Niigata Iryo Fukushi Gakkaishi
Online ISSN : 2435-9777
Print ISSN : 1346-8774
Association of tongue muscle weakness in motor speech disorders with neuromuscular diseases
Toshiaki Tamura
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2024 Volume 23 Issue 3 Pages 47-53

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Abstract

発話において舌は構音運動の中心的な役割を担う。したがって、神経筋原性の病変に起因して舌の運動機能が障害されると、構音の異常が起きる。これまで、舌の運動機能をとらえる様々な方法が提案され、その一つに等尺性収縮時の舌の圧力が筋力低下を示す指標として古くから用いられてきた。しかし、先行研究を概観すると最大舌圧と発話関連指標の関連性の有無について対照的な結果が散見される。こうした背景から、意外にも舌の筋力低下が発話にどのように影響しているかは、現在でも議論が続いている。本稿では、一連の先行研究の整理を試み、最大舌圧および発話の関連性を再考する視点を提供したい。

Translated Abstract

The tongue plays a central role in articulatory movements in speech. Therefore, when the motor function of the tongue is impaired due to a neuromuscular lesion, abnormal articulation occurs. Various methods have been proposed to capture the motor function of the tongue, and one of them is the pressure of the tongue during isometric contraction, which has long been used as an indicator of muscle weakness. However, a review of previous studies reveals contrasting results regarding the relationship between maximal tongue pressure and speech-related indices. Subsequently, there is still much debate about the effect of tongue weakness on speech production. In this paper, I summarize a series of previous studies and provide the perspective to reconsider the relationship between maximal tongue pressure and speech production.

I はじめに

舌は構音運動において中心的な役割を担っている。発話(話し言葉)は、呼吸器、喉頭、軟口蓋、顔面そして舌などの発声発語器官が互いに協調して、子音や母音といった言語音の時系列を作り出す過程である。舌の運動機能の評価は構音運動を実行する基盤として重要である。神経や筋の損傷や病変によって発声発語器官に運動障害をきたすと、発話の品質が低下し、伝達効率が低下もしくは伝達に失敗してしまう。

1 dysarthria

dysarthria(発語運動障害1)、ディサースリア2))は、神経学的損傷による運動障害に起因する発話障害であり3)、本邦の患者数は約27.7万人に上ると推計されている4)。dysarthriaは、主に筋力低下muscle weaknessや筋緊張、タイミング、協調性の異常から生じる遂行障害とみなされる。筋力低下は、主要な3つの音声生成弁speech valve(喉頭、口蓋・咽頭、口腔)に影響を及ぼす。特に、dysarthriaに伴う筋力低下は舌で最も顕著である5)-8)。舌の筋力低下は構音精度に影響を与える可能性があるが、その関連性は意外にも十分理解されていない。筋力低下は運動速度低下と関連するため、話速度も低下するという仮説につながる9), 10)。この仮説は、オーラルディアドコキネシス(oral-DDK)と呼ばれる音節反復課題の速度と筋力低下との対応によって、さまざまな支持を受けている11)-13)。しかし、舌の筋力と、発話明瞭度、話速度などの発話関連指標speech-related indicatorsとの間に有意な関係はないという報告が散見される14)-16)。ところが、2015年に行われた言語病理学者(Speech-Language Pathologist: SLP)対象の調査では、口腔機構検査は、標準化された発話障害の検査と比較して、実質的に価値が高いと評価され17)、一連の先行研究からのギャップがある。

2 課題の特異性

このギャップの背景の一つに、発話運動制御の2つのモデル、すなわち統合モデル(Integrated Model:IM)と課題依存モデル(Task-Dependent Model:TDM)がある。これらは、非発話的口腔運動と発話運動制御の関係に対照的な予測をもたらす18)。IMは発話運動制御における課題特異性を否定するが、TDMは課題特異性によって定義され、発話生成に特定の神経機構を要する。日常会話中の話し言葉は、まさに発話speechであり会話は発話課題speech tasksに分類される。一方で、最大舌圧は、非発話的口腔運動課題(nonspeech oral motor tasks: NSOM)である。他方、oral-DDKなどに代表される発声や構音を伴うが、伝達の意図を持たない課題は、準発話課題quasi-speech tasks18)や非発話non-speech19)に分類されている。この準発話は、発話との明確な切り分けが難しく連続性も指摘されている18)

