2023 Volume 40 Issue 4 Pages 206-211
甲状腺良性結節のマネジメントと治療,特に手術適応については明確なエビデンスに基づく基準によった適応や一貫した治療方針は定められていない。甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010や甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013に良性結節に手術を選択する条件について記載があるが,各施設において独自の基準に基づき加療されている。当科では手術適応として腫瘍径40mm以上,もしくは40mm未満でも有症状である事,穿刺吸引細胞診で術前良悪性鑑別困難並びに患者機能(美容など)を適応の原則基準としている。
今回,術前非悪性甲状腺腫瘤の診断で手術を施行した患者の臨床的指標に関する研究として,当科での良性甲状腺結節治療(手術症例とその病理結果)について後方視的に検討したので概説する。
2018年1月から2022年12月までに当科において術前に非悪性甲状腺腫瘤と診断され手術に至った128症例の術前穿刺吸引細胞診の結果,腫瘍径,サイログロブリン値,術後病理結果などを後方視的に検討した。術前の穿刺吸引細胞診(Fine needle aspiration cytology:FNAC)が良性であった症例の術後病理検査結果は悪性7例,良性63例であり,良性的中率は90%であった。術前FNACが意義不明であった症例の術後病理結果は,悪性が15例,良性35例であり良性的中率は70%であった。術前FNACで検体不適正であった症例の6例ですべてが良性の結果であった。術前FNACで悪性疑いの症例は1例であり,最終病理組織検査で良性であった。今回,当科で甲状腺腫瘤における術前診断が非悪性腫瘤で,手術に臨んだ最終病理組織検査結果では, 悪性は23例(18.0%)となっており,濾胞癌11例,乳頭癌11例,未分化癌1例であり,現在の手術適応は概ね認容できると考えられた。
良性甲状腺結節のマネジメントと治療に関しては,現在一貫した治療方針は定められておらず,各施設によってばらつきがあるのが現状である。
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010ではガイドライン作成委員のコンセンサスとして 1.大きな腫瘤を形成している 2.増大傾向あり 3.圧迫またはその他の症状 4.整容性に問題がある 5.超音波検査で癌が否定できない 6.細胞診断で癌が否定できない 7.縦隔内へ結節が進展している 8.機能性結節である 9.サイログロブリンが異常高値である,などの意見が出されている。このうち,1.に関しては腫瘍最大径が40mm以上を手術適応とするのが最も多く,次いで30mm以上,50mm以上となっている[1]。
また甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013では「良性」と考えられる結節に対して手術を考慮する条件について,①結節の大きさ ②結節の増大傾向 ③縦郭甲状腺腫 ④血性Tg高値という4項目で触れている[2]が,明確に確定した基準としての手術適応ではなく,10年以上アップデートされないままになっている。
当科では手術適応として腫瘍径40mm以上,もしくは40mm未満でも有症状である事,穿刺吸引細胞診で術前良悪性鑑別困難並びに患者機能(美容など)を適応の原則基準としている。
今回,術前非悪性甲状腺腫瘤の診断で手術を施行した患者の臨床的指標に関する研究として,当科での良性甲状腺結節治療(手術症例とその病理結果)について後方視的に検討したので,これをまとめ当科での甲状腺良性結節の治療方針として概説する(倫理承認番号:5909-00)。
2018年1月から2022年12月までに当科において術前に非悪性甲状腺腫瘤と診断され手術に至った128症例の術前穿刺吸引細胞診の結果,最大腫瘍径,血清サイログロブリン値,術後病理結果などを後方視的に検討した。
対象患者背景:男性23例,女性105(82.0%)例,年齢中央値は55(16~90)歳,血清サイログロブリン中央値は155(4.21~7,263)ng/mL,最大腫瘍径の中央値は45(7~152.8)mmであった。最大腫瘍径の分布については図1に示す。
最大腫瘍径分布
最大腫瘍径の中央値は45(7~152.8)mmであった。
手術適応別結果:
1 症状の有無について
術前細胞診良性で症状があり:5例(7.1%)であり,その内訳は,嗄声:1例,違和感:1例,張り:1例,圧迫感:2例であった。
2 最大腫瘍径について
最大径40mm未満:43例,(手術施行理由は細胞診の内訳が意義不明:9例,乳頭癌疑い:1例,濾胞性腫瘍疑い:22例,増大傾向あり:5例,有症状:5例,30mm以上で本人の手術希望1例であった。)
最大径40mm以上:85例(66.4%),細胞診の内訳は検体不適正:4例,良性:60例,意義不明:8例,濾胞性腫瘍:8例,悪性疑い:1例,未施行1例であり,その他の理由は増大:1例,嗄声:1例,圧迫感:1例であった。
3 穿刺吸引細胞診について
良性70例(54.7%),意義不明50例(39.1%),検体不適正6例,悪性疑い1例,未施行1例であった。
術後病理組織診断結果:最大腫瘍径と病理結果については,腺腫様甲状腺腫・濾胞腺腫・FT-UMP・NIFTP・乳頭癌・濾胞癌として群分けし図2で示すが,その相関関係はなくオッズ比1.01(95% CI:0.99-1.03)であった。
最大腫瘍径と最終病理結果
最大腫瘍径と病理結果に明らかな相関関係はない。
オッズ比1.01(95% CI:0.99-1.03)
術前の穿刺吸引細胞診(Fine needle aspiration cytology:FNAC)で良性の病理組織検査結果は,腺腫様甲状腺腫48例(76.2%),