Nursing Journal of Kagawa University
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Trial of Listening Program for Clinical Nurses
Trial of Listening Program for Clinical Nurses
Erika IwasakiHiroko ShimizuTomoko SakakibaraMarina Yamamoto
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RESEARCH REPORT / TECHNICAL REPORT OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 25 Issue 1 Pages 9-22

Details
要旨

研究目的

本研究の目的は,臨床看護師の共感的理解を高めるためのカウンセリング技法を含む傾聴プログラム試案を検討することである.

研究方法

調査協力者は,臨床看護師35名で男性2名,女性33名であった.傾聴プログラム試案を介入とし,介入前,介入直後,介入2週間後の3時点において,共感的理解尺度と感情気分評定20尺度を調査した.傾聴プログラム試案は,モデリング学習を理論枠組みとし,マイクロ技法訓練で構成された90分のプログラムであった.

記述統計とピアソンの積率相関係数,対応のある3群の反復測定の一元配置分散分析を行った.本研究は,研究代表者と調査協力者の所属機関および代表者の論文審査機関の倫理委員会の承認を得た.

結果

調査協力者の年齢平均は42.6歳で,40代が最も多かった.感情気分評定20尺度は,プログラム実施前より直後において有意な肯定的感情得点の増加(p<0.05)と否定的感情得点の減少(p<0.05)がみられた.この得点変化は,実施2週間後には,ベースラインに収斂された(n.s.).一方,共感的理解尺度得点は,プログラム試案の実施前に比べて,実施直後に有意に増加し(p<0.05),その変化は2週間経過後も維持された(p<0.05).また,傾聴プログラム実施直後の共感的理解尺度と感情気分評定20尺度の肯定的因子の得点との間に有意な正の相関がみられた(r=0.47,p=0.04).

考察

介入後にみられた学習場面での肯定的感情の生起は,学習を促進させる重要な鍵であり,学習活動評価指標の一つとすることが重要である.また共感的理解が高まったことは,モデリングの一致反応の遂行がなされた成果であり,本試案がモデリングの学習過程を効果的なものとしたことが明らかである.

結論

傾聴プログラム試案の学習は,人間関係における共感的理解を促進した.よって本試案は,臨床看護師の基礎的なコミュニケーションにおける傾聴技法の習得に有効であった.

Summary

Purpose: This study aimed to test a tentative attentive listening program involving counseling techniques to improve empathic understanding in clinical nurses.

Methods: Thirty-five clinical nurses (2 men and 33 women) participated in this study. They underwent a tentative attentive listening program and completed a questionnaire survey comprising an empathic understanding scale and 20-item emotional mood rating before, immediately after, and two weeks after the intervention. The 90-minute program consisted of micro-technique training with a theoretical framework of modeling learning. Descriptive statistics, Pearson's product-moment correlation coefficient, and one-way repeated-measures analysis of variance were used for data analysis. This study was approved by the ethical review boards of the concerned institutions.

Results: The mean age of the participants was 42.6 years, and they were mostly in their 40s. In the 20-item emotional mood rating, the positive and negative affect scores immediately after intervention were significantly higher (p<0.05) and lower (p<0.05), respectively, than those prior to intervention. These changes converged on the baseline scores two weeks after the intervention (n.s.). The empathic understanding score immediately after the intervention was significantly higher than that before the intervention (p<0.05), and the change was maintained 2 weeks after the intervention (p<0.05). Moreover, a significant positive correlation was found between the empathic understanding score and the positive affect score immediately after the intervention (r=0.47, p=0.04).

Discussion: Elicitation of positive emotions observed after the intervention is important for promoting learning and is a key measure for evaluating the learning activity. Moreover, the improved empathic understanding is a result of conforming to the modeling responses, which demonstrates that our program increased the effectiveness of the learning process.

Conclusion: Empathic understanding in patient-nurse relationships was enhanced by the tentative attentive listening program. Therefore, it was effective for clinical nurses to master attentive listening techniques in basic communication.

はじめに

看護とは,対人関係のプロセスである1)と言われるように,対人関係構築に不可欠なコミュニケーションは,看護活動の基本であり,重要な技術である.看護師には,人に対する深い洞察力やより高度なコミュニケーション能力,さらには人との相互作用の中で学び取っていく力が求められる2).この期待されるコミュニケーション能力を修得するには,看護実践を学ぶ早期からの体系化された教育が必要である.木村3)は看護におけるコミュニケーションにカウンセリングの手法を導入し,統合されることによって,より望ましいコミュニケーションが展開されると述べている.看護におけるコミュニケーションが対話に終わらず援助的な手法となるためには,心理学の分野で理論的背景を持ち,科学的に発展してきたカウンセリングの技術を取り入れていくことが有効であると考える.

看護基礎教育におけるコミュニケーション学習の強化は,1989年の第二次カリキュラム改正により,カウンセリングを導入することが正式に位置づけられた.そのため,多くの臨床看護師が履修した看護基礎教育においては,カウンセリングの技法を取り入れた具体的なコミュニケーション技術を学ぶ機会が少なかったと考えられる.たとえ,カリキュラムの中で学んでいたとしても援助的なコミュニケーションを習得するまでには至らなかった状況も報告されている.例えば,臨床で勤務する新人看護師では,多様な患者とのコミュニケーションに戸惑いや緊張を抱えている4)や,共感的態度で接することに困難を抱きながらもそれらがほとんど解決されていない現状を明らかにした報告5)がある.

これらの状況を踏まえると,卒業後も看護師が臨床の場において,受容的,共感的な態度で援助的なコミュニケーションを行い,患者との良好な人間関係を学習する機会を得ることは,不可欠である.また,その学習方法としてカウンセリングの技法を取り入れた,実践的で具体的なプログラムが必要である.

