農薬や病害抵抗性品種の利用,レベル3であった場合は,土壌消毒剤の処理を行う,などのポテンシャルレベルに応じた対策法を指導者は提案する.ここでは,ヒトの健康診断で「医者」と「受診者」が面談して食生活の改善や運動,投薬などの対処方針を決めるように,「指導者」と「生産者」が評価結果に基づいてお互い納得した上で対処方針の決定を行うことが大切である.

図1. ヘソディムの概念図

以上の診断に基づく対策を毎年繰り返しながら,各要素(診断項目や基準,評価方法やレベルごとの対策技術など)を病害ごとに最適化していくことで,その病害に応じた適切なヘソディムが構築され,発病ポテンシャルにふさわしい対策が行えるようになる.その結果,効果が期待できないムリな対策を避けつつ,過剰な土壌消毒剤使用を回避できるなどの様々なコストのムダがない効率的な土壌病害管理が可能になる.さらに,従来は防除効果が低く活用が難しかった技術も,発病ポテンシャルのレベルによっては,有効に活用出来る可能性も生まれる.例えば,病害の生物的防除に用いられる微生物農薬は,そのマイルドな作用性などにより特に難防除の土壌病害に対しては効果が出にくいと考えられている(吉田,對馬 2013吉田 2024).その一方で,これまでの研究知見などに基づくと,土壌病害の発生程度が低い圃場条件や接種圧が低い試験条件下においては,微生物農薬が安定的な防除効果を発揮している傾向がある.このことから,土壌病害の発生程度が低いと考えられる圃場(=発病ポテンシャルレベルの低い圃場)の状況下といった「効果が期待できる場面」での使用では,微生物農薬の能力(防除効果)が有効に発揮されることが期待できる.すなわち,微生物農薬の利用をヘソディムにおける発病ポテンシャルレベルが低い圃場向けの対策技術とすることで,安定的な防除効果が期待できる有望な対策技術として活用できるようになる.

各土壌病害に対するヘソディムの開発,マニュアル化

このような特徴を持つヘソディムを多くの現場で実践してもらうために,筆者らはこれまでに全国の公設試験研究機関や民間企業等と共同で主要な土壌病害に対するヘソディムを開発し.指導者向けのマニュアルとして取りまとめ,公開してきた.具体的には,ヘソディムに基づく土壌病害管理技術の実現可能性を探る農林水産省のプロジェクト研究「土壌病害虫診断技術等の開発(2011~2013年度)」において,トマト青枯病,ショウガ根茎腐敗病,レタス根腐病,ダイズ茎疫病,アブラナ科野菜根こぶ病,ブロッコリー根こぶ病およびキャベツ根こぶ病を対象に指導者向けのマニュアル(図2 )を作成し,ウェブで公開している(農業環境技術研究所 2013).本マニュアルは,ヘソディムの考え方の概要と病害毎の適用事例(個別のマニュアル)で構成されている.ここでは,一例として,富山県農林水産総合研究センターがダイズ茎疫病を対象に開発した事例について紹介したい.本病は排水不良の水田転換畑などで多発し,Phytophthora sojaeにより引き起こされることが知られているが,本病の診断に利用可能な項目としては,新たに解明された知見およびこれまでの本病の発生生態研究や疫学的解析結果に基づき,(1)過去および地域の発生履歴(茎挿し法による病原体の検出),(2)圃場の排水性,(3)種子の播種様式,(4)土壌pH,(5)土壌タイプ,(6)土壌の生物性,の6項目が選定されている.これらの各診断項目を調査し,結果を「診断票」に記録して現状を把握するとともに,基準値に基づき0~3までの点数(リスク値)を設定し,これらのリスク値の積算値と診断項目数に基づき圃場の発病ポテンシャルを数値で評価する形式となっている.さらに,畔立播種や種子処理剤使用などの発病予防のための対策技術が,発病ポテンシャルのレベルに応じてメニュー化されている.以上の内容については,「ダイズ茎疫病対策マニュアル」としてまとめられているが,その中で強調されているのが,マニュアルによる診断に基づいて講じた対策の効果を栽培後に検証し,以降の作付け時の診断に検証結果を反映させることの重要性である.健康診断では疫学データなどの蓄積とともに基準値の数値が改訂されその精度が向上するように,土壌病害発生の実態と評価・対策の結果にずれがあると判断される場合は,うまくフィットするように評価基準を柔軟に変えていき,評価・対策の信頼度の向上を図るという発想もヘソディムの特徴である.

