Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Print ISSN : 2434-6535
Management of thyroid cancer during pregnancy
Akiko Iguchi-Manaka
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2023 Volume 40 Issue 3 Pages 173-177

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抄録

甲状腺癌は女性に多く,生殖年齢の女性が罹患するがんの中では比較的多くみられ,そのほとんどが分化癌で予後良好である。妊娠初期に分泌されるhCGは甲状腺濾胞上皮細胞のTSH受容体に交差刺激を起こすため,甲状腺癌の進行は妊娠により促進される可能性が考えられるが,妊娠期甲状腺癌の予後は非妊娠期とかわらないとされている。診断については非妊娠期と同様に超音波検査と穿刺吸引細胞診が有用であり,CT,MRI,シンチグラフィ,FDG-PETなどは甲状腺腫瘍の良悪性の鑑別には推奨できず,また放射線被曝のリスクなどがあり妊娠中は避けるべきである。分化癌の外科治療は出産後まで延期することが可能であり,妊娠中より出産後のほうが望ましい。妊娠中は超音波検査での経過観察が勧められ,妊娠中に急速に進行する場合は妊娠中の外科治療を考慮し,第2三半期に行うのが望ましい。放射性ヨード内用療法,マルチキナーゼ阻害薬は禁忌である。

はじめに

甲状腺癌,特に甲状腺分化癌は生殖年齢の女性が罹患するがんの中では比較的多くみられ,日常診療ではしばしば妊娠期の甲状腺癌患者に遭遇する。その疫学や治療などについて述べる。

妊娠期甲状腺癌の疫学

甲状腺癌は男性に比べて女性に多く,わが国における2019年の推計罹患数は男性4,888人,女性13,892人(国立がん研究センターがん情報サービス)で,女性は男性の約3倍である。年齢別にみた女性の甲状腺癌罹患率は,10歳代後半から増加し70歳代前半で最も高くなるが(図1),AYA世代の女性が罹患するがんの中では比較的多くみられ,10代後半で3番目,20歳代で1番目,30歳代で3番目に多い(図2)。組織型別の年齢分布は,分化癌である乳頭癌,濾胞癌は50歳代がピークであり,生殖年齢の甲状腺癌はそのほとんどが分化癌で,予後良好である[]。一方で予後不良である未分化癌は40歳未満には発生が極めて稀で,60歳以上の高齢者に多い[]。髄様癌は若年者にも発生し,進行の遅いものから急速に進行するものまで様々である。

図1.

甲状腺癌の年齢階級別罹患率

図2.

女性の小児・AYA世代のがん種の内訳

分化癌の発症については,女性に多く,また生殖年齢の女性における年齢特異的な増加がみられることから,生殖ホルモンの影響が示唆される。生殖ホルモン因子と甲状腺癌発症リスクとの関連に関する疫学的研究は複数あるが,その関連についてはそれほど明確になっておらず,初経年齢の遅さ・月経周期の延長と乳頭癌発症リスク増加との関連を示唆するもの[]や,生殖ホルモン因子と甲状腺癌発症リスクに強い関連性は見いだされなかったもの[]もあるが,一般的には生殖ホルモンの暴露時間は甲状腺癌発症リスクの増加と関連しているようである[]。

わが国における妊娠中の甲状腺癌の合併率は不明であるが,海外の報告では10万出産中14~27人と報告されている[10]。妊娠初期に分泌されるヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)はαβの2つのサブユニットから成る糖タンパク質ホルモンであり,αサブユニットは卵胞刺激ホルモン(FSH),黄体形成ホルモン(LH),甲状腺刺激ホルモン(TSH)に共通で,これらは構造的に相同である。hCGは濃度が最も高い妊娠第1期に甲状腺濾胞上皮細胞のTSH受容体に交差刺激を起こし,その結果,甲状腺の生理的腫大や新出結節の出現[1112]に関与すると考えられる。甲状腺癌の進行も妊娠により促進される可能性が考えられるものの,妊娠期甲状腺癌の予後は,非妊娠期甲状腺癌とかわらないとされている[1315]。