卒業後の臨床看護師が看護教育を受ける機会は,看護継続教育によって得られる.病院に代表される医療機関がそこに就業する看護職員を対象に提供する教育を院内教育といい,看護職員が所属する組織によって提供される代表的な教育である.しかし,院内教育は,科学的根拠に基づくことなく立案されている場合もあり,系統的に教育プログラムを立案するための研究成果が必要とされる現状がある6).三浦7)の研究では,病院に就業する看護師の学習ニードは28種類あり,その中に「所属部署で患者と良い人間関係を維持,形成するための必要なコミュニケーション技術」と「学生やスタッフ,患者への問題を解決するために活用可能なカウンセリング技術」があり,カウンセリング技術を取り入れた傾聴プログラムを院内教育において提供することは,学習ニードとも合致している.また,上田ら8)の病院に就業する看護師が卓越していると知覚した看護を質的帰納的に分析した研究では,卓越した看護師は,コミュニケーション技術を自在に使いこなして目標を達成していることが明らかにされている.

国内のコミュニケーション技術教育に関する先行研究では,看護学生や新人看護師を対象としたものは散見されたが,就業看護師に対するものは少なかった.その中には,新人看護師を対象に,コミュニケーションの講義の後,傾聴スキルと感情コントロールのエクササイズを取り入れた研修を行い,その効果を明らかにしたもの9)や終末期がん患者のケアを日常的に行っている看護師に対し,村田10)11)が開発したスピリチュアルケア教育プログラムを用いてその効果を検討したものがあった12).これらは,すべての臨床看護師に適応可能な,汎用性が高いコミュニケーションスキルのプログラムではなかった.

そこで,臨床看護師の共感的理解を高めるためのカウンセリング技法を含む傾聴プログラム試案を検討し,看護継続教育におけるコミュニケーション学習方法の資料を得たいと考えた.

研究目的

本研究の目的は,臨床看護師の共感的理解を高めるためのカウンセリング技法を含む傾聴プログラム試案を検討することである.

研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,1群を3回に分割して実施する対照のない前後比較デザインである.

2. 用語

用語の定義

(1) 傾聴

傾聴とは,相手に関心をもって,相手の話に注意深く耳を傾けることである.傾聴するとは,単なる言語的コミュニケーションの手段ではなく,人に共感し,人を受容するための最初のステップであり,人間関係を築いていくための重要な行為である13)

(2) 共感的理解

共感的理解とは,一般的には他人の感情や経験をあたかも自分自身のこととして考え感じ理解し,それを同調したり共有したりすることである14)

用語の操作的定義

共感的理解とは,傾聴態度の促進により相手を理解する過程に生じる内的状態であり,本研究では,その過程で深まっている「共感的理解」の態度および行動を「共感的理解尺度」で測定し,測定された値がその程度を表している.

3. 調査協力者

調査協力者は,A病院で勤務する看護師36名であった.調査協力者の選定は,機縁法により調査協力病院の病棟責任者による推薦を求めた.

4. 調査内容

調査内容は,基本属性とカウンセリング学習関連8項目,感情気分評定20尺度20項目6件法,共感的理解尺度(自己評価用)21項目0から10の範囲のビジュアルアナログスケールを用いた.基本情報の項目は,年齢(数字の記述),経験年数(数字の記述),所属部署(2肢択一),看護基礎教育課程(4肢択一),基礎教育におけるカウンセリング学習経験(2肢択一および内容は4肢択一),研修参加の動機(8肢複数回答),カウンセリング研修参加の有無(2肢択一),カウンセリングへの興味や関心(1:大変ある,から5:殆どない,の5段階評定),傾聴への興味や関心(1:大変ある,から5:殆どない,の5段階評定),コミュニケーションで困ったこと(1:大変ある,から5:殆どない,の5段階評定および自由記述),コミュニケーションでの悩み(1:大変ある,から5:殆どない,の5段階評定および自由記述),コミュニケーション技術に対する向上意欲(1:大変ある,から5:殆どない,の5段階評定)合計12項目であった.

5. 測定用具

共感的理解尺度(自己評価用)

共感的理解尺度15)16)は,看護臨床の場において患者―看護師間関係の共感的理解度を看護師自身が測定するために開発された尺度である.尺度は,21項目4因子で構成され,第1因子は「受容的態度」,第2因子は「感情と意味の反映的態度」,第3因子は「発話促進的態度」,第4因子は「確認的態度」であった.因子ごとのCronbachのα係数は,第1因子α=0.90,第2因子α=0.86,第3因子α=0.75,第4因子α=0.68であり,信頼性を担保されている.また,尺度概念の構成に関する構成概念妥当性の検証には,情動的共感性尺度(Emotional Empathy Scale:EES)を使用し,共感的理解の概念は情動的共感尺度によって40%まで説明でき,因子の累積寄与率は56.6%であり,併存的妥当性を確認している.尺度の範囲は,10㎝の直線とし,左端を原点0,原点から右へ10㎝の位置を10とし,測定した左端からの長さのmm(ミリメートル)値を得点とした.尺度得点10は,設問への回答態度とし,10を「最も適当」,0を「最も適切ではない」とした.記入方法は,0から10の範囲の直線上に「|」を1カ所のみ記入することとした.これは,ビジュアルアナログスケールと同様である.

感情気分評定20尺度

感情気分評定17)は,肯定的感情気分に関する形容詞や形容動詞10項目と否定的感情気分に関する形容詞や形容動詞10項目を,6段階で評定する.感情気分評定20尺度の信頼性を示すCronbachのα係数はα=0.97で,尺度としての信頼性は担保されている.

