Nursing Journal of Kagawa University
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A Literature Review on Nursing for Patients with Pregnancy-associated Breast Cancer (PABC) in Japan
Etsuko IshigamiMutsuko MutsukoChika Komatsu
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RESEARCH REPORT / TECHNICAL REPORT OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 23 Issue 1 Pages 71-78

Details
要旨

近年,乳がん罹患率は増加を続けている.女性の出産時年齢も上昇し,妊娠・授乳期の乳がん罹患リスクは高まりつつある.本研究は妊娠関連乳がんに焦点を当て,先行研究を整理・把握することで,妊娠関連乳がんに関する研究の動向を明らかにし,今後の看護に示唆を得る事を目的とした.研究方法は文献研究で,医中誌Web版Ver.5から「乳がん合併妊娠」のキーワードで,看護の文献に限定して検索したところ,48文献が抽出された.さらに原著論文に限定した上で文献を概観し,研究目的から外れているものを除外し,12文献を対象文献とした.妊娠関連乳がんの看護文献は1990年初期からみられるが,10年前から増加がみられる.しかし妊娠関連乳がんの文献数はいまだ少なく,特に質的研究数を増やすことが望まれる.妊娠関連乳がん患者を支援するにあたり,意思決定支援が重要であることが報告されていた.患者の専門医受診遅延期間を短縮するため,周産期領域で従事する看護者への乳がん教育が必要であり,教育を受けた看護者は,乳がんの知識と自己診断方法を普及する役割があると示唆された.

Summary

In recent years, there has been an increase in morbidity associated with breast cancer. As the childbearing age of females increases, the risk of breast cancer in pregnancy and the lactational period also increases. The present study focused on pregnancy-associated breast cancer (PABC), and examined research trends in this area by reviewing previous studies to develop useful insights into nursing. The method was a literature study. A search of nursing-related literature was conducted using Ichushi Web Ver.5 with the keyword “breast cancer in pregnancy”, and 48 papers were extracted. Only original papers were selected and examined to exclude papers that were irrelevant to the purpose of the present study; finally, twelve papers were selected. There were papers on nursing care for patients with breast cancer during pregnancy written at the beginning of the 1990s and later, and there has been an increase in the number of these papers over the last ten years. However, the total number of papers on breast cancer during pregnancy was small, indicating the necessity of promoting studies, especially those adopting qualitative approaches. The obtained papers reported that when supporting patients with PABC, it is important to help them make their own decisions. It is necessary to implement breast cancer education for nurses who provide perinatal care to reduce the period of time required by patients to consult specialists.

はじめに

日本を含む東アジア圏は,乳がん罹患率が少ない地域であった.近年,グローバル化による西洋文化的生活習慣が浸透するにつれ,東アジア圏の乳がん罹患率は増加し,日本でも1975年以降乳がん罹患率は増加の一途をたどっている.逆に乳がん罹患率の高い欧米諸国は,1990年頃をピークに減少傾向に転じている.日本女性にとって乳がんは,がん罹患率のトップであり,成人女性の主な死亡原因でもある1).乳がんは,がんの中でも比較的若い時期に罹患する病である.乳がん罹患率の増加は20歳代後半から始まり,40歳代後半でピークとなる2).最近の断乳から卒乳への意識変化による授乳期間の延長や3),生涯未婚者の増加や,少ない出産回数,遅い出産年齢は4),全て乳がんのリスクを高める.女性の出産年齢と乳がん好発年齢は重なりつつあり,周産期に罹患する乳がんである妊娠関連乳がん(pregnancy associated breast cancer(以下「PABC」という)のリスクは増加している5)

妊娠に合併する悪性腫瘍は妊娠1,000に対し1件の割合で発生するが,PABCは妊娠10,000に対し0.5-6.4件である.全乳がんの0.2~3.8%がPABCで,妊娠可能な年齢層を対象とすると,乳がんの10%近くがPABCである5).PABCに共通する特徴は,腫瘍径が大きいこと,進行した病気であること,リンパ節転移が高度であること,ホルモン受容体陰性の割合が高いことがあげられる.非妊娠時の乳がんに比較してPABCは死亡リスクが高く,再発率も高いと言われている2).妊娠期から授乳期の乳房は,妊娠期の正常な乳腺発達や授乳期の乳房トラブルにより,乳がんの自己診断は困難と言われる.授乳終了まで乳がん専門医を受診しない受診遅延患者は,病状が進行し予後が悪い2).この年代のライフサイクルに焦点をあてれば就職・結婚・出産・子育てなど重要なイベントのある成熟期であり,疾患から患者が被る影響は重大である.しかし本来PABCは稀な疾患であり,まだ詳細が解明されていない.

