Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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The current state of genomic medicine and comprehensive genome profiling surrounding thyroid cancers
Yuko TakanoYuichi Ando
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2023 Volume 40 Issue 1 Pages 18-23

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抄録

日本では,標準治療が終了した,もしくは終了見込みの固形癌患者を対象として2019年6月より包括的がんゲノムプロファイリング(CGP)検査が保険適用されている。加えて,甲状腺癌に対しては,2022年2月にRET陽性甲状腺癌に対するセルペルカチニブが薬事承認された。甲状腺癌に対するがんゲノム医療が広がりつつある一方で,その治療へのアクセスのしやすさなどまだ課題が残る。

はじめに

日本では,2019年6月に標準治療が終了した,もしくは終了見込みの固形癌患者を対象としてFoundationOne® CDxがんゲノムプロファイルとOncoguideTMNCCオンコパネルシステムが包括的がんゲノムプロファイリング(CGP)検査(がん遺伝子パネル検査)として保険収載された。2021年8月にはリキッドバイオプシーとして血液を検体とするFoundationOne® Liquid CDxが保険収載され,治療の選択肢が乏しい病状の固形癌患者にとって新たな治療選択肢となっている。

一方,甲状腺癌に対しては,RET陽性甲状腺癌に対するセルペルカチニブの薬事承認とともに,コンパニオン診断としてのオンコマインTMDx Target Test マルチ CDxシステム(オンコマイン)も薬事承認され,甲状腺癌に対するがんゲノム医療が広がっている。

包括的がんゲノムプロファイリング検査の流れとコンパニオン診断

2022年9月現在,CGP検査が実施可能な医療機関として,全国にがんゲノム医療中核拠点病院12施設,がんゲノム医療拠点病院33施設,これらに連携するがんゲノム医療連携病院188施設が指定されている。がんゲノム医療中核拠点病院とがんゲノム医療拠点病院はエキスパートパネル(EP)を開催し,連携病院は各々が連携する施設のEPに参加する。加えて,がんゲノム医療中核拠点病院には人材育成,診療支援,治験先進医療主導,研究開発という機能もある。しかし,CGP検査の結果に基づいて治療薬の投与が行われた患者は8.1%(2019年9月1日~2020年8月31日)にとどまり[],検体提出から結果返却までに約4~8週を要するなど課題は多い。また,地域によってはCGP検査を実施できる医療機関が県内に1か所しかないなど,アクセスの地域間格差も課題である。

CGP検査の実施に同意が得られた患者では,国立がん研究センター内に設置されたがんゲノム情報管理センター(Center for Cancer Genomic and Advanced Therapeutics:C-CAT)に患者データを登録する(図1)。2022年12月16日時点で43,625例が登録されている[]。C-CATはCGP検査から得られたゲノムデータと臨床情報を集約したデータベースの運用や保険診療の質向上,データの利活用によるがんゲノム医療に関連する研究の基盤となることを目的とした組織である。C-CATからEPに提供されるC-CAT調査結果には,遺伝子異常の病的意義や,治療候補となる薬剤とそのエビデンスレベル,国内外で実施されている臨床試験の情報などが記載されている。EPでは検査のクオリティ評価や,遺伝子異常の病的意義の解釈,治療薬候補や二次的所見(偶発的に発見される生殖細胞系列の遺伝子異常)の病的意義や開示の必要性について検討を行う。

図1.

CGP検査とコンパニオン検査の流れ

一方,コンパニオン診断とは,特定の薬剤の適応を判断するための検査である(表1)。その結果が直接治療に結び付くが,該当する遺伝子やたんぱく質の変化以外は確認できず,その承認の基となる前向き試験に使用された検査及び対象疾患のみにしか適応することができない。しかし,CGP検査とは異なり,医療機関に制限がなく,結果返却までの期間(Turnaround time;TAT)が比較的短いというメリットがある(図1)。たとえばオンコマインでは1~2週間である。

表1.

保険適用のあるCGP検査とオンコマインの比較

いずれの検査においてもDNAの質を担保と検査精度の向上のために検体の選択には十分に配慮する必要があり,3年以内の保存検体を使用することが望ましい[]。他のがんと比較して甲状腺分化癌や髄様癌では緩徐に病状が進行する患者も多く,薬物療法を必要とした時点では,保存検体が3年以上経過していることも少なくない。そのような場合には再生検か,リキッドバイオプシーかの検討を行う。ただし,リキッドバイオプシーでは融合遺伝子の検出率が下がる可能性[]やマイクロサテライト不安定(MSI)高値(MSI-H)または腫瘍遺伝子変異量(TMB)が高値(TMB-H)のコンパニオン診断としては使用できないことについて留意する。複数のコンパニオン診断を繰り返すと,組織検体を検査毎に消費してしまうため,検査に必要な組織量が足りない事態にならないよう注意する。また,未分化癌のように急激に進行する場合では,CGPやコンパニオン診断の結果が出るまでに治療を待つ猶予がない場合もある。

