Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Tumor-to-tumor metastasis: A case of rectal cancer metastasizing to papillary thyroid carcinoma
Yusuke OkanoueTsuyoshi KojimaShuya OtsukiKengo OeKuniaki TakataAkihito TaruiDaisuke IokuraShinji SumiyoshiRyusuke Hori
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2023 Volume 40 Issue 2 Pages 116-122

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抄録

62歳男性。直腸癌の精査中に甲状腺腫瘍を指摘されX年4月に当科へ紹介。甲状腺左葉に腫瘍を認め,穿刺吸引細胞診で甲状腺乳頭癌が疑われた。直腸癌(cT4aN2M0 stageⅢc)と甲状腺乳頭癌(cT2N0M0 stageⅠ)の重複癌と診断され直腸癌の治療が優先された。X年8月,腹腔鏡下直腸切断術施行。X+1年10月には肝転移に対して肝部分切除術が施行されたが,その後は再発を認めなかったため,X+2年3月に甲状腺左葉切除術を施行した。病理組織学的に同一腫瘍内に甲状腺乳頭癌を背景として直腸癌の転移を認め,直腸癌の甲状腺腫瘍内転移と診断された。直腸癌が甲状腺癌の腫瘍内に転移することは極めて稀であるが,細胞診で原発性甲状腺癌の診断であっても,重複癌の遠隔転移が出現してくる例では甲状腺腫瘍内転移の可能性も念頭に置く必要がある。

はじめに

転移性甲状腺癌が臨床経過で認められることは稀であり,さらには,重複癌症例において一方の腫瘍が他方の腫瘍内に転移する腫瘍内転移は非常に稀である。今回,原発性甲状腺癌として手術を行ったところ,術後病理検査で同一腫瘍内に甲状腺乳頭癌を背景として直腸癌の転移像を認めた1例を経験したので,文献的考察を加え報告する。

症 例

症 例:62歳,男性。

主 訴:排便障害,食欲不振。

現病歴:6か月前から排便障害および食欲不振があり,便潜血陽性のため下部消化管内視鏡検査を施行した。直腸に2型進行癌による狭窄を認め(図1),生検にて中分化型腺癌であった。精査のために施行されたCTで甲状腺左葉に腫瘤を指摘され,X年4月当科を紹介受診した。

図1.

下部消化管内視鏡検査:直腸に2型進行癌による狭窄を認める。

既往歴:特記すべきことなし。

血液検査所見:抗ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)362IU/mL,抗サイログロブリン抗体(TgAb)2,510IU/mLと陽性であったが,甲状腺ホルモンおよびサイログロブリンは正常値であった。腫瘍マーカーとしてはCEA 5.4ng/mL,CA19-9 65.2U/mLが高値であった。その他,異常所見は認めなかった。

造影CT:直腸にほぼ全周性の不整な壁肥厚を認めた(図2a)。甲状腺左葉には小石灰化を伴った腫瘍を認めた(図2b)。

図2.

造影CT(a,b)とPET-CT(c,d)

a:直腸にほぼ全周性の不整な壁肥厚を認める(矢頭)。

b:甲状腺左葉には小石灰化を伴った腫瘍を認める(矢印)。

c:直腸原発巣腫瘤に強い集積を認める(矢頭)。

d:甲状腺左葉にも結節状集積を認める(矢印)。

造影MRI(直腸):CTと同様に直腸にほぼ全周性の不整な壁肥厚を認めた。壁外浸潤が疑われ,周囲にリンパ節腫大を認めた。

PET-CT:直腸原発巣腫瘤(図2c)および仙骨前リンパ節に有意な集積を認めた。甲状腺には慢性甲状腺炎によるびまん性集積と左葉には結節状の高集積を認めた(図2d)。その他,遠隔転移を示唆する集積は認めなかった。

頸部超音波検査:甲状腺左葉にstrong echoを伴った24×17×18mm大のiso echo massを認めた。有意なリンパ節腫大は認められなかった(図3)。

図3.

頸部超音波検査:甲状腺右葉にstrong echoを伴った24×17×18mm大のiso echo massを認める。

甲状腺穿刺吸引細胞診:甲状腺左葉腫瘤の細胞診を施行した。核の腫大した細胞の小集団が出現し,個々の細胞には核溝を認めるものが多く,ごく一部の細胞は核内細胞質封入体を有し,乳頭癌が疑われる細胞像であった(図4)。

図4.

