Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Astatine treatment for RAI-refractory thyroid cancer
Tadashi Watabe
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2023 Volume 40 Issue 1 Pages 12-16

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抄録

RAI(131Iを用いたβ線治療)は分子標的薬が登場した現在においても,標準治療として用いられているが,病変にRAIが集積していても十分な治療効果が得られない患者が存在する。このような患者には同族元素のアスタチン(211At)を用いたα線治療が有効であると期待されている。アスタチン(211At)は加速器を用いて製造可能なα線放出核種であり,周囲の被ばくがほとんどないために専用の治療病室への入院が不要である。また他の癌では既にβ線治療抵抗性の患者に,α線治療が有効であることが示されている。現在,大阪大学では難治性甲状腺癌に対するアスタチン化ナトリウム(211At-NaAt)を用いた標的α線治療の第Ⅰ相医師主導治験を実施している。これまでに5名の患者への投与を終え,順調に進捗している。今後,アスタチンは様々な化合物に標識され,分子標的薬と同様に様々な標的に対する治療薬としての展開が期待される。

はじめに

現在,分化型甲状腺癌の治療において,甲状腺全摘術後に放射性ヨウ素(RAI:radioactive iodine)を用いた内用療法が実施されている。RAIは1942年から開始された80年以上の歴史を持つ治療であるが,分子標的薬が登場した現在においても,標準治療として用いられている[]。一方で,RAI治療が十分に奏効しない治療抵抗性の患者も存在する。American Thyroid Association のガイドライン(2015年)ではRAI抵抗性の患者を大きく以下の4つに分類している[]。1)初回RAI治療の際に甲状腺床以外にRAIの集積を認めない患者,2)当初はRAIの集積を認めていたが,治療経過で集積が認められなくなった患者,3)RAI集積を認める病変と認めない病変が混在している患者,4)RAIが集積しているにも関わらず,進行を認める患者の4種類である。

このうち,1)と2)についてはRAIが集積するための機構であるナトリウムヨウ素シンポーター(NIS:sodium iodide symporter)の発現が失われていることが想定されるため,同機序の治療薬の効果は期待しにくい。一方,3)と4)についてはRAIにさらにパワーを持たせることができれば,分子標的薬を用いた治療に移行する前にさらなる治療効果が期待できる。

近年,α線放出核種を用いた治療に注目が集まっている。特に進行前立腺癌に対する前立腺特異的膜抗原(PSMA:prostate specific membrane antigen)を標的とした核医学治療ではβ線治療不応性の患者にα線治療が大変有効であることが報告されている。具体的には,RAI(131I)と同じβ線放出核種のルテチウム(177Lu)標識薬では不応性の患者(薬剤が集積しているにも関わらず,治療効果が認められない患者)において,α線放出核種のアクチニウム(225Ac)標識の治療薬に切り替えたところ,大きな治療効果が得られ,完全寛解となる症例が報告された(図1)[,]。α線は短い飛程で強いエネルギーを放出するため,従来のβ線で治療抵抗性となった場合でも大きな治療効果が期待できる[]。

図1.

多発転移を伴う進行前立腺癌患者におけるアクチニウム(225Ac)-PSMAの治療効果を示すPSMA-PET画像:β線治療(177Lu-PSMA)では増悪しても,α線治療(225Ac-PSMA)が有効である(文献[]より,オープンアクセスポリシーに従って,引用(一部改変))。

そこで,分化型甲状腺癌の治療において,ヨウ素によく似た性質を示す同じハロゲン属の元素であり,α線放出核種のアスタチン(211At)をRAI抵抗性の患者に使うことができないかと筆者は考えた。本章では,RAI 不応性甲状腺癌に対するアスタチン治療について,非臨床試験の結果から医師主導治験の進捗を紹介したい。

アスタチン(211At)について

アスタチン(元素記号:At)は元素の周期表でヨウ素のすぐ下に位置しており,ヨウ素によく似た体内動態を示すことがわかっている[,]。アスタチンには複数の同位体が存在するが,いわゆる放射線を出さない安定同位体は存在せず,化学的な挙動などまだ十分に解明されていない点もある。その中でも,211At(アスタチン211)は半減期7.2時間のα線放出核種であり,加速器(中型サイクロトロン)を用いて,天然同位体のビスマス(209Bi)にαビームを照射することで製造可能である。RAIで用いられる131Iを含めて,現在のβ線治療用核種の多くは原子炉での製造が必要であり,原則輸入に頼っているが,アスタチンは国内の加速器を用いて,国内自給が可能である(国内に5箇所の製造拠点あり)。また大阪大学核物理研究センターではアスタチン専用の加速器を備えた施設を建設中である(2024年度末に完成予定)。

アスタチンは甲状腺や分化型甲状腺癌に取り込まれ,従来の放射性ヨウ素(131I)よりも大きな治療効果を示すことがわかっている[,]。またRAI治療では131Iから放出されるγ線によって公衆や介護者の被ばくが国際基準で設定された許容範囲を超えるため,専用病室への隔離的入院が必要となっている(表1)。さらに,近年は介助が必要な高齢者では入院が難しいケースが増えていること,ルタテラやライアットなど新たなβ線核種の治療が登場し,放射線治療病室が大変混み合っている。一方,アスタチンは131Iと異なり,周囲の被ばくがほとんどないために投与後すぐに管理区域から退出することが可能である[]。そこで,大阪大学では外来治療可能かつ治療効果の高い次世代の治療薬としてアスタチンの臨床応用を目指し,非臨床試験や医薬品医療機器総合機構(PMDA)相談を進めてきた。

表1.

