Niigata Iryo Fukushi Gakkaishi
Online ISSN : 2435-9777
Print ISSN : 1346-8774
Identification of the hip and knee angles that hamstring muscles exert knee extension function
Yuta TokunagaTomoya TakabayashiMasayoshi Kubo
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2022 Volume 21 Issue 3 Pages 100-107

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Abstract

ハムストリングス(HAM)は解剖学的には膝関節屈曲筋に分類されるにもかかわらず、特定の股・膝関節角度では膝関節伸展作用を発揮できる可能性があると報告されている。しかし、どういった股・膝関節角度でHAMが膝関節伸展作用を発揮するのかは明らかとなっていない。本研究の目的は、股・膝関節角度の変化とそれに伴う膝関節運動におけるHAM機能の変化の関係を数値シミュレーションによって明らかにすることである。筋骨格モデル解析用ソフトウェアOpenSimを用いて股・膝関節角度の変化に伴うHAM機能の変化を検証した。解析対象はHAMを構成する半膜様筋(SM)・半腱様筋(ST)・大腿二頭筋長頭(BFLH)・大腿二頭筋短頭(BFSH)の4筋とした。膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSHの機能を同定するために、筋が発揮した張力に由来する関節角加速度を推定することができるInduced acceleration analysisを使用した。股・膝関節角度条件を規定する各関節角度の可動範囲は股関節屈曲角度-30〜90°、膝関節屈曲角度-10〜90°とした。シミュレーションの結果、1) 膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSHの機能は股・膝関節角度に応じて動的に変化すること、2) SM・ST・BFLHは特定の股・膝関節角度では膝関節伸展作用を発揮すること、3) BFSHはいかなる股・膝関節角度条件でも膝関節伸展作用を発揮しないこと、の3点が明らかとなった。これらの知見は股・膝関節角度と膝関節運動におけるHAM機能を考える上で基盤となるデータとなり得ることが考えられる。

Translated Abstract

Previous studies suggested a probability that hamstring muscles (HAM) can exert knee extension function in some specific hip and knee angles, even though HAM were classified knee flexors. However, it has been still unclear in what the hip and knee angles HAM exert knee extension function. The purpose of this study is to reveal the relationship between the hip and knee angles and hamstring muscles function on the knee joint by using numerical simulation. OpenSim, a free musculoskeletal model software, was used to construct the numerical simulation. Semimembranosus (SM), semitendinosus (ST), biceps femoris long head (BFLH), and biceps femoris short head (BFSH) were selected as the analysis targets. Induced acceleration analysis (IAA) was used to identify the muscle function on the knee joint. IAA could explain the cause-and-effect relationship between exerted muscle force and joint angular acceleration induced by the exerted muscle force. The hip and knee angles conditions were determined by combining the right hip flexion angle that ranged from -30°to 90°and the right knee flexion angle, which ranged from -10°to 90°. As a result, the present study revealed following three things; 1) SM, ST, BFLH, and BFSH function on the knee joint were dynamically changed depending on the hip and knee flexion angles, 2) SM, ST, BFLH exerted knee extension function in the specific hip and knee flexion angles, 3) BFSH did not exert knee extension function. These findings might be a fundamental data to explain the relationship between the hip and knee flexion angle and HAM function on the knee joint.

I はじめに

動作中の筋機能を理解することは、我々の身体運動がどのように制御されているのかを知るうえで重要である。なぜならば、筋は我々が動作を行う際に能動的に制御することのできる唯一の因子であるからである。そのため、理学療法士やトレーナーなどの生体力学の知識を活用する専門家たちは筋力強化によって患者の日常生活動作の再獲得やアスリートのパフォーマンス向上を達成しようとしている1), 2)。このような理由から、身体運動における筋機能をより深く理解するために、動作中の筋機能を生体力学的に評価・解釈する研究が行われている3)-7)