6. 介入プログラム

プログラムの特徴

本調査の傾聴プログラム試案は,モデリング学習を理論枠組みとし,マイクロ技法訓練で構成された90分のプログラムである.具体的には,教材DVDによるモデリング35分,感情と意味を重視したマイクロ技法訓練30分,ロールプレイおよびフィードバック25分で構成した.

マイクロカウンセリングの手法は,カール・ロジャーズが提唱している「共感的理解」つまり,内部的照合枠に近づく努力の過程と同じである18)と考えられていることから,臨床看護師がマイクロカウンセリングの傾聴技法を学ぶことで共感的理解が高まると考えた.また,臨床看護師の継続教育は時間的制約があるため,より効率的で効果的であることが望ましい.マイクロカウンセリングは,モデリングを巧みに用いている点できわめて効率的な訓練方法である19)という点でも臨床看護師の傾聴プログラムに適したものであると考え,プログラムの主軸にマイクロカウンセリングを採択した.

モデリング過程の「注意過程」の位置づけとして,清水原案監修の「看護のための対話学習Vol.1対話の基本」(医学映像教育センター株式会社製作)20)を採用した.この教材は,マイクロスキルズを技法ごとに解説し,看護師と模擬患者によるシミュレーション学習により,看護師にとって現実に近い場面が実感できるよう構成されているため,臨床看護師にとって身近で関心を寄せやすい教材であり,医療分野教材では唯一マイクロカウンセリング技法の著作権の許可が得られたものである.

次に,観察したモデルを記憶として保持する「保持過程」として,パワーポイントを用いた講義を位置づけた.講義内容は,マイクロカウンセリングの理論や傾聴,共感的理解の概念説明を行い言語化すると共に技法の特徴や言語化訓練を組み入れた.院内研修として傾聴プログラム試案を試行するには時間的な制約があるため,多くの技法は扱えず,より重要な技法に着眼し訓練する必要があった.アイビイ19)は,共感の基礎となるものは,いくつかのかかわり技法であるが,なかでも感情の反映の技法は,共感を高めるために,もっとも重要な技法であると述べている.感情,同情を正確に感じ取る感情の反映は,人間援助の基本的なもので共感を高めるのに最も重要なものである18)ことから,感情の反映技法に着眼することとした.そこで,講義として再度,感情の反映技法の解説と感情をより正確に理解するための方法を実施し,モデリングを経て応答訓練を含むプログラムの要素とした.また,講義では,「意味の反映」の解説とモデリングを実施することとした.それは,この技法は感情の反映技法と密接に関連しており,共感的理解の最も深い水準では,感情の意味づけが行われる18)からである.そのため,視聴覚教材には含まれていない技法であるが共感的理解を高めるために重要な技法であり,講義要素に加えることとした.

次に,モデリング過程の「運動再生過程」として保持した記憶を実際に行動で再生するためにロールプレイの実施を位置づけた.ロールプレイの方法については,聴き手,話し手,観察者の3役を交替しながら体験し学習する方法を取り入れた.共感的理解尺度(自己評価用)は,看護臨床の場における,患者―看護師関係における共感的理解度を看護師自身が測定する目的で開発されたものである.そのため,ロールプレイにおいても整合性を図るため,聴き手が看護師役,話し手が患者役となるよう設定した.患者役が患者の立場で「気になること」を語り,看護師役がこれを聴くこととした.

最後に,モデリング過程の動機づけである学習した行動を遂行するための動機付けとして外的強化を受けられるようロールプレイに対するフィードバックを位置づけた.また,ロールプレイにおいて観察者をおき,この観察者が代理強化を受けられるよう設定した.

傾聴プログラム試案の実施方法

傾聴プログラム試案の実施方法は以下の通りであった(図1).

図1

傾聴プログラム試案

DVDを視聴する.  視聴覚教材「看護のための対話学習Ver.1」を視聴し,マイクロカウンセリング技法の基本的傾聴の連鎖について学ぶ.  35分 講義を聴講する.  パワーポイントを用いて,マイクロカウンセリング技法の「感情の反映」,「意味の反映」について解説し,応答練習を実施する.  約30分 ロールプレイを実施する.  ・調査協力者を3人1グループに編成し,役割を決定する. (聞き手,話し手,観察者) ・聞き手が看護師役,話し手が患者役となり,臨床場面において実際に「気になること」をテーマに,3分間ロールプレイを実施する.  3名が3つの役割を全て経験できるよう3回繰り返す.  約25分 フィードバックを行う.  ・聞き手役は,気付いた点および難しかった点について,約1分半のフィードバックを行う.  ・話し手役は,聞き手の良かった点および工夫できる点について,約1分半のフィードバックを行う.  ・観察者は,聞き手の良かった点および工夫できる点について,約1分半のフィードバックを行う.

1) 視聴覚教材の視聴

視聴覚教材は,医学映像教育センター株式会社製,看護のための対話学習Ver.1を使用した.

2) 講義

講義は,マイクロカウンセリング,傾聴,共感,感情の反映,意味の反映の解説および感情の反映,意味の反映事例の応答訓練とした.

3) 3名一組での参加者同士のロールプレイを実施した.

  1. ①   研究代表者は,無作為にグループを編成し座席に着席を求めた.
  2. ②   場面設定とロール演技の教示を行った.
  3. ③   割り付けられた3人一組のグループを聴き手(看護師役),話し手(患者役),観察者の役割を割り当てた.
  4. ④   「気になること」をテーマに,聴き手は看護師役,話し手は患者役となり3分間ロールプレイを実施した.

