Niigata Iryo Fukushi Gakkaishi
Online ISSN : 2435-9777
Print ISSN : 1346-8774
Development and Evaluation of Interactive Smartphone App for Visualization of Bayesian Inference Using R-Shiny
Hiroki InoueHachiro Uchiyama
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2022 Volume 21 Issue 3 Pages 108-120

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Abstract

目的

既存のPC用ベイズ推測視覚化プログラム、B.T.V.T.I.をスマートフォン・タブレット用に移植した。移植後のBTVTI-Rについて動作を検証した。さらにユーザーにアンケート調査を行い、ベイズ推測の学習・理解への有用性を評価した。

方法

移植にはRとShinyを用いた。アンケート調査にはグーグルフォームを使用した。

結果

ユーザーインターフェースを改設計したBTVTI-RはほぼB.T.V.T.I.の動作を再現することができた。ただし画面サイズの制約のため、B.T.V.T.I.において入力データ種が多数である一部の推測画面を移植することはできなかった。アンケート調査において「このアプリを使うことによってベイズ統計に興味を持ちましたか」に対して、「とても興味が湧いた」「興味が湧いた」「やや興味が湧いた」の回答が計65.6%となった。

考察

BTVTI-Rは短時間の放置でサーバーとの再接続が生じ、操作の利便性を損ねる可能性があると考えられた。アンケート調査においてベイズ推測に見聞や知識のある者の回答から、本アプリは書籍や座学などと組み合わせて用いることがベイズ推測の学習に有用である可能性が考えられた。またBTVTI-Rのような簡便な操作のアプリをスマートフォンに提供することが、未経験で関心の少ない学習者にベイズ推測に関する興味を惹起させる効果を有する可能性が考えられた。

Translated Abstract

Purpose

This work studies the porting of B.T.V.T.I., a Bayesian inference visualization program for PCs, to smartphones and tablets. The function of the program’s operations was evaluated after porting and a user survey was conducted to evaluate its utility in learning and understanding Bayesian inference.

Method

The R and Shiny programming languages were used for the porting, while the survey was carried out via Google Forms.

Result

The BTVTI-R program, with its user interface re-arranged for smartphones, afforded a nearly identical reproduction of B.T.V.T.I. operations. However, screen size restrictions disabled the porting of those B.T.V.T.I. techniques that had several types of input data. A survey question asked to ascertain how interesting this app had made Bayesian statistics for its users revealed that 65.6% of respondents were interested in it.

Discussion

The connectivity of BTVTI-R with the server, believed to be unstable when the program was left unattended for a short period of time, was a cause of concern as it could impair the convenience of operations. As indicated by the survey results from respondents familiar with Bayesian inference, this application could, in combination with books and classroom lectures, be a useful tool for learning this topic. Further, it is possible that this simple application, if integrated into a smartphone, might spark interest about Bayesian inference in the minds of novice learners.

I はじめに

ベイズ推測は観測者の事前知識をもとに、推定したい現象の値を確信度(事後確率)として推測できることから、保健医療福祉における意思決定に有用である。一方で、近年スマートフォンの保有率はわが国全世帯のうち8割を超えており、PCよりも手近に使用できる情報端末であるスマートフォンや、普及が進んでいるタブレット1)で動作するベイズ推測のためのアプリを開発・公開することは、多数の保健医療福祉関係のユーザーにベイズ推測をより容易かつ簡便に活用する機会を提供することが充分想定され、大変有用であると考えられる。

しかしながらベイズ推測を扱ったスマートフォン用のアプリのうち、日本語表記のものは少なく、かつ、ベイズ推測の事後確率曲線の動的変化を視覚的に理解する画面表示をサポートしたスマートフォンのアプリは、著者らの知る限りほとんどない2)