ハムストリングス(HAM)は他の筋にはないユニークな機能を発揮できる可能性がある。その機能とは、HAMは解剖学的には膝関節屈曲筋に分類されるにもかかわらず、膝関節伸展作用を発揮できるというものである8),9)。しかし、先行研究ではHAMは膝関節伸展作用を発揮できると報告したもの4),10)-12)と、HAMは膝関節伸展作用を発揮しないと報告したもの13),14)が混在しており、いまだに一致した見解が得られていない。もしHAMが膝関節伸展作用を発揮できることが事実ならば、理学療法士・トレーナーに甚大な影響がある。なぜならば、多くの理学療法士・トレーナーは「HAMは膝関節屈曲作用を発揮する筋である」と考えており、この考えに基づき患者・アスリートの動作分析や治療・トレーニング計画の立案を行っているからである。そのため、膝関節運動におけるHAM機能を明らかにすることは臨床的にも意義のあることであると考えられる。

膝関節におけるHAM機能の変化にはHAMの股関節伸展モーメントアームと膝関節屈曲モーメントアームの比が重要な要因と考えられており3),9),12),15),16)、このモーメントアームの比は股・膝関節角度の変化に応じて変化する。大腿二頭筋短頭以外のHAMは股関節伸展・膝関節屈曲のモーメントアーム(HAMの作用線から股・膝関節の回転中心までの距離)を有している。このモーメントアームの大きさによって、HAMがどの程度の股関節伸展・膝関節屈曲作用を発揮できるかが決定される。HAMが膝関節伸展作用を発揮するにはHAMの股関節伸展モーメントアームがHAMの膝関節屈曲モーメントアームよりも大きいことが必要条件であると考えられている3),9),12),15),16)。加えて、先行研究17)によってHAMのモーメントアームは股・膝関節屈角度の変化に応じて変化することが報告されている。このことは、股・膝関節角度の変化に応じてHAMの股関節伸展・膝関節屈曲モーメントアームの比が変化し、その結果としてHAM機能が膝関節屈曲から膝関節伸展へと動的に変化する可能性を示している。

股・膝関節角度が重要な要因であると考えられているにも関わらず、HAM機能の変化と股・膝関節角度の変化を系統的に検証した報告は存在しない。これまでに股・膝関節角度と膝関節運動におけるHAM機能の関係性を検証した報告はいくつか実施されているが、その全てが限局された股・膝関節角度条件の検証にとどまっている。Hunterら16)は歩行動作の前遊脚期・遊脚初期・遊脚中期・遊脚終期における股・膝関節角度を模した4つの肢位でのHAM機能を検証している。Frigoら13)は股関節屈曲角度-15°・0°・30°・60°・90°と膝関節屈曲角度30°・60°・90°・120°を組み合わせた20の股・膝関節角度条件におけるHAM機能の変化を検証している。しかし、これまでに行われた先行研究の知見だけでは様々な動作におけるヒトの多様な股・膝関節角度条件をカバーすることは困難である。そのため、膝関節運動におけるHAM機能をより深く理解するためには、様々な股・膝関節角度条件でのHAM機能を説明することのできる研究が必要であることが考えられる。

数値シミュレーションは股・膝関節角度の変化とそれに伴う膝関節運動におけるHAM機能の変化を同定する手法として適している可能性が高い。膝関節運動におけるHAM機能を推定する方法として実験手法と数値シミュレーションの2つが考えられる。実験手法の場合、電気刺激によって筋収縮を引き起こし、その結果として生じる関節運動を計測することが一般的である14),16),18)。しかし、先行研究19),20)で電気刺激による筋収縮の回数が増えるほど発揮される筋張力が低下することが報告されていることから、膨大な股・膝関節角度の組み合わせ条件におけるHAM機能を同定したい場合には実験手法は不適切である可能性が高い。一方、数値シミュレーションではこういった状況は生じることはなく、発揮筋張力が同一であり股・膝関節角度だけが異なる条件を設定することが可能である。そこで本研究では、股・膝関節角度の変化とそれに伴う膝関節運動におけるHAM機能の変化を数値シミュレーションによって系統的に調査することにより両者の関係性を明らかにすること、を目的とした。仮説として、1) 膝関節運動におけるHAM機能は股・膝関節角度に応じて動的に変化すること、2) 股関節伸展作用を有するHAM(半膜様筋・半腱様筋・大腿二頭筋長頭)のみが膝関節伸展機能を発揮することができること、の2点を考えている。

