2023 Volume 40 Issue 3 Pages 130-134
乳頭癌のリスクに応じた取扱いが推奨される中,甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版では,乳頭癌のリスク分類法としてTNM分類を推奨した上で,T1N0M0の低リスク癌には葉切除を,T>4cm,Ex2またはsN-Ex,径が3cmを超えるN1,M1,のいずれかを満たす高リスク癌には全摘を推奨した。これらを除く全ての症例が中リスクに該当し,甲状腺切除範囲は全摘または葉切除のいずれかであり,リンパ節郭清範囲は治療的とされるが,予防的郭清も可能とされている。これらに全摘を行うかどうかの判断は,反回神経麻痺・副甲状腺機能低下の発生頻度と予後のバランスをもとに,個々の症例において手術を実施する施設ごとに最終決定することが求められている。中リスク乳頭癌に対して,当院では年齢,腫瘍径,リンパ節転移の大きさを考慮し治療戦略を立てており,術前に治療方針が立てやすいという点が利点である。
乳頭癌のリスクに応じた取扱いが推奨される中,甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版では,乳頭癌のリスク分類法としてTNM分類を推奨した上で,T1N0M0の低リスク癌には葉切除を,T>4cm,Ex2またはsN-Ex,径が3cmを超えるN1,M1,のいずれかを満たす高リスク癌には全摘を推奨した[1]。これらを除く全ての症例が中リスクに該当し,甲状腺切除範囲は全摘または葉切除のいずれかであり,リンパ節郭清範囲は治療的とされるが,予防的郭清も可能とされている。これらに全摘を行うかどうかの判断は,反回神経麻痺・副甲状腺機能低下の発生頻度と予後のバランスをもとに,個々の症例において手術を実施する施設ごとに最終決定することが求められている。
第123回日本外科学会定期学術集会(2023年4月)でのパネルディスカッション「甲状腺癌中間リスク群の手術法と予後について」では,中リスク群に対する全摘の割合は,58.0~94.4%との報告があり,施設間で大きく異なっていることが明らかになった[2~4](抄録に記載のある3施設のデータのみ抜粋,当院のデータは含まれない)。また,Horiuchiらの報告では,2010年~2017年に手術をしたJAES2010年のガイドラインにおける中リスク乳頭癌297例のうち,全摘術を行ったのは169例(56.9%)だった[5]。
当院では,2013年よりがん研式乳頭癌の癌死危険度分類をもとに治療方針を決定している。
Sugitaniらはがん研病院における,1976~1998年の初取扱い乳頭癌(微小癌を除く)604例を対象とした平均観察期間11年での後向き解析により,癌死に関わる予後因子の多変数解析を行い,独自の癌死危険度分類法を考案した[6]。遠隔転移症例および年齢50歳以上で高度の甲状腺外他臓器浸潤(術前反回神経麻痺または気管・食道の粘膜面までの浸潤に相当)または3cm以上の巨大リンパ節転移を認めるものを高癌死危険度群(106例)とし,それ以外は全て低癌死危険度群(498例)と定義した。前者の10年疾患特異的生存率(CSS)は69%であったのに対し,後者のそれは99%であった(p<0.0001)。
がん研分類での高癌死危険度群は全体の18%であったのに対し,TNM分類では34%がStageⅣに該当した。がん研式低癌死危険度群の20%がTNM分類ではStageⅣで,StageⅣの40%は癌研分類では低癌死危険度群であった。がん研分類は,TNM分類よりも低リスク群をより広く取った分類法である特徴をもつ。
高癌死危険度群においては,全摘+RAIが推奨される。
Ebinaらによるがん研式癌死危険度分類法の検証では,がん研病院で1993年~2010年に取扱った微小癌を除く乳頭癌患者は1,187例で,うち967例が低癌死危険度群に分類された。10年CSSは99%(原病死11例)であったが,再発は79例(8%)に認め,10年無再発生存率(DFS)は88%であった。
967例中791例(82%)の症例には甲状腺温存切除が行われ,全摘は176例(18%)に行われた。術式による予後の差はなく,甲状腺温存切除例における残存甲状腺再発は4例(0.5%)であった。腺葉切除例における顕在性甲状腺機能低下は13%(橋本病合併例を除くと10%)であった。全摘例では,永久性副甲状腺機能低下を7%の症例で認めた。術後反回神経麻痺の頻度には術式による差はなかった。
低癌死危険度群における術前・術中に判明しうる遠隔再発危険因子の多変数解析の結果,年齢60歳以上,腫瘍径≥3cm,2cm以上のリンパ節転移が有意であった。これらの危険因子3項目中2項目以上該当する症例では10年の無遠隔再発生存率は70%であった[7]。
これより,低癌死危険度群においては,①60歳以上,②腫瘍径≥3cm,③2cm以上のリンパ節転移,のうち2項目以上に該当するものを高遠隔再発リスク群と定義し,それ以外の全てのものを低遠隔再発リスク群と定義した。治療方針は,前者では全摘+RAIが推奨されるが,症例により葉切除も許容するとした。後者では葉切除でよいとした(図1)。