4) フィードバックの実施

  1. ①   聴き手役は,ロールプレイを終え,気づいた点および難しかった点について,話し手に対して約1分半のフィードバックを行った.
  2. ②   話し手役は,ロールプレイを終え,聴き手の良かった点および工夫できる点について,聴き手に対して約1分半のフィードバックを行った.
  3. ③   観察者役は,ロールプレイを観察し,聴き手の良かった点および工夫できる点について,話し手と聴き手に対して約1分半のフィードバックを行った.
  4. ④   3人すべてが聴き手,話し手,観察者の役割が体験できるよう役割を交替し,合計3回,同じテーマでロールプレイとフィードバックを繰り返した.

傾聴プログラムのシナリオ

場面は,看護師が病室を訪問した際,患者さんは何か考え込むような表情であり,そのことが気がかりとなった看護師は,患者さんに直接聞くこととした,という内容であった.

患者役への教示内容は,「あなたが気になっている患者さんを思い出してください.その患者さんになりきって気になることを看護師に説明してください.自分の役割や立場は忘れてください.その患者さんは,何を気にして何を伝えたいと思っているのかを考え,その人になって話をしてください.」と伝えた.

看護師への教示内容は,「あなたは,患者さんのことを知りたい,わかりたいという関心をもってください.そして患者さんに対して,あたたかく,相手をわかろうとする心のこもったまなざしをもってください.そして,姿勢や表情,態度も同じものであるよう心掛けてください.上手く話せなくても構いません.患者さんの言葉のなかで思いや感情が込められているところはしっかりととらえて,感情や言葉の意味を反映してみてください.」と伝えた.

7. 調査手続き

調査の手順は,前調査,傾聴プログラム試案の実施,後調査,追跡調査の順で実施した.

前調査

傾聴プログラム試案実施の導入段階で前調査を実施した.

受付順に調査用紙を配布し,無作為に割り当てた座席に誘導した.全員の受付が終わり,基本情報シートの記入が終了したことを確認の後,心理尺度記入のためのインストラクションを行い,自己評価用共感的理解尺度,感情気分評定20尺度の記入を求めた.

後調査(傾聴プログラム試案実施後)

調査用紙の共感的理解尺度(自己評価用)と感情気分評定20尺度の記入を求めた.

追跡調査(傾聴プログラム試案実施2週間後)

調査用紙の共感的理解尺度(自己評価用)と感情気分評定20尺度の記入を求めた.

8. 分析方法

データの解析には,SPSS Ver24.0(Japan IBM製)を用いた.基本情報シートの分析は記述統計とし,感情気分評定20尺度と共感的理解尺度の3時点の比較には,対応のある3群による反復測定一元配置分散分析を行った.また,感情気分評定20尺度と共感的理解尺度の3時点を従属変数とし,基本属性の各項目を独立変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)および感情気分評定20尺度の因子別得点と共感的理解尺度の合計得点について,相関係数の算出を行った.

9. 倫理的配慮

研究代表者及び調査協力者が所属する機関の倫理委員会の承認(平成26年10月9日)および修士論文を提出する機関の承認を得た(承認番号平成28-092).倫理委員会で承認を得た文章を用いて研究代表者が調査協力者に説明し,内容を十分に理解したことを確認したうえで,本調査への参加について本人の自由意思による同意を取得した.

結果

1. 回収率の概要

調査協力者36名に,研修前に研究説明書を用いて趣旨を説明し,36名から同意が得られた.その内,分析可能な有効回答は35名(有効回答率97.2%)であった.

2. 調査協力者の概要

調査協力者の属性(表1

年齢の平均は,42.6歳(SD=10.7)で,20代5名(14.3%),30代6名(17.1%),40代14名(40%),50代9名(25.7%),60代1名(2.9%)で,40代が最も多かった.看護師経験年数の平均は,19.6年(SD=11.5)で,1から5年目5名(14.3%),6から10年目5名(14.3%),11から15年目4名(11.4%),16から20年目6名(17.1%),21から30年目7名(20.0%),31年目以上8名(22.9%)で,調査協力者の大多数は,中堅看護師といわれる層であった.基礎教育歴は,衛生看護科12名(34.3%),看護専門学校22名(62.9%),4年生看護大学1名(2.9%)で,看護専門学校を基礎教育としている者が最も多かった.基礎教育におけるカウンセリング学習経験では,「あり」が9名(25.7%),「なし」が26名(74.3%)で,基礎教育でカウンセリング学習を受けていない者が多かった.傾聴プログラム研修への参加の動機は,傾聴への関心とコミュニケーション技術の向上と答えた者が14名と最も多く,次いでマイクロカウンセリングへの関心,コミュニケーションの悩みが3名,研究への関心が2名と続き,DVDへの関心,ロールプレイへの関心と答えた者はいなかった.その他と答えた者も9名いたが,記述内容がなく理由は不明であった.カウンセリング研修への参加の経験については,「あり」が8名(22.9%),「なし」が27名(77.1%)で,カウンセリング研修への参加経験がない者が多かった.