II 方法

フリーの筋骨格モデル解析用ソフトウェアOpenSim21)を用いて股・膝関節角度の変化に伴う膝関節運動におけるHAM機能の変化を検証した。今回の検証ではOpenSimの基本モデルであるgait239222)を使用した(図1)。gait2392は12の身体セグメント(体幹、骨盤、大腿、下腿、足部、つま先)と92の筋から構成されている。92の筋はモデル内に設定されている23の運動学的自由度(骨盤の6自由度、腰部・股関節の3自由度、足関節の2自由度、膝・中足趾節関節の1自由度)を制御している。モデルを構成する身体セグメントの質量・慣性モーメント・長さは体重75.16 kg、身長1.8mより算出された。gait2392のより詳細な情報は先行研究22),23)に記載されている。

gait2392では半膜様筋(SM)・半腱様筋(ST)・大腿二頭筋長頭(BFLH)・大腿二頭筋短頭(BFSH)の4つのHAMがモデル化されている(図2)。このうちSM・ST・BFLHが二関節筋、BFSHが単関節筋である。本研究ではSM・ST・BFLH・BFSHの4筋を解析対象とした。gait2392において、SM・ST・BFLH・BFSHはそれぞれ単一の作用線として表現されている。作用線の走行は起始・中継点・停止の3つで規定されている17)。これはHAMが大腿骨遠位端後方を覆うように走行していることを考慮することでHAMの幾何学的な走行をより詳細に表現するためである。また、各筋は筋の生理学的な特性である張力-長さ-速度関係を反映することのできるHillタイプ筋モデル24)としてモデル化されている。筋の幾何学的な表現方法およびHillタイプ筋モデルの構成・パラメータに関するより詳しい情報は先行研究17),22)-24)に記載されている。

膝関節におけるSM・ST・BFLH・BFSH の機能を同定するために、Induced acceleration analysis(IAA)3),7)を行った。IAAは筋が発揮した張力が、どの方向に、どの程度の関節角加速度を発生させるのかを、身体の慣性特性を考慮した上で推定できる手法である。IAAでは解析対象としてSM・ST・BFLH・BFSH のうちの1つの筋を選定し、その筋の張力のみが身体に作用した場合に発生する膝関節角加速度を推定する。すなわち、IAAでは解析対象となる筋張力以外の力(重力、速度依存力、解析対象以外の筋張力)の影響は無視されており、解析対象とした筋の作用によって生じた膝関節角加速度のみが推定される。IAAの詳細な計算方法は先行研究3),7)に記載されている。

IAAを用いることでSM・ST・BFLHでは股関節伸展モーメントと膝関節屈曲モーメントが同時に働いた結果として、BFSHでは膝関節屈曲モーメントが働いた結果として、膝関節が屈曲・伸展どちらの方向に加速されるのかが推定される。IAAで推定された筋由来の膝関節加速度が伸展方向に生じている場合には「当該の筋は膝関節伸展作用を発揮している」と判定することが可能となる。

IAAを実行するには「筋が発揮した張力」と「筋骨格モデルの姿勢」の2つを規定する必要がある。本研究ではSM・ST・BFLH・BFSHのいずれかが1Nの張力を発揮した状況を「筋が発揮した張力」の規定として設定した。この規定の結果、IAAで算出される筋由来の膝関節角加速度は単位筋張力あたりの値となる。この規定を設けたのは、1) 異なる股・膝関節角度条件での比較のために発揮筋張力を統一する必要があること、2) 任意の筋張力が働くケースは1Nの筋張力が働くケースの結果に発揮筋張力を乗ずることで簡単に求めることができること、の2つが理由である。同様の理由から、先行研究4)-6)においても姿勢の変化に起因する筋機能の変化を推定する際には、筋が1Nの張力を発揮した状況を想定してシミュレーションが実施されている。

