2023 Volume 40 Issue 2 Pages 110-115
症例は70代女性。呼吸困難のため当院救急外来を受診した。CT検査で甲状腺右葉腫瘤と気管の圧排狭窄所見を認め,気管内挿管を行った。穿刺吸引細胞診で甲状腺腫瘤は扁平上皮癌と診断された。気管切開を行った上で全身精査を行ったところ遠隔転移を認めなかったため,甲状腺全摘,右外側区域リンパ節郭清,気管合併切除を行った。術後3カ月に気管周囲に再発を認めレンバチニブによる治療を開始した。投与開始後,短期間で腫瘍の著明な縮小を得たが,右総頸動脈周囲の腫瘍の空洞化を認めたため投薬を中止した。その後,腫瘍の再増大に対して投薬を再開したが,前回投与同様に腫瘍の空洞化をきたし,最終的に気道内出血により死亡した。本症例ではレンバチニブにより急速な腫瘍の縮小を得たものの,病勢制御には至らず副作用マネジメントに難渋する結果となっており,進行扁平上皮癌へのレンバチニブ投与には適応を慎重に判断する必要があると考えられた。甲状腺扁平上皮癌に対するレンバチニブ投与の報告例は少なく,投与後の経過についても明らかになっていないことが多いため,貴重な臨床経験として今回報告する。
甲状腺扁平上皮癌は甲状腺悪性腫瘍の1%以下と稀な疾患である[1]。その予後は極めて不良であり,これまで化学療法や放射線治療に関する報告[2,3]はあるが,いずれにも抵抗性を示し治療法は確立されていない。レンバチニブは放射性ヨウ素治療抵抗性,難治性の分化型甲状腺癌患者に対して高い奏効率を示すが[4],甲状腺扁平上皮癌に対する使用報告は少なく,いまだその効果は明らかではない。今回われわれは,甲状腺原発扁平上皮癌に対してレンバチニブを投与したところ急速な腫瘍の縮小と空洞化を認め,さらに治療中断後の腫瘍の再増大と,治療再開後の腫瘍の再度の縮小と空洞化を認めた特異な経過を辿った症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。
患 者:70代,女性。
主 訴:呼吸困難。
既往歴:橋本病,高血圧症。
現病歴:1週間前から喘鳴を自覚していた。慢性閉塞性肺疾患の疑いでサルメテロールキシナホ酸塩・フルチカゾンプロピオン酸エステルを処方され吸入していた。その後も喘鳴は改善せず呼吸困難が強くなったため家族が救急要請,当院救急外来に搬送された。
入院時現症:意識レベルはGCS E1V2M4。SpO2はroom airで60%,reservoir mask 10Lで90%と低値であり,stridorを聴取した。前頸側に可動性不良で硬い腫瘤を触知した。
血液検査所見:WBC 13,100/µL,CRP 2.9mg/dLと軽度の炎症所見を認めた。Ca 8.5mg/dL,LDH 217U/Lは正常範囲内であった。甲状腺ホルモン値はTSH 1.080IU/mL,fT3 2.9pg/dL,fT4 1.0ng/dLと正常範囲内であった。サイログロブリンは 0.04ng/mL未満と低下しており,抗サイログロブリン抗体は10,000IU/mL以上,甲状腺ペルオキシダーゼ抗体は1,890IU/mLと上昇を認めた。腫瘍マーカーに関してはSCC 0.9ng/mL,sIL-2R 482U/mLは正常範囲内であり,CYFRAのみ4.0ng/mLと軽度上昇を認めた。
甲状腺超音波検査所見:甲状腺右葉に5cm大の不整形,境界不明瞭,辺縁不整,内部不均質な低エコーレベルの充実性腫瘤を認めた。腫瘤内に石灰化は認めなかった。周囲リンパ節の腫大は認めなかった(図1)。
甲状腺超音波検査所見:
a)甲状腺右葉に5cm大の境界不明瞭,辺縁不整,内部不均一な低エコーレベルの充実性腫瘤腫瘤を認めた。
b)気管は腫瘍により圧排されていた。
頸部CT検査所見:甲状腺右葉の腫瘤と気管の左側偏位を認めた。遠隔転移を疑う所見は認めなかった(図2)。
頸胸腹部CT検査所見:甲状腺右葉の腫瘤により気管は圧排されており,気管内挿管を行っている。
画像所見から甲状腺腫瘍による気管の圧排狭窄の所見と考えられたため,救急外来で気管挿管を行い人工呼吸管理を開始した。挿管の手技操作は特に困難を伴わず可能であった。入院翌日に気管切開を行い,穿刺吸引細胞診検査および全身麻酔前の心肺機能評価を行った。
