2023 Volume 40 Issue 3 Pages 159-162
妊娠期のバセドウ病の治療で最も大切なことは甲状腺機能正常を維持することである。妊娠初期の治療においては,妊娠一過性甲状腺機能亢進症を鑑別したうえでチアマゾールを避けプロピルチオウラシルか無機ヨウ素で加療する。妊娠中期以降はチアマゾールで治療可能である。妊娠中期,後期に母体の甲状腺刺激抗体が高値持続すると,胎盤を通過して胎児の甲状腺を刺激して胎児バセドウ病を引き起こす可能性がある。抗甲状腺薬や無機ヨウ素を内服している場合には,こちらも胎盤を通過するため胎児の甲状腺ホルモン産生を抑制し,胎児バセドウ病に対する治療となって胎児の甲状腺機能は亢進には至らないかもしれない。したがって,甲状腺刺激抗体が高く,母体の抗甲状腺薬の用量が多い場合には,胎児の甲状腺機能異常をきたしていないか産科と連携を要する。産後はバセドウ病の病勢は増悪することが多く,授乳する際には薬剤の母乳への移行を考慮し用量調整する。
バセドウ病は,甲状腺刺激ホルモン(Thyrotropin:TSH)受容体に対する自己抗体産生のためにTSH受容体が継続的に刺激され甲状腺ホルモンが過剰に産生・分泌される自己免疫疾患である。発症は妊娠可能年齢の女性に多い。妊娠に際しては,甲状腺機能を正常化することが重要である。本稿では,妊娠期のバセドウ病の治療と留意点について解説する。
妊娠初期にはヒト絨毛性ゴナドトロピン(human chorionic gonadotropin:hCG)が胎盤から分泌され,hCGには甲状腺刺激作用があるため甲状腺ホルモン(free triiodothyronine:FT3,free thyroxine:FT4)は軽度上昇する。これは妊娠に伴う甲状腺ホルモンの需要の増加に対応していると考えられる。反応が強いと甲状腺ホルモンが異常高値となり,妊娠一過性甲状腺機能亢進症(Gestational transient thyrotoxicosis;GTT)となる。GTTは妊娠中期以降hCGが低下傾向となるため自然に改善する。
妊娠初期に甲状腺機能亢進症を認めた場合には,GTTとバセドウ病との鑑別を要する。バセドウ病は自然に改善しないため,すみやかな治療を要する。バセドウ病の診断は,甲状腺機能亢進症に加えてTSH受容体抗体(TSH receptor antibody:TRAb)や甲状腺刺激抗体(thyroid stimulating antibody:TSAb)が陽性,びまん性甲状腺腫や眼症の存在で診断する。hCG値のみではバセドウ病とGTTの鑑別は難しいことが多い[1]。妊婦においては基礎代謝率や循環血液量の増加のため頻拍,息切れ,多汗といった症状は高頻度に認められるため,甲状腺機能亢進症の診断は症状からは困難な場合もある。眼球突出や頸部腫大がバセドウ病を疑うきっかけになりうる。
バセドウ病の治療には抗甲状腺薬であるチアマゾール(MMI),プロピルチオウラシル(PTU)または無機ヨウ素を用いる。通常のバセドウ病治療では第一選択薬はMMIであるが,妊娠初期は使用を避ける。通常治療でMMIが第一選択となる理由はPTUに比して甲状腺機能を正常化する効力が高く,副作用が少ない,1日1回の内服でアドヒアランスが良いことが挙げられる。PTUは肝障害の副作用の頻度が高く,ANCA関連血管炎など重篤な副作用の出現にも留意が必要であるが,副作用なく使用できている場合には妊娠前,妊娠後で薬剤の変更をしなくて良いのは利点となる。無機ヨウ素は,ヨウ化カリウムを用いることが多い。母体への副作用はほぼないため本邦では軽症のバセドウ病に対して使用される[2,3]。バセドウ病を無機ヨウ素で加療する診療実績があるのは世界でも日本だけであり,妊婦へも治療は可能である[4~6]。注意すべきは,途中で無機ヨウ素の効果が減弱し甲状腺機能が悪化する症例を予測できないことである[2]。また,効果減弱(エスケープ)する時期も投与開始後まちまちである。このような治療の不確実性から,無機ヨウ素は軽症のバセドウ病で治療は可能であるものの,効果減弱の際には抗甲状腺薬に治療を切り替えることをあらかじめ説明する。確実に甲状腺機能を正常に維持するという点では,抗甲状腺薬のほうが治療の見通しを立てやすい。バセドウ病合併の場合,甲状腺ホルモンが高いまま妊娠すると,母体の心不全,妊娠時高血圧症候群,胎児の流早産,発育遅延のリスクがある。妊娠希望の場合には妊娠前に甲状腺機能を正常に維持することを最優先とする。一方で,妊娠初期には甲状腺ホルモンの需要が増すため,治療によって甲状腺機能低下症にならないよう薬剤調整を行う。