今回のシミュレーションで使用したgait2392には23の運動学的自由度が存在する。しかし、全ての運動学的自由度の組み合わせを検証し、その結果を解釈することは困難である。そこで本研究では、HAM機能の決定に大きな影響を与えると考えられる右股・膝関節屈曲角度の組み合わせのみを考慮し、それ以外の関節角度は0°とすることで「筋骨格モデルの姿勢」の条件を規定した。この条件を設定した根拠は、1) HAMの股・膝関節における屈曲・伸展モーメントアームが股・膝関節屈曲角度の変化により大きく変動すること17)、2) 他の関節に比較して動作時における股・膝関節屈曲角度の可動範囲が広いこと25),26)、の2点である。各関節の可動範囲は股関節屈曲角度[-30°、90°]、膝関節屈曲角度[-10°、90°]とし、設定した可動範囲を1°刻みで変位させた全ての組み合わせ13231条件(101の右膝関節屈曲角度条件×131の右膝関節屈曲角度条件)を解析対象の股・膝関節角度条件とした(図3)。上記の全ての股・膝関節角度条件においてIAAを実行し、SM・ST・BFLH・BFSHが発生させる膝関節伸展角加速度を推定した。なお、股関節屈曲角度は矢状面における骨盤・大腿骨の前傾角度から、膝関節屈曲角度は矢状面における大腿骨・脛骨の前傾角度から、それぞれ規定されている。

III 結果

IAAによって推定されたSM・ST・BFLH・BFSHに由来する膝関節伸展角加速度が股・膝関節角度の変化に応じてどのように変化したのかを図4に示す。

SM由来の膝関節伸展加速度が正の値を示していたのは、股関節屈曲角度[-6°、59°]かつ膝関節屈曲角度[-10°、5°]、または股関節屈曲角度[-13°、45°]かつ膝関節屈曲角度[65°、90°]のいずれかの股・膝関節角度条件であった(図4(a))。このことは、上記の股・膝関節角度条件ではSMが膝関節伸展作用を、それ以外の股・膝関節角度条件ではSMが膝関節屈曲作用を発揮していることを意味している。SMの膝関節伸展作用が最大になるのは股関節屈曲角度24°、膝関節屈曲角度-10°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は0.10°/sec2であった(図4(a)☆位置)。また、SMの膝関節屈曲作用が最大になるのは股関節屈曲角度-30°、膝関節屈曲角度20°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は-0.26°/sec2であった(図4(a)▽位置)。

ST由来の膝関節伸展加速度が正の値を示していたのは、股関節屈曲角度[-2°、55°]かつ膝関節屈曲角度[-10°、8°]、または股関節屈曲角度[-13°、51°]かつ膝関節屈曲角度[59~90°]のいずれかの股・膝関節角度条件であった(図4(b))。このことは、上記の股・膝関節角度条件ではSTが膝関節伸展作用を、それ以外の股・膝関節角度条件ではSTが膝関節屈曲作用を発揮していることを意味している。STの膝関節伸展作用が最大になるのは股関節屈曲角度26°、膝関節屈曲角度-10°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は0.08°/sec2であった(図4(b)☆位置)。また、STの膝関節屈曲作用が最大になるのは股関節屈曲角度-30°、膝関節屈曲角度10°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は-0.32°/sec2であった(図4(b)▽位置)。

BFLH由来の膝関節伸展加速度が正の値を示したのは、股関節屈曲角度[-21°、79°]かつ膝関節屈曲角度[-10°、90°]の股・膝関節角度条件であった(図4(c))。このことは、上記の股・膝関節角度条件ではBFLHが膝関節伸展作用を、それ以外の股・膝関節角度条件ではBFLHが膝関節屈曲作用を発揮していることを意味している。BFLHの膝関節伸展作用が最大になるのは股関節屈曲角度23°、膝関節屈曲角度-10°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は0.21°/sec2であった(図4(c)☆位置)。また、BFLHの膝関節屈曲作用が最大になるのは股関節屈曲角度90°、膝関節屈曲角度20°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は-0.19°/sec2であった(図4(c)▽位置)。

BFSH由来の膝関節伸展角加速度は、いかなる股・膝関節角度条件でも正の値を示さなかった(図4(d))。このことは、BFSHは膝関節屈曲作用のみを発揮していたことを意味している。BFSHの膝関節屈曲作用が最大になるのは股関節屈曲角度-4°、膝関節屈曲角度20°のときであり、その際に生じる膝関節伸展角加速度は-0.35°/sec2であった(図4(d)▽位置)。