甲状腺穿刺吸引細胞診:核増大した細胞の小集団が出現し,個々の細胞には核溝を認めるものが多く,ごく一部の細胞は核内細胞質封入体を有しており乳頭癌が疑われた。

経 過:直腸癌(cT4aN2M0 stageⅢc)と甲状腺乳頭癌(cT2N0M0 stageⅠ)の重複癌と診断された。予後に対する影響は甲状腺癌の方が低いと判断し,直腸癌の治療を優先することとなった。X年5月より術前化学療法(mFOLFOX単独:2クールとmFOLFOX+Bev:4クール)を行ったのちX年8月に腹腔鏡下直腸切断術+下行結腸人工肛門増設術が施行された。X+1年3月まで術後化学療法(XELOX:8クール)を行い再発は認めていなかったが,X+1年8月に肝S4に単発の転移が出現したため(図5),X+1年10月肝部分切除術が施行された。その後は再発なく経過していたため,X+2年3月甲状腺癌に対して甲状腺左葉切除+D1郭清術を施行した。

図5.

造影CTとPET-CT(肝):肝S4にPETで有意集積を伴った転移巣を認める。

摘出標本:甲状腺左葉に3.0×2.0×1.5cm大の白色腫瘤を認めた(図6a)。

図6.

病理検査所見(a:摘出標本,b,c:HE染色)

a:甲状腺左葉に3.0cm×2.0×1.5cm大の白色腫瘤を認めた。

b(弱拡大),c(強拡大):乳頭癌を背景に壊死を伴った中-高分化型管状腺癌がみられ,同一腫瘍内に甲状腺乳頭癌と直腸癌の転移が共存していた。

病理組織学的検査:乳頭癌を背景に壊死を伴った中-高分化型管状腺癌がみられ,同一腫瘍内に甲状腺乳頭癌と直腸癌の転移を認めた(図6b, c)。いずれも甲状腺内に限局し断端は陰性。他の領域での直腸癌の転移やリンパ節転移は認められなかった。

甲状腺癌術後の経過:直腸癌の甲状腺乳頭癌腫瘍内転移と診断され,その後甲状腺乳頭癌の再発は認めていないが,X+2年9月直腸癌多発肺転移が出現し化学療法(FOLFIRI+Bev)を継続中である。

考 察

転移性甲状腺腫瘍は剖検においてしばしば認められるが,臨床上判明するものは稀である。Shimaokaらによると悪性腫瘍患者の剖検例2,180例において転移性甲状腺腫瘍を認めていたのは188例(8.6%)であったが,そのうち109例は顕微鏡的な転移で,生前に甲状腺腫瘍として診療録に記載があったものは10例のみであったと報告している[]。また,Wychulisらは甲状腺の手術を行った20,262例のうち転移性甲状腺腫瘍は10例(0.05%)のみで[],清水らは手術を行った甲状腺悪性腫瘍955例のうち他臓器からの転移性腫瘍は3例(0.3%)であったと報告している[]。臨床上判明する甲状腺への転移が少ない理由として,甲状腺は血流が豊富で血流速度が速いため腫瘍細胞が生着しにくいこと,ヨードを多く含み酸素分圧が高いため腫瘍の発育が妨げられていること,またこれらによって転移性甲状腺腫瘍が顕著になる前に他病巣の進行がすすむためなどといわれている[,]。

大塚らは臨床上問題となった転移性甲状腺癌57例を集計し,原発巣としては腎癌が21例と圧倒的に多く,次いで肺癌7例,胃癌6例,乳癌5例,食道癌4例,直腸癌3例,結腸癌3例と報告している[]。本邦における直腸癌の甲状腺転移の報告は稀であり,医学中央雑誌にて「直腸癌,甲状腺転移」,「直腸癌,転移性甲状腺」のキーワードで会議録を除いて検索したところ過去40年間で16例であった[21]。