表1 調査協力者の属性(N=35)
調査項目 人数
年齢 20代 5名 14.3
30代 6名 17.1
40代 14名 40.0
50代 9名 25.7
60代 1名 2.9
経験年数 1~5年 5名 14.3
6~10年 5名 14.3
11~15名 4名 11.4
16~20年 6名 17.1
21~30年 7名 20.0
31年以上 8名 22.9
基礎教育歴 衛生看護科 12名 34.3
看護専門学校 22名 62.9
4年制看護大学 1名 2.9
基礎教育におけるカウンセリング学習経験 あり 9名 25.7
なし 26名 74.3
カウンセリング研修参加経験 あり 8名 22.9
なし 27名 77.1

調査協力者のコミュニケーションに対する意識

カウンセリングに対する関心については,「大変ある」「ややある」を合わせると23名(65.7%)で半数以上を占めていた.傾聴に興味・関心があるかの問いでは,「大変ある」「ややある」を合わせると27名(77.1%)で約8割を占めていた.コミュニケーションで困った経験については,「大変ある」「ややある」を合わせると23名(65.7%)で6割以上の看護師がコミュニケーションの困難を経験していた.コミュニケーションで悩んだことについては,「大変ある」「ややある」を合わせると23名(65.7%)で6割以上の看護師がコミュニケーション上の悩みを抱えていた.コミュニケーション技術を今以上に向上させていきたいと思うかについては,「大変思う」「やや思う」を合わせると30名(85.7%)と多数を占めた.

3. 感情気分評定20尺度の結果

本尺度が2次元尺度であることから,感情気分評定を肯定的因子と否定的因子の因子別に分け,傾聴プログラム実施前,実施直後,実施2週間後の3時点で比較を行った.3時点の肯定的感情因子の平均値は,傾聴プログラム実施前で27.20(SD=8.61),傾聴プログラム実施直後で36.09(SD=9.35),傾聴プログラム実施2週間後で29.46(SD=7.11)であった.この3時点の一元配置分析分析の結果はF(2,68)=15.13(p<0.001)であった.球面性の仮説が成り立つことから,ボンフェローニの多重比較を行ったところ,傾聴プログラム実施前と実施直後,傾聴プログラム実施直後と実施2週間後のデータには,有意差がみられた(p<0.05).傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施2週間後のデータには有意差が認められなかった(図2).

否定的感情因子の3時点の平均値は,傾聴プログラム実施前では29.81(SD=7.38),傾聴プログラム実施直後では23.57(SD=5.40),傾聴プログラム実施2週間後では28.77(SD=8.14)であった.この3時点のデータの一元配置分散分析ではF(2,68)=10.02(p<0.001)であった.球面性の仮説が成り立つことから,ボンフェローニの多重比較を行ったところ,傾聴プログラム実施前と実施直後,傾聴プログラム実施直後と実施2週間後の3時点において有意差がみられた(p<0.05).傾聴プログラム実施前と実施2週間後には有意差が認められなかった(図2).

図2

傾聴プログラム実施前後の感情気分評定20尺度の因子別得点の変化

肯定的感情得点の平均値 29.81 36.09 29.46 否定的感情得点の平均値 27.20 23.57 28.77 実施前 実施直後 実施2週間後 n.s. p<0.05 得点 60 50 40 30 20 10 n=35

4. 感情気分評定20尺度と共感的理解尺度との関連

感情気分評定20尺度と共感的理解尺度との関連を明らかにするため,ピアソンの積率相関係数を算出した.その結果,傾聴プログラム実施直後の共感的理解尺度の平均得点と傾聴プログラム実施直後の感情気分評定20尺度の平均得点との間に有意な正の相関がみられた(r=0.41,p=0.016).感情気分評定20尺度の下位尺度である因子別に関連をみると,傾聴プログラム実施直後の共感的理解尺度と感情気分評定20尺度の肯定的因子の得点との間に有意な正の相関がみられた(r=0.47,p=0.04)が,否定的因子の得点との間には相関がみられなかった(r=-0.11,p=0.519)(表2).

表2 傾聴プログラム実施前後の感情気分評定20尺度と共感的理解尺度得点の関連
感情気分評定20尺度
実施前 実施直後 実施後2週間
肯定的因子 否定的因子 肯定的因子 否定的因子 肯定的因子 否定的因子
共感的理解尺度 実施前 -0.12 -0.03
実施直後 .47** -0.11
実施2週間後 0.15 -0.07

**p<0.01

5. 重回帰分析の結果

傾聴プログラム実施前,実施直後,実施2週間後の3時点での感情気分評定20尺度を従属変数,基本属性の各項目を独立変数として重回帰分析(ステップワイズ法)を行った結果,傾聴プログラム実施直後の肯定的感情因子にのみ,基礎教育におけるカウンセリング学習経験(β=0.44,p<0.05),傾聴についての興味関心(β=0.86,p<0.05),コミュニケーションで困った経験(β=0.66,p<0.05)の3項目が有意に影響を及ぼしていることがわかった(表3).

表3 傾聴プログラム直後の肯定的因子と関連を認めた基本属性項目(重回帰分析)
項目 偏回帰係数 標準誤差 標準偏回帰係数
基礎教育におけるカウンセリング学習経験 9.24 4.41 0.44*
傾聴についての興味関心 12.12 4.84 0.8*
コミュニケーションで困った経験 6.21 2.66 0.6*
重回帰係数 0.67
寄与率 0.45
寄与率(自由度調整済み) 0.22

p<0.1

*p<0.05

6. 共感的理解尺度の結果

共感的理解尺度の合計得点の平均値は,傾聴プログラム実施前では111.64(SD=31.90),実施直後では132.02(SD=31.17),実施2週間後では127.71(SD=38.19)であった.3時点のデータによる一元配置分散分析の結果,有意差が認められた(F(2,68)=16.25,p<0.001).ボンフェローニの多重比較を行ったところ,傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施直後の平均得点において有意差がみとめられた(p<0.05).また,傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点においても同様に有意差がみられた(p<0.05).傾聴プログラム実施直後と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点には有意差は認められなかった(図3).

