2023 Volume 40 Issue 3 Pages 145-150
甲状腺乳頭癌治療において全摘術が残存甲状腺再発を除く再発を減少させるエビデンスはないが,葉峡部切除術より手術リスクは高い。よって当院では全摘術の適応を生命予後不良症例に限定している。自験例における独立した予後因子は患者(宿主)因子である年齢≥55歳と腫瘍(進行度)因子であるcM1とEx2であった。リスク因子と生命予後を検討したところ,腫瘍因子がなければ年齢によらず生命予後は良好であった。腫瘍因子を持つ場合,≥55歳なら極めて予後不良,<55歳でも腫瘍因子のない症例より有意に予後不良であった。本邦のガイドラインで予後因子とされる>3cm(N>3cm)と節外浸潤(N-Ex)はデータ不十分で検討できなかった。以上より,当院ではcM1,Ex2,N>3cm,N-Exを全摘術の適応とするフローチャートを採用している。特集テーマである中リスク症例に関しては全て葉峡部切除術が許容されると考えている。
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018(以下GL2018)は甲状腺乳頭癌患者のリスクレベルを超低,低,中,高リスクの四段階に分類しており,超低および低リスクには葉峡部切除術,高リスクには全摘術を推奨している[1,2]。中リスクについては「予後因子や患者背景を考慮して葉峡部切除か全摘術を決定する」としているが,具体的な基準を示してはいない。両術式には各々の利点と欠点があり,全摘術が残存甲状腺再発を除いて再発率を改善するエビデンスはないが,手術リスクは明確に高い。よって当院では全摘術の適応を生命予後不良症例に限定し,それ以外は葉峡部切除術の適応としている。本稿では自験例における生命予後不良因子を明らかにすることにより,乳頭癌管理方針のシンプルなフローチャートを提案し,中リスク乳頭癌の治療という本特集テーマに対する回答としたい。
目 的:甲状腺乳頭癌における生命予後不良因子を明らかにする。
対 象:1986~1995年に当院で初回手術を受けた甲状腺乳頭癌1,369例。GL2018の中リスク症例に限定せず,全てのリスク患者が含まれるが,他の組織型(濾胞癌,髄様癌,低分化癌,未分化癌)を合併する症例は除外した。
方 法:後方視的にカルテから臨床病理学的因子や転帰などの臨床経過を抽出し,Kaplan-Meier法とlog-rank testによる単変量解析,Cox比例ハザードモデルによる多変量解析によって生命予後不良因子を検討した。二群間の背景の比較にはχ二乗検定を用いた。
結 果:
患者背景
年齢中央値47歳(7~81歳),平均46.6±13.9歳。男性141例(10.3%),女性1,228例(89.7%)。腫瘍径は中央値23mm(1~128mm),平均25.3±15.0mmであった。術前画像検査における臨床的リンパ節転移(cN1)は126例(9.2%)だったが,転移リンパ節のサイズに関する情報は得られなかった。手術時遠隔転移(cM1)は21例で全例肺転移であった。当時の当院初回手術における甲状腺切除範囲は乳頭癌が片葉に限局していれば腺外浸潤やリンパ節転移の有無に関わらず,原則として葉峡部切除術が選択されており,全摘術は主に両葉に病変がある場合や両葉に及ぶ大きな腫瘍に限定されていた。リンパ節郭清については臨床的リンパ節転移の有無に関わらず,患側の外側区域郭清が推奨されていた。術後アブレーションやアジュバントは行われておらず,アイソトープ治療は原則としてcM1に対してのみ行われていた。この方針の下で行われた初回術式は葉峡部切除術1,088例,全摘術281例,郭清レベルは外側区域郭清898例,中央区域郭清またはサンプリング471例で,初期治療の一環としてアイソトープ治療が行われたのは肺転移18例のみであった。
転 帰観察期間中央値17.6年(0.3~25.0年)で原病死は41例,他病死は99例であった。術後10,15,20年での疾患特異的生存率(CSS)は98.8%,97.5%,96.5%であった。
単変量解析で有意な生命予後不良因子は手術時年齢≥55歳,腫瘍径(T)>40mm,腺外浸潤(Ex2),cN1,cM1で,特にcM1とEx2の生命予後が際立って悪く,術後20年CSSはそれぞれ50.6%と81.5%であった(図1)。一方,≥55歳,T>40mm,cN1も統計学的に有意な予後因子であったが,これらのリスク保有症例でも術後20年CSSは90%程度が確保されていた。そのほか,性別,腺内転移の有無,組織学的リンパ節転移の有無,甲状腺切除範囲,リンパ節郭清範囲についても検討したが,これらは有意な因子ではなかった。

