2023 Volume 40 Issue 2 Pages 99-104
2023年,WHO甲状腺腫瘍分類第5版が発刊される予定である。この分類では良性と悪性との間のギャップを埋めるために,低リスク腫瘍のカテゴリーが設けられた。これに属する腫瘍は転移の可能性を有するも,その発生率は極めて低い。「癌:悪性」という言葉を用いず,「腫瘍」という名称にしたのは過剰治療のリスクを軽減することを目的にしている。低リスク腫瘍には,細胞学的に悪性の所見を有するが浸潤性増殖を示さない乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍,浸潤が不確実な悪性度不明な甲状腺腫瘍,乳頭癌の核所見と硝子物がみられる硝子化索状腫瘍の3つが含まれる。本稿にはこれら低リスク腫瘍の解説と甲状腺癌取扱い規約第8版との相違点が述べられている。
2023年,WHO甲状腺腫瘍分類第5版が発刊される予定であり,その内容は既にベータ版としてオンラインで公表されている[1]。この分類では良性と悪性との間のギャップを埋めるために,低リスク腫瘍のカテゴリーが設けられた。これに属する腫瘍は転移の可能性を有するも,その発生率は極めて低い。「癌:悪性」という言葉を用いず,「腫瘍」という名称にしたのは過剰治療のリスクを軽減することを目的にしている。低リスク腫瘍には,細胞学的に乳頭癌の所見を有するが浸潤性増殖を示さない「乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍」,浸潤が不確実な「悪性度不明な甲状腺腫瘍」,乳頭癌の核所見と硝子物がみられる「硝子化索状腫瘍」の3つが含まれる。本稿ではこれら低リスク腫瘍の解説と甲状腺癌取扱い規約第8版[2]との相違点を述べる。なお,本文中で文献番号が付記されていないデータに関する記載はWHO第5版からの引用である。
2004年に発刊された第3版まで,甲状腺腫瘍は良性と悪性との二つに大別されていた(表1)[3]。2017年に発刊された第4版では,ICD-Oコードの5桁目である性状コードが1,つまり,悪性・良性の別不詳(境界悪性,低悪性度,悪性不明)の概念が新設され,その中に硝子化索状腫瘍,悪性度不明な濾胞性腫瘍,悪性度不明な高分化腫瘍,乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍の4腫瘍が含まれることになった[4]。第5版では,それらが低リスク腫瘍(low-risk neoplasms)としてカテゴリー化され,記載は乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍,悪性度不明な甲状腺腫瘍(悪性度不明な濾胞型腫瘍,悪性度不明な高分化腫瘍),硝子化索状腫瘍の順に変更となった[1]。
NIFTPは被膜で囲まれたあるいは境界が明瞭な,濾胞上皮細胞由来の非浸潤性腫瘍で,濾胞状増殖パターンと乳頭癌の核を示し,悪性度は極めて低いと定義されており,それまで使用されてきた非浸潤性濾胞型乳頭癌の診断名を使うことは推奨されない。また,本改訂では大きさが10mm以下のサブセンチメートル亜型(subcentimeter NIFTP)と膨大細胞が腫瘍の少なくとも75%を占める膨大細胞亜型(oncocytic NIFTP)の二つの亜型が新たに提唱された。RAS遺伝子変異はNIFTPの主なドライバー遺伝子であり(表2)[5],症例の52%にみられ,その多くはNRASである。治療方針は葉切除が推奨され,1,500以上の症例研究にて腫瘍学的有害事象の発生率は1%未満である。
被包型濾胞性腫瘍の組織学的および遺伝子学的特徴[5]
NIFTPの診断基準を表3に示す。腫瘍は完全に被包化されているか,周囲と境界が明瞭である。周囲への浸潤・被膜浸潤・血管浸潤がないことを全周性に確認する必要がある。浸潤がある場合は,浸潤性濾胞型乳頭癌とする。腫瘍細胞は濾胞状増殖パターンを示し,乳頭状増殖パターンは腫瘍の1%以下,充実性・索状・島状増殖パターン(STIパターン)は30%以下である。ただし,血管結合組織を有する真の乳頭状増殖パターンの有無については議論の余地がある。少なくとも乳頭状増殖が1%以上ある場合は,濾胞状パターンが優位の通常型乳頭癌とする。乳頭癌の核所見を有するが多くの症例は定型的ではなく,乳頭癌核スコア(後述参照)は2である。乳頭癌スコア3がびまん性に観察される場合は濾胞型乳頭癌の可能性を考慮し,更なる検討が必要である。砂粒体,2mm2当たり3以上の核分裂,腫瘍壊死,濾胞型乳頭癌以外の乳頭癌亜型の存在,などは除外基準となる。必須ではないがBRAF遺伝性検査を行った場合,陽性例は除外される。