甲状腺癌とゲノム変異の頻度

甲状腺癌は,日本において年間19,000人が診断され(2019年),5年相対生存率は94.7%と比較的予後は良好である[]。これまでに甲状腺癌の発生や腫瘍増殖に関わる複数の遺伝子の変化が報告され,なかには治療へ繋がるドラッガブル(druggable)な異常も多い。CGPを行った患者のうち,がん種別にみると,何らかの治療を推奨された割合は甲状腺癌が最も多かった(13/16;81.3%)[]。

甲状腺癌の遺伝子変異の頻度は様々な報告があるが,成人の乳頭癌ではBRAF変異60~80%,TERT promoter変異10%,TP53変異1~10%,RAS変異5~10%,RET融合遺伝子5~10%,PIK3CA 5%程度である[,]。これらのうち,BRAFRASTERT promoter変異は悪性度と関与していると考えられている。一方で,人種や年齢による違いも知られており,小児では融合遺伝子の頻度が高くなる[]。

濾胞癌では,乳頭癌と異なり,BRAF変異やRET融合遺伝子の頻度は稀で,TERT promoter変異50~70%,RAS変異40~50%,TP53変異10%,BRAF 0~5%と報告されている[]。

未分化癌は成人のみの報告であるが,同時に複数の遺伝子の変化を持つことが多い。各変異の頻度はTP53変異60~70%,TERT promoter変異65~80%,BRAF変異20~45%,CDKN2A変異20%,NRAS変異20%,PIK3CA変異10~40%程度である[,,10]。

甲状腺癌では遺伝性腫瘍症候群との関係も多い。RET遺伝子の生殖細胞系列の病的バリアントを有する多発性内分泌腫瘍症MEN2型の髄様癌の浸透率はほぼ100%で,2016年4月に甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査が保険収載され,すべての髄様癌患者に対してRET遺伝学的検査を行うことが推奨されている[11]。その他,家族性大腸ポリポーシス(APC)やカウデン症候群(PTEN)なども甲状腺癌と関連している。

RET変異,RET融合遺伝子とRET阻害薬

RETrearrenged during transfection)遺伝子にコードされるRET蛋白は受容体型チロシンキナーゼの一種でMEN2に関連して発症する髄様癌患者はほぼすべてRET遺伝子の生殖細胞系列の病的バリアントを有する。また,散発性髄様癌患者の60%に体細胞系列のRETの病的バリアント[12]が,乳頭癌の約5~10%にRET融合遺伝子が確認される[,]。

選択的RET阻害薬であるセルペルカチニブは12歳以上のRET遺伝子の変異または融合遺伝子を有する進行再発固形癌を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験(LIBRETTO-001試験)において,RET遺伝子変異を有する甲状腺癌に有効性と安全性が確認された[13]。

髄様癌コホートでは,バンデタニブまたはカボザンチニブ既治療例55例に対し,主要評価項目である奏効率は69%で,奏効例の76%において6カ月以上の奏効期間が得られ,未治療例88例でも奏効率73%,61%で6カ月以上の奏効期間が認められた[13]。

一方,RET融合遺伝子陽性の固形癌のうち甲状腺癌コホートは,甲状腺癌27例中,MKI既治療例は19例で奏効率79%,奏効例の87%で6カ月以上の奏効が維持されていた[13]。

以上の結果から日本においてもセルペルカチニブが薬事承認された。RET遺伝子変化に関わらず,バンデタニブ(髄様癌),レンバチニブ・ソラフェニブ(髄様癌以外)の投与が可能であるが,いずれの治療を優先すべきかについて明確なコンセンサスはない。セルペルカチニブはバンデタニブの耐性機序のひとつであるV804 L/M変異[14]にも感受性を示すことから,治療薬の使用順序を個別に判断することが必要である。現在セルペルカチニブとバンデタニブまたはカボザンチニブを比較した第Ⅲ相試験が進行中である[15]。他の選択的RET阻害薬であるPralsetinibもその有効性と安全性が確認され[16],米国FDAで承認されている。

セルペルカチニブの投与には,すでに生殖細胞系列のRET遺伝子バリアントが確認されている場合を除き,コンパニオン診断であるオンコマインによるRET融合遺伝子/RET遺伝子変異の診断あるいは,CGP検査による遺伝子変化の検出とEPでの推奨が必要である。施設基準の指定がないオンコマインは全身薬物療法の適応になる早い段階で検査すべきである。一方,髄様癌以外の成人甲状腺癌でのRET融合遺伝子はせいぜい10%程度であることを考慮すると,CGP検査を実施できる施設では,時間と保存検体の節約を目的に,オンコマインではなくCGP検査を選択することもありうる(図2-1)。

図2-1.