妊娠期甲状腺癌の診断

(1)超音波検査

甲状腺腫瘍の画像診断の第一選択は超音波検査である。甲状腺腫瘍の画像診断には他にCT,MRI,シンチグラフィ,FDG-PETなどが用いられるが,良悪性診断の感度・特異度は超音波検査が最も高く,かつ非侵襲的であることから,超音波検査が最も有用である[1617]。妊娠期でも非妊娠期と同様に病変を評価することができ,安全かつ簡便に検査を行うことができる。

(2)穿刺吸引細胞診

非妊娠期と同様,甲状腺腫瘍の良悪性診断には穿刺吸引細胞診が極めて有用である[1617]。超音波ガイド下で安全かつ簡便に検査を行うことができる。妊娠により細胞形態が変化することはなく,細胞診には標準的な診断基準が適応されるべきである[18]。

(3)その他の画像診断

他の検査法としてはCT,MRI,シンチグラフィ,FDG-PETなどがあげられるが,これらを甲状腺腫瘍の良悪性の鑑別に用いることは勧められない。

CT,MRIは甲状腺癌の気管,食道,反回神経,総頸動脈,内頸静脈などへの浸潤やリンパ節転移,遠隔転移などの評価に用いられるが,非妊娠期と同様に進行癌症例以外では必要性が低い。また放射線被曝,造影剤などによる胎児へのリスクを考慮すると,妊娠中は避けるべきである。

シンチグラフィには甲状腺結節の機能性を評価するための123Iシンチグラフィ,99mTcシンチグラフィと,腫瘍シンチグラフィの201Tlシンチグラフィ,67Gaシンチグラフィなどがあるが,放射線被爆のリスクを考慮すると妊娠中は避けるべきである。

FDG-PETは進行甲状腺癌の遠隔転移の評価などには有用性があると考えられるが,放射線被爆のリスクを考慮すると妊娠中は避けるべきである。

(4)血液検査

TSHは甲状腺分化癌の増殖因子であるが,バイオマーカーとしては確立されていない。また妊娠初期はhCG分泌の影響でTSHが低下するため,測定値が正常値であるかどうかを判断するのは難しい。

サイログロブリンは甲状腺全摘後の病勢判断のためのバイオマーカーとして有用であるが,多くの甲状腺良性疾患でも上昇するため,甲状腺腫瘍の良悪性の鑑別には適さない。

カルシトニン,CEAは甲状腺癌全体のスクリーニングには適さないが,甲状腺髄様癌に関してはバイオマーカーとして確立されている[16]。ただし妊娠中は生理的な上昇がみられ,基準値を超えても直ちに甲状腺髄様癌と診断することはできない。

(5)病理学的特徴

妊娠期甲状腺癌に特徴的な病理組織所見は特になく,非妊娠期甲状腺癌と同様である。妊娠期甲状腺癌が非妊娠期甲状腺癌と比較して病理学的悪性度が高いかどうかについては,確かな報告がないため不明であるが,妊娠により細胞形態は変化しないこと[18],予後は非妊娠期甲状腺癌とかわらないとされていることより,大きな差はないと考えられる。

妊娠期甲状腺癌の治療

(1)外科治療

妊娠期甲状腺分化癌は出産後まで外科治療を延期しても予後には影響しないと報告されている[131920]。Moosaらは61例の妊娠期甲状腺分化癌患者と年齢調整した528例の非妊娠甲状腺分化癌患者を後ろ向きに比較検討し,妊娠期甲状腺分化癌患者と非妊娠期甲状腺分化癌患者の間で再発率,遠隔再発率,疾患特異的死亡率に差はなく,また妊娠期甲状腺分化癌患者のうち妊娠中に外科治療を受けた群と出産後に外科治療を受けた群の予後に差はないと報告した[13]。さらに妊娠中の外科治療は合併症リスクやコストが高くなり入院期間も延長すると報告されている[21]。以上より,妊娠期甲状腺分化癌の外科治療は出産後まで延期することが可能であり,妊娠中に行うよりも出産後まで延期するほうが望ましい[141517]。ただし妊娠中は超音波検査での経過観察が勧められ,妊娠中に急速に進行する場合は妊娠中の外科治療を考慮する。