妊娠初期のバセドウ病治療では催奇形性に留意する必要がある。MMIは,頻度は少ないものの頭皮欠損症,後鼻孔閉鎖症,食道閉鎖症,気管食道瘻,臍帯ヘルニア,臍腸管異常などの特殊な先天形態異常との関連が当院のコホート研究,日本甲状腺学会主導の前向き研究(POEMS Study)や欧米においてのコホート研究でも明らかになった[7~10]。PTUについては,デンマークや韓国からの報告で先天異常との関連が報告されているが共通の先天異常はなく,また本邦については確認されていない[7,8,10,11]。これを受けて,日本甲状腺学会からのバセドウ病治療ガイドライン2019においては妊娠5週から9週6日まではMMIは避けることとなっている[12]。妊娠前にPTUが副作用で使用できないことが判明している場合には,妊娠まではMMIで管理し妊娠が判明した場合には,妊娠9週6日まではMMIを中止し落ち着いていれば休薬,中止できない場合は無機ヨウ素に変更,変更後に効果が減弱し甲状腺機能のコントロールが不良になる場合にはMMIに再度変更することも考慮する[5]。薬剤変更の際には甲状腺機能が変動する可能性があり,こまめに甲状腺機能を測定し内服量の調整を行う。妊娠前からPTUで加療している場合には,薬剤の変更は必要ないが,薬剤は必要最小量が望ましく病勢が落ち着いている場合には中止する。
妊娠中に初めて抗甲状腺薬を開始する場合には,非妊娠時と同様に抗甲状腺薬による副作用(皮疹,肝障害,無顆粒球症)に注意が必要であり,投与開始後3カ月以内に発症することが多いため2週間毎に肝機能,血算を含めた採血を行い,慎重に経過を追う。
妊娠中期,後期にかけては免疫寛容によりバセドウ病の病勢も弱まり,抗甲状腺薬やKIは中止できることが多いが,内服減量すると甲状腺機能が高くなる場合には内服継続して母体の甲状腺機能を正常に保つ必要がある。胎児の甲状腺ホルモンは妊娠12週から分泌開始,甲状腺が完成するのは18~20週ごろである。したがって,妊娠中期以降は胎児の甲状腺機能への影響も考慮して母体の治療を行う。内服量は胎児への移行を考え必要最小限が望ましく,甲状腺機能が正常範囲を維持できる範囲で減量していく。母体の甲状腺機能管理の指標としてはTSHが感度以下でなく,測定される(TSH>0.01μIU/ml)ようであれば抗甲状腺薬を減量し,FT4がキットの(非妊娠時の)基準上限付近を維持できるようにする。
出産までにTRAbが低下し,甲状腺機能も正常を保ち抗甲状腺剤を中止できた場合には,出産時に留意すべき点はほとんどない。出産時まで抗甲状腺薬を内服していた場合には,出産時の臍帯血で測定した児のFT4は母体よりも有意に低くMMIやPTUで妊娠中期,後期で治療継続する場合には母体のFT4は正常上限値を目安に甲状腺機能をコントロールすると児の甲状腺機能低下症のリスクは低くなる[5,13]。無機ヨウ素では母体と出産時の臍帯血での児のFT4は差を認められず,甲状腺機能低下症は認めなかったため,無機ヨウ素の場合は通常の基準範囲内での甲状腺機能コントロールで良い[5]。
一方で妊娠中期,後期に母体のTRAb,TSAbが高値持続すると,胎盤を通過して胎児の甲状腺を刺激して胎児バセドウ病を引き起こす可能性がある。母体の甲状腺ホルモン管理のため抗甲状腺薬や無機ヨウ素を内服している場合には,こちらも胎盤を通過するため胎児の甲状腺ホルモン産生を抑制し,胎児バセドウ病に対する治療となって胎児の甲状腺機能は亢進には至らないかもしれない。したがって,甲状腺刺激抗体が高く,母体の抗甲状腺薬の用量が多い場合には,胎児の甲状腺機能異常を来していないか産科と連携を要する。胎児の甲状腺機能を測定する方法には臍帯穿刺があるがリスクが高く,胎児心音や甲状腺腫,発育,骨成長などで間接的に胎児の甲状腺機能異常を疑う所見がないか,モニターが必要であり,産科医と内分泌専門医との密な連携が必要である。具体的にはTRAbはキットのカットオフ値の3倍以上の抗体価,MMIは20mg以上,PTUは150mg以上の場合に注意する[14]。
