Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Genetic alterations in the thyroid cancer
Tomohiro Chiba
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2023 Volume 40 Issue 2 Pages 93-98

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抄録

甲状腺腫瘍の新しいWHO分類第5版(WHO5版)では分類体系が抜本的に見直され,腫瘍細胞の起源と悪性度に基づく系統的分類に変更された。濾胞上皮細胞由来腫瘍(FDN)では,遺伝子変異パターンによる分類が進み,濾胞性腫瘍から濾胞型乳頭癌(PTC)をRAS系腫瘍,通常型PTCをBRAF系腫瘍とする枠組みが完成しつつある。分化型甲状腺癌に核分裂像・壊死を指標として“High-grade腫瘍”が定義されたが,ドライバー遺伝子変異にリスク遺伝子変異の加算された腫瘍であると理解され,早期の分子標的薬治療が考慮される。本稿では,WHO5版の理解と適切な病理診断のため,甲状腺癌の遺伝子異常を概説する。

はじめに ―WHO第5版改定のポイント

2022年,内分泌・神経内分泌腫瘍のWHO分類第5版(WHO5版)のβ版[,]が発表された。TCGA(The Cancer Genome Atlas)などの大規模なゲノム解析の結果を元に,WHO5版では分類体系が抜本的に見直され,腫瘍細胞の起源と悪性度から系統的に分類された(表1)。すなわち,濾胞上皮細胞由来腫瘍“Follicular cell-derived neoplasms”(FDN),傍濾胞細胞(C細胞)由来腫瘍,唾液腺型腫瘍,胸腺腫瘍,胎児性腫瘍と起源不明腫瘍に分類され,FDNはさらに良性,低リスクおよび悪性という3つのクラスに分けられた(表1)。C細胞由来腫瘍は,悪性の髄様癌(medullary thyroid carcinoma:MTC)のみであるが,その中でlow-gradeとhigh-gradeの細分類が採用された。本稿では,WHO5版を理解するために重要な遺伝子異常を概説する。

表1.

WHO分類第5版(β版)

濾胞上皮細胞由来腫瘍(FDN)の分類と遺伝子変異

分化型のFDNは,乳頭癌(papillary thyroid carcinoma:PTC)と濾胞癌(follicular thyroid carcinoma:FTC)という頻度の高い腫瘍を中心に分類されてきた。2000年代以降に各組織型に対する遺伝子変異の解析が進み,BRAF p.V600EやRET転座,NRAS p.Q61Rを代表とするH/K/NRAS変異など相互排他的なドライバー遺伝子の存在が示されていた[]。2014年のTCGAの報告[]では,PTCを遺伝子解析に基づくBRAF-RASスコアに従って並べ直すと,BRAF p.V600E-likeな遺伝子変異を有する腫瘍(BRAF系腫瘍)には通常型PTC,RAS-likeな変異を有する腫瘍(RAS系腫瘍)には濾胞型PTCが集積することが示された(図1)。遺伝子変異パターンによる分類は形態との相関が高く,また,PTCのみならず濾胞性腫瘍まで分化型FDNに広く成立することが確認された。浸潤性被包化濾胞型乳頭癌(IEFVPTC)はRAS系腫瘍であることが分かり,PTCの亜型から独立した組織型へ変更された。

図1.

分化型濾胞上皮細胞由来腫瘍の形態と遺伝子異常

分化型腫瘍の形態(肉眼像,組織像,核所見),遺伝子変異と関連する細胞内シグナル伝達経路,診断(組織型)の関係を図示した。濾胞結節性病変などの超高分化な腫瘍,濾胞性腫瘍を主体とするRAS系腫瘍と乳頭癌を主体とするBRAF系腫瘍に大別される。

WHO5版では,FDNに本邦で腺腫様甲状腺腫と呼ばれてきた甲状腺濾胞結節性病変(Thyroid follicular nodular disease:TFND)の項目も加えられた(表1)。TFNDの一部にはclonalityが確認されること[]から,腫瘍・非腫瘍を断定せず,TFNDとして採用されている。

FDNのドライバー遺伝子とシグナル伝達経路

RAS系腫瘍は,濾胞構造が保たれ,線維性被膜を形成しながら膨張性・圧排性に増殖するのが特徴であり,RAS変異やPAX8::PPARG転座(PAX8::PPARG融合タンパク)などがみられる(図1)。ヨウ素代謝・ホルモン関連遺伝子が良く発現され,最も分化が保たれている。

BRAF系腫瘍は,乳頭状増殖とPTC様核異型(すりガラス状クロマチン,核溝,核内細胞質封入体など)を呈し,浸潤性に増殖する特徴を有する(図1)。高頻度にBRAF p.V600E変異やRETの融合遺伝子(CCDC6::RETNCOA4::RET)がみられる。BRAF系腫瘍は相対的に分化度が低いとされる。