受容的態度因子の合計の平均点は,傾聴プログラム実施前では36.79(SD=11.07),傾聴プログラム実施直後では42.48(SD=11.47),傾聴プログラム実施2週間後では42.06(SD=13.80)であった.3時点のデータによる一元配置分散分析の結果,有意差が認められた(F(2,68)=10.10,p<0.001).傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点において有意差が認められ(p<0.05),傾聴プログラム実施直後と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点には有意差は認められなかった.

感情と意味の反映的態度の合計の平均点は,傾聴プログラム実施前では36.51(SD=11.60),傾聴プログラム実施直後では43.88(SD=10.81),傾聴プログラム実施2週間後では42.36(SD=12.40)であった.3時点のデータによる一元配置分散分析の結果,有意差が認められたF(2,68)=14.85p<0.001).傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施直後,傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点において有意差が認められた(p<0.05).傾聴プログラム実施直後と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点には有意差は認められなかった.

発話促進的態度因子の合計の平均点は,傾聴プログラム実施前では21.34(SD=6.69),傾聴プログラム実施直後では25.36(SD=6.39),傾聴プログラム実施2週間後では24.41(SD=7.64)であった.3時点のデータによる一元配置分散分析の結果,有意差が認められた(F(2,68)=12.25,p<0.001).傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施直後,傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点において有意差が認められた(p<0.05).傾聴プログラム実施直後と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点において,有意差は認められなかった.

確認認知的態度因子の合計の平均点は,傾聴プログラム実施前では17.00(SD=5.24),傾聴プログラム実施直後では20.29(SD=4.47),傾聴プログラム実施2週間後では18.87(SD=5.94)であった.3時点のデータによる一元配置分散分析の結果,有意差が認められた(F(2,68)=10.48,p<0.001).傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施直後の平均得点において有意差が認められた(p<0.05).傾聴プログラム実施前と傾聴プログラム実施2週間後,傾聴プログラム実施直後と傾聴プログラム実施2週間後の平均得点において有意差は認められなかった.

図3

傾聴プログラム実施前後の共感的理解尺度の合計得点の変化

実施前 111.64 実施直後 132.02 実施2週間後 127.71 最大値210 n.s. p<0.05 得点 200 150 100 50 0 n=35

考察

1. 調査協力者の特徴

調査協力者の年齢を厚生労働省の統計資料である「平成28年衛生行政報告例の概況」21)の看護師の年齢階級と比較すると本調査では,やや高い特徴があった.本研究の調査協力者は,そのほとんどが中堅看護師と言われる層で基礎教育におけるカウンセリング学習経験が少なく,カウンセリングの理論や技法を学ばないまま,患者とコミュニケーションを図っている可能性が示唆された.カウンセリングへの興味・関心が高いが,学ぶ機会に恵まれていない現状が明らかになった.また,多くの看護師が患者とコミュニケーションを図る中で問題を抱えた経験があり,その解決に向けて主体的に学ぶプログラムは効果的であると考える.

研究参加への動機については,「傾聴への関心」と「コミュニケーション技術を向上させたい」の2項目に集中していた.調査協力者は,中堅看護師がほとんどであったが,経験を重ねた看護師であっても傾聴に関心を持ち,自分のコミュニケーション技術を向上させたいというニーズがあることがわかった.基礎教育やその後の学習において,カウンセリングの理論や技法を学ぶ機会がなかった看護師は多く,継続教育において,カウンセリングを取り入れたコミュニケーションスキルプログラムを提供することは意義があると考える.

2. 調査協力者の感情気分評定20尺度の変化

感情気分評定20尺度の調査結果では,プログラム実施前に比べて直後において有意に肯定的感情が増幅し,否定的感情が低減した.これは,尺度開発者の福島ら17)が行ったカウンセリング研修における話し手・聴き手演習の効果測定を目的とした調査において,否定的感情を生起させず,むしろ肯定的感情が高まったとの結果と一致している.この感情の変化は,カウンセリング研修の成果としてみられる感情の一般的変化であり,本プログラムにおけるロールプレイが有効に行えた結果と推察できる.本調査で,否定的感情の低減と肯定的感情の生起における感情効果の要因は特定されていないが,福島22)の調査では,「肯定的感情は,聴き手の関係性において促進し,否定的感情は,経験の内在化によって緩和される性質がある」と述べている.つまり,本研究の感情変化の結果は,話し手が聴き手に受容され,聴いてもらえた,という関係性が成立し,この体験により傾聴の態度や技術が自己内に取り入れられた可能性を意味している.このことは,ロールプレイにおいて役割を交替したことが,双方の感情体験を可能にし,効果を促進したと考えられる.

感情の変化については,ロールプレイを観察した看護学生の反応を調査した石綿23)の研究では,演習に伴う反応として,否定的反応は,「不安,緊張」が92%,「とまどい」が85%と高く,肯定的反応では,「興味」が88%,「理解」が83%,「楽しさ」が48%という結果が得られ,本調査の協力者においても同様の感情が生じたと推測される.神藤24)は,学習過程で常に発生する可能性のある「ネガティブ感情」にどのように対応していくか,という観点が学習活動に関わる研究と実践には重要になってくると述べている.今回の調査は,研究者と関係の深い施設での実施であったことから,プライバシーの保護や無作為性について工夫を重ねたが,ロールプレイでは,研究代表者がファシリテーターの役割を担うため,調査協力者は,調査期間での関係性から生じる馴れ合いや照れ,観察されることへの否定的な感情が生じやすい状況であった.また,本調査は院内研修として行われ,業務時間内に実施されたため,業務における時間的切迫状況から否定的な感情が生起する可能性もあった.しかし,否定的感情は低減しており,発生する可能性があった否定的感情を抑制できたことを示している.このことは,プログラム内容の学習到達の設定やロールプレイの場面設定が調査協力者にとって適した内容であったことが学習への集中を高めた可能性が推察される.只,DVD著作者や上司がスーパーバイザーとして出席し,ファシリテーターを支援したことから,馴れ合いの関係性を冷却させた可能性は否定できない.