以前、著者らはマウスのみを用いて簡便に操作でき、観測値などから事後確率分布を自動的に計算し、事後確率の算出に加えて、入力データを変化させると同時に事後確率分布のグラフ曲線の変化を動的に表示することによってベイズ推測を視覚的に理解することができるプログラムである「Bayesian tool for various types of inferences;B.T.V.T.I.」3)を、Python3を用いて開発した。しかしB.T.V.T.I.は主要なPCのオペレーティングシステム(以下OS)であるWindows, MacOS, Linuxのいずれでも稼働したものの、ごく一部の事例4)を除きスマートフォンまたはタブレットでは動作しなかった。さらに、B.T.V.T.I.は使用者の視点からみた機能評価が未実施で、B.T.V.T.I.を含めたベイズ推測の視覚化ソフトウェア3),5)が、学習者のベイズ推測の理解にどの程度貢献するかを観測・調査することは必要であると考えられた。

これらを背景とした本研究の目的は以下の2つである。第1に、より多くのユーザーにベイズ推測のためのツールを提供するためにB.T.V.T.I.をスマートフォンとタブレットで動作するベイズ推測視覚化アプリ(名称BTVTI-R)として移植し、PC用のB.T.V.T.I.で実装された機能がスマートフォン・タブレットでどの程度、動作再現可能か否かを検証すること、第2に移植・公開された同アプリであるBTVTI-Rについてユーザーにアンケート調査を行い、グラフィカル・ユーザー・インターフェース(以下GUI)での動的な操作と視覚化がベイズ推測の学習・理解にどの程度有用であるかについて評価を行うことである。

II 方法

以下1~3は本研究の第1の目的、4は第2の目的に対応している。

1 アプリの形態

開発環境にはRStudioを用い、プログラミング言語としてRとShiny(以下R-Shiny)を用いたウェブアプリケーションとした6),7),8)。R-Shinyを用いた理由は、Rの文法をプログラムに準用することができ、Rに用意された数値計算関数を用いることにより計算の堅牢さを担保することができること、ウィジェットと呼ばれるインタラクティブに操作可能な入力手段が複数種類用意されていること9)、容易にウェブアプリケーションを構築できること10)、ブラウザベースにすることにより各種スマートフォン・タブレット端末のOS別に開発する労力を避けられること、同OSのバージョンアップへの対応をしなくてもよいこと、公開・頒布に際しハードウェアメーカー側の審査や公認に要する費用11)を考慮しなくて良いこと、さらにわが国においてR-Shinyによるシステム開発を行った研究は乏しく12)、とくに現状で保健医療福祉分野における研究がほとんどなかったこと、であった。サーバーの構築と運用の継続を要するという欠点を有するものの、ウェブアプリケーション形式ならばスマートフォン・タブレットの機種ごとに画面配置を自動で行う設定も可能なため、画面サイズに応じボタン、スライドバーなどの入力コントロールが画面内に収まるよう配置することが簡易になる利点も考えられた。

2 設計仕様

BTVTI-RはB.T.V.T.I.の移植であるため、仕様はB.T.V.T.I.を踏襲するが、デバイスの違いを考慮した結果、以下の様にした。

1)基本的な要求仕様

BTVTI-Rの基本的な要求仕様をB.T.V.T.I.と対比して表1に示した。B.T.V.T.I.と大幅に異なる箇所は表1の(iii)、(iv)であった。

2)機能仕様

BTVTI-Rの具体的な機能仕様をB.T.V.T.I.と対比して表2に示した。入力方法や画面レイアウト、画面寸法などをスマートフォン・タブレットに合わせるため、表2の(iii)(エ)、(オ)がB.T.V.T.I.と大幅に異なっている。とくに(オ)によると、スマートフォン・タブレットの画面上で逐一ソフトウェアキーボードを表出させて操作することは、画面内でのソフトウェアキーボードが占める面積を想定すると避けるべきと考えられた。

3 収録内容

BTVTI-Rはその入出力画面において、B.T.V.T.I.に搭載された12種類のベイズ推測画面に備えられた機能をなるべく再現することが求められた。

4 アプリの評価

BTVTI-Rをウェブサーバー上に構築した後、実際の操作者に対して以下のようにBTVTI-Rの操作性・応答性・視認性と、ベイズ推測の学習・関心における効果についてアンケート調査を行った。