悪性度不明な腫瘍とは,濾胞構造を持つ高分化型の腫瘍で,被包化されている,あるいは被膜はないが境界が明瞭であり,十分なサンプリングと徹底した検索を行っても浸潤が疑われる腫瘍である。その診断基準は第4版と同じである。悪性度不明な濾胞型腫瘍Follicular tumour of uncertain malignant potential(FT-UMP)と悪性度不明な高分化腫瘍Well-differentiated tumour of uncertain malignant potential(WDT-UMP)の二つの亜型がある。全甲状腺切除術の0.5~3%を占める。診断時の平均年齢は50~55歳であるが,年齢幅は広い。男女比は1:2~3で女性に多い。
腫瘍の一般的特徴は濾胞腺腫やNIFTPと同様で,被包化されているか,境界明瞭で,濾胞状増殖パターンを示す。FT-UMPの核は丸く,乳頭癌に特徴的な核所見を持たない(乳頭癌核スコア0~1)。WDT-UMPでは,乳頭癌核スコアが2~3である。FT-UMPの腫瘍被膜は通常よく発達し,厚い傾向にある。厚い被膜内に深く侵入するも被膜を貫いていない場合や被膜が幅広く圧排されて薄くなっている場合に被膜浸潤が疑わしいとする。WDT-UMPの被膜は薄く,非連続性,あるいはないこともある。そのような腫瘍の外縁が不規則な場合には被膜浸潤と判断しにくくなる。厚い線維性被膜の中に小血管と腫瘍細胞が密接に絡み合っている場合や,内皮細胞の被覆や血栓の付着がない腫瘍巣が血管内にみられる場合は血管浸潤が疑わしい。穿刺吸引による偽被膜浸潤や高悪性度の組織所見は本疾患では除外される。
硝子化索状腫瘍は索状増殖パターン,索状内硝子物,核の溝・核内細胞質封入体・不整な核縁などの核所見を特徴とする濾胞上皮由来の腫瘍である。頻度は甲状腺腫瘍の1%以下で,80%以上が女性に発生する。分子遺伝子学的特徴は GLIS遺伝子再構成(PAX8::GLIS1,PAX8::GLIS3)の存在で,厳しい診断基準を適用した場合,ほぼ全例で検出され,他の甲状腺腫瘍にはみられない。RASやBRAFの変異は検出されず,以前には甲状腺乳頭癌との関係が議論されたこともあったが,現在では否定されている。長期間の経過観察でも臨床的に良性のものが圧倒的に多く,完全に切除すれば治癒するが,極めて稀にリンパ節転移や遠隔転移を伴う症例が報告されている。
組織学的には,腫瘍は境界明瞭で,被膜を有する場合もある。腫瘍細胞は索状に増殖し,索状内にはPAS陽性の硝子物が存在する。この硝子物は索状胞巣の周囲にも存在するが,その所見は他の腫瘍でもみられることから,WHO第5版では診断基準から除外されている。腫瘍細胞は多角形ないし細長く,索状方向に対して直角に配列している。細胞質は淡染性で,ライソゾーム由来の黄色体が観察される。核は細長く,核の溝,核内細胞質封入体,不整な核縁などがみられ,乳頭癌の核所見と共通点がある。稀に,被膜・血管浸潤を有する症例が報告されている。免疫染色では,腫瘍細胞はthyroglobulin陽性,TTF-1陽性で,MIB-1は異所性に細胞膜に陽性となる。硝子物はcollagen IVやlamininに陽性である。
鑑別は,索状増殖を示す濾胞腺腫,乳頭癌,低分化癌,髄様癌,傍神経節腫などである(表4)。
硝子化索状腫瘍の鑑別診断[1]
WHO分類では濾胞状増殖を示す境界明瞭な腫瘍において被膜浸潤や血管浸潤の判断が難しい場合にはUMPという低リスク腫瘍のカテゴリーが用意されている(図1)。また,乳頭癌の核所見を有していても,浸潤のない場合は再発や転移の危険度が極めて低いことから,乳頭癌の名称を用いず,低リスク腫瘍としてNIFTPという診断名を用いている。この変更には,がん検診・スクリーニング検査や超音波機器の発達により,近年急速に甲状腺癌と診断される症例が増加してきたにもかかわらず,死亡数は横ばいであったことから,甲状腺癌への医療行為は過剰診断・過剰治療であるとの警鐘が鳴らされ,甲状腺癌における過剰診断・過剰治療を抑制する取り組みが行われてきたことが背景にある。
