2023 Volume 40 Issue 3 Pages 135-139
現在,甲状腺乳頭癌に対しては,再発リスクに応じた治療が推奨されているが[1],中リスク症例の治療方針は各施設ごとに判断されている。自施設での中リスク乳頭癌の手術症例561例を対象とし,再発群(33例)と非再発群(528例)に分け,臨床因子を後方視的に解析した。中リスク群の術後再発率は5.9%(561例中33例)で,うち74.6%(再発59部位中44部位)は初回郭清範囲内の再発であった。初回手術で全摘が施行され,郭清範囲も広い症例で有意に多く再発を認めた。また,再発群では,初回手術時の転移リンパ節数が多く(10個以上)認められ,郭清範囲内再発は,Vb領域が14.0%と有意に多く,他の領域は3%以下であった。初再発が肺転移であった症例が4例(0.7%)認められた。未分化転化は2例で認められた。中リスクでも転移リンパ節数が多い症例では再発リスクが高く,遠隔転移や未分化転化を起こす症例もあり,今後は遺伝子変異などのバイオマーカーも併せた治療戦略が必要と考えられる。
甲状腺腫瘍ガイドライン2018年版では,中リスク乳頭癌は超低リスク,低リスク,高リスクに該当しないものが含まれ,腫瘍径2.1~4cm,大きさが3cm未満のリンパ節転移,Ex0,Ex1,遠隔転移のないStageⅠまたは,Ⅱが中リスクに該当し,広い範囲の病態が含まれる[1]。乳頭癌では再発リスクに応じた治療方針が推奨されているが[2],中リスク症例の治療は各施設がそれぞれの方針で行っている。そこで,当科における中リスク乳頭癌の治療内容・成績を後方視的に解析し,また手術で留意すべき点を検討した。
対象は2001年~2021年に当科で手術を施行した初発甲状腺癌1,132症例中,中リスクに該当する561例(49.6%)。男性143例(25.4%),女性418例(74.6%)と,女性に多く認めた。初回手術時の平均年齢は50.7±15.7歳であった。観察期間中央値8.9年(0.7~21.3年)。非再発群528例,再発群33例でこれらの症例の臨床病理学的特徴や予後を診療記録をもとに後方視的に解析した。統計学的解析にはUnpaired t-test, Chi square test, Fisher testを用いた。
初回手術時の切除範囲と病理学的因子を示す(表1)。初回手術では全摘術が322例(57.9%)と半数以上を占めていた。郭清範囲はD2aが331例(59.0%)と最も多く,次いで,D1郭清が149例(26.6%),D3郭清が54例(9.6%)で行われていた。病理学的腫瘍径は3cm未満が500例(89.1%)とほとんどを占め,組織学的リンパ節転移の個数は1~4個が256例(45.6%),と最も多かったが,10個以上の転移も126例(22.5%)に認められた。

初回手術術式と病理学的因子(N=561)
非再発群と再発群の臨床的因子を示す(表2)。非再発が528症例(94.1%),再発が33例(5.9%)。平均年齢に有意差は認められず,また,再発群で55歳以上の割合がやや多く認められたが,有意差は認めなかった。初回平均腫瘍径は非再発群16.3±8.3mm,再発群21.7±9.0mmと再発群で有意に腫瘍径が大きく(p<0.01),再発群では腫瘍径3cm以上の症例が再発群8例(24.2%),非再発群53例(10.0%)と,再発群で有意に多く認められた(p=0.01)。術式は全摘が再発群の22例(6.7%)非再発群の303例(57.4%)と再発群で有意に多く施行され(p<0.01),郭清はD3以上が非再発群45例(8.5%)に対して再発群9例(27.3%)と再発群で有意に多く施行されていた(p<0.01)。

非再発群と再発群の臨床的因子(N=561)
非再発群と再発群の初回手術時のリンパ節転移の状況は(表3),転移リンパ節を外側区域に3個以上,または,全転移リンパ節数10個以上認めた症例で,有意に再発が多く認められた(p<0.01)。病理学的腺外浸潤の有無は,非再発群と再発群で差を認めなかった。

