2023 Volume 40 Issue 3 Pages 140-144
当科においては中リスク甲状腺乳頭癌に対する外科治療方針を2000年以降全摘(TT)+D3→TT+両側D1→片葉切除(IL)+患側D1へde-escalationしてきた。このde-escalationに伴う治療成績を検証することにより中リスク乳頭癌に対する最適な治療方針を検討した。de-escalationしたことにより,未郭清領域である対側の気管周囲リンパ節には約5分の1の症例でリンパ節転移の存在が推測された。しかし,経過観察期間(中央値約6年)において臨床的な再発は患側外側リンパ節の1例であり,生命予後に影響する様な再発はきたしていない。甲状腺全摘を行わないことにより術後放射性ヨウ素治療も行っていないが,予後には影響していないようである。よって,経過観察期間がまだ短いが, 中リスク群に対するIL+患側D1郭清は妥当な方針と考えられた。
現行の甲状腺腫瘍診療ガイドライン[1]における乳頭癌の外科的治療方針は図1のごとくであり,この稿のテーマでもある中リスク症例に対する外科的治療方針は両論併記のような状態で,施設もしくは主治医の判断に任されているのが現状と思われる。術式の選択肢としては甲状腺の切除範囲として全摘もしくは片葉切除,リンパ節郭清範囲として,気管周囲(D1)もしくは気管周囲+片側外側郭清(D2)もしくは気管周囲+両側外側郭清(D3)が挙げられ,それぞれの組み合わせが可能となる。論点となるのは,臨床的に転移所見が無い領域の予防的郭清を行うかどうか,放射性ヨウ素によるアブレーションもしくはアジュバントを行うための全摘を行うか,それらを行わず片葉切除にとどめるかということになる。この稿においては,中リスクに相当する甲状腺乳頭癌に対して予防的リンパ節郭清および全摘の必要性について,当科における術式のde-escalationによる予後を検討することにより評価し,至適術式について論じたい。

甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年における甲状腺乳頭癌に対する管理方針フローチャート
当科では,2000年頃までは甲状腺乳頭癌のほぼ全例に対して全摘+D3を標準術式としてきた。その後,現在のガイドラインの中リスク以下の症例に対しては全摘+両側D1にde-escalationした。ただし,中リスクに含まれるがcN1bの症例に対しては従前どおり全摘+D3を施行した(図2)。このde-escalationにより未郭清領域となる両側の外側領域のリンパ節転移が懸念された。検証のために当科で1980年8月から1989年3月(この期間はほぼ全例に全摘+D3を施行していた)に甲状腺乳頭癌に対して手術を受けた症例中で現ガイドラインの中リスクに相当する症例(53例)のリンパ節の各領域における転移率(転移があった症例数/全症例数)を図3Aに示す。約半数の症例で患側の外側領域,約6分の1の症例で対側の外側領域にリンパ節転移を認めていた。この症例群に対して“仮想として”郭清範囲を両側D1にとどめると,これらのリンパ節転移が遺残することになる。図3Bでは2000年から2008年の中リスク相当以下の症例(118例)に対する全摘+D3→全摘+両側D1へのde-escalationした症例の無再発生存率のグラフを示している。術後経過観察期間中央値約14年の経過中に4例(3.4%)の頸部リンパ節再発をきたしたが,遠隔再発例は認めなかった。よって,この中リスク症例に対するD3から両側D1へのde-escalationは一定数のリンパ節転移の遺残があるものの,制御可能な局所・領域再発を少数に認めたのみのため妥当と考えられた。

