Niigata Iryo Fukushi Gakkaishi
Online ISSN : 2435-9777
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2024 Volume 23 Issue 3 Pages 56-57

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最初に、新潟医療福祉学会の高い志と、保健・医療・福祉・スポーツに関わる多くの職種からなる意見交換と協働を目的としチームによる保健・医療実践を目指した試みに、寄稿させていただけることを感謝いたします。

2023年の特別講演では、長岡工業高等専門学校(長岡高専)の取り組み起業家精神育成教育とその成果の一部である研究成果活用企業であった株式会社IntegrAIの起業について紹介させていただきました。起業家精神育成教育は平成29年度に全国の各国立高専に向けての提言“KOSEN 4.0”イニシアティブ事業のよる施策の一部となります。KOSEN4.0では「新産業を牽引する人材育成」、「地域への貢献」、「国際化の加速・推進」の3つの方向性を軸に各国立高専の強み・特色を伸長することを目的としており、起業家精神育成教育は「新産業を牽引する人材育成」に起因します。しかし、その背景を深く理解し行動することができたかというと、よほど先見の明がないと難しかったのではないでしょうか。少子化による働き手不足の深刻化、景気衰退し始めている日本経済を予測できていた人はどれくらいたでしょう。その後のコロナウイルスによる全世界的な経済不況、そして円安による物価高等で生活に影響が出始めてようやく、ここ30年賃金水準が上がっていない日本経済の問題点等に気が付いたのではないかと思います。この点、海外から来ている留学生は母国で急速にすすむ経済変化を目の当たりにしているためか、日本留学に対して、「この20年間、給与が上がっていないような国に留学して何を学ぶの?日本観光でもするのかい?」と否定的な意見を言われることもあったそうです。確かに、20年前に海外に行った際には、アメリカやカナダのような先進国であっても物価が高いとは感じませんでした、逆に少し安いと感じていたかもしれません。しかし、今アメリカでは、ペットボトルの水が5$、日本円で800円近い価格で販売されています。日本とアメリカでは2倍近くの平均給与格差があるからです。私は講演の際に最初の問題提起としてたびたびこの話題を取り上げます。そしてなぜ、日本とアメリカでこれだけの差が付いたのか、この20年間、日本人はまじめに働いていなかったのでしょうか。そんなことはないと思います。日本人は真面目気質で一生懸命に働いていたことは間違いがないでしょう。

私は、原因は「ゆとり」ではないかと考えます。「ゆとり」と聞いて2000年頃から10年近く実施されていた「ゆとり教育」を思い出す人が多いでしょう。本来は子供の学習意欲を高める教育環境づくりであり、学習範囲を絞ることで生徒さんの負担を減らし、自主的な学習の時間を増やす狙いがありました。しかし、実際には学力低下や学力差異の発生が問題視されました。親も先生も体験したことがない「ゆとり」についてそのメリットを子供の教育に生かすことができなかったのではないかと思います。私は、この点でカナダのブリディッシュコロンビア大学に在外研究員として留学していた時に「ゆとり」の大切さを感じました。赴任当初は、「ゆとり」について重要性を全くわかっていません。ただ、大学の教授が、私が到着してすぐにバカンスに行ってしまい、残された私もやることがなかったのでキャンピングカーを借りてカナディアンロッキーに向かいました。比べ物にならない圧倒的な大自然を目の当たりにして自分の視野が大きく広がった気がしました。「カナダ人は仕事をしない」というのをネット記事で聞いたことがあります。確かに大学では10時にはコーヒータイムが始まり、定時よりも前に人がいなくなることも多々あり、仕事への考え方が違いました。おかげで時間を無駄(?)に使うことへの罪悪感がなくなりました。研究室で閉じこもって研究しているより、大学が運営する地域ための教育コミュニティに積極的に参加したり、他の教授の講義に参加させていただいたりしました。ゆっくりと考える時間を取ることができ、当時はアラフォーでしたので若くはなかったですが、この時に遅咲きですが「ゆとり」の大切さに気が付きました。国内でも近年、多くの企業でも「ゆっくりと考える時間」が取り入れられているようです。長岡の某メーカでは、社員がコロナ禍の電子部品不足による代替設計のためが暇なく働くのを見て「これではダメだ、エンジニアは暇がないといいものが生まれない」と嘆いていました。その会社は社内に「瞑想スペース」を作られたそうです。暇なく働き多くを生産するのが良い働き方であるというのは、もう一昔もふた昔も前の考え方で、心を落ち着けて頭の中を整理してから考えることで、もっと生産性の上がる方法を提案することを目指しているのだと思います。この話を聞いて、長岡高専でも学科スペースに瞑想するスペースを設けました。また、簡単な瞑想の方法も紹介しています。胡坐をかいて座ります。体をリラックスして心の中で1~5までゆっくりと数えます。途中、雑念が入ったら、例えば「おなかが減ったなー」とかを考えてしまった場合は、再度1から数え直します。5まで数えることができれば、それは心が落ちつき、脳が落ち着いて考えられる準備ができたということです。瞑想スペースを取り入れている企業では、業務において効果が出ているそうです。ぜひ皆さんも試していただきたいと思います。素敵なアイデアが浮かぶかもしれません。