単変量解析で有意な生命予後不良因子は,a)年齢,b)腫瘍径>40mm,c)Ex2,d)cN,e)cMの5項目であった。
多変量解析の結果を表1にまとめた。最も強力な生命予後不良因子はcM1でハザード比11.7(p<0.0001),次いでEx2 9.7(p<0.0001),≥55歳5.1(p<0.0001)の順で三項目が独立した生命予後不良のリスク因子であった。単変量解析で有意差の認められたT>40mmとcN1は独立した予後因子ではなかった。その理由を検討したところ,両者は強力な予後因子であるcM1やEx2を合併していることが有意に多かった(表2)。そこでcM1とEx2を除くサブ解析,すなわち,cM0かつEx0-1に限定したサブ解析を行ったところ,T>40mmもcN1も有意な予後不良因子ではなかった(図2)。

多変量解析による生命予後不良因子の検討

腫瘍径および術前リンパ節と患者背景(遠隔転移と腺外浸潤)の比較

Ex2とcM1を除くサブ解析(n=1,196)では,腫瘍径>40mmもcN1も有意な生命予後不良因子ではなかった。
リスク因子が生命予後に与える影響を調べた。多変量解析で認められた3つのリスク因子に関して,患者(宿主)因子である年齢リスク(≧55歳)の有無と,腫瘍(進行度)因子であるcM1およびEx2の一つ以上のリスクの有無によって,患者を4群に分けて疾患特異的生存率を比較検討した(図3)。