初回手術時の非再発群と再発群のリンパ節転移および腺外浸潤(N=561)
術後放射性ヨウ素(RAI)治療は(表4),非再発群では120例(22.7%)のみに施行されていたのに対し,再発群では23例(69.7%)と,再発群で有意に多く施行されていた。

非再発群と再発群の術後放射性ヨウ素治療施行状況(N=561)
予後は(表5),非再発群では死亡例は認めず,再発群では,8例(24.2%)が原病死しており,再発群の生命予後は有意に不良であった(p<0.001)。

非再発群と再発群の予後(N=561)
次に,初回手術時の手術手技の再発への影響を解析するために,再発症例の初回手術の郭清範囲と初再発領域および領域別再発頻度を解析した(表6)。初回手術操作を行った全2,557領域内での再発は,全体では44件(1.7%)で,郭清操作非施行の1,370領域での再発は15件(1.1%)であった。初回手術で郭清を行ったが,Vb領域の再発が6件(14.0%)と有意に多く認められた。中央区域の郭清は全症例で施行されていたが,この区域での再発が10例(1.7%)に認められた。また,初回に郭清非施行であったと考えられる,浅頸領域の再発が3例(0.5%)に認められた。

再発群(N=33)の初回手術の郭清範囲と初再発領域および全症例(N=561)での領域別再発頻度
乳頭癌のリンパ節再発のリスク因子として55歳以上,男性,高度の腺外浸潤,腫瘍径3cm以上が知られており,これらの因子を複数有すると再発率が上昇することが報告されており[1~4],予防的郭清を選択する基準の一つとされている[4]。現在本邦の中リスク患者に対する初回甲状腺切除範囲およびリンパ節郭清範囲は,術前のリスク評価と患者背景や希望を考慮した上で,それぞれの施設での判断の基に行われている[5,6]。甲状腺全摘術にはメリットとデメリットがあり,全摘術を施行すれば生涯を通じてレボチロキシンナトリウムの内服が必要になり,また,全摘術を行うことで,持続性副甲状腺機能低下症や永久反回神経麻痺などの重篤な合併症の発症が増加する可能性がある[7,8]。
中リスク患者の8~23%が再発するとの報告もあるが[9,10],今回の自施設の解析では,再発率は5.9%と低値であった。その理由として,57.9%で全摘術が行われ,D2a以上の郭清が73.4%で施行されていたことの影響が考えられる。
今回の解析では,遠隔転移が初再発であった症例を0.7%認めたが,初再発の88%(全症例の5.2%)は頸部に認められた。乳頭癌では,頸部での局所再発が原病死に繋がる最初のイベントとなり得ることが報告されている[2]。今回の検討では,術後再発のうち74.6%は初回郭清範囲内での再発であったことから,初回手術の際に郭清範囲を注意深く設定し,手術操作範囲内には腫瘍を遺残させないように留意した慎重な手術手技を行い,頸部再発を可及的に少なくすることで乳頭癌罹患者の生存率向上に寄与できる可能性が考えられる。そこで現在当科では,①胸骨舌骨筋腹側の浅頸領域の郭清に留意,②中央区域郭清時は,右反回神経背側の郭清に留意,③cN1b症例では,外側区域郭清時にVb領域まで郭清する,以上の点に注意して郭清を施行している。
また,今回の解析では,頸部リンパ節転移個数が10個以上または外側区域に3個以上認めた症例で有意に再発リスクの上昇を認めた。多数の転移リンパ節を認める症例や外側区域に複数の転移リンパ節を認める症例では,Vbを含む領域を注意深く郭清することが望ましいと考えられる。
一方,転移リンパ節数が多い症例では,術後にRAI療法を施行しているが,69.7%で再発を認めた。近年,癌細胞の遺伝子変異が乳頭癌の臨床病理学的特徴や予後に関連することが報告がされている[11~13]。根治を目指した手術とRIA治療を行っても局所再発や遠隔転移を起こす中リスク乳頭癌もあり,今後は遺伝子変異などのバイオマーカーを併用した再発リスクの評価や,放射線外照射なども含めた治療戦略が必要と考えられる。