PABC患者は妊婦健診時に産科医と接するが,その産科医が乳がんに詳しいか否かは医師個人の能力に負うところが大きい.乳がんを専門とする認定看護者は,専門領域である乳腺外科や胸部外科等で従事する者が多く6),PABC患者の最初の相談相手は産科で従事する看護者が多い7).産科で従事する看護者は母乳育児に関心が強く,乳がんに詳しいかは個人差が大きい7).PABC患者は妊婦健診などで医療従事者に接する機会は多いが,乳がんの専門知識を有する者が側にいるとは限らない.

目的

本研究は,妊娠関連乳がん(PABC)の看護に焦点を当てた先行文献を検討することで,PABC患者に関する研究の動向を明らかにし,PABC患者への看護の示唆を得る事を目的とした.

用語の定義

・妊娠関連乳がん「PABC(pregnancy associated breast cancer)」

:妊娠中あるいは出産後1年以内,または授乳中に診断された乳がんと定義されている2).先行文献において用いられているPABCと類似する用語(例:がん合併妊娠患者・乳がん合併妊娠等)については,そのまま記載するものとする.

・受診遅延

:乳房の症状に気づいてから医療機関に相談するまでの期間の延長を言う.先行研究の期間は一定しておらず,大城ら8)の「主観的時間を含む受診に至るまでの意思決定プロセスにおいて客観的時間が延長した結果,治療に伴う医療者・患者負担や生存率等 に悪影響を及ぼす現象」とする.

方法

1. 文献検索期間と文献検索基準・文献選別基準と検索結果

文献検索期間は2018年6月10日~7月31日までとした.データベースには医学中央雑誌(web版Ver5)を使用した.

「乳がん」のシソーラス用語「乳癌合併妊娠」(乳房腫瘍/TH and 妊娠合併症-腫瘍性/TH)をキーワードに検索したところ,594文献が抽出された.次に乳がんと看護について調べるために,絞り込み条件として看護に関する文献を検索したところ,48文献が抽出された.48文献の本文を熟読し、本研究の目的と異なるものを除外し,原著論文のみとしたところ,12の文献を対象文献とした.

欧米諸国がピークで、かつ日本でも研究報告が始まった1990年以降の論文としたところ,発行年は1991年~2018年となった.また看護者と他職種との共著も対象文献とした.

2. 分析方法

対象文献を精読し,タイトル・発行年・著者・研究デザイン・データ収集方法・研究目的・対象者と人数・文献内容と課題・出典から成る分析シートを作成し,整理した.研究デザイン,文献の対象者,PABC診断時期を調べた.分析は,各文献で明らかになった知見を読み取り,内容の類似性により帰納的に分類した(表1).

なお「乳がん」,「乳癌」は,仮名と漢字をあえて統一せず,文献の著者が用いた語句を忠実に記載し,文脈を損なわないようにした.