患者因子である年齢と腫瘍因子の有無によって対象を4群に分けて生命予後を比較した。両因子が揃うと(≧55歳+腫瘍因子あり)最も予後不良,両因子ともになければ(<55歳+腫瘍因子なし)最も予後良好であった。いずれかの因子のみの場合,年齢のみ(≧55歳+腫瘍因子なし)も極めて予後良好であったが,患者因子のない症例間の比較では,腫瘍因子保有症例(<55歳+腫瘍因子あり)の生命予後は腫瘍因子なしより有意に予後不良であった。
患者因子(≧55歳)と腫瘍因子を共に保有する症例は最も予後が悪く(20年CSS66.5%),逆に患者因子も腫瘍因子も保有しない症例は最も予後良好であった(20年CSS99.4%)。患者因子または腫瘍因子のいずれか一方のみを保有する2つのグループはこれらの中間に位置していたが,患者因子(≧55歳)のみで腫瘍因子を保有しない症例の20年CSSは96.0%と予後良好であった。一方,55歳未満で患者因子を持たず,腫瘍因子のみを保有する症例の20年CSSは90.6%で,同じく55歳未満で腫瘍因子も保有しない症例と比較すると10%弱不良であった。
本特集のテーマは中リスク乳頭癌の治療だが,本論文では中リスクに限定せず,当院で初回手術を受けた乳頭癌全体を対象とする検討を行った。まずは,その理由から述べたい。GL2018における中リスクの定義は「超低,低,高リスクのいずれにも該当しない症例」だが,具体的には,①腫瘍径が2cmより大きく4cm以下,②Ex1,③cN1のいずれかを満たし,高リスクに該当しない症例である[1,2]。このうち,腫瘍径は超音波検査で計測可能だが,Ex1を正確に診断することは極めて難しい。更に問題なのはcN1である。乳頭癌はリンパ節転移をきたしやすい性質があるが,その多くは術前画像検査では診断できない組織学的な転移で,cN0かつpN1に該当する[3]。しかし,超音波検査機器の進歩や穿刺吸引細胞診の技術向上など術前検査の精度が高まるにつれて,より小さなリンパ節転移の術前診断が可能となり,cN1の割合は時代と共に増加する。今回対象とした1986~1995年の当院初回手術例(n=1,369)におけるcN1は9.2%(n=126)であったが,2020年の当院初回手術例(n=671)ではcN1が23.2%(n=156)に増加していた。一方,術後の組織検査におけるpN1は1986~1995年が74.7%(n=1,022),2020年が64.5%(n=433)と,2020年手術例の方が組織学的なリンパ節転移の頻度はやや少なかった。検査精度が低ければcN0と診断されて低リスクに分類される小さなリンパ節転移を有する症例が,検査精度が上がるとcN1と診断されて中リスク症例に分類されることになる。すなわち中リスク症例の母集団の大きさや含まれる患者の進行度は検査精度に依存しており,異なる時代,異なる施設の中リスク症例は患者層が異なっている可能性を否定できない。よって各施設で中リスク症例を抽出して得た知見を他施設,他の時代の中リスク症例に適応することには注意が必要である。これを解決する方法は存在しないが,乳頭癌初回手術の選択肢は全摘術と葉峡部切除術しかないことから,全摘術の適応が限定されれば,おのずと葉峡部切除術の適応も決まり,結果的に中リスク症例の術式も決まる。そこで本検討では中リスクに限らず,当院で初回手術を受けた乳頭癌1,369例を後ろ向きに検討し,全摘術の適応とすべき生命予後不良因子を求めた。
本検討で独立した生命予後不良因子とされたのは手術時年齢≧55歳,cM1,Ex2の三項目で,いずれも過去の報告と一致していた[1,2,4~8]。実際に各国のガイドラインでもcM1とEx2は全摘を推奨する因子として採用されているが,年齢単独では全摘術の適応とはされていない[1,2,7]。
本検討においても,55歳以上でも腫瘍因子(cM1またはEx2)を保有しない症例であれば20年CSS 96.0%と予後良好であり,これらを全て全摘術の適応としても生命予後を改善する余地は少ないと推測される。しかし55歳以上で腫瘍因子を保有する症例の20年CSSは66.5%と極めて予後不良であり,年齢(高齢)が生命予後に影響するのは腫瘍因子を保有する場合のみであるとするItoらの報告と一致する結果であった[9]。
次に55歳未満だが,腫瘍因子を保有しない症例の生命予後は極めて良好であり(20年CSS99.4%),術式変更で予後が改善する余地はないと推測される。解釈が難しいのは55歳未満で腫瘍因子のみを有する場合である。20年CSS90.6%という成績は比較的良好とも捉えられるが,患者因子を持たない55歳未満の症例の中で比較すると,腫瘍因子保有の有無によって術後20年CSSに10%近い乖離が存在していた。この差を術式変更によって改善することが可能か否かは不明だが,その可能性を否定することもできない。以上より当院では年齢に関わらず腫瘍因子を保有する症例は生命予後不良であると解釈して,これを全摘術の適応として採用することにした。
過去の報告ではT>40mmも生命予後不良因子とされており[4~6],GL2018やATAガイドラインでもリスク因子に採用されている[1,7]。本検討においても単変量解析ではT>40mmが有意な予後因子であったが,多変量解析では除外された。その理由だが,今回の対象においてT>40mm症例はT≤40mm症例と比較して,有意にcM1やEx2を合併していることが多かった。よって,これら二つの強力なリスク因子の影響によって単変量解析ではT>40mmの有意が不良であると算出されたと推測される。実際にcM1およびEx2を除くサブ解析を行うとT>40mmは有意な因子ではなかったことから,当院ではT>40mm単独では予後不良因子ではないと判断し,全摘術の適応から除外した。
cN1についてもT>40mmと同様,cM1やEx2を合併していることが多く,cM1とEx2を除外したサブ解析ではcN1は有意な生命予後不良因子ではないことが確認されたことから,当院ではcN1も全摘術の適応から除外した。上述の通り検査精度の向上に伴い,cN1と診断される転移リンパ節サイズは今後ますます小さくなり,cN1の予後因子としての重みは軽くなることが予想されるため,妥当な判断と考えている。ただし,cN1でもリンパ節径>3cm(N>3cm)や節外浸潤(N-Ex)を伴う症例の生命予後が不良であることは過去の報告から明らかにされており[5,8],GL2018にも採用されている[1,2]。本検討では転移リンパ節のサイズや節外浸潤に関するデータが不十分であり,N>3cmやN-Exの生命予後不良因子としての意義は否定も肯定もできなかった。そこで,cN1を生命予後不良因子としては採用しないが,本検討で確認できなかったN>3cmまたはN-Exを伴うcN1については全摘術の適応に加えることにした。以上より,当院では乳頭癌初回手術における全摘術の適応とすべき生命予後不良因子としてcM1,Ex2,N>3cmまたはN-Exを伴うcN1を採用した。過去の報告との比較でいえば,年齢に一切の制限がない当院の予後不良因子は,年齢と腫瘍因子が揃った場合に生命予後不良とするItoら[9]や,年齢を問わないcM1または50歳以上で高度の腺外浸潤か3cm以上の巨大リンパ節転移を伴う症例を癌死の高危険度群としているSugitaniら[8]よりも範囲が広く,より安全域を多めに取った基準ということになる。それでも今回の対象1,369例中を当院の基準で分類した場合に生命予後不良,すなわち全摘術の適応となるのは173例(12.6%)に過ぎず,妥当な割合と考えている。
乳頭癌の初回手術における全摘術の適応をcM1,Ex2,3cm以上または節外浸潤を伴うcN1とする乳頭癌管理方針の新しいフローチャートを提案した(図4)。本特集テーマである「中リスク甲状腺乳頭癌の治療の現状」に忠実に述べるなら,中リスク症例は全て葉峡部切除術が許容されると考えている。

当院では生命予後不良因子であるcM1,Ex2,N>3cmまたはN-Exを伴うcN1のみを全摘術の適応とするシンプルな乳頭癌管理方針フローチャートを採用している。