NSOM課題や準発話課題は、臨床や研究の場で日常的に用いられているが、その使用には首尾一貫した理論的根拠が必要である。

本稿では、神経筋疾患に続発する発話運動制御障害を理解する上で、dysarthriaと舌筋力との関係を概説し、これまでの筆者の研究成果を踏まえて視点を提供したい。

II 舌の構造と機能

舌は骨格筋である外舌筋と内舌筋とで構成される筋の塊である。外舌筋は起始が舌外の骨にあるが、停止は舌内にあり、内舌筋は起始・停止ともに舌内にあるハイドロスタットmuscular hydrostatという特異な走行様式を有している20), 21)

1 最大舌圧

最大筋力(F)や最大圧力(P;P=F/単位面積)のような動作を定量化することで、筋力を推定し、治療に関する有用な情報を提供すると考えられている。図1には、dysarthriaと舌の筋力に関連する論文数の推移と、二つの舌圧測定器の普及開始時期を示した。1991年以降の舌筋力研究の多くは、Iowa Oral Performance Instrument(IOPI)が用いられている。本邦では、バルーン型の舌圧測定装置(TPM-02、JMS、広島、日本)が最も広く使用されている22)-25)

2 構音時の舌筋力

歯茎閉鎖音のような構音活動は、舌を口蓋に向かって圧力を加えながら行われている。構音に必要な筋力は、最大筋力の10%-20%であり26)-29)、嚥下時は構音時の6.0~6.7倍にもなる30)。筋は強さの余力を保ちつつ目的の運動に十分な力を発揮する。この余力reserved strengthは、過度の疲労なく長時間の発話を可能とする。

III 舌に関連する音響指標

1 舌筋力と構音の速度

舌筋力が話速度に影響を与えるという仮説は、舌の強さと音節の反復速度(音節数/時間)との弱い相関関係によって裏付けられていない7)。ただし、oral-DDKは、構音の正確さはあまり考慮されず、反復回数が主な視点となる。音節生成速度を測る指標は、構音時の実際の舌移動速度(移動範囲と所要時間の関係)を確認する必要がある。

2 第2フォルマント移動(F2 slope)

フォルマントは声帯音源を舌によって共鳴特性を変化させることで現れる周波数成分のより濃い部分である31), 32)。一般に第1・2フォルマント(F1およびF2)パターン33)によって「母音」が生成され、母音/a/と/i/では、舌は両極端な位置をとる。この舌の後下方から前上方への運動はF2の移動を伴う(F2 slope)。接近音や連母音の生成では、移行部分での舌運動が、構音の適切さを決める。F2 slope減少の生理学的根拠は、舌運動ニューロンの脆弱性と考えられている34), 35)。F2 slopeを測定することで、運動範囲と速度による算出値、つまり構音中の舌の速度を間接的に推計できると考えられる36)

IV dysarthriaと舌の筋力低下

舌の筋力低下は、dysarthriaで高頻度に認められる構音の歪みの原因として古くから指摘されてきた37)-39)。しかし、最大筋力がある一定値を下回ると発話明瞭度に影響する事実はあるものの、最大筋力のみを過度に重要視すべきでないと主張されている14), 40)。ただし、近年の報告では筋力と発話の関連についていくつかの新しい視点が提供されている7), 27), 41), 42)

1 dysarthriaのある話者と健常話者の比較

健常対照話者と比較しdysarthria話者の舌筋力は有意に低い7), 41)。また、舌の運動範囲が正常範囲内にあった患者であってもの健常者の平均22)を下回る43)