当院における甲状腺乳頭癌に対する治療戦略とJAESのリスク分類との比較
JAES:日本内分泌外科学会
RAI:放射性ヨウ素治療
リンパ節郭清範囲は,cN1a症例では中央区域郭清のみ,cN1b症例では(治療的)外側区域頸部郭清を行う。
がん研病院では,1993年から術前エコー診断に基づき,選択的治療的郭清を行う方針としていた。すなわち,N0またはN1aではD1郭清まで,N1bでは転移側の頸部郭清を行い,予防的郭清は行わない方針とした。その妥当性を前向きに検討した361例において,D1施行例での外側頸部再発のリスク因子を検討した結果,腫瘍径4cm以上またはM1症例ではリンパ節再発のリスクが高いとの結果が得られた[8]。これらより,中リスク症例においては予防的頸部郭清術を行う根拠とはならなかった。
以上より,中リスク症例の治療戦略をまとめると以下の通りになる。甲状腺切除範囲に関して,中リスク症例は全例低癌死危険度群に該当し,高遠隔再発リスク群では全摘+RAIが推奨されるが,症例によって葉切除も可能としている。低遠隔再発リスク群では葉切除で良いとする。リンパ節郭清範囲は,cN1a症例では中央区域郭清のみを行い,cN1b症例では(治療的)外側区域頸部郭清を行うこととする(図1)。
当院では,2013年からこの治療方針に準じて治療を行っている。当院での治療成績を参照したい。対象は2011年~2020年に当院で初回手術を行った中リスク乳頭癌291例であり,男性が73例(25%),女性が218例(75%)だった。年齢は平均47.1歳(±15.3歳),観察期間の中央値は3.9年(0~12.1年)だった。
症例のsTNM分類は,T1aが6例(2%),T1bが61例(21%),T2が127例(44%),T3bが97例(33%)だった(表1)。このうちT≥3cmは54例(19%)だった。sN0は129例(44%),N1aは53例(18%),N1bは109例(37%)だった。このうちN≥2cmは46例(16%)だった。

当院における中リスク症例のsTNM分類
がん研式癌死危険度分類では,高遠隔再発リスク群に該当するものが33例(11%),低遠隔再発リスク群に該当するものが258例(89%)だった(表2)。甲状腺切除範囲は,葉切除が202例(69%),全摘が88例(30%),その他(峡部切除)が1例だった。リンパ節郭清範囲は,D1が176例(60%),D2が104例(36%),D3が11例(4%)だった。再発を24例(8%)に認め,その部位はリンパ節が19例(7%),遠隔再発が4例(1%),局所再発(気管)が2例(1%)だった(重複例を含む)。原病死は認めなかった。

中リスク症例の治療方針と経過
リスク群別の甲状腺切除範囲は,高遠隔再発リスク群では基本方針通り全摘を行ったものは16例(48%)に留まり,葉切除は17例(52%)だった(図2)。全摘を行った16例のうちRAI施行例は10例あり,RAI非施行例は6例あった。高遠隔再発リスク群にも関わらず葉切除に留めた17例の理由としては,75歳以上の高齢者であった(5例),術前評価では低遠隔再発リスク群に該当したが,術中所見により高遠隔再発リスク群にアップグレードとなった(4例),囊胞性のリンパ節転移だった(1例),などが挙げられる。低遠隔再発リスク群では,全摘が72例(28%),葉切除以下が186例(72%)だった。高遠隔再発リスク群では再発を10例(30%)に認め,その部位はリンパ節7例,肺2例,局所(気管)2例だった。低遠隔再発リスク群では再発を14例(5%)に認め,その部位はリンパ節12例,肺2例だった。無再発生存率は,低遠隔再発リスク群の方が有意に良好だった(図3)。

中リスク症例のリスク群別の甲状腺切除範囲
RAI:放射性ヨウ素治療

中リスク症例の無再発生存率
がん研式癌死危険度分類法は,中リスク乳頭癌においては,年齢,腫瘍径,リンパ節転移の大きさの3項目を用いて治療方針を決定する。病理組織学的浸潤度,リンパ節転移の個数といった術前評価が難しい項目は含まれないため,治療方針決定は容易であるという利点がある。JAESのリスク分類と比較してハイリスクを狭く採用しているが,それでも低リスク群の10年疾患特異的生存率(CSS)が99%を超えているのは特筆すべきである[6]。それでも,低癌死危険度群の中に原病死するものがあったため,Ebinaらによる研究により,低癌死危険度・高遠隔再発リスク群が見出された[7]。がん研病院のデータでは,JAES中リスクかつ55歳未満の20年CSSは100%,55歳以上でも97%で,JAES低リスク(超低リスク群を除く)との区別の必要性を感じなかった(未公開データ)。
がん研式癌死危険度分類法を用いることで,過剰な全摘術やそれに伴う術後甲状腺・副甲状腺機能低下症といった合併症のリスクを減らすことが可能になる。高遠隔再発リスク群では甲状腺全摘が基本方針となるが,実際は患者の背景や希望により葉切除に止めた症例も約半数を占めた。Horiuchiらの報告では,中リスク乳頭癌に対するRAIやTSH抑制療法の有効性は示せなかったと報告しており,全摘術を推奨する根拠とはならなかった[5]。
中リスク症例での原病死は認めなかったが,経過観察期間が短く,予後の検証にはさらなる期間が必要である。
中リスク甲状腺乳頭癌に対して,当院ではがん研病院式の癌死危険度分類に従って治療方針を決定している。年齢,腫瘍径,リンパ節転移の大きさを考慮し,甲状腺切除範囲を決定している。リンパ節郭清範囲は,治療的選択的郭清が妥当と考える。