また,ロールプレイの実施では,より活動に没入できた者にコミュニケーション能力の向上が認められる25)ことから,学習の場を調整し,協働を促進させるファシリテーターの役割が重要になる.そこで,否定的感情が生じやすいロールプレイの実施では,役への誘導を促すインストラクションや病衣に更衣することでの意識の転換,役に入り込む瞑想の時間を設けたことが,役に没入することを支援し,学習への集中力を高めた可能性がある.これらも「馴れ合い」が出現した初期段階でスーパーバイザーからインストラクションが追加されたため,否定的感情の生起を抑制した可能性がある.

感情は,主観的な経験であり,動機づけとしての働きをもち,表情や行動的反応,生理的反応などの変化を伴うものである26).特に行動変容のための学習における感情体験は重要であり,否定的感情を抑制し,肯定的感情を生起させることで,学習の動機づけを高め,学習内容が個人内に取り入れられる.その後この取り入れた感情は,意識や行動の変化につながり,教育活動の評価として感情の状態を評価指標の一つとする.

傾聴プログラム試案実施直後の肯定的感情の増幅に影響した基本属性の項目は,「基礎教育におけるカウンセリング学習経験」,「傾聴についての興味関心」,「コミュニケーションで困った経験」の3項目であった.基礎教育においてカウンセリング教育の経験がある者は,DVDの視聴や講義,ロールプレイの観察学習により,過去に学んだ経験が想起され,自己の適切な行動との一致を見出すことで,内在的に良い評価が行え,肯定的な感情が生起した可能性がある.また,新たなコミュニケーション技法を学んだことで,患者を理解する方法への関心が高まり,「困った」という否定的感情が「できる」という肯定的感情に変換された可能性が考えられる.傾聴について興味・関心が高い学習者が,肯定的感情の増幅に影響したことは,傾聴プログラム試案が学習ニーズを満たした結果,学習の促進要因である肯定的感情を増幅させた可能性があると推察する.

また,傾聴プログラム試案実施直後の肯定的感情は,同じく実施直後の共感的理解尺度の得点と関連していた.傾聴プログラムは,社会学習理論のモデリングを学習の理論的枠組みとして構成している.モデリング学習では,他者の行動を観察して新たな行動様式を学習し,適切な行動の習得および不適切な行動の抑制が行われる.傾聴プログラム試案実施後に共感的理解尺度の得点が有意に上昇したことは,モデリング学習により,他者の行動を観察することで新たな行動様式が学習され,思考や態度が変化し,この適切な行動の習得が肯定的感情を随伴させた可能性がある.

傾聴プログラム実施2週間後の調査では,低減していた否定的感情や高まっていた肯定的感情が静まり,元の平常時の感情気分の状態に戻った.これは,感情や気分の持続時間が短く,その変化が一過性である特性による.しかし,この一時的肯定的感情の増幅は,学習を促進させる重要な鍵であったと考える.

3. 調査協力者の共感的理解尺度の変化

共感的理解尺度の平均得点は,傾聴プログラム試案実施前に比べて,実施直後に有意に高くなり,その効果は2週間経過後も維持された.これは,傾聴プログラム試案においてモデリング学習の「注意過程」,「保持過程」,「運動再生過程」,「動機づけ過程」が成立したことで,傾聴技術の習得学習に効果を及ぼした結果といえる.

モデリング学習の導入である「注意過程」として採択した教材DVDは,看護師がモデルとなり患者の不安を傾聴する対話場面を扱っているため,調査協力者は感情的に同調しやすく,注意を惹きつけた可能性があると考える.また,調査協力者は,カウンセリングの学習を受けた経験が少なく,マイクロカウンセリングの傾聴技法を初学者が学んでいく展開で構成され,解説と映像の刺激が繰り返される本教材は,イメージが形成されやすく,理解しやすい内容であったことも注意が向けられる要因となった可能性がある.注意過程では,観察者はモデルの反応の際立った特徴に注目し,認知し,弁別しなければならない27).教材DVDは,マイクロカウンセリング技法の説明において,一技法ごとに解説を行い,良いモデルと悪いモデルの提示を行っているため,その違いが正しく識別され,モデルの良い特徴が際立ち,適切な行動が観察者の内界で強化され,注意が高まり記憶に残ったものと考えられる.

保持過程では,学習内容のイメージ化や言語化を通じて記憶として保持する.春木28)は,観察者が観察するものの概念を保有していることによって内在的反応が生起され,観察学習が成立すると述べている.本研究の調査協力者はカウンセリングの学習経験が少ないため,技法訓練の前に講義により,傾聴や共感の意味内容を共通認識したことで概念化が行え,記憶として保持されやすくなったと推測する.また講義では,技法をより具体的な形で理解できるよう感情の反映と意味の反映事例の応答訓練を行った.河越29)は,モデリング学習の研究において,観察者にモデルの良い応答を観察させ,モデルが示した応答技法の特徴を抽出させ,言語に置き換えさせることで保持が高まったと述べている.調査協力者の共感的理解尺度の因子別比較において「感情と意味の反映的態度」因子が2週間後も効果が維持された結果から同様の効果があったことが推察される.