さて次に、長岡高専で行っている起業家精神教育の一部である「プレラボ」について紹介します。これは、やる気のある学生が低学年時からでも研究室に入り研究活動を行うことができる取り組みです。この取り組みから長岡工業高等専門学校初の研究成果活用企業が株式会社IntegrAIは誕生しました。きっかけは長岡市の隣、燕三条にて行っていたセンシング研究会での活動です。活動の一部に、長岡高専の学生と一緒に市内企業を回り課題となっていることを聞き、解決案について考えるというというものがあります。基本的に現場で働く人からの聞いた課題を、学生が聞いたからといって解決案が出るものではありません。でも、それが大切です。自分の思っている感覚とのずれを感じること、それが最初の一歩として重要でした。この時、ある企業で「先生、アンドロイドを作れませんか?」という話がありました。具体的に聞いてみると、3階の装置を1~2時間おきに見に行くのが面倒だから、自分の代わりにアンドロイドに見回りに行ってほしいとのことでした。ロボットを作るのは無理だけど、目の部分であれば作れるかもしれない。ここからAIでメータを読み取る製品が誕生しました。当初1~2年間は、起業したけれども購入にまで至る企業はありませんでした。しかし、その間も地元の行政や産業活性化協会が強力にバックアップをしてくれました。最初の納品先は長岡市で、用途はコロナワクチンの保管冷凍庫の監視でした。これを機に、新聞やテレビの報道に取り上げていただき、そしてJAXAから声がかかるきっかけとなりました。NHKのニュースで、コロナワクチンを監視業務が紹介されたのをたまたまJAXAのH3ロケットプロジェクトメンバーの一人が見かけ、燃料倉庫にある温度計湿度計をIntegrAI社のAIカメラで読み取ることができないかという依頼されました。ガラス越しに読み取る必要があり、しかも画像はセキュリティ的にWEBに上げることは禁止なので、現地で撮影した画像をAIで処理し、メータ値を読み取り、メータ値のみを、WEB上のサーバにアップローダしました。読取精度を含め、何とかJAXAの要求する厳しい仕様を満足し納品できました。些細なことでも、H3ロケットのプロジェクトに関われたのは誇りに思います。

起業家精神の育成教育は大切です。近年の世界経済を動かしているGAFAMはそんな起業家の最高峰でしょう。GAFAMほどではないにしても、新しい考えやイノベーションを引き起こすようなアイデアを生み出すためには、起業家精神の育成教育は効果的だと思います。ただ、起業家精神の育成教育の先にあるものが何であるか、実際に起業に進む学生がいた場合や、良いアイデアを創出した学生がいた場合に、それを実現・社会実装にまで進めるための環境整備が最も大切だと思います。後者をないがしろにした場合に、せっかくの教育効果は目的から失われてしまうでしょう。地元の行政やNPO法人等が数年に渡ってサポートをする支援体制も必要不可欠です。私が起業時から3年間代表を務めた株式会社IntegrAIでは、この点が恵まれているように感じました。逆に、こういったサポート体制がなかった場合は、起業し操業していくのはほぼ不可能であったと思います。

もう一つ講演内でも、紹介させていただいた環境整備の大事なポイントは研究室での研究テーマです。私は個人的には学術的な意義より、技術の社会実装を目指した研究テーマについて高い評価および関心を持つようにしています。研究成果を積極的に企業にて活用していただく社会実装を目指しています。学生には、自分たちの研究成果が企業で活用されるということを直に経験させること、これにより高い教育効果および起業家精神の育成につながると考えています。最後に締めくくりとして起業家精神育成教育と日本経済との勘案について、教育者が起業家精神をもつことでより良い教育を提供し、ゆくゆくは日本そして世界経済の活性化につながるのではないでしょうか。

 
© 2024 Niigata Society of Health and Welfare

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