1)実施期間

2021年8月2日から2021年8月22日

2)調査形態

非対面で行えるという利点があることからグーグルフォーム13)を用いた、多肢選択式のウェブアンケートとした。設問内容は付録として添付した。

3)調査対象者

A県に所在する、4年制のB大学医療系情報学科の学部学生(1年生から4年生まで)348人。

4)調査の詳細

BTVTI-Rと研究の内容・趣旨の紹介文、アンケートの回答依頼文、アンケート実施時におけるインフォームド・コンセントのための説明文を1通の電子メールに記載し、当該大学学生専用アカウントからなる学生向けメーリングリストに向け同時一斉送信した。アンケート回答開始により研究に対する協力の同意が得られたものとみなす旨を、予めインフォームド・コンセントのための説明文に記載した。

BTVTI-Rの操作とアンケート回答はそれぞれ任意に開始と中止が可能で、かつ、BTVTI-Rの操作後のアンケート回答は任意であり、回答者に負担がかからないよう配慮した。回答は無記名で行われ、個人情報の保護に配慮した。アンケート調査の事前通知やベイズ推測について予備的な講義の実施はなく、回答に対する謝礼の実施はなかった。

5)データ集計とデータの取り扱い

アンケート回答に対し、単純集計と設問間クロス集計を行った。

5 倫理的配慮

本研究のアンケート調査は、新潟医療福祉大学倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号18679-210722)。

III 結果

1 アプリ形態

著者により構築されたBTVTI-Rは、R-Shiny言語で記述されたui.Rファイルとserver.Rファイルの2つからなり、ウェブサーバーにアップロード・公開された。同ウェブサーバーのURLにインターネットブラウザでアクセスして操作することができる完全にフリーなアプリであり、かつ、操作者の個人情報をいっさい取得しないものだった。2021年9月時点のURLはhttps://seyab.shinyapps.io/BTVTIR/であり、アクセスして実際の操作と追試が可能なものだった。

操作による計算結果の検算とグラフ表示曲線の検品は、B.T.V.T.I.とBTVTI-Rに互いに同じ数値を入力し出力結果を繰り返し比較することにより、算出値とグラフ曲線の出力が同等であることを確認した。

2 実装

1)基本的な要求仕様について

図1から6で示す通り、iOS(インターネットブラウザはSafari(図1)とGoogle Chrome(図2))、iPadOS(インターネットブラウザはSafari(図4)とGoogle Chrome(図5))、 Android(スマートフォン(図3)とタブレット(図6)。インターネットブラウザはGoogle Chrome)といった複数の種類のデバイスとブラウザでの表示と動作を確認した。スマートフォン間(図1から図3)、タブレット間(図4から図6)でそれぞれの画面表示に目視では差異が認められなかった。スマートフォンに比べてタブレットでは画面サイズにやや余裕が認められた。ウェブアプリであるためPC上でも動作し、その場合は全てをマウスで操作することからPCとスマートフォン・タブレットとでは操作性に差異が生じる可能性がみられた。表1の(iii)と(iv)をはじめとして基本的な要求仕様をすべて達成した。

2)機能仕様について

表2の機能仕様の項目に対応させて以下記す。

(1)インストール(表2の(i))

ユーザーは当該URLにアクセスすることですぐに操作を開始することができるため、この仕様は達成済みであることは明らかであった。

(2)セットアップ(表2の(ii))

(1)と同様に達成済みであることは明らかであった。

(3)ユーザーインターフェース

収録されているベイズ推測一つに対して一つずつ画面が設けられており、BTVTI-Rのサイトにアクセス後は画面上部にあるドロップダウンメニューから各ベイズ推測画面をタップにより選択表示させることができた(表2(iii)の(ア)に対応)。