さらには異なる複数の腫瘍において,一方の腫瘍が他方の腫瘍内に転移する腫瘍内転移は非常に稀な事象で,その定義としては,複数の原発腫瘍が存在すること,転移先の腫瘍には良性のものも含むこと,異なる組織型の腫瘍が同一部位に隣接して存在し互いに接するか浸潤した「衝突癌」を除くこと,血管外への転移があること,すでにリンパ系・血液系悪性腫瘍によって侵されているリンパ系組織への転移を除くこととされている[2225]。諏訪らが腫瘍内転移110例についてまとめているが,頻度の高い腫瘍としてはdonor tumorが肺癌(24.5%),腎癌(17.3%),乳癌(13.6%),悪性黒色腫(10.0%)の順で,recipient tumorが中枢神経系腫瘍(26.4%),甲状腺腫瘍(17.3%),腎腫瘍(17.3%)の順であった。donorとしては悪性度の高い腫瘍が多く,recipientはindolentな腫瘍が多いとされている[26]。山本らの本邦における剖検例の腫瘍内転移例の集計においてもrecipientとしては良悪性ともに甲状腺腫瘍が多く[27],腫瘍内転移の観点からみればrecipientとして甲状腺は比較的多いようである。腺腫様変化や線維化をきたした場合には正常な甲状腺組織よりも腫瘍細胞が発育に適した状態になる可能性があり[],前述のように本来の転移をきたしにくい状態から,腫瘍の存在によって転移をきたしやすい状態に変化しているのかもしれない。

医学中央雑誌にて「腫瘍内転移,甲状腺」,「癌内,転移,甲状腺」,「腺腫内,転移,甲状腺」のキーワードで会議録を除いて検索したところ1978年以降でrecipientが甲状腺腫瘍である腫瘍内転移の報告は本邦では自験例を含め10例で,剖検にて発見されたものを除くと実際に臨床上甲状腺腫瘍として判明していたものは8例のみであった(表1)[2735]。なかでもrecipientが甲状腺悪性腫瘍であった報告は4例であった。donor tumorとしては諏訪らの報告と同様に肺癌が6例と最多であったが,自験例以外でdonor tumorが直腸癌であった報告は世古らの濾胞腺腫内への転移の1例のみで,直腸癌の甲状腺悪性腫瘍内への転移の報告は本邦では見当たらなかった。また,Min Luoらによると大腸癌の甲状腺腫瘍内転移の報告は2020年までに彼らの報告を含めて9例のみで,直腸癌から甲状腺悪性腫瘍内への転移の報告は3例にすぎなかった[25]。直腸癌の甲状腺転移そのものが稀であるが,さらに本症例のように直腸癌の甲状腺癌腫瘍内転移となると極めて稀である。

表1.

甲状腺腫瘍内転移の本邦報告例

一方で,一般的な大腸癌の甲状腺転移例においては他臓器にも転移を伴っていることが多く,特に甲状腺に転移する以前に肺転移を認めることが多い[131618]。本症例において腫瘍内転移がどの時点からあったかは不明であるが,初診の時点では直腸癌の他臓器への遠隔転移所見もなく,細胞診では乳頭癌の細胞像しか認めなかった。甲状腺癌の腫瘍内転移が発覚する前に肝転移の出現を認めたため,甲状腺癌の経過観察中に腫瘍内転移をきたした可能性がある。

一般的な直腸癌の甲状腺転移16例[21]のうち3例が穿刺吸引細胞診から原発性甲状腺癌を疑い手術を行っていたが[1321],その他の症例では穿刺吸引細胞診の結果に加え,PET-CT,CEA値,針生検などの検査結果や悪性腫瘍の既往や他臓器への遠隔転移などの臨床経過から治療前に転移の可能性も想定されているケースがほとんどであった。しかし,甲状腺腫瘍内転移の報告例(表1)において穿刺吸引細胞診あるいは針生検が行われた6例のうち術前や剖検前に転移の可能性も想定されていたのは1例のみであった。細胞診で甲状腺由来の腫瘍として診断された場合,腫瘍内転移までを想定することは難しく,細胞診を行うことでかえって転移の可能性を考える妨げとなりうる。ただ,甲状腺腫瘍内転移の報告例においても他臓器への転移を認める例が多く,本症例のように治療までに時間を要しているうちに,同時性重複癌の他臓器転移が出現してくる例や先行する他臓器転移がある例では甲状腺腫瘍内転移の可能性も念頭に置き,原発巣や他の転移巣の状況に応じて,化学療法を含む適切な治療法や治療時期を検討するべきである。

おわりに

非常に稀な直腸癌の甲状腺乳頭癌腫瘍内転移の1例を経験した。穿刺吸引細胞診で甲状腺良性腫瘍や原発性甲状腺癌の診断であったとしても,同時性重複癌があり他臓器に転移が出現してくる例では特に腫瘍内転移の可能性も念頭に置き診療にあたる必要がある。

本論文の要旨は第34回日本内分泌外科学会総会において発表した。

【文 献】
 
© 2023 Japan Association of Endocrine Surgery

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