図2. 「 健康診断に基づく土壌病害管理 ヘソディム指導者向けマニュアル」の表紙

上述の研究で確認されたヘソディムの実用性を踏まえ,さらに筆者らは,農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業において,過剰な土壌消毒剤の使用を減らすために消毒剤使用の要否を診断し,その診断結果に基づき病害対策を行う技術開発を目指す研究「次世代型土壌病害診断・対策支援技術の開発(2013~2015年度)」に取り組んだ.具体的には,各公設試験研究機関や民間企業とコンソーシアムを作り,ショウガ根茎腐敗病,キャベツバーティシリウム萎凋病,ネギ黒腐菌核病,セルリー萎黄病,ハクサイ黄化病,レタスビッグベイン病,レタス菌核病,イチゴ炭疽病・萎黄病,ジャガイモそうか病などを対象に,ヘソディムに基づく病害管理技術の開発を行った.本研究では,土壌消毒剤使用の要否判断の基準の開発が全体の大きな目標の一つとなっているため,各対象病害の診断結果に基づく発病ポテンシャルレベルは,レベル1:土壌消毒は不要,レベル2:土壌消毒は不要だが代替対策が必要,レベル3:土壌消毒は必要,の3段階に原則設定して開発 を行い,得られた研究成果を基に,上記の各病害に対するヘソディムマニュアルを作成した(農業環境技術研究所 2016a)(図3 ).例えば,長野県のセルリー萎黄病のヘソディムマニュアルでは,診断項目として,(1)前作発病度,(2)PCR-DGGE法に基づく土壌糸状菌多様性の回復度,(3)土壌中のDNAの抽出量,であることが紹介され,併せて,発病ポテンシャルの評価法やポテンシャル毎の対策技術が解説されている.また,香川県におけるレタスビッグベイン病のヘソディムでは,土壌中の病原ウイルス量や前年度の発病株率などの診断項目に基づく発病ポテンシャル評価法およびポテンシャル別の対策技術が開発・整理され,マニュアルとしてまとめられている.また,このヘソディムマニュアルに加え,診断方法に関する複数の高度化あるいは低コスト化手法についてのマニュアル(診断のための技術情報)も,本プロジェクト研究において作成された(農業環境技術研究所 2016b)(図3 ).

図3. プロジェクト研究「次世代型土壌病害診断・対策支援技術の開発」で開発・作成されたマニュアル

左:「土壌消毒剤を低減するためのヘソディム 指導者向けマニュアル」の表紙,右:「土壌消毒剤を低減するためのヘソディム 診断のための技術情報」の表紙.

さらにその後,全国の各地で問題となっている病害を対象としたヘソディムに関連するマニュアルが,所管する各公設試験研究機関などによって新たに開発され(鹿児島県農業開発総合センター 2019熊本県農業研究センター生産環境研究所 2023桃井 2015a2015b西脇 2022農研機構中央農業研究センター 2020富山県農業研究所病理昆虫課 2023),これらのマニュアルの活用によって,多くの圃場で効率的な病害管理が行えるようになることが期待できる.実際に,幾つかの病害を対象に,作成されたマニュアルの有効性を現地で実証した結果では,ハクサイ根こぶ病に対する薬剤の使用削減(防除コスト削減)効果(ウエルシード, 農研機構近畿中国四国農業研究センター 2016)や,キャベツバーティシリウム萎凋病に対して産地内の9割以上の圃場で本病の発生を5%以下に抑えられる効果などが得られており(群馬県農業技術センター 2016),ヘソディムの実践による実際の病害管理上の有効性が確認されている.また,民間の農薬メーカーでは,自社の農薬の効果的活用を図る目的でヘソディムの考え方を採用し,利用の普及に役立てる取り組みも行われている(美野 2014).このように,ヘソディムはコストの観点も加味した土壌病害の効率的な管理に役立つものであり,その普及を図ることが,国内の安定的な農業生産の推進にも貢献すると考える.