131I(ヨウ素)と211At(アスタチン)の比較

アスタチン(211At)を用いた非臨床試験

アスタチンの非臨床評価に関して,まずは甲状腺癌細胞を用いて,ヨウ素を細胞内に取り込む機構であるナトリウムヨウ素共輸送体(NIS:sodium iodide symporter)が211Atの取り込みにどう関与しているかを評価した。甲状腺乳頭癌細胞のK1細胞(NIS発現なし)とK1-NIS細胞(NIS発現あり)に211At溶液を添加し,細胞内に取り込まれた211Atをガンマカウンターにて計測を行ったところ,K1細胞には有意な取り込みを認めなかったのに対して,K1-NIS細胞では顕著な取り込みを認めた[]。この結果より,211Atはヨウ素と同様にNISを介して,甲状腺癌細胞に取り込まれることが明らかになった。次にK1-NIS細胞を用いて,アスタチン化ナトリウム([211At]NaAt),またはRAI([131I]NaI)を添加した後のDNA2重鎖切断の数をγH2AX蛍光染色で,コロニーアッセイで増殖能を確認した。その結果,[211At]NaAt添加により,効率的にDNA2重鎖切断が誘導され,[131I]NaIに比べて低濃度においても増殖が抑制されていた[]。またK1-NIS担癌モデルを用いた治療効果の検討では,[131I]NaIでは腫瘍の増殖抑制効果を認めるが,doseを増加しても腫瘍の縮小効果は認められなかった。一方で,[211At]NaAtは単回投与で腫瘍の縮小効果が長期間持続することが確認された(図2)[,]。

図2.

甲状腺癌モデルにおける[211At]NaAtと[131I]NaI投与後の腫瘍増殖曲線の比較:[211At]NaAt投与後は腫瘍の縮小効果が持続している(矢印)。

その後,PMDAとの対面助言に従って,薬機法第43条に基づく信頼性基準下で,マウスを用いた拡張型単回静脈内投与毒性試験を実施した。その結果,骨髄抑制等の副作用も十分な回復性を有しており,5~50MBq/kg投与時の毒性は許容範囲内であることを確認した[]。また平行して,大阪大学医学部附属病院において,アスタチンを治験薬GMP基準で製造する体制も確立した(図3)。

図3.

アスタチン自動分離精製装置(大阪大学医学部附属病院 核医学診療科内に設置):ビスマスターゲットからアスタチン(211At)を分離し,治験薬(注射液)を製造する。

難治性甲状腺癌に対する医師主導治験について

前述のPMDA対面助言,非臨床安全性試験,治験薬製造体制の確立を経て,無事に倫理委員会の承認も得られ,2021年11月より難治性甲状腺癌を対象とした医師主導治験を開始することができた(治験責任医師:渡部直史)。

本治験は,難治性の甲状腺癌患者にアスタチン化ナトリウム([211At]NaAt)を静脈内単回投与し,安全性,薬物動態,吸収線量,有効性を評価し,Phase Ⅱ試験以降における推奨用量を決定することを目的とした第Ⅰ相治験である。用量漸増試験のデザインとなっており,開始用量は1.25MBq/kgから,副作用を慎重に評価しながら,10MBq/kgまで増量するデザインとなっている。

プロトコル治療として,現在のRAIと同様に2週間のヨード制限を行い,前処置として甲状腺刺激ホルモン(TSH)製剤のタイロゲンを投与した上で,治験薬のアスタチン化ナトリウム注射液を静脈内に単回投与する形となっている。投与後は1週間後まで入院にて経過観察を行い,4週間後まで用量制限毒性の評価を行った上で,6カ月後まで経過観察を行う。主要評価項目として,有害事象,用量制限毒性,副次評価項目として,薬物動態,吸収線量,予備的な有効性を評価している。現時点(2023年3月現在)で,5名の患者への投与を終えており,重篤な副作用を認めることなく,経過している。

FIH(First in human)試験であることから,効果安全性評価委員会での審議を行いつつ,慎重に進めている治験ではあるが,関係者の多大な尽力もあり,順調に進捗している。また第Ⅰ相治験ということもあり,候補患者が限定される状況ではあるが,御陰様で本学会の先生方からも患者様を多数ご紹介頂くことができている。治験を開始してみて感じたこととして,分化型甲状腺癌は比較的緩徐に進行する癌ではあるが,比較的若い方も多く,RAI不応性となってから,分子標的薬を使用するまでの間に大きなギャップがあることである。アスタチンはこの隙間を埋めるべく,引き続き関係者と連携しながら,医薬品としての承認を目指して,進めていきたい。

おわりに

現在の甲状腺癌の治療においては,アスタチンの元素としての性質を利用しているが,アスタチンは様々な化合物や抗体への標識が可能であり,幅広い癌種の治療薬となることが期待されている。実際に大阪大学では多くの癌に発現しているL型アミノ酸トランスポーター1(LAT1)を標的とした211At標識アミノ酸誘導体(211At-Phenylalanine,211At-α-methyl-L-tyrosine)の標識合成に成功し,代表的な難治性癌である脳腫瘍ならびに膵臓癌モデルにおいて,高い治療効果を確認している[1011]。また福島県立医大では,悪性褐色細胞腫に対する[211At]MABGの医師主導治験が2022年に開始された。今後,アスタチン標識薬が日本発の核医学治療薬として,世界中の患者さんに使用されることを期待したい。

謝 辞

アスタチンの非臨床試験,治験の開始にあたっては,大阪大学放射線科学基盤機構,核物理研究センター,理化学研究所,阪大病院未来医療開発部の関係者の皆様に多大なるご支援ならびにご尽力を頂きました。また研究費についてもJST(OPERA),AMEDの支援を得て,ここまで進めてくることができました。この場を借りて,深く感謝を申し上げます。

【文 献】
 
© 2023 Japan Association of Endocrine Surgery

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