BTVTI-Rのユーザーインターフェースの基本的な配置は図1から図6で示す通りである。ユーザーがスマートフォンを縦方向に閲覧することを前提とし、スマートフォンの画面に合わせてユーザーインターフェースの改設計を行った。すなわち画面上部に説明文または表、その下部に観測値等を入力し値を変化させる部分、最も下部にグラフ曲線を表示する部分(表2(iii)の(イ)に対応)と事後確率を計算表示する部分(表2(iii)の(ウ)に対応)を配置した。

すべての入力操作をタップとスワイプのみで画面の変化を確認しながら操作できた(表2(iii)の(エ)に対応)。ただし図1から3の通り、スマートフォンの画面サイズで同一画面内でグラフ表示画面との同時表示を達成するためには、ウィジェットと呼ばれるR-Shinyの入力コントロールの設置数は最大5個程度までであることがわかった。

各推測画面はなるべく上下左右方向のスクロールを不要とし、入力操作部位と出力表示部位を常に同一画面内に同時に表示させるようにした(表2(iii)の(オ)に対応)。

以上、表2の機能仕様(iii)(ア)から(オ)のすべてを達成した。

(4)入出力

各推測画面において観測値と変数の値、事後確率の範囲上限・下限を入力し(表3(iv)の(カ)に対応)、事後確率分布のグラフ曲線と、指定された範囲における事後確率の値を出力した(表3(iv)の(キ)に対応)。入出力についてB.T.V.T.I.に求められた仕様がBTVTI-Rにおいて再現された。

(5)動作(表2の(v))

画面のタップとスワイプのみで入力操作が行なえ、入力に追随して事後確率グラフ曲線表示の更新がB.T.V.T.I.と同様にリアルタイムで自動的に行われた。

ただしB.T.V.T.I.と異なりインターネットブラウザを開いたままで、または、いったんインターネットブラウザのタブ切り替えを行うなどで画面を一定時間放置したのち再操作しようとすると、ネット接続が切れて再接続を要求され、サーバーとの接続が復旧するまでの間動作が中断された。

(6)計算(表2の(vi))

表4の最右列に記載している通り、Rに搭載されている統計関数を事後確率の計算に用いた。

以上、表2の機能仕様に対応した実装がなされていることを確認した。

3 収録内容

BTVTI-Rに収録されたベイズ推測をB.T.V.T.I.と比較して表3に示した。A~Lの符号はB.T.V.T.I.のものである。BTVTI-Rはスマートフォンに画面サイズの制約があり、B.T.V.T.I.で言うところの「J.ワイブル分布の中央値の推測」と「K.ワイブル分布の尺度母数の推測」の2つが、表3の右から2列目の太文字の通りR-Shinyでウィジェットと呼ばれる入力用のコントロールを多数(具体的にはJ.とK.の両者とも14ヶ所)設置する必要が生じ、スマートフォン1画面の中で同時に表示しきれないことが明らかであったため、同J.ワイブル分布の中央値の推測とK.ワイブル分布の尺度母数の推測の2つはBTVTI-Rには実装されなかった。その他のベイズ推測事例は、事前データ入力を割愛することにより入力データの種類を6種類以下に留めることができ、そのうちの事後確率の範囲を指定する上限値と下限値の2種類のデータを1つのウィジェットでまかなうことができたため13)、ウィジェットの総数を5ヶ所以内に収めることで実装が可能となった。

操作方法と各推測についてはPDF形式ファイルによる解説マニュアルを作成し、画面内に設けられたリンクをタップすることにより、同解説マニュアルを画面表示することができた。

4 アンケート結果

アンケート対象人数348人のうち、61人から回答が得られた。回収率は17.5%であった。

1)単純集計

単純集計(表4)の回答は以下のようだった。

 (1)設問1「あなたの使用機器(デバイス)は何ですか」について、88.3%と9割近くがスマートフォンであったが、一部PCの者もいた。タブレットの回答者はいなかった。