被包型濾胞性腫瘍の診断基準(WHO分類第5版)
一方,甲状腺癌取扱い規約(第8版)[2]には低リスク腫瘍や境界悪性の概念はなく,被膜浸潤,血管浸潤,乳頭癌の核所見などの判断が難しい場合は想定されてない(図2)。つまり,良性か悪性かの二者選択となっている。実際の診断の場では,疑わしい場合,悩む場合もあるはずだが,そのような場合に多くの病理医は控えめな診断を選択しているのであろう。結果,WHO分類の低悪性群の多くは良性(濾胞腺腫)と診断されてきた。本邦において甲状腺癌取扱い規約に従って診断し,治療することになんら支障はない。しかし,国際的な視野でみれば問題である。日本独自の診断基準・治療指針で行った診療データを基にした研究結果を海外と比較することは困難であり,結果ガラパゴス化することになるだろう。かといって,WHO分類をそのまま本邦に導入するのも問題がある。ヨード摂取量,手術適応,治療指針,保険制度,価値観などが異なる欧米で確立された診断様式をそのまま導入しても日本の医療体制に馴染まないところがある。ダブルスタンダードにはなるが,両者の分類と違いを熟知し,診断が異なる症例では両方の診断名を併記するのが良策であろう。
被包型濾胞性腫瘍の診断基準(甲状腺癌取扱い規約第8版)
NIFTPの頻度は国によりかなり異なっている。NIFTPはそれまで非浸潤性被包型濾胞型乳頭癌と診断されていたことから,乳頭癌を後方的に検討した結果,欧米では乳頭癌の15~20%を占めていた。一方,アジアでは0.5~5%とかなり低く,当院でもNIFTPの頻度は乳頭癌の0.5%であった[6]。また,同じ地理的な場所でも施設間で大きな差がある。この原因の一つに,乳頭癌の核所見を認識する閾値の違いがある。欧米ではアジアと比べて乳頭癌の核所見に対する閾値が低い。乳頭癌の核診断スコアを表5に示す[7]。乳頭癌の核所見は,1)核の大きさ・核形,2)不整形核膜,3)核クロマチンの3つに分類され,そのうち2つ(核スコア2)もしくは3つ(核スコア3)があれば乳頭癌の核所見ありとする。つまり,欧米では乳頭癌核スコア0もしくは1を濾胞腺腫,乳頭癌核スコア2もしくは3を乳頭癌と診断し,後者で浸潤がないものがNIFTPとなった。一方,日本の多くの病理医は乳頭癌の核所見がすべて揃っている乳頭癌核スコア3を乳頭癌と診断し,乳頭癌核スコア2の多くは濾胞腺腫と診断してきた(図3)。したがって,本邦においては,NIFTPは乳頭癌ではなく,濾胞腺腫と診断されていた症例に多く含まれていた。当院でNIFTPの疾患概念がなかった頃に濾胞腺腫と診断されていた結節をレビューしてみると,その29.5%がNIFTPであったことが判明した[8]。NIFTPはRAS型腫瘍,乳頭癌はBRAF型腫瘍であるという分子遺伝的背景からみれば,日本の病理医はHE染色標本でRAS型腫瘍とBRAF型腫瘍を見分けていたといえるかもしれない。また,過剰診断・過剰治療の観点からみれば,NIFTP結節に対する日本の病理医の診断や臨床的対応は妥当であり,敢えてNIFTPの疾患概念を導入する必要性はないと筆者は考えている。逆に,NIFTPの疾患概念を導入すれば,それまで良性(濾胞腺腫)と診断されていた症例の一部が低リスク腫瘍(NIFTP)にアップグレードされることになる。いずれにせよ,海外と日本の研究成果をスムーズに比較できるように,甲状腺癌取扱い規約第9版では低リスク腫瘍の導入を考慮せざるを得ないであろう。その際,診断基準は欧米の基準と一致させるべきであるし,以前の分類で診断されてきた症例との整合性が取れるように配慮すべきである。
乳頭癌の核診断スコア[7]
被包型濾胞性腫瘍の診断クライテリア,欧米と日本の違い
WHO甲状腺腫瘍分類第5版における低リスク腫瘍を解説し,甲状腺癌取扱い規約第8版との相違点を述べた。現在,甲状腺癌取扱い規約第9版の改訂作業中であり,国際的な視点から鑑みて齟齬が生じないようにWHO分類における低リスク腫瘍の疾患概念を導入する予定である。ただし,今までの分類で診断されてきた症例との整合性を取ることも重要な課題である。