2022 Volume 21 Issue 3 Pages 137-138
バイオデザインはスタンフォード大学でポール・ヨック博士らが開発し、2001年から実施されてきた医療機器開発イノベーションのための人材育成プログラムである。デザイン思考とは人間中心の製品デザイン手法を意味している。バイオデザインプログラムの成果として数多くのスタートアップ企業と雇用が生まれ、患者を救う医療機器の開発に成功してきた。2015年からは日本版となるジャパンバイオデザインプログラムが開始され、筆者は現在プログラムの指導に当たっている。
この手法を応用する目的で、平成31年度障害者総合福祉推進事業の中で、筆者らは「支援機器の開発普及に資する真のニーズを発掘する手法構築のための調査研究」を行った。支援機器のユーザーやビジネスモデルに特化した内容が特徴である。これをもとに、医療福祉専門職およびその学生を対象とした、ニーズ発掘方法についての新しい教育プログラムを作成している。本教育プログラムの最初の狙いは、受講者の支援機器や開発に対する興味・関心を高めることにある。次に、知識だけでなく他職種とのコミュニケーション能力やスキルを学ぶことが重要である。そのため総論の講義に加えて、演習を重視したプログラムを作成した。本稿では講義のプログラムから要点を抜粋して解説する。
バイオデザインの最初のステップはニーズの探索である。ニーズとは欲求の対象物(例えば、自動車や馬といった具体的なもの)ではなく、必要性(例えば、A地点からB地点への移動手段が欲しい)を指しており、既存品に捕らわれずに真に必要とされているものが何かを考えることが重要である。
医療機器や支援機器の開発手法は、ニーズ発と技術シーズ発の2種類に大別される。ニーズ発の場合は、価値あるニーズを見極めてから開発をスタートするため開発費用や期間の点で有利であるが、課題に対して適切な技術を見つけることが難しい場合もあるため、現場と開発者と販売企業が開発早期から協力する体制作りが重要となる。一方で技術シーズ発の場合は、開発者が持つ技術が真に求められている未解決ニーズを探し当てることが難しいのが現状である。したがって、ニーズ発の方が事業化の成功確率は高く、昨今巷では推奨されることが多くなってきたものの、シーズ発と比べて開発手法のスキルの習得が必要で、実務で馴染みがない方法であるという点で、一長一短である。開発者の経験やリソースに合わせて、どのような手法をとるべきか吟味する必要がある。
価値あるニーズを探すためには、文献検索や間接的な情報収集だけでなく臨床現場観察を行うことが重要である。例えばバイオデザインの受講者(フェロー)は、1〜2ヶ月程度の期間をかけて、医療福祉専門職、開発者、ビジネスの経験者などの多職種人材が集まり、臨床現場に没入する体験をしながら観察とインタビューを繰り返す。そこでは徹底した現場主義を指導しており、複数の医療施設で少なくとも200個以上の臨床的課題を探索し、そのリスト化を行うことをタスクとしている。またニーズをデータベース化する際には、課題を端的に記述したニーズステートメントと呼ばれるフレームワークを活用する。次に明文化されたニーズを比較検討、調査をすることで、事業性の高い課題に絞り込み、初めて機器のコンセプトを考える段階へ進める。
医療機器や支援機器開発をプロセス化し教育できるようにするというコンセプトは、誰もが学べるという点で非常に有用である。また、関連する産業の関係者と円滑なコミュニケーションを図ることで共同研究開発に繋ぐことができ、開発者の意図を正確に理解しながらデバイスを使用することができるため、本手法の普及は最終的に患者や利用者への恩恵に繋がりやすい。一方で実際の開発案件で十分に活用するためには、ノウハウやマニュアルに加えて本手法の実践による暗黙知(スキルやルールなど)の習得も重要となってくる。暗黙知の習得にはフェローシッププログラムなど大きなエフォートの必要なプロジェクトへの参加が必要となるため、学習者が求める水準や目的に合わせて、効果的な学習方法を選択することが必要であろう。ここ数年で医療機器業界における本手法の知名度は高くなってきたが、支援機器開発の関連職の間ではまだ十分に浸透しておらず、今後の普及が期待される。