当科における年代別の甲状腺乳頭癌に対する外科的治療方針の変遷
*:cN1b症例
△:中リスク症例だがcN1bおよび高リスク症例だが,腫瘍径のみ該当,高齢など

A:甲状腺右葉に原発巣がある場合の各領域のリンパ節転移率(転移があった症例数/全症例数)
上の2つの円グラフは外側領域,下の2つの円グラフは気管周囲領域の転移率を示す。(黒色は転移があった症例の割合)
B:2000年から2008年の中リスク相当以下の症例に対する全摘+D3→全摘+両側D1へのde-escalationした症例の無再発生存率のグラフ
2011年以降,中リスク症例に対して全摘+両側D1から片葉切除+患側D1へ切除方針をさらにde-escalationした(図2)。このde-escalationにより郭清範囲が縮小し,転移リンパ節の遺残による再発率の上昇が懸念された。また,全摘から片葉切除への切除範囲縮小により残存甲状腺内再発の可能性や,アブレーション未施行による再発率増加の可能性も懸念された。前述の2000年から2008年に全摘+両側D1郭清が施行された中リスク以下の症例119例(全摘群)と2011年から2016年に切除方針をde-escalationした片葉切除+患側D1した62例(片葉切除群)を比較することによりこの方針変更の妥当性を検討した。全摘群と片葉切除群の間に臨床病理学的な有意な差は認めなかった。(data not shown)これら2群間にはリンパ節転移率(前述),転移密度(各領域の転移陽性リンパ節個数/郭清個数)の2つの指標において,有意な差は認めず,ほぼ同等の症例群と考えられた(図4)。このde-escalationにより片葉切除群において約4分の1の症例で対側気管周囲領域にリンパ節転移が遺残していることが推測された。図5に示されるように,無再発生存率において両群に有意差を認めなかった。片葉切除群では術後経過中央値6.6年で1例の頸部リンパ節再発を認めたのみであり,遠隔再発例は認めなかった。つまり,片葉切除にとどめることにより対側気管周囲領域に約4分の1の症例でリンパ節転移の遺残がある可能性があるが,臨床的な再発をきたさず,この全摘+両側D1から片葉切除+患側D1へのde-escalationは妥当と考えられた。

中リスク以下乳頭癌に対して2000年から2008年に全摘+両側D1を受けた症例(上段)と2011年から2016年に片葉切除+患側D1を受けた症例(下段)の各領域の転移率(転移があった症例数/全症例数)と転移密度(領域の転移陽性リンパ節個数/郭清個数)
?:片葉切除+患側D1症例群の未郭清領域の予想される転移率・転移密度
n. s.:有意差なし

中リスク以下の乳頭癌に対して全摘+両側D1を施行された症例(全摘群)と,片葉切除+患側D1を施行された症例(片葉切除群)の無再発生存率 実線:全摘群,破線:片葉切除群
n. s.:有意差なし
この研究のlimitationとしては,2011年から2016年にde-escalationした症例を中リスクに限定すると症例数がかなり少なくなることから,低リスク群も含む検討になり,厳密な意味での,中リスク群に対するde-escalationの検討ではないことである。しかし,この稿には含めなかったが,少数例ではあるが,中リスク群に限定した検討でもほぼ同様な傾向が得られているので,このde-escalationの方針は妥当なものとしてよいと思われた。また後ろ向きの比較的少数による検討であること,片葉切除群の経過観察期間が短いこと,再発の評価が統一された基準で行われていないことなどが挙げられる。
当科では2000年ごろまでは臨床的に顕性な乳頭癌に対してほぼ全例に甲状腺全摘および両側頸部リンパ節郭清術(D3)を施行してきた。これはかなりの症例において,予防的な目的で臨床的に転移を認めない領域のリンパ節郭清が行われていたことを意味する。乳頭癌に対する予防的リンパ節郭清術に対して,推奨する立場の報告[2, 3]がある一方,代表的なガイドライン[4]では推奨しない立場を取っており一定の結論は得られていない。推奨する立場の報告も予防的郭清の効果を高リスク症例の拾いあげとしていたり[3],予防的郭清の効果を実際にはいわゆる高リスク症例などに限定的に見いだしている[2]。また,中リスク乳頭癌に対する放射性ヨウ素による補助療法の予後改善効果は明らかではない[5]。この稿で示したように,予防的郭清をしなかった領域には一定数の転移リンパ節が遺残している可能性があるが,ほとんどの症例において長期間にわたり顕性化しないこと,また臨床的に顕性化(再発)したとしても,未郭清領域の初回再発として治癒切除を充分に見込めること,および片葉切除にとどめたことにより放射性ヨウ素による補助療法が未実施のままであるが,遠隔転移の明らかな増加を認めていないことから,中リスク症例に対する予防的リンパ節郭清術,放射性ヨウ素治療を可能とするための全摘術は不要と考えられた。
未郭清である対側気管周囲領域には約4分の1の症例でリンパ節転移が存在している可能性があるものの,2011年以降の甲状腺切除範囲および郭清範囲の縮小(全摘→片葉切除,両側D1→患側D1)は生命予後に影響を与えるような事象の発生を認めていない。
また,全摘を行わないことにより放射性ヨウ素治療も行っていないが,予後に影響を及ぼしていないようである。よって,経過観察期間がまだ短いが,中リスク相当以下(cN1bを除く)に対する片葉切除+患側D1郭清は妥当な方針と考えられた。また,2016年以降に導入した一部の高リスク症例に対する片葉切除およびD1/2へのさらなるde-escalation(図2)の妥当性についても検討していきたい。