いずれの腫瘍もRETなどの受容体型チロシンキナーゼを起点とし,RAS,BRAFを含めたシグナル伝達経路に異常を生じる。RAS系腫瘍ではPI3K経路が,BRAF系腫瘍ではMAPキナーゼ経路が優位に活性化されると考えられ,それぞれ抗アポトーシス作用,細胞増殖作用が発がんとその生物学的形質に関連すると考えられる(図1)。

TFNDでは甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)とその下流のcAMP経路に遺伝子異常が集積している。最も頻度の高いTSHR変異(~70%)の他にGNASEZH1ZNF148SPOPなどの変異が報告されている[,]。甲状腺機能亢進症を伴う結節性病変にも,TFNDと同様にTSHRGNASPRKAR1AEZH1の変異が多い。

FDNのがんゲノム解析から分かってきたこと

がんゲノム解析から,甲状腺癌は様々な悪性腫瘍の中で最も遺伝子変異の少ない癌の一つであり,不均一性の小さい癌であることが分かってきた[,]。この点は非常に重要で,甲状腺癌が単一かつ相互排他的なドライバー遺伝子に規定されることの基盤となっている。化学療法や分子標的治療の際に問題となる薬剤耐性の獲得も甲状腺癌では比較的生じ難い可能性がある。

発がんの原因に関係する「変異シグネチャー」の解析から,細胞内の抗ウイルスシステムとされるAPOBECシグネチャーが多いことが判明した[10]。APOBECシグネチャーは,放射線抵抗性への関与や乳癌の発がんへの関連が報告されており[1011],興味深い。また,チェルノブイリ原発事故後のPTCの大規模解析から,放射線暴露量に比例してRETNTRK3などの転座の割合が増加することが報告された[12]。

その他の腫瘍のドライバー遺伝子

その他の腫瘍は細胞起源から,C細胞由来腫瘍,唾液腺型腫瘍,甲状腺内胸腺腫瘍,起源不明甲状腺腫瘍,胎児性甲状腺腫瘍に分類される(表1)。細胞分化の違いや固有のドライバー遺伝子変異が診断に重要である。

C細胞由来のMTCでは,遺伝性症例のほとんどに,散発症例の約半数にRET遺伝子の変異が認められる。RET変異の種類によってリスクが異なり,頻度の高いRET p.M918Tは高リスク変異である[13]。

唾液腺型腫瘍には,粘表皮癌(MEC)と分泌癌が含まれる。MECの一部には唾液腺のMECでも特徴的なCRTC1::MAML2融合遺伝子が検出される。分泌癌は唾液腺や乳腺原発の場合と同様にETV6::NTRK3融合遺伝子が検出される。

甲状腺内胸腺腫瘍としては,胸腺腫,胸腺様分化を伴う紡錘形細胞腫瘍(SETTLE),甲状腺内胸腺癌(ITC)が含まれ,WHO4版から大きな変更はない。ドライバー遺伝子の情報は少ないが,SETTLEでは滑膜肉腫との鑑別のためにSS18転座が存在しなことを確認することが推奨されている。

好酸球を伴う硬化性粘表皮癌(SMECE)と篩状-モルラ癌(CMTC)が由来不明腫瘍に分類された。SMECE はMECの亜型と捉えられていたが,背景に橋本病を伴うこと,MAML2融合遺伝子が検出されないことなどから独立した組織型となった。CMTCは,一部が家族性大腸ポリポーシスに関連し,APC遺伝子変異に伴うβカテニン系の異常により発生することが明らかになっている。

胎児性甲状腺腫瘍として新たに甲状腺芽腫(Thyroblastoma)が設けられた。これはこれまで悪性奇形腫や癌肉腫などと診断されてきた胎児性形質を呈する腫瘍であり,Dicer1変異が検出される。

悪性度に関与する遺伝子変異

FDNとMTCの一部には予後不良例があり[],WHO第5版では,こうした腫瘍を“High-grade腫瘍”とする考えを導入した。FDNのHigh-grade腫瘍としては,Differentiated high-grade thyroid carcinoma(DHGTC[分化型高異型度甲状腺癌])と低分化癌(poorly differentiated thyroid carcinoma:PDTC)が含まれ,いずれにも,PTC,FTCと同様のドライバー遺伝子変異を有する症例が多く,リスク遺伝子変異の追加によって悪性度が増加する。こうしたリスク遺伝子変異は未分化癌(anaplastic thyroid carcinoma:ATC)においても頻度が高い。関与する遺伝子変異としては,TERTのプロモーター変異(TERT-p変異),TP53CDKN2APIK3CA,SWI/SNFファミリーやMMR遺伝子の変異が報告されている[1417]。特にテロメラーゼの活性中心を担うTERT-p変異(C228TおよびC250T)は重要であり,変異陽性のPTCはPDTCと類似の生存曲線を示す[15]。TERT-pには一塩基多型(SNP)も存在し,その一部(rs2853669など)はFDNの発生・増殖に関与する可能性がある[1819]。

遺伝子解析の考え方

WHO5版では,腫瘍細胞の起源と悪性度から系統的に分類された。この分類は遺伝子異常を念頭に置いており,遺伝子解析との相性が良い。欧米において,細胞診で鑑別困難であった際に遺伝子検査が推奨されているように,甲状腺癌では遺伝子解析によって組織型をある程度推定することが可能である。遺伝子解析を以下のように3段階に分けると理解し易い(図2)。

図2.