AIアプリ「HeSo+(ヘソプラス)」の開発

上述の指導者向けのマニュアルは,ヘソディムの普及に役立ててもらうために作成されたものである.各マニュアルは、限られた産地または圃場の栽培条件下での試験結果を基に作成されているため,圃場環境や栽培条件が異なる圃場でヘソディムを実践する場合には,作成したマニュアルをベースに,指導者らが中心となって実際の診断対象圃場の条件に応じて臨機にマニュアルの内容を改変して取り組んでもらう必要がある.ところが,近年,特に熟練の指導者が減少しており,マニュアルの改変やそれに基づいた指導も行われにくい状況になっていることが,ヘゾディムの普及上の課題となっていた.このため,多くの圃場でヘソディムによる土壌病害管理を実践してもらうためには,圃場環境や栽培条件に応じて最適な発病ポテンシャルの診断等が簡便に行える新たなシステム作りが必要であり,具体的には,各圃場の条件に適した圃場の発病ポテンシャルの診断および対策を支援する技術の開発や,指導者による診断・対策支援をサポートできる仕組み作りが必要であると考えた.これらの課題を解決するアプローチとして,AI(人工知能)を活用したデータマイニングによる診断・対策支援技術の開発は有効である.そこで,筆者らは農林水産省の支援を受け,13の公設試験研究機関,1つの大学および3つの民間企業と共同でプロジェクト研究「AIを活用した土壌病害診断技術の開発(2017~2021年度)」に取り組むこととした.プロジェクト研究では,現地での被害が問題となっている主要な土壌病害のアブラナ科野菜(キャベツ,ブロッコリー,ナバナ)根こぶ病,ネギ黒腐菌核病,バーティシリウム病害(ハクサイ黄化病,キク半身萎凋病),卵菌類病害(タマネギべと病,ショウガ根茎腐敗病),トマトおよびショウガ青枯病を対象に,精度よく圃場の発病ポテンシャルを診断できるAIを開発するとともに,AIを活用した診断・対策支援システムを構築することを目標とした.一般に精度の高いAIを開発する上で,用いるデータの量と質の確保はその成否のための重要な要件とされている.そこで本研究では,可能な限り地域や栽培体系が多様な圃場条件下で多くの実証データを収集できるよう,プロジェクト参画機関が既存のマニュアルの内容を基本に各対象圃場の栽培条件に合わせて改変したヘソディムの現地実証を繰り返し行い,その過程で得られる耕種概要情報,土壌の生物性および理化学性等の各種データをデータセットとして整理し,機械学習用データとして用いた.

また,開発したAIを利用するための仕組み作りとして,AIで導出される対象圃場に適した発病ポテンシャルの診断項目(診断方法),発病ポテンシャル診断結果および発病ポテンシャルに応じた対策技術をユーザーに分かりやすく提示できるインターフェースの開発を行った.さらに,ヘソディムの生産現場での普及を拡大するためには,多くの潜在的ステークホルダーに本インターフェースを利用してもらう必要があり,特に営農指導に携わる民間企業等によるインターフェースを用いた診断・対策支援サービスの事業化につなげることを目指し,その実現のためのビジネスモデルの構築にも取り組んだ.