出生時に胎児の甲状腺機能が正常もしくは低下症であっても,児に移行した甲状腺刺激抗体が下がるよりも母親由来の抗甲状腺薬の効果が消失するほうが短いため,出生4~5日後に甲状腺ホルモンが上昇する新生児バセドウ病の例もある。
バセドウ病術後や131I内用療法後で母体の甲状腺ホルモンが正常または甲状腺ホルモン補充療法中であるのに甲状腺刺激抗体価が妊娠中後期においても高値の場合には,胎児バセドウ病に注意が必要である。TRAbが基準範囲の3倍以上である場合には新生児バセドウ病のリスクが高いと言われている。131I内用療法後の母児においては,131I内用療法から妊娠までの期間が短いほど新生児バセドウ病の頻度が高く,妊娠後期のTRAbが9.7IU/L以上がリスク因子であった。妊娠後期TRAb高値の母体では,念のため臍帯血を用いた新生児の甲状腺機能検査と新生児科と連携がとれる病院での出産を推奨している。母体からの甲状腺刺激抗体(TRAb,TSAb)は,児からは自然に消失するため新生児バセドウ病は多くの場合治療は一定期間で限定的であり,抗甲状腺薬や無機ヨウ素で治療する。
産後はバセドウ病の病勢は増悪することが多い。授乳する際には,薬剤の母乳への移行を考慮する必要がある。母体血漿から乳汁への薬剤の移行はMMIのほうがPTUよりも高い。母乳を介した相対的乳児投与量はMMIで2.5~13.7%,PTUは1.3%未満と報告されている。このことから,バセドウ病の治療にMMIを使用する場合は1日10mg以下,PTUでは1日300mg以下であれば児の甲状腺機能を測定することなく投与が可能である。MMIが10mgを超える場合には内服後6時間までは授乳を控え,その間は人工乳とする。MMIの乳汁中への移行は内服後2~4時間がピークであるため,6時間経過後は授乳可能である。MMI20mgを超える場合には児の甲状腺機能の評価が望ましい[12]。
KIを母体が内服した場合に,血中濃度よりも高い濃度でヨウ素が濃縮され乳汁中に含有するヨウ素は多量となる。乳児の甲状腺機能はおおむね良好に保たれたとの報告もあるが,可能な限り避けることが推奨されており,やむを得ず投与する際には児の甲状腺機能の評価を行う[15]。
妊娠中は免疫寛容にてバセドウ病の病勢が落ち着き,抗甲状腺薬や無機ヨウ素を中止できる症例が半数以上ある。その一方で,妊娠中も病勢が強いままで内服薬を減量できない症例もある。
抗甲状腺薬による治療は甲状腺刺激抗体を下げる効果は薄いため,抗甲状腺薬を増量しても刺激抗体が下がったり寛解率が上がるわけではない。抗甲状腺薬治療継続中も甲状腺機能の増悪を繰り返す症例,甲状腺腫が増大する症例は寛解困難であり,妊娠中後期も病勢が落ち着かないリスクが高く,さらに産後のバセドウ病増悪が懸念される。こういった症例で妊娠希望の場合には,妊娠前に手術や131I内用療法へ変更することが望ましい。131I内用療法の場合,治療後6カ月の避妊期間を要するが,甲状腺機能変動は治療後1年程度は起こりうる。また,131I内用療法後3~4カ月をピークに甲状腺刺激抗体が上昇し,その後低下してくるのに1年要し,中には抗体が高値のまま持続する症例もある。甲状腺刺激抗体が高いまま遷延する症例を事前に予測することが可能か検討を行ったが,131I内用療法前の治療期間や内服薬,内服薬の用量,甲状腺の大きさ,131I治療量などのパラメータでは予測が難しかった[16]。バセドウ病に対する手術の場合には,例外はあるものの術後には甲状腺刺激抗体は低下しやすい。術後甲状腺機能が正常に落ち着けば,妊娠は可能である。早期寛解,早期妊娠希望の場合には手術は良い選択肢である。
バセドウ病は妊娠可能年齢の女性に多いため,症状からバセドウ病を疑う所見があれば積極的に検査し,早期に診断することが重要である。
バセドウ病が妊娠前に診断された場合には,抗甲状腺薬治療,無機ヨウ素治療,131I内用療法の治療量,手術治療のそれぞれの利点,弱点を患者に説明し,挙児に向けて計画妊娠が望ましいこと,妊娠初期の内服薬選択の注意点,産後増悪と授乳についての情報を共有する。バセドウ病は経過が長いことが多く,必要な情報をくりかえし伝え,薬剤を含めた治療の変更については,折に触れて診療の中で相談していくことが大切である。
このたび,内分泌外科学会雑誌に寄稿させていただく機会をいただき,筑波大学井口研子先生をはじめ関係の方々に深謝いたします。