甲状腺腫瘍における遺伝子解析の考え方

甲状腺腫瘍の遺伝子解析は3段階に分けると理解し易い。すなわち,まず遺伝子発現パターンから腫瘍細胞の起源・分化を類推する。次にドライバー遺伝子から腫瘍を分類する。この中には診断に直結する変異も含まれる。さらにリスク遺伝子変異の有無から腫瘍の悪性度を推定する。複数のリスク遺伝子が検出されればHigh-grade癌や未分化癌の可能性を考慮する。

第一に,遺伝子発現解析から腫瘍細胞の起源・分化を決定する。これは免疫染色でTTF1,PAX8,Thyroglobulinが分化した濾胞上皮細胞のマーカーになるのと同様で,遺伝子発現パターンから腫瘍細胞の起源・分化を推定できる。濾胞上皮以外の特殊な起源・分化が検出されれば鑑別診断をかなり絞り込める。また,副甲状腺腫瘍を鑑別することも可能である。

第二に,ドライバー遺伝子変異を同定する。FDNの鑑別において超高分化腫瘍,RAS系腫瘍,BRAF系腫瘍,膨大細胞腫瘍を分類できることに加え,その他の稀な腫瘍において特徴的な転座などを検出できれば診断に直結する。

第三に,リスク遺伝子変異を検出して悪性度を推定する。上記のHigh-grade腫瘍(DHGTCとPDTC)やATCにおいて頻度の高いリスク遺伝子変異の種類,数から腫瘍の悪性度を総合的に判定する。

WHO5版における診断アルゴリズム

WHO5版では,組織型の定義に遺伝子変異は含まれていないが,腫瘍の起源(由来細胞・細胞分化),遺伝子変異,病理組織学的評価(被膜浸潤,血管侵襲,乳頭癌様核異型の評価)から統合的に診断をする必要がある(図3,診断のアルゴリズム)。上記の通り,遺伝子解析のみで腫瘍の概要が判明する場合もあるが,濾胞性腫瘍の良悪性判定などは,形態学的な評価が必須である。

図3.

WHO第5版に従った甲状腺腫瘍診断のアルゴリズム

WHO第5版では,腫瘍の起源・細胞分化とドライバー遺伝子を重視している。最初にマーカーの発現などを利用して由来細胞を推定することで,診断を絞り込む。頻度の高い濾胞上皮細胞由来腫瘍は,主にドライバー遺伝子に従い分類されるが,概ね形態学的に分類可能である。すなわち,形態と遺伝子異常から膨大細胞腫瘍,超高分化腫瘍,濾胞構造で圧排性増殖主体のRAS系腫瘍,特徴的な核所見で浸潤性に増殖するBRAF系腫瘍,High-grade癌・未分化癌の5つに分類する。膨大細胞腫瘍やRAS系腫瘍では被膜浸潤・血管侵襲から悪性度を決定する。また,いずれの場合でも核分裂像の増加ないし壊死の存在からHigh-grade癌に分類する。High-grade癌・未分化癌に対しては早期の分子標的薬使用を考慮する。

はじめに腫瘍の起源を判断するが,甲状腺腫瘍の大多数がFDNである。形態学的に判断に迷う場合には分化マーカーの免疫染色を利用する。FDNを考える場合には,膨大細胞腫瘍,分化型腫瘍,未分化癌を鑑別する。分化型腫瘍では,濾胞構造を保ち圧排性に増殖するRAS系腫瘍と乳頭状構造で浸潤性に増殖するBRAF系腫瘍の鑑別が重要である。膨大細胞腫瘍,RAS系腫瘍では被膜浸潤・血管侵襲の有無で良悪性を鑑別するが,RAS系腫瘍でPTC様核異型がある場合には,乳頭癌様核異型を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)やIEFVPTCの診断となる。また,分化型腫瘍において核分裂像の増加(>5個/2mm2)や壊死の存在を確認した場合には,DHGTCとする。PDTCは充実・索状・島状の増殖パターン(STIパターン)が特徴である。High-grade腫瘍(DHGTCとPDTC)は放射線抵抗性の症例が多いことが知られており[,],ATCとともに早期の分子標的薬治療開始を考慮する。

おわりに

WHO5版は,分類体系が大きく変更され,遺伝子異常の重要性も増している。本邦ですぐにBRAFRAS遺伝子変異解析を導入することは困難と思われるが,形態学的な特徴からBRAF系腫瘍とRAS系腫瘍を予測すること,High-grade腫瘍を適切に診断することが重要と考える。病理診断から分子標的薬を含めた治療法の選択まで,遺伝子異常の知識が必須な時代となっている。本稿がWHO5版の理解と病理診断の一助となれば幸甚である。

【文 献】
 
© 2023 Japan Association of Endocrine Surgery

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