IV 考察

本研究の目的は、股・膝関節角度の変化とそれに伴う膝関節運動におけるHAM機能の変化を数値シミュレーションによって系統的に調査することにより両者の関係性を明らかにすること、であった。この目的を達成するために筋骨格モデルを用いた数値シミュレーションを様々な股・膝関節角度条件で実施した。その結果、1) 膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSHの機能は股・膝関節角度の変化に応じて動的に変化すること、2) SM・ST・BFLHは特定の股・膝関節角度条件では膝関節伸展作用を発揮すること、3) BFSHはいかなる股・膝関節角度条件においても膝関節伸展作用を発揮しないこと、の3点が明らかとなった。

SM・ST・BFLH・BFSHの機能は股・膝関節角度の変化に応じて動的に変化することが明らかとなった。これまでにも股・膝関節角度の変化に伴うHAM機能の変化を検証した先行研究13),16)は存在したが、その全ての先行研究が少数の限定された股・膝関節角度条件のみを検証しているという問題点があった。本研究では股・膝関節屈曲角度の変化に限局しているが、先行研究に比較して明らかに多い股・膝関節角度条件を検証できている。このことは股・膝関節角度の変化とそれに伴うHAM機能の変化を先行研究よりも詳細かつ系統的に追跡できていることを意味している。そのため、本研究の知見は股・膝関節角度と膝関節運動におけるHAM機能を考える上で基盤となるデータとなり得ることが考えられた。

SM・ST・BFLHは膝関節伸展作用を発揮できる股・膝関節角度条件が存在していたのに対して、BFSHはいかなる股・膝関節角度条件においても膝関節伸展作用を発揮していなかった。SM・ST・BFLHとBFSHの最大の違いは股関節伸展モーメントを発揮することができるか否かである。このことは、股関節伸展モーメントがSM・ST・BFLHの膝関節伸展作用を発揮するために重要な役割を果たしている可能性を示している。実際に、HAMの膝関節屈曲作用を膝関節伸展作用に反転させるためにはHAMの股関節伸展モーメントが重要な役割を果たしている可能性が高いことが報告されている3),9),12),15),16)。そのため、本研究の知見は「HAMが膝関節伸展作用を発揮するためには股関節伸展モーメントが重要である」とする上記の先行研究の知見を支持するものであることが考えられた。

SM・ST・BFLHの膝関節伸展機能の発現と股関節伸展モーメントの間には下記のメカニズムが存在すると考えられる。まず、HAM由来の膝関節屈曲モーメントは下腿を右外側からみて時計回り、大腿を右外側からみて反時計回りに回転させる。次に、HAM由来の股関節伸展モーメントは大腿を時計回りに回転させる。HAMの股関節伸展作用は膝関節屈曲作用よりも強いことが報告されていることを考慮すると17)、HAMが活動すると大腿・下腿ともに時計回りに回転することになる。大腿・下腿ともに時計回りに回転する状況において膝関節の伸展運動が生じるのは大腿の回転が下腿の回転を上回る場合のみである。このことは、HAMが膝関節伸展作用を発揮するには、HAMに由来する股関節伸展モーメントが膝関節屈曲モーメントに比べて大きいだけでは不十分であり、大腿の回転が下腿の回転を上回るほどの股関節伸展モーメントの出力が必要であることを意味している。そのため、本研究でSM・ST・BFLHが膝関節伸展作用を発揮できている股・膝関節角度条件では上記のHAMが膝関節伸展作用を発揮できるための条件が満たされていることが考えられた。

二関節筋であるSM・ST・BFLHでのみ膝関節伸展作用が発揮されたことは、大腿直筋や腓腹筋といったSM・ST・BFLH以外の二関節筋でも同様の現象が起きうることを示唆している。実際に股関節屈曲・膝関節伸展筋である大腿直筋が股関節伸展作用を発揮すること18)、膝関節屈曲・足関節底屈筋である腓腹筋が膝関節伸展機能を発揮できる可能性があること3)などが報告されていることから、SM・ST・BFLH以外の二関節筋でも関節角度の変化に応じた筋機能の変化が生じる可能性は高いと考えられる。しかし、SM・ST・BFLH以外の二関節筋機能と関節角度の関係についての体系的な検証は行われていない。この問題を解決するためには更なる検証が必要である。