甲状腺髄様癌

NTRK融合遺伝子とNTRK阻害薬

NTRKneurotrophic tyrosine receptor kinase)融合遺伝子は甲状腺癌全体の約2~16%[17],特に小児においてはその頻度が高く10~20%で認められる[]。TRK選択的阻害剤としてエヌトレクチニブとラロトレクチニブがNTRK融合遺伝子を有する固形がんに対し保険適用されている。エヌトレクチニブは2つの第Ⅰ相試験(ALKA-372-001試験とSTARTRK-1試験),バスケット型第Ⅱ相試験(STARTRK-2試験)の3つの試験の統合解析が行われ,NTRK融合遺伝子陽性の進行再発固形癌54例に対して,奏効率57%であり[18],そのうち,甲状腺癌は5例(9%)であった。一方,ラロトレクチニブは第Ⅰ相試験(試験20288)とバスケット型第Ⅱ相試験(NAVIGATE試験)と21歳以下を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験(SCOUT試験)の3つの試験の統合解析によってNTRK融合遺伝子陽性の固形癌に対する有効性が評価された。統合解析された全164例のうち甲状腺癌は27例(16.5%)であり,全体での奏効率は72.6%であった[19]。NAVIGATE試験の甲状腺癌コホートでも奏効率は68.4%であり[19],NTRK融合遺伝子陽性の甲状腺癌においても有効性が確認された。TRK阻害薬のコンパニオン診断はCGP検査であるFoundationOne® CDxがんゲノムプロファイルであるため,実際にはコンパニオン診断としてではなく,CGP検査とEPの推奨が必要である。

BRAF V600EとBRAF阻害薬

BRAFv-raf murine sarcoma viral oncogene homologB1)変異は甲状腺癌の中では最も頻度が高い。悪性黒色腫,肺癌,結腸癌など甲状腺以外の一部のがん種において,BRAF V600E変異を有する場合には,BRAF/MEK阻害薬の有効性が確認され保険適用となっているが,2023年1月現在,甲状腺癌に対してはいずれの薬剤も保険適用されていない。BRAF V600E陽性の進行固形癌を対象としてダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法の効果を確認したバスケット型試験(ROAR試験)では,甲状腺未分化癌コホート36例において,主要評価項目である奏効率は56%,無増悪生存期間中央値6.7カ月,全生存期間中央値14.5カ月であった[20]。この結果をもとに,2018年5月米国FDAはダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を甲状腺未分化癌に承認している。BRAF V600E陽性進行乳頭癌を対象としたベムラフェニブの第Ⅱ相試験では,26人中奏効例は10例(38.5%)[21],BRAF遺伝子変異陽性進行甲状腺分化癌を対象としたダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法とダブラフェニブ単剤療法を比較した第Ⅱ相試験では,奏効率は併用療法群48%,単剤療法群42%であった[22]。

抗PD-1阻害薬

ペムブロリズマブはTMB-H,MSI-Hの固形がんに対して保険適用されている。ペムブロリズマブの使用には,MSI検査によるMSI-Hの判定か,腫瘍組織でのCGP検査によるMSI-HまたはTMB-Hの判定とEPの推奨が必要である。甲状腺癌においてMSI-Hの頻度は2%以下[23],TMB-Hの頻度も~2.5%と高くはないが[2324],高い抗腫瘍効果が期待できることから,診断のタイミングが重要である。

まとめ

セルペルカチニブが保険適用となった現在,髄様癌ではRET遺伝学的検査陰性であればオンコマインを行って,陽性であればセルペルカチニブの投与を優先する(図2-1)。標準治療が終了した場合には,CGP検査を検討するが,RET遺伝子以外に他のドライバー遺伝子変異が併存する可能性は極めて低く,その意義には議論の余地がある。

髄様癌以外の甲状腺癌では,CGPを行い,NTRK融合遺伝子陽性であればTRK阻害薬,MSI-HやTMB-Hであれば抗PD-1抗体薬が投与できる(図2-2)。MKI既治療でかつ,CGP実施可能な医療機関では,オンコマインを省略し,CGPを行うことで時間や検査に関わる検体消費の節約につなげることができるかもしれない。今後,BRAF阻害薬などを含めた新規薬剤が臨床で用いられるようになれば,甲状腺癌を取り巻くがんゲノム医療はさらに広がるだろう。

図2-2.

髄様癌以外の甲状腺癌

【文 献】
 
© 2023 Japan Association of Endocrine Surgery

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