表1 :PABCの看護文献における研究内容の焦点化
カテゴリー 文献数 タイトル 著者 発行年 デザイン データ収集方法 内 容
インフォームドコンセントに対する意志決定支援 6 授乳期に発症した乳癌患者の一例
病名告知による患者心理の変化
盛 直美他 1999 事例 参加観察  入院前日の告知で動揺が強く,乳房喪失と治療方針変更毎に動揺をみせた事例.病名の告知は外来受診時が多く,病棟看護師は情報収集と患者の思いを医師に伝える.看護師は治療方法や副作用の正確な知識が必要で,患者の心理的状況を理解しながら手術や治療に対応する.乳房喪失は女性の性の喪失を意味し,傾聴と見守が重要である.
妊娠関連乳癌の一例 大庭 彩他 2015 事例 参加観察  妊娠前からしこりに気づいていたが,妊娠判明後乳癌の診断を受けた事例.胎児の成長を確認する産科医、乳癌治療を行う乳腺外科医、メンタルケアを担う看護師及び心理、身体的・精神的苦痛の緩和に対処する緩和ケアチーム等、他職種連携によるチーム医療で患者が重要であった.
がん合併妊娠患者および家族のがんの治療方針決定をめぐる現状と課題 堀 理江 2015 文献研究 文献検討  がん合併妊娠患者および家族のがんの治療方針決定に関する現状と課題を明らかにする文献研究.患者・家族の意思決定を支える指針が存在せず、患者・家族が複雑な葛藤を抱えており,看護師はその時々で困難を感じ、患者に継続的に関われず、相談相手がいない場合があることが推察された.
妊娠17週で乳癌の再発が発見されたA氏の妊娠継続に対する意思決定プロセスにおける看護師の役割 山本 千明 2016 事例 参加観察  妊娠中に乳がん脳転移となった事例.医療者が一方的に情報提供し妊娠継続や妊娠中断の意思決定を促すのではなく,患者の価値観や生き方,事情を知り,傾聴を重ねるプロセスから,患者自身が考え,さらに夫婦で妊娠継続について考え答えを出せた事で,意思決定能力を獲得できた.
妊娠期乳がん患者に対する多職種での意思決定支援 古舘 美妃他 2017 事例 参加観察
診療記録
 26週にPABCと診断され,術後多発肺転移に至った事例.乳がんは多診療科,多職種が関与するが,事例では各担当医の話し合いが行われないまま患者・家族にICを行い,患者に精神的な動揺を与えた.各専門家が情報を共有し,治療方針とケアの統一を図るために、多領域看護師・専門看護師や,医師など多職種による多くの話合が必要であった.
がん合併妊娠患者と家族を支援する看護師の役割
―がんの治療方針を巡る意思決定を支える―
堀 理江 2018 質的研究 半構成的面接法 がん合併妊娠患者と家族を支援する看護師の役割とがんの治療方針を巡る意思決定を支えることに着眼した文献研究.【現状認識し手探りで対応】【患者・家族の反応を探る】【患者・家族との信頼関係を構築する】【多職種での検討内容・思いを把握する】【患者・家族間の調整の必要性を認識する】【患者・家族と医療者の間をつなぐ】【患者·家族へ情報を提供する】【患者・家族の意思を引き出す】【意思決定が継続できるよう支援】の9つのカテゴリーが抽出された.
PABC患者と配偶者が親役割を獲得する過程 3 妊娠継続・出産を希望している終末期患者の夫への看護
―共同で絵本を作成することの効果―
藤田 知子他 2009 質的研究 面接法 患者の実母・実妹が妊娠継続に反対し,患者の妊娠継続の意思を支持夫が孤立した事例.看護師は患者と夫で絵本作成を提案し,絵本作成過程で夫の精神的支援を行う.患者・家族は悩み迷うことが多い.看護師は,患者自身の意思を尊重しつつ,患者・家族個々の孤独感を理解し,方針をそのつど確認しあう必要がある.
悪性疾患を合併した妊婦の治療と支援-妊娠中に乳癌が判明した1例を経験して私たちが学んだこと 内藤未帆他 2014 事例 参加観察  帝王切開のため化学療法再開までの1カ月間に担当助産師を中心に授乳支援を行った事例.夫への育児指導,乳腺炎予防の清潔ケア指導,健側を中心とした授乳,傾聴等のケアを行った.助産師が積極的に関与する事で患者・家族の治療や,出産・育児関する不安の軽減に努め,母乳育児が母親としての自信や原疾患への治療意欲につながった.
妊娠中に乳癌が発見された母親とその家族への関わり
―出生した児を通して多部署との連携における看護師の役割―
牛尾 さおり他 2017 事例 診療記録  不妊治療後妊娠26週で乳癌の診断を受けた事例.入院前の事前検討会で,早期介入と準備.出産は産科スタッフと情報共有.化学療法導入前に育児技術の習得や直接授乳,愛着形成促進.退院前の調整等,必要な時期に関連部署と連携し情報共有、看護介入や育児支援と親役割獲得に向けての援助を実施した.
産褥期乳癌の早期発見方法の模索 2 産褥期の乳腺炎と診断され乳癌の発見が遅れた症例に出会って―産褥期の乳癌の早期発見の難しさを考える 廣上 ひとみ 1991 事例 参加観察 産後5か月時,乳腺炎と誤診され,早期発見が遅れた事例.産後8か月再診時はStageⅢと診断.治療と並行して,断乳や受胎調節指導等を実施する.助産師として乳がんの早期発見に対し何ができたのかを振り返り,一カ月検診の有効活用を検討した.
授乳期乳癌の早期発見について助産婦としてどのように携わってゆくべきか
―当院での3症例を比較して考える―
廣上 ひとみ 1993 事例 参加観察 産褥期乳癌女性3人の転帰を比較した研究.乳腺炎と誤診された女性は,乳がん発見が15か月・3カ月遅れた.症状変化時は病院受診の説明を受けていた女性は,受診遅延は1月であった.産褥期乳がんを触診で判断することは困難であるが,乳房腫瘤の経過を把握し,異常時は早期に専門医受診を勧めるのがよいと思われた.
看護師向けの啓発リーフレツト作成 1 乳がん患者の妊娠・出産の支援
看護職者への啓発リーフレット試作版の作成
増澤 祐子他 2012 教材開発 面接法 乳がん患者の妊娠・出産に関する支援として【妊娠・出産に関する情報を提示する】【乳がんおよび生殖医療の理解度と意思を確認する】【乳がんおよび生殖医療の治療内容の理解を促す】【意思決定から治療までの気持ちを支える】【他専門職とともに支える】【家族を支える】【乳がん治療と生殖補助医療の治療を支える】の7カテゴリーを抽出し,医療者向けにリーフレット試作版を作成した.