2 最大舌圧と発話関連指標との相関

表1に、dysarthria話者における舌筋力と発話関連指標の相関関係に関する研究をまとめた。舌筋力と発話明瞭度との相関は、疾患によってある程度傾向があり、筋萎縮性側索硬化症27)や弛緩性タイプについては、比較的強い相関関係がある。一方、パーキンソン病44)や多疾患群7)では極めて弱いもしくは中程度の相関関係である(タイプ分類については後述する)。

ただし、これらの結果の解釈には、発話明瞭度に代表されるような、聴覚印象評定が軽度のdysarthria話者では天井効果、つまり比較的良好な音声での了解度については感度が高くないことに留意する必要がある45)。また、構音の精度を保つため、代償的に話速度を低下させている症例もおり、必ずしも明瞭度と運動障害の程度は一致しない(hyper-speech32))。発話速度を遅くすることで口腔構音器官の可動範囲を補うことができるという事実(構音精度と話速度の天秤関係46))からもこの主張は妥当である。筆者らは、最大舌圧の測定結果からdysarthriaのある話者を高舌圧群と低舌圧群に分けて相関分析を実施したところ、oral-DDKや発話明瞭度がいずれも低舌圧群でのみ最大舌圧と有意な相関を示した42)

3 dysarthriaと構音時舌圧

dysarthriaにおける構音時舌圧を調査した研究はほとんどないが、筋萎縮性側索硬化症話者と健常話者を対象にした先行研究では、最大舌圧と構音時舌圧の割合が話者間で差があるとは言えなかった27)。つまり、最大舌圧と構音時舌圧は予備力が少なくなるのではなく、比例して低下するとも解釈できる。この結果は、最大舌圧と発話には関連があるとする主張を支持できるかもしれない。

4 最大舌圧とタイプ分類

dysarthriaは、損傷・病変部位によってさまざまなサブタイプに分かれ、運動障害の様相および部位に対応する3), 39)。タイプ別の先行研究は少ないが、混合性(弛緩性+痙性)と痙性タイプは失調性と運動低下性タイプに比べて発話障害の重症度がより口腔器官の筋力低下と関連していた41)。筆者らも、8つの異なるdysarthriaのサブタイプにおいて最大舌圧とF2 slopeの相関係数は、弛緩性と混合性では有意であったが、他の6つのサブタイプでは有意ではなく他の研究と類似した結果だった42)。弛緩性や痙性-弛緩性の混合性タイプ5), 6), 12)では筋力低下が最も明白で、劇的である。タイプは口腔系だけの障害で決まるものではないが、最大舌圧は基底核系または小脳系に由来する障害と比較して、上位運動ニューロンまたは下部運動ニューロン障害の支持的証拠となる可能性がある。

V 課題と展望

本稿では、画一的な方法論に基づいた文献検索をしていない。しかし、現在までのところ、最大舌圧が発話運動制御障害の全体的および特異的な側面を予測するという証拠は少ないようである。今後は、発話明瞭度にとって構音精度が重要であるものの、閉鎖子音の弱さと発話明瞭度の間に予想される関係を明らかにする研究はほとんどないため7), 28)、それらの調査は本課題の理解に有用かもしれない。こうした構音運動の特定の置換/歪み/省略パターンを予測する指標の検証は必要であるあろう。また、運動量と接触圧を同時に測定できれば実際の舌の運動機能について多面的に調査できる。図1で示したように新しい測定器の普及が本課題促進に一定の効果があると考えられる。最後に、進行性の神経疾患や、自然または治療に関連した回復過程を縦断的に調査することも今後求められる。

課題は多いが、これらを一つ一つ理解していくことで、本課題の理解が深まり、研究と現場のギャップを埋めることができるものと考えられた。

謝辞

本稿を執筆する機会をくださった新潟医療福祉学会誌・和文誌の編集委員長澁谷顕一先生ならびに編集委員会のみなさまに厚く御礼申しあげます。

利益相反

開示すべき利益相反はありません。

References
 
© 2024 Niigata Society of Health and Welfare

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