穿刺吸引細胞診検査所見:Suspicious for Malignancy. N/C比が大きい異形細胞が集塊状,散在状に出現しており,核の大小不同や形状不整もみられ,オレンジGに好染した細胞や奇怪な形の細胞などがみられた。以上により甲状腺扁平上皮癌の疑いと診断された。
手術所見:入院20日目に甲状腺全摘,右外側区域リンパ節郭清を行った。甲状腺右葉に周囲組織への浸潤を伴う硬い腫瘤を認め,腫瘍は左葉にも及んでいた。右反回神経は腫瘍に埋没されていたため合併切除した。左反回神経は温存可能であった。気管右側の腫瘍浸潤部を含めて第2-4気管軟骨輪を円窓状に合併切除し,切除部を気管切開孔とした。術前の気管切開孔(第5-6軟骨輪)は縫合閉鎖した。郭清範囲内に明らかなリンパ節腫大は認めなかった。
病理組織検査所見:甲状腺全体に腫瘍性病変を認め,気管浸潤を伴っていた。腫瘍組織では核小体が目立つ大型異形核を有する扁平上皮型異型細胞が不規則な蜂巣状に増殖し,一部に角化を伴っていた。周囲には間質の線維化とリンパ球形質細胞の浸潤を認めた(図3a)。リンパ管侵襲,静脈侵襲も陽性で,甲状腺後面の剝離面は広範に断端陽性であった。腫瘍細胞は免疫染色でp40,p63,CK5/6,PAX8に陽性でTTF-1,サイログロブリンに陰性,Ki67の陽性率は40%であった。p53は腫瘍細胞で周囲より強い核染色を示し,変異型と考えられた(図4a~f)。右葉中部に1.3×1.0cmの濾胞型乳頭癌を認めており(図3b),乳頭癌の扁平上皮癌転化の可能性が考えられた。リンパ節転移は認めなかった。
病理組織検査所見:
a)核小体が目立つ大型異形核を有する扁平上皮型異型細胞が不規則な蜂巣状に増殖し,一部に角化を伴っていた。
b)扁平上皮癌とは離れて乳頭癌を認めた。
免疫組織学的所見:
a)CK5/6,b)p40,c)p63,d)PAX8。腫瘍細胞はCK5/6,p40,p63,PAX8に陽性であり甲状腺扁平上皮癌と考えられた。
e)p53は腫瘍細胞で周囲組織よりも強い核染を認めた。
f)Ki67陽性率は40%であった。
術後経過:術後,嚥下訓練やリハビリを行い2カ月後に近医へ転院した。術後3カ月のCTで気管周囲に再発を認めた(図5a)。レンバチニブによる治療を提案したところ同意されたが,副作用の不安が強いとのことで初回投与から2段階減量した14mg/bodyで治療を開始した。治療開始から1週間後のCTでは気管周囲の再発巣は著明に縮小し(図5b),気管壁の欠損,腫瘍の空洞化を認めた。右総頸動脈周囲組織にも空洞化を認め,動脈壁が空洞内に露出していたため総頸動脈からの出血を危惧し,レンバチニブの投与を中断した。気管周囲再発巣の空洞形成および気管壁の欠損により気管切開孔も大きくなったため,カニューレを可動式固定翼付きの気管切開チューブに交換し気道管理を行った。粘稠痰が多く,外来通院の上で1週間毎のチューブ交換を要した。治療中断から4カ月後のCTで腫瘍の再増大を認め(図5c),レンバチニブ14mg/bodyの投与を再開した。前回,短期間で腫瘍の著明な縮小を認めたため,治療再開の4日後にCTを撮影したところ,前回と同様に腫瘍の著明な縮小を認め(図5d),再び治療を中断した。治療再中断の1カ月後,全身倦怠感のため当院に入院したが,その際のCTで前回治療開始時(図5c)と同程度までの腫瘍の増大を認めた。前回の治療期間中にGrade 3の食欲不振,倦怠感を認めていたため,レンバチニブを8mg/bodyに減量し治療を再開した。入院後22日目に治療を中止し近医緩和ケア病棟に転院したが,その3日後に気管切開孔からの出血がみられるようになった。止血剤を投与されるも改善なく,出血が始まった翌日に気道内出血による窒息で死亡した(術後9カ月,治療再開の1カ月後)。
治療経過CT:
a)治療前:再発時。気管周囲に軟部陰影を認めた。
b)レンバチニブ初回投与後:腫瘍の著明な縮小を認め,右頸動脈周囲の腫瘍の空洞化(矢印)を認めた。
c)腫瘍再増大時:空洞は腫瘍の増大によりほぼ消失していた。
d)レンバチニブ再投与後:再度腫瘍の縮小・空洞化を認めた。
今回,われわれは稀な疾患である甲状腺扁平上皮癌に対してレンバチニブによる治療を行った症例を経験した。今回の症例では投与開始直後に腫瘍の縮小,空洞形成を認めたため投薬を中止したところ,速やかな腫瘍の再増大がみられた。その後も同様の経過で投薬の再開,中止を繰り返した後,最終的に気道内出血による窒息で患者は死亡した。