妊娠中に外科治療を行う場合,第1三半期では流産のリスク,第3半期では早産のリスクが高くなり,第2三半期の24週までに行うのが望ましい[22]。術後は甲状腺機能低下症のリスクも考えられ,特に第1三半期の胎児は母親由来の甲状腺ホルモンのみを利用するが,妊娠18週頃には胎児甲状腺ホルモンの分泌が始まるため,19週以降であれば甲状腺機能低下症の胎児への影響は少なくなると考えられる。妊娠中に外科治療を行う場合は,19週から24週の間に行うのが望ましい。

甲状腺分化癌以外の悪性腫瘍は悪性度と予後に応じ症例ごとに対応を検討する。

(2)放射性ヨード内用療法(RAI)

甲状腺全摘術後,あるいは甲状腺分化癌のリンパ節転移・遠隔転移に対するRAIは,いずれも妊娠中は禁忌である。RAIを受ける生殖年齢の女性は,RAI投与前に妊娠陰性のスクリーニングが必要である。またRAI後は6~12カ月間避妊すべきである[1415]。

授乳中の女性もRAIは禁忌である。放射性ヨウ素は授乳中の乳腺組織に濃縮されるため[23],授乳中の女性に投与してはならない[24]。RAIを行う場合は断乳後少なくとも3カ月以降とすべきである[15]。診断用の123Iまたは低用量131Iスキャンを使用し,乳腺への取り込みを評価してから治療時期を検討するという方法もある[25]。

(3)マルチキナーゼ阻害薬

根治切除不能甲状腺癌に対し,現在実臨床ではマルチキナーゼ阻害薬であるソラフェニブ,レンバチニブ,バンデタニブが使用可能であるが,これらは動物実験でヒトの臨床用量を下回る用量で胚・胎児毒性および催奇形作用が報告されており,妊娠中の投与は禁忌である。また動物実験で乳汁中へ移行することが報告されており,授乳中の女性への投与も禁忌である。やむを得ず投与する場合には授乳を中止させる必要がある。

(4)再発治療

妊娠により甲状腺分化癌の再発リスクは増加しないとされている[14]。

妊娠中に局所再発やリンパ節転移を指摘された場合,妊娠中に外科治療を行うかどうかは症例に応じて検討する。妊娠中のRAI,マルチキナーゼ阻害剤は禁忌である。

(5)甲状腺癌術後のホルモン補充療法

妊娠により甲状腺ホルモンの需要が増すため,甲状腺片葉切除術後の妊娠では甲状腺機能低下症をきたす可能性があり,その場合は妊娠成立後にレボチロキシン補充が必要になる。また甲状腺全摘術後では非妊娠時の補充量の30~50%程度の増量が必要になることが多い[26]。胎児の発育と母体の健康のために,適切な管理が重要である。

遺伝性疾患

甲状腺髄様癌のうち,約30%が遺伝性の多発性内分泌腫瘍症2型(multiple endocrine neoplasia type 2;MEN2)に属する。MEN2はMEN2A,MEN2Bおよび家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma;FMTC)の3病型に分類される。いずれの病型も常染色体優性遺伝疾患であり,RET遺伝子の生殖細胞系列変異を認める。MEN2に認められる3大病変は甲状腺髄様癌,褐色細胞腫,原発性甲状腺機能亢進症であり,甲状腺髄様癌の生涯浸透率はほぼ100%で,発症年齢は若年から高齢まで幅広い。褐色細胞腫がある場合,妊娠や分娩は母子ともに非常にリスクが高くなるため,MEN2の女性は妊娠前に褐色細胞腫のスクリーニングを行うことが重要である。MEN2と診断された場合は,本症の診療経験が豊富で,かつ遺伝子診断や遺伝カウンセリングを含めた包括的な診療体制が整備されている診療機関に患者を紹介するなどの配慮が望ましい[2728]。

おわりに

妊娠期甲状腺癌は予後良好であるからこそ,胎児の発育,母体の心身の健康のために正しい管理が重要である。

【文 献】
 
© 2023 Japan Association of Endocrine Surgery

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