SM・ST・BFLHが膝関節伸展作用を発揮できることは臨床的にも意義がある。従来、HAMは膝関節屈曲モーメントアームを持つことから膝関節屈曲作用を発揮する筋であると考えられており、この解釈は理学療法士やトレーナーなどの生体力学の知識を活用する専門家たちの間で常識レベルの知識として定着している。しかし、本研究の結果は「HAMは膝関節屈曲作用を発揮する筋である」という解釈は常に成立するとは限らないことを示した。このことは、理学療法士やトレーナーは股・膝関節角度の変化に応じて動的に変化するHAM機能の変化を考慮して患者・アスリートの動作分析や治療・トレーニング計画の立案を行う必要性があることを示唆している。

本研究には2つの限界点が存在する。1つ目の限界点として、股・膝関節屈曲角度以外の関節角度の変化を検証できていない点が挙げられる。本研究の数値シミュレーションでは右股・膝関節屈曲角度の変化は網羅的に検証したが、シミュレーションの単純化のためにそのほかの関節角度は全て0°に設定した。この条件を設定した理由は、1) gait2392に存在する全ての運動学的自由度の組み合わせを検証し、その結果を解釈することは困難であること、2) 先行研究の知見17)から股・膝関節屈曲角度の変化が膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSH機能の変化に与える影響が最も大きいと考えられたこと、の2点である。しかし、SM・ST・BFLH・BFSHの股・膝関節における屈曲・伸展、内・外転、内・外旋モーメントアームは股・膝関節の3次元的な角度変化に応じて変化することが報告されている27),28)。本研究では、股・膝関節の3次元的な角度変化を考慮していないため、股・膝関節の3次元的な角度変化とそれに伴う膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSH機能の変化を説明できていない。そのため、股・膝関節の3次元的な角度変化に応じて膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSH機能がどのように変化するのかに関しては、更なる検証が必要であると考えている。

本研究の2つ目の限界点として、本研究の数値シミュレーションは床面と足部が接触していない開放運動連鎖(OKC)に相当するものである点が挙げられる。床面と足部が接触している閉鎖運動連鎖(CKC)とOKCでは筋が発揮する機能が大きく変化することが報告されている12),13)。この筋機能の差異を引き起こす最大の要因は床面と足部が接触することによって生じる床反力の影響であると考えられる。しかし、本研究の数値シミュレーションでは床反力の影響は考慮していない。そのため、CKCでの筋機能を理解するためには更なる検証が必要であると考えている。CKCでは床反力の影響があるためOKCよりもHAM機能が決定される力学的メカニズムが複雑化する。これにより、「身体に加わる力」と「その結果として生じる関節加速度」の因果関係を把握することがOKCに比較して難しくなる。複雑化した力学的メカニズムのなかで因果関係を正確にとらえるためには、判断の基準となるデータが必要である。本研究の知見は、OKCを想定した数値シミュレーションではあるものの、股・膝関節屈曲角度の変化とそれに伴う膝関節運動におけるHAM機能の変化を詳細に検証した初めての研究である。そのため、本研究の知見はCKCにおけるHAM機能を解明する際に基礎データとして活用できる可能性がある。

V 結論

本研究により、1) 膝関節運動におけるSM・ST・BFLH・BFSHの機能は股・膝関節角度に応じて動的に変化すること、2) SM・ST・BFLHは特定の股・膝関節角度では膝関節伸展作用を発揮すること、3) BFSHはいかなる股・膝関節角度条件においても膝関節伸展作用を発揮しないこと、の3点が明らかとなった。これらの知見は股・膝関節角度と膝関節運動におけるHAM機能を考える上で基盤となるデータとなり得ることが考えられる。

利益相反

本研究の遂行において利益相反に該当する事項は存在しない。

References
 
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