レンバチニブは血管内皮増殖因子受容体(VEGFR),線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR),血小板由来増殖因子受容体(PDGFR),KIT,RETなどに関与する受容体型チロシンキナーゼに対する選択的阻害活性を有し,本邦では根治切除不能な甲状腺癌に保険適応である。海外での第Ⅲ相試験(SELECT試験)では,無増悪生存期間の中央値18.3カ月,奏効率64.8%,奏効を認めるまでの期間の中央値2カ月,と甲状腺癌に対するレンバチニブの投与は短期間で治療効果が期待できる結果[4]が報告されているが,この試験結果は甲状腺分化癌を対象としており,甲状腺扁平上皮癌に対するエビデンスはない。扁平上皮癌と同様に予後不良である未分化癌に対する効果はこれまでにいくつか示されており,レンバチニブ投与によりヒト未分化癌異種移植マウスモデルの腫瘍増殖を抑制したこと[5,6]や,実臨床においても症例数は少ないものの17.4%~24%の全奏効率を得た結果が報告されている[7,8]。一方で,これまでに甲状腺扁平上皮癌に対してレンバチニブが投与された報告はわずかであり,検索し得たもので自験例を含め合計6報告10症例であった(表1)[9~13]。これらのうち1例は扁平上皮癌が甲状腺原発か転移性のものかは不明とのことであったが[13],4例でPR,1例でSDが得られていた(病勢制御率50%)。しかしこれらのうち,間質性肺炎による副作用のため1カ月で投薬を中止された1例[13]を除いても無増悪期間は4~6カ月に留まっており,レンバチニブによる病勢制御が得られた後にも短い間隔での経過観察が必要であると考えられた。
扁平上皮癌に対するレンバチニブ治療の報告例のまとめ
レンバチニブには様々な有害事象があり,特に頻度の高いものとして高血圧(67.8%),下痢(59.4%),疲労/無力症(59.0%),食欲減退(50.2%),体重減少(46.4%),嘔気(41.0%)が報告されている[4]。さらに,VEGFR阻害は血管新生阻害,創傷治癒遅延を引き起こすため,レンバチニブ奏効時には腫瘍と周囲組織との瘻孔形成や腫瘍内部の空洞形成をきたした症例や[14~17],腫瘍の縮小・壊死に伴う頸動脈・静脈からの出血や腫瘍出血をきたした症例がこれまでに報告されている[14]。自験例においてもレンバチニブ投与後に腫瘍の急速な縮小,気管壁および周囲組織の壊死と空洞形成を認めた。休薬により腫瘍が再増大したため頸部大血管からの出血は避けられたものの,その後も頻回に治療再開・休薬・減量投与などへの変更を要した。Iwasakiらは未分化癌患者において,レンバチニブ投与中に30%以上の腫瘍縮小を得た群では重度の腫瘍壊死,出血がみられ,この副作用を防ぐために投与量を調節することが必要であると述べているが,この点については自験例の扁平上皮癌においてもあてはまると考えられた[18]。
甲状腺癌の局所進行例では気道狭窄や頸部大血管出血などへの対応が重要である。これまでに気道狭窄に対する気管ステント留置[17],頸動脈や鎖骨下動脈の出血に対するステントグラフト留置[19,20]が報告されている。自験例ではレンバチニブの投与をいつまで継続するかの判断に苦慮しながら治療を継続し,最終的に大血管気管瘻によると思われる気道出血により患者を失うに至った。この結果からはレンバチニブの投与をより早期に中止すべきであったといわざるを得ない。このような病勢制御困難な甲状腺扁平上皮癌に対しては最初に空洞化をきたした時点でステント留置などを組み合わせた緩和的治療への移行を十分に考慮にいれつつ治療に当たらなければならないと考えられた。
今回,稀な疾患である甲状腺扁平上皮癌に対してレンバチニブを投与し,腫瘍の縮小と空洞形成を認めた症例を経験した。自験例はレンバチニブによる甲状腺扁平上皮癌治療の可能性を示すものであるが,空洞・瘻孔形成による重篤な有害事象を伴っていたため,治療適応および治療開始後の継続の是非については慎重に検討する必要があると考えられた。
なお,本論文に関連し,開示すべき利益相反関係にある企業などはない。本論文の要旨は,第82回日本臨床外科学会総会(2020年11月29日~31日,web開催)にて発表した。