講義の次に看護師役(聴き手)と患者役(話し手)のロールプレイを実施した.これは,モデリング学習における運動再生過程であり,保持されたモデルの行動を再生するプロセスである.聴き手役は,注意過程や保持過程で学習した技法をロールプレイで再現することで,イメージしている行動と実際の自分の行動との間にある違いや隔たりに気づくことができる.ロールプレイによる技法訓練のクライエント体験で得られる効果について,鑪30)は,「実際にクライエント・ロールとして体験したことは,認知的側面と実際の体験的側面を結びつけるもっとも重要な過程」とし,「ロールプレイを通して,はじめて明らかになる側面である」と述べていることから,話し手役を体験したことは,気づきを更に広げたと考えられる.また,観察者役は,ロールプレイにおける対話場面を客観的に捉えることができるため,学習された技法が正確に再生されているかを判別することで,聴き手や話し手の役割を演じていた時には気づかなかったことが理解できたためではないだろうか.より正確な運動再生が行われるためには,気づきを多く得ることが重要であり,一役一回のロールプレイではあったものの,立場を変えることで効率的に多くの気づきが得られた可能性がある.

ロールプレイ後のフィードバックでは,それぞれの役割を経験して気づいたことを提供し合い,学習したコミュニケーション技法の正確性や洗練度を高めていくための修正が重要である.カウンセリング技術に不慣れな看護師がコミュニケーション技術の精度を高めていくためには,習得しようとする学習の知識や技術について,客観的に捉えなおし,課題に気づきが与えられるようなファシリテーターの支援が必要である.また,フィードバックは,話し手や観察者が聴き手の良かった点を伝え返すことで,動機づけ過程における外的強化として影響した可能性がある.また,フィードバックによりリフレクションを促進させ,傾聴技法の習得に内的動機づけを高めた可能性がある.動機づけ過程は,モデリングの最終過程で,習得した技法を実践の場で活用することにより自己強化を行っていくことが重要である.本調査では,そこまでの追跡が行えなかった.しかし,共感的理解が2週間後も維持された結果は,実践で活用された可能性も否定できない.

本傾聴プログラム試案では,ロールプレイは,各役割を1回ずつのみ行い,技術の習得として十分ではないと思われたが,共感的理解は有意に上昇した.このことは,傾聴プログラム試案が,これまでの自分の傾聴スキルに対し自己点検を促進し,多くの気づきを得たことで修正できたことを意味している.また,傾聴プログラム試案実施直後の共感的理解尺度の上昇と実施直後の肯定的感情の増進との間に関連が認められたことは,共感的理解の高まりが肯定的感情の増幅に随伴した可能性があり,調査協力者が学習内容に価値を見出し,満足感などの感情が生起し,動機づけ過程における自己強化が行われた結果ではないかと推察された.

傾聴のためのコミュニケーション技術を習得したとしても,その技術を使うか使わないかは,看護師自身に委ねられている.臨床看護師のための傾聴プログラム試案は,看護師の共感的理解を促進させるためには,傾聴技術のモデリングに加え,看護専門職と患者に向き合う姿勢や精神性を高める内容も含めていくことが実践の質を向上させるのではないかと考える.

結論

臨床看護師のコミュニケーションスキルの向上のために,モデリング学習を理論枠組みとし,マイクロカウンセリング技法を取り入れた傾聴プログラム試案を試行し,その効果を検討した.その結果,傾聴プログラム試案の学習により,患者―看護師間関係における共感的理解が促進し,2週間経過後まで維持されていたことが実証された.本プログラムが臨床看護師の基礎的コミュニケーションの傾聴技法の習得に有効であることが明らかになった.

研究の限界

1.

本研究の限界は,調査機関が1施設に限られたことと,時間制約の中での90分,1回のプログラム学習であったことは,到達目標の異なる研修において妥当か否かは本調査からは述べることができず,一般化には限界がある.

今後,異なる対象の元で得られた結果と比較しプログラムの汎用性を検証する必要がある.

2.

本研究は,研究者の関係の深い機関で実施したため,調査協力者の心理的要因としてホーソン効果の影響が否定できないことが効果検証の限界である.心理的要因か介入プログラムの効果かの検証を行うためには,群間比較を実施し,効果要因の特定を行っていく必要がある.

3.

本研究では,調査協力者のカウンセリングの知識や技術の程度までは調査されず,カウンセリングの基本的な知識や技術の程度が話し手の否定的感情に影響を及ぼす可能性については,比較検討できず,言及できなかった.

4.

本調査は,プログラムの効果を自己評価に基づく尺度で検討したため,傾聴技術の習得の客観性には限界がある.今後,客観的指標の導入を行い検討していく必要がある.

5.

本研究は,修士論文のための調査であり,研究者がファシリテーターとして未熟であったため,スーパーバイザーである指導教員の補足を必要とした.コミュニケーション学習のファシリテーターは,熟練した技術者であることが期待され,今後のプログラムの汎用化に際しては,否定的感情の喚起,抑制やロールプレイでのそれぞれの役割への導入,気づきを与えるフィードバックの方法など,インストラクションガイドを細部まで作成していく必要がある.

謝辞

本研究へのご支援を頂きました高松市立みんなの病院(前身高松市民病院)看護局長および病棟所属長,調査にご参加頂きました皆様に感謝を申し上げます.

Notes

本稿は,2017年度香川大学医学部医学系研究科修士学位論文として提出した一部を加筆修正したもので,その一部は,日本ヒューマン・ケア心理学会学術集会第21回大会(2019年6月16日)で示説発表を行った.

COI

本研究における利益相反は,存在しない.

著者資格

EIは,研究の計画,調査,論文の作成を行い,HSに全過程において,論文指導,部分的に論文作成を行った.TSは草稿の助論文への助言,MYは調査協力,原稿作成への助言を行った.すべて著者は最終原稿を読み,承認した.

引用文献
関連文献
 
© 2021, School of Nursing, Faculty of Medicine, Kagawa University

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