(2)設問2「いま使用しているインターネットブラウザは何ですか」について、SafariとGoogle Chromeが95.1%と圧倒的多数を占めていた。

(3)設問3「おもな接続環境は何ですか」について、88.5%がWi-fi環境であり、携帯と合わせると無線ネット環境が98.4%となった。

(4)設問4「アプリの操作のしやすさはいかがですか」について、「使いやすい」と「どちらかと言えば使いやすい」を合わせれば96.7%となり、多数の肯定的な結果が得られた。

(5)設問5「アプリの動作(応答性)はいかがですか」について、「速い」「どちらかと言えば速い」は合わせて88.5%となった。

(6)設問6「アプリの見やすさ(視認性)はいかがですか」について、「見やすい」「どちらかと言えば見やすい」は合わせて95.1%と、ほぼ肯定的な結果だった。

(7)設問7「ベイズ統計についてご存じですか」について、「知らない」が72.1%と最も多く、「知っている」「少し知っている」「聞いたことがある」の合計は27.9%にとどまった。

(8)設問8「このアプリはベイズ推測の学習に効果があると思われますか」について、設問7で「知っている」と回答した者は1人のみだったので、「知らない」以外(「知っている」「少し知っている」「聞いたことはある」)の回答者17人についてみると、17人中10人(58.8%)の回答があり、同10人のうち全員が「効果があると思われる」「やや効果があると思われる」の回答であった。

(9)設問9「このアプリを使うことによってベイズ統計に興味を持ちましたか」について、「とても興味が湧いた」「興味が湧いた」「やや興味が湧いた」の合計で65.6%となった。

2)設問間クロス集計

(1)設問1とその他の設問のクロス集計(表56

III 結果2の1)で述べたように、スマートフォンとPCの間でタップ・スワイプとマウス使用による操作性の違いが生じる可能性があることから、クロス集計を行った。表5において、設問3でPC使用者においても接続環境にwi-fiを用いている者が多いことがわかった。設問4から9にかけてはPC使用者のサンプルサイズが小さく、スマートフォンとPCによる回答傾向で特記することは見出せなかった。

(2)設問5とその他の設問のクロス集計(表78

否定的な回答(「どちらかと言うと遅い」)が相対的に多く見られた設問5とその他の設問でクロス集計を行った。

表7によると、設問5で「どちらかと言うと遅い」回答者は「速い」「どちらかと言うと速い」回答者と比べて、アプリの視認性についての設問6で「見やすい」が少なくなる傾向が認められた。

(3)設問7と設問8のクロス集計(表9

設問7「ベイズ統計についてご存じですか」と設問8「このアプリはベイズ推測の学習に効果があると思われますか」について設問間クロス集計を行った。設問7の「知っている」「少し知っている」「聞いたことがある」の回答者17人のうち無回答の者を除く10人全員が設問8で「効果があると思われる」または「やや効果があると思われる」と回答した。

(4)設問7と設問9のクロス集計(表10

設問7「ベイズ統計についてご存じですか」と設問9「このアプリを使うことによってベイズ統計に興味を持ちましたか」について設問間クロス集計を行った。設問7について「知らない」以外の回答者17人のうち設問8において「とても興味が湧いた」「興味が湧いた」「やや興味が湧いた」の合計で14人(82.3%)となった。対して設問7において「知らない」と回答した者44人のうち、とても興味が湧いた」「興味が湧いた」「やや興味が湧いた」の合計は26人(59%)となった。