以上の研究開発を参画メンバーとともに進めた結果,上記の10種の作物病害に対する圃場の発病ポテンシャルを診断し,診断結果に応じた対策を支援できるAIアプリ「HeSo+(ヘソプラス)」を開発した(吉田 2023)(図4 ).HeSo+では,発病ポテンシャルを診断する対象圃場をマップ上から選定するとともに診断対象の病害を指定すると,その圃場に適した発病ポテンシャル診断項目が提示される(図5 ).入力する診断項目には,土壌の分類群,pHなどの土壌理化学性情報の他に,前作や周辺圃場での対象病害の発生程度,土壌中の病原菌密度などがあり,それらの中から対象病害や圃場に適した項目が提示されるようになっている.提示された項目に対して実際のデータを入力すると,対象圃場における発病ポテンシャルが3段階のレベル(低:レベル1~高:レベル3)が診断結果として示され,マップ上でも色分けでポテンシャルレベルが識別できるようになっている(図6 ).また,各発病ポテンシャルレベルに対応した対策技術も提示されるようになっており,その際には,ユーザーの志向性((1)例年どおりの収量確保を最優先とする場合,(2)増収増益を最優先とする場合,(3)生産物の高付加価値化を最優先とする場合,(4)圃場の持続的利用を最優先とする場合)別に最適な手段 が提示されるようになっている.さらに,HeSo+の診断結果に基づき,実際に行った病害管理の結果を入力するフォローアップ機能が実装されており,これらの入力データを学習用データとして利用し,AIの性能を向上することができる設計となっている.以上のHeSo+の利用フローの概略を図7 に示す.HeSo+のその他の機能として,圃場で発生した病害の症状の写真撮影機能や病害発生箇所の記録機能なども付属している.

図4. HeSo+のトップ画面
図5. HeSo+の発病ポテンシャル診断の入力画面例
図6. HeSo+のマップ上での圃場の発病ポテンシャル診断結果の表示画面例

表示画面例では,発病ポテンシャルレベルが3と判定され,圃場が赤色枠で囲われて示されている.また,発病ポテンシャルの自信度(AI がどの程度の確度で結果を導き出しているかの指標)の程度が★の数で表示される(図では★ 2 つ=中程度の自信度).

図7. HeSo+の利用フロー概略

HeSo+の利用の仕方として,生産者と指導者が一緒になってHeSo+を使って対象圃場の発病ポテンシャルを診断し,診断結果を基に病害対策の方針や意思の決定に活用してもらうことが想定される.これまでに,ブロッコリー圃場での根こぶ病の対策指導を行っている指導者がHeSo+を試用した結果では,HeSo+による診断結果に基づいた対策が成功したことに加え,本アプリを通じて生産者と密に病害管理方針の協議ができ,両者で円滑な合意形成を図れる効果があったとの評価が得られている.このことからも,HeSo+は生産者と指導者との間の土壌病害管理に関するコミュニケーションツールとして活用されることが期待できる.一方,HeSo+の利用にあたっては,予めAIの長所・短所を十分に理解した上で利用をしてもらうことが重要である.一般にAIの性能はデータの質・量に依存し,データの中からしか学習できず,特殊な事例を見逃すことがあるなどの欠点もあるとされている.すなわち,AIは決して万能なものではなく,あくまでも道具の一つとして上手に使いこなすものであるという前提で利用することが重要であり,HeSo+の利用では,発病ポテンシャルの診断結果にそのまま従うということではなく,診断結果を参考に,ユーザー自らが最終的な病害対策の判断・意思決定を主体的に行うことが大切である.

おわりに

農耕地の持続的生産性の維持・向上は,国内のみならず世界の食料生産の基盤であり,その重要性は今後より一層高まってくると考えられる.予防の概念を重視したヘソディムは,土壌病害の適正な管理を通じて農作物の持続的生産に貢献するものであるといえる.AIアプリHeSo+の更なる改良や進化のための技術開発など,今後もヘソディムの普及につなげるための研究活動に取り組んでいき,我が国の農耕地の持続的利用の促進に貢献することを目指していきたい.

謝辞

本研究は,農林水産省委託プロジェクト研究「土壌病害虫診断技術等の開発」,農林水産省農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「次世代型土壌病害診断・対策支援技術の開発」(25056C),農林水産省委託プロジェクト研究「AIを活用した土壌病害診断技術の開発」(JP17935468)の支援により実施した.これらの研究プロジェクトは,全国の多くの公設試験研究機関や民間企業等の共同研究機関からの支援・協力をいただきながら実施したものである.共同研究機関の関係各位には,この場をお借りして改めて心よりお礼申し上げる.

利益相反の有無

著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
The author retains the copyright of their paper and grants permission to the National Agriculture and Food Research Organization (NARO) to publish the paper in the Journal of the NARO Research and Development.
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