結果

1. PABCに関する看護研究の概要

分析対象とした12文献を概観したところ,発行年は1990年代に3文献,2000年代に1文献,2010年代に9文献が発表されており,増加傾向にある.

研究のデータ収集方法は,参加観察法8文献,面接法3文献,文献収集が1文献であった.

研究デザインは,事例報告が8文献,質的研究2文献,教材開発研究1文献,文献研究1文献であった.なお教材開発研究は,面接法で収集したデータを活用している.

研究の対象者は,看護者が患者を対象者とした8文献,看護者が2文献,患者家族が1文献であった.

2. PABCに関する研究内容の焦点化(表1

各文献で明らかになった知見を読み取り,内容の類似性により帰納的に焦点化したところ,12のサブカテゴリーと,4つのカテゴリーを抽出した.(以下【 】はカテゴリーを,〈 〉はサブカテゴリ―を表す)

カテゴリーの内容は,【インフォームドコンセントに対する意志決定支援】6文献,【PABC患者と配偶者が親役割を獲得する過程】3文献,【産褥期乳癌の早期発見方法の模索】2文献,【看護師向けの啓発リーフレツト作成】1文献であった.

【インフォームドコンセントに対する意志決定支援】

では,インフォームドコンセントや告知をする場合の場所や方法,メンバーの選択と,インフォームドコンセント・告知に動揺する患者や家族の側に寄り添い,疾患や治療の理解を促すと共に,患者・家族の意思決定を支援する看護者の役割について書かれた文献である.盛ら9)の〈告知により動揺した患者に,心理的動揺を抑える看護〉,大庭ら10)の〈他職種連携により,妊娠の管理・乳癌治療と,肉体的・精神的苦痛の緩和ケア〉,堀11)の〈がん合併妊娠患者と家族の意思決定の現状と課題〉,山本12)の〈希望していた妊娠継続を断念した患者の意思決定支援〉,古舘ら13)の〈他職種連携の難しさと,良い連携が良い意思決定につながる〉,堀14)の〈がんの治療方針に関する意思決定における看護者の役割〉の5文献があった.

【PABC患者と配偶者が親役割を獲得する過程】

では,PABCに罹患したが妊娠継続を選択した患者と家族が,出産前後に行った子供への準備と,母乳・育児技術を支援する文献である.藤田ら15)の〈ターミナル期で妊娠継続を希望した患者の意思決定が家族間の分裂を引き起こし,夫を支援した看護者の役割〉,内藤ら16)の〈治療中断中の母乳育児のため,指導とチーム調整をおこなった看護者〉,牛尾ら17)の〈未熟児出産のPABC患者に対し,母親役割獲得に向けての支援〉の3文献があった.

【産褥期乳癌の早期発見方法の模索】

では,廣上18)19)が〈産褥乳癌誤診により,診断が遅延した症例から,産褥乳癌の早期発見方法を模索〉について書いた2文献があった.

【看護師向けの啓発リーフレツト作成】

では,増澤ら20)の〈乳がん患者に対する妊娠出産支援内容を看護者に普及〉の1文献があった.

3. PABC発見時期による転帰と看護

1) 発見が妊娠期の事例

大庭ら10)の事例では,腫瘤に気づいた患者が数か月放置し,腫瘤が2個になった時点で病院を受診し,乳癌の診断を受けた時は妊娠11週であった.妊娠の管理、乳癌の治療方針は個々の症例で異なるが,多職種で検討し、チーム医療で患者をサポートすることが重要であるとわかった.山本12)の事例は,妊娠32週で乳癌が発見され,出産後乳房全摘術を受けた女性の次回妊娠17週時点で,視野障害症状が出現し,乳癌転移による脳腫瘍が発見された.患者は妊娠継続を望むが病状が進行し,治療に専念するため妊娠を中断している.医療従事者から一方向の情報提供ではなく,対象を深く知るプロセスから患者は意思決定能力を獲得できたと山本12)は報告している.古舘ら13)の事例は,26週に乳がんが発見され右乳房切除リンパ節郭清術を受け,出産後化学療法を行ったが多発肺転移を認めている.関連領域による十分な話し合いにより効果的なインフォームドコンセントがなされることと,その場に看護者の同席が必要であることがわかった.藤田ら15)の事例は乳癌治療後体外受精にて妊娠するが同時に乳癌を再発した.妊娠14週転院し,妊娠20週で疼痛コントロールのため傾眠状態となり,23週出産のため転院している.看護者は,患者・家族個々の孤独感を理解し,方針をそのつど確認しあう必要があるとわかった.内藤ら16)の事例では,妊娠13週に圧痛を伴う右乳房腫瘤感があり,超音波断層法で乳癌が発見された.患者は24週に手術,28週から33週にAC療法を2回,37週に帝王切開,1か月の母乳育児を実施した後,AC療法を再開している.看護者の積極的な介入で母乳育児が行われ,患者は親としての自信と治療意欲につながるとわかった.牛尾ら17)は,妊娠24週の妊婦健診時,右乳房のしこりの増大を相談し,26週時乳腺外科にて乳癌が診断された事例で,入院前から退院準備まで、それぞれの時期に合わせた看護介入があり,関連部署の統一した関わりが必要であると報告している.

2) 発見が授乳期の事例

盛ら9)の事例では,分娩後6か月の女性は左乳房の腫脹を「授乳期のはり」と自己判断したため,2か月間受診遅延し,腫瘤の増大が認められた.患者の心理的状況-特に乳房喪失の苦痛―を理解し,傾聴と見守りを行うことが必要とわかった.廣上18)19)は産褥期乳がん女性3人の転帰を比較している.乳腺症状に気づいた分娩後4年・分娩後5か月の女性達は乳腺炎と診断されたため,症状が悪化し再受診するまでにそれぞれ15か月・3か月の受診遅延期間があった,乳房腫瘍の既往があり,症状変化時に病院受診の説明を受けていた女性は,産後12か月症状に気づき,受診遅延期間は1か月であった.廣上は産褥期乳がんを触診で判断することは困難であるとしながらも,今後の課題として,①乳房ケアに携わる助産師は,乳腺炎と乳癌の違いを学ぶ必要がある,②患者自身に乳がんの早期発見ができる知識を与える,③母子手帳に乳房の観察項目を作る,④自己検診を徹底させる,⑤一か月健診時に乳がん検診を行うシステム作り,⑥授乳期乳房検診の無料化,などの提案をしている.

考察

1. PABCを取り巻く研究の動向と課題

妊娠可能な年齢層を対象とした場合は,乳がんの10%近くがPABCである.とは言えPABCは,全乳がんの0.2~3.8%と稀な事例である2)5).1985年に鳥谷ら21)は「妊娠に乳癌を合併することは,きわめて稀」と書いているが,その頻度は徐々に増加傾向にある2).PABCの看護に関する原著論文は少なく,1991年まで過去に遡ったが12文献しか集められなかった.この10年間に文献数は増加したが,充足しているとは言い難い.PABCは稀な疾患ではあるが患者と家族に与える影響は重大であり,良質の看護が求められている.研究は,2009年以降,多く書かれるようになった.日本看護協会は質の高い医療の提供を目的に資格認定制度を実施し,2006年乳がん看護認定看護者の認定が開始された.2018年乳がん看護認定看護者は354人に達し,近年の看護文献増加は,専門看護者・認定看護者の数が一定数に達したことも一因と言われる6).また乳がん学会による乳がん診療ガイドライン2)が発刊され,インターネットで簡便に情報を入手できるようになったことも研究を後押ししていると考えられる.最近の断乳から卒乳への意識の切り代えによる授乳期間の延長や3),生涯未婚者の増加や少ない出産回数,遅い出産年齢4)などは,引き続きPABC患者の増加を予測され,臨床の現象と看護の記述を積み重ね,PABCの看護方針が確立されるよう,さらなる看護文献が必要である.

質的研究2文献の対象者をみると,1文献は患者の配偶者,1文献はがん看護専門看護者とがん看護認定看護者4名であり,PABC患者やPABC既往患者に聞き取りされた研究はみられなかった.医療で扱うものには,個人や集団の気持ち,感じ方,意識,意欲,希望,信念,価値観などの「主観的あるいは間主観的」で,言語的,動的かつ相互作用的なものが含まれ,それらは量的・客観的に測定・処理することが困難である.それに対して,インタビューや観察を通して採取したデータを分析する質的研究は,それを扱うことを可能にする22).PABC患者自身が語る経験と思いを知り,その現象の意味を明らかにし,さらに質的研究の帰納的推論法による理論や概念の構築は,その後の量的研究にもつながる.まずはPABC患者本人への質的研究の文献数を増やすことが必要と考える.

2. PABC患者と家族への意思決定支援

乳がん治療は長いプロセスであり,術前の検査,乳がん手術,術前化学療法,術後補助療法,再発転移の治療など,患者と家族は複数提示される検査や治療方法の情報を理解したうえで,選択決定を繰り返さなければならない.術後補助療法を含め,経過観察は10年に及び,常に再発・転移への不安にさらされている.河口ら23)は,がん患者はがんと診断された時点から,その受け入れと適応が開始され,生涯にわたりさまざまな治療ステージにおいて繰り返し受け入れと適応を求められ,全てのがん患者の1/2~1/3に何らかの精神的な障害が認められると言う.さらにPABC患者の場合は,検査・治療による流産・胎児の催奇形性リスクや,山本の12)症例のように胎児と自分の命を天秤にかけるような,一層厳しい決断を迫られる場面がある.また藤田ら15)の事例のように,患者と家族や家族間で方針に対する対立が起こることもあり,問題は複雑である.

このような状況で患者の意思決定に寄り添えるのは,看護者であると考える.盛ら9)や古舘ら13)の症例で言えるように,インフォームドコンセントや告知が円滑に行われて初めて,その後に続く意思決定に患者は立ち向かう事ができると考える.古館ら13)は,インフォームドコンセントはチームとして最善の選択肢を共有し方針を提示する時であり,患者や家族が納得して意思決定できるように看護者は同席することが必要であると言う.また田村24)は,告知後早期からの看護介入は,入院待機中の不安の軽減に寄与するとして,病棟看護者が告知時に同席し,告知後早期から患者とコミュニケーションをとることで安心感を与え,情報提供により治療に前向きに取り組む姿勢を促すことができると言う。このように,早期から看護者が意思決定に介入することが重要であり,また患者が決めた意思決定であれば,それを支持することが重要である.たとえ厳しい告知であっても看護者は患者と家族を受け止め,疾患や検査・治療の理解を促し,不足しているような場合は補えるように働き,患者自身が自分の病状を理解した上で意思決定できるように支援すれば,患者は治療を満足し,さらにがんと共に生きよう,がんと闘おうという自信につながると考えられる.

3. PABC患者の受診遅延の特徴

昨今の医療の進歩により,乳がんは不治の病というイメージは薄れつつある.しかし未だに増加傾向で,生命を脅かす疾患であることは変わらず,さらに化学療法・放射線療法・手術など,どの治療方法も侵襲が大きい.その上就職・結婚・出産・子育てなど重要なイベントのある成熟期に乳がんになれば,患者や家族にとって非常に苦痛な経験となる.特にPABCはその特殊性ゆえに,乳がんの「標準治療」をそのまま活用することはできず,治療の進歩の恩恵にあやかることができない事例も多い.

乳がんの5年生存率は89.1%だが,早期乳がんで発見された場合の10年生存率は90%を超える1)2).過去には妊娠期乳がんは予後不良とされていたが,最近は諸説あるものの積極的治療介入によって予後不良とは言えない2).しかしあくまで早期発見され,早期治療に取り組めた場合であり,授乳期乳がんの予後が不良であることはほぼ確実である2)

妊娠中や授乳期の乳房は,血管やリンパ管,乳腺組織の発達による乳房緊満があり,周産期の乳腺疾患である線維腺腫,良性葉状肉腫,腺腫,乳腺症,乳瘤,乳腺炎などと鑑別する必要がある2).超音波検査や細胞診・針生検は胎児への影響はなく,妊娠の時期にかかわらず安全に実施できる.マンモグラフィの被爆リスクは胎児への影響が看過できない.放射線被曝のあるCT検査や,強磁場や造影剤による胎児奇形の危険性のあるMRI検査は,特に妊娠前期は行わないほうが良いとされるなど,妊娠期は検査方法の選択肢が狭められている.また乳がん治療に使用される薬物は乳汁移行性があり,乳児への安全性は担保されないため,薬物治療中の授乳は避けることが推奨されている25).授乳期乳がんに対して,産後一か月検診時の乳房スクリーニングを廣上18)19)は提案するが,40歳以下でのマンモグラフィは被爆リスクが高く,超音波検診も有効性の根拠がないため,推奨できない26).しかし若年性乳がんの罹患割合とがん検診の現状を考慮すれば26)27),乳房腫瘤を自覚すれば40歳前の女性にも乳がん検診を安価に受診できるシステムも,検討の余地があると考える.

乳腺の異常を自覚しても,適切な時期に医療機関を受診せず重症化に至る女性の存在が指摘されており,特にPABCの診断は極端に遅れることが多く,予後不良の一因と考えられている2).3か月以上の受診遅延は乳がんの5年生存率に影響し,遅延期間が長くなるほどがんのステージは悪化する1)2).今回対象文献の事例の多くは,乳腺腫瘤や乳房の疼痛を医療従事者に相談することから,乳がんが発見されている.しかし授乳期乳がんの廣上18)19)や盛ら9)の症例では,医師の誤診や誤った自己判断のために受診遅延期間が延長しており,授乳期乳がん鑑別の難しさがわかる.

佐川ら28)は患者が乳がんの兆候に気づいてから診断がつくまでの病悩期間は,妊娠期では平均して6.3か月で,非妊期の4.5か月よりも長いと言う.大城ら8)は受診遅延の概念分析で,属性,先行要件,帰結の概念モデルを示した.受診遅延の先行要件には【個人因子】として[患者の特性][感情反応][知識不足][受診以外の優先事項の存在][健康に対する関心の低さ]があり,【医療環境】として[医療資源]と[医療機関との物理・心理的距離].【社会文化】として[社会相互作用]と[地域文化に基づいた信念]と,3つのカテゴリー【 】と9つのサブカテゴリー[ ]を大城ら8)は報告している.【個人因子】の[患者の特性]は,高齢・貧困等で,介入は難しいが,[感情反応] は恐れや不安・否認,逆に楽観等で,看護介入が可能と考える.症状がみられても疾患に結びつかない[知識不足]の女性や,仕事・子育てなど[受診以外の優先事項の存在]がある女性,[健康に対する関心の低さ]がある女性に対しては,知識の提供により解決可能である.しかし誰が,いつ,どのように知識提供するかという問題がある.産婦人科関連学会は,乳がんに対処できる知識と技術をもつ産婦人科医を養成しているが,まだ十分とは言えない29).乳がん看護認定看護師の教育基準カリキュラム(平成30年)6)には,PABCに対する教育計画は明示されていない.このためPABCに関しては,産科に従事する看護者の活動が重要である.周産期で従事する看護者はPABCに関する知識を習得し,妊娠・授乳期の乳がん自己検診を定着させるために,妊婦健診や母親教室など多くの機会を利用し,積極的に乳がんの知識と自己検診法を周産期女性に啓蒙し,できるだけ早い段階で乳がんを診断できるように努める事が重要であると考える.

廣上18)19)は,助産師は乳がんについてもっと学ぶ必要があると言い,大林ら30)31)はBreast Awareness普及に向けた教育プログラムを開発し,女性が乳がんのセルフチェックを積極的に行うよう,助産師を教育する方策を提案している.増澤20)も,看護職者に対する乳がん患者の妊娠・出産支援の啓発リーフレットを作成している.しかしPABCに対する養成カリキュラムは看護者・助産師ともに現状では十分と言えず20),今後も看護者への教育プログラムを検討する必要があると考える.

研究の限界

今回は事例報告が多く,文献数は12文献と少なく,実態の把握に偏りが出た可能性がある.

結論

1.

PABCの増加に対処するため,看護の文献数を増やすこと,特に患者本人に対する質的研究の文献数を増やすことが望まれる.

2.

告知・インフォームドコンセントは早期から看護者が介入し,その後の意思決定支援が円滑に実施できるよう患者・家族を支援する事が重要である.

3.

専門医受診の遅延期間を短縮するため,看護者への乳がん教育と,女性へPABCの知識や自己検診法を啓発する具体的方法や機会を検討する.

Notes

なお,本研究は科学研究費助成事業科研費17K12291の助成を受けたものの一部である.

文献
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  • 4)   内閣府 : 少子化社会対策白書,少子化対策の現状2018年版, http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/index.html,2018/8/20.
  • 5)    蒔田  益次郎 : 妊娠関連乳癌の頻度と予後について,乳癌の臨床, 28(1),7-16,2013.
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  • 15)    藤田  知子 ,  中西  貴江 ,  星野  奈央 ,他: 妊娠継続・出産を希望している終末期患者の夫への看護-共同で絵本を作成することの効果,大津市民病院雑誌, 10,41-45,2009.
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  • 18)    廣上  ひとみ : 産じょく期の乳腺炎と診断され乳癌の発見が遅れた症例に出会って―産じょく期の乳癌の早期発見の難しさを考える,日本看護学会集録22回母性看護, 199-201,1991.
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  • 23)    河口  浩介 ,  岡村  見 ,  川田  有希子 : 乳癌告知時から行うメンタルケアのツールとしての,当院独自のセルフチェックシートの有用性,乳癌の臨床, 30(6),533-540,2015.
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  • 26)    森本  忠興 ,  笠原  善郎 ,  角田  博子 ,他: 乳癌検診の過剰診断を避けるために,日本がん検診・診断学会誌, 22(2),155-165,2014.
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  • 28)    佐川  正 ,  田中  信一 ,  武井  弥生 ,他: 産婦人科における乳癌検診と妊娠期の乳癌の取り扱いについて,日本産科婦人科学会雑誌, 46(6),535-538,1994.
  • 29)    濵田  信一 ,  鎌田  正晴 ,  田村  貴央 ,他: 産婦人科医による乳癌検診について,現代産婦人科, 65(1),63-67,2016.
  • 30)    大林  薫 ,  片岡  弥恵子 ,  鈴木  久美 : 助産師に対するBreast Awareness普及に向けた教育プログラムの開発,聖路加看護学会誌, 13(1),8-16,2009.
  • 31)    大林  薫 ,  片岡  弥恵子 ,  鈴木  久美 : 助産師に対するBreast Awareness普及に向けた教育プログラムの評価,聖路加看護学会誌, 13(2),1-10,2009.
関連文献
 
© 2019, School of Nursing, Faculty of Medicine, Kagawa University

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