IV 考察

1でBTVTI-Rとして移植されたアプリの機能について、2でアンケート調査について述べる。

1 BTVTI-Rとして移植されたアプリの機能について

1)実装内容と画面サイズ

BTVTI-Rはスマートフォンに対応させるためのユーザーインターフェースの改設計を行い、B.T.V.T.I.における機能を概ね移植している。ベイズ推測の事後確率の計算結果と事後確率曲線を視覚化したスマートフォン用のアプリは著者らが検索した限りでは見つからず、BTVTI-Rは先進的、簡便かつ有用であると考えられた。しかしBTVTI-RはPC用プログラムであるB.T.V.T.I.に収録されていたベイズ推測ツール画面のすべてを実装することが叶わなかった。スマートフォンでインタラクティブな操作と結果表示(グラフ曲線の変化)を同時に視覚化するアプリには、できる限り画面をスクロールさせることなく入力操作と結果表示を同時に表示できることが求められると考えられる。その際同一画面で同時に表示できるコントロール・ウィジェットの数は設定できる入力値の種類の多さに直結するため、画面サイズに制約があるスマートフォン・タブレットでは、入力しなければならないデータの種類数によりベイズ推測の事例を選択して実装することを強いられることが経験として得られた。グラフ曲線など結果表示を縮小することや、ウィジェットを左右方向に二段組で配置することや、インターネットブラウザそのものを縮小表示する手段も検討したが、これらは視認性の低下や、たとえばタッチペンの使用を強いるなど操作性を犠牲にすることになるので安易に採用すべきではないと考えられた。

2)動作速度・応答性

BTVTI-Rの実動作ではデータ入力後にグラフ曲線の更新表示が生じていた。データ入力とグラフ曲線表示変化はインタラクティブではあるが瞬間的に同調した動作ではなく、これはBTVTI-Rがウェブアプリケーションであり、端末で入力した情報がいったんサーバーに送信されてサーバーで計算が行われ、事後確率の数値やグラフの座標など計算結果を端末に送信・表示するためであると考えられた。さらに、アプリを開いたままでインターネットブラウザを放置するとサーバーとの接続が容易に切断され、再び操作をしようとすると再接続を要求された。短時間の放置による接続の切断は操作の利便性を損ねる可能性があると考えられた。方法1アプリの形態で述べたように、多くの利点を有することから本研究ではR-Shinyを選択したが、今後はスタンダロンで動作するアプリでの運用を模索することが考えられた。その場合、計算専用の関数をRやPythonと同等に備えた適切なモバイルフレームワークを選択・移植することが必要であると考えられた。

2 アンケート調査について

1)操作性・応答性・視認性の評価

アンケート設問4から6で操作性・応答性・視認性について質問したところ、いずれも「良い・どちらかと言うと良い」の肯定的な回答が多数であった。Dinovら14)は確率と統計学において、統計計算、インタラクティブなGUI、コンピューターシミュレーション、データ分析、視覚化など情報技術と統合された教育ツールが、学生の全体的な理解と長期的な知識の保持を向上させることを示しているが、その大前提となるアプリ自体の操作性・応答性・視認性を本アプリは一定水準で満たしていると考えられた。

しかし表4の設問5で「どちらかと言うと遅い」と回答した者が11.5%存在し、考察1の2)で述べられたデータ入力後にグラフ曲線の更新表示がなされることや、短時間の放置で切断・再接続を生じる現象を「どちらかと言うと遅い」と指摘した可能性が考えられた。

3)ベイズ推測の学習・理解への有用性について

アンケート設問7と8の設問間クロス集計(表9)では、ベイズ推測を知らないと回答した者以外の者では、本アプリの効果について否定的な意見の回答はなく、無回答の者を分母に含めたとしても17人中10人で過半数の者が肯定的な意見であった。ただし効果の程度については回答した者全員のうち「やや効果がある(6人)」が「効果がある(4人)」よりも多く、このことにより本アプリは必ずしも単体ではなく、講義や他の教材や学習手段と組み合わせた使用も実際の運用では検討すべき余地があることが示唆された。

また、本アプリの効果についての質問(設問8)を含めた本研究でのアンケートは、いわゆる「シングルアーム」研究になっている点に注意が必要である。本アプリがベイズ推測の学習・理解に及ぼす効果を客観的に評価するためには、今後本アプリ試用者のグループとは別に座学のみなど、本アプリを使用しない状態の対象者のグループを比較対照とし、ベイズ推測に関する設問に対する両グループの回答を比較すると言った研究デザインにする必要があると考えられた。ただしウェブアンケートという非対面の調査を実施するにあたり、対象者の募集方法と各グループへの割り付け方法、アンケート設問内容の設定にはより一層の運用上の工夫を要すると考えられた。

さらに設問7で「知っている」と回答した者1人以外で、「少し知っている」「聞いたことがある」と回答した者16人の中から設問8に回答した者が9人いた。同9人は回答を「知らない」ことはない、すなわち「知っている」と自己解釈し引き続き設問8に回答した可能性がある。残り7人は設問7で「知っている」と回答していないため額面通り設問8に回答していないと考えられるが、もしこの対象者らにも設問8で回答してもらった場合、本アプリの効果について評価が変化した可能性を考慮すべきであると考えられた。

3)ベイズ推測学習への導入としての有用性について

アンケート設問7と9の設問間クロス集計では、設問7について「(ベイズ推測を)知らない」以外の回答者のほうが、設問7において「(ベイズ推測を)知らない」と回答した者よりも、「とても興味が湧いた」「興味が湧いた」「やや興味が湧いた」の回答が多い(82.3%)傾向がみられた。ただし設問7について「(ベイズ推測を)知らない」と回答した者においても、「とても興味が湧いた」「興味が湧いた」「やや興味が湧いた」の回答したものは59%となった。このことから以下2点が考えられた。1つめはベイズ推測について見聞や知識のある者にとって、本アプリはベイズ推測に関する興味の向上がよりなされやすいのではないかという考えである。書籍とウェブなどの文字や、座学でもたらされる受け身の情報のみならず、BTVTI-Rのようなインタラクティブなツールと組み合わせて用いることがベイズ推測を学習するにあたり興味の向上・保持に有用である可能性が示唆されていると考えられた。2つめは、ベイズ推測を知らない者も本アプリを試用したことによって59%という過半数の者が何らかの興味を示している点である。このことにより、本アプリのようなフリーかつ簡便な操作で表示に動きのある視覚化ツールをスマートフォンやタブレットという手近な機器に提供することが、ベイズ推測を知っている者のみならず未経験で関心の少ない学習者にもベイズ推測に関する興味を惹起させる可能性を有することが明らかとなった。本研究にてベイズ推測の学習・理解に及ぼす効果について評価するという当初の第2の目的とは別に、本アプリはベイズ推測学習への導入ツールとして有用である可能性が示されたと言えよう。

4)アンケート回収率について

本研究では、対象者と非接触・非対面で回答の転記・集計が簡便であることからウェブアンケートを用いたが、回収率は17.5%であった。アンケート調査が事前通知なし、事前に対象者へのベイズ推測に関する予備的な知識の付与がなかったこと、対面なしのウェブアンケートであり、無報酬であったことが17.5%の回収率であった原因として考えられた。アンケート調査の回収率は調査の形態、目的、対象など多様な条件があり一概に述べられないが、事前通知と面接が無くインセンティブを伴わないアンケートの場合、回収率は20%前後になったという報告15)もあり、それによれば本研究の回収率も甚だしく低かったとは言えないと考えられた。ただし回収率を上げる工夫については議論の余地が大いにあると考えられた。具体的には同意の得られた回答者にベイズ統計・ベイズ推測に関する事前の講義を受けてもらい、予備知識を与えたうえで引き続いてアプリを紹介し、質問に回答してもらうという形態を取るなどである。ただし実際には本研究での調査期間では対面調査に制約があった可能性、同意の得られた希望者に対する講義の機会設定・準備作業も踏まえて実施を検討すべきであったことが考えられた。

V 結論

スマートフォン・タブレット向けアプリとして移植されたベイズ推測視覚化ツールであるBTVTI-Rは、PCで実装された機能が画面サイズとネット接続の制約の範囲で再現可能であることがわかった。アンケート調査から、本アプリはユーザーにベイズ推測に対する興味を惹起させる可能性が示された。

謝辞

本研究を実施するにあたり、アプリ操作とアンケート回答をしていただいた、調査対象者の方々の協力に感謝の意を表する。

利益相反

本研究において、著者はいかなる利益相反も有していないことをここに宣言する。

References
 
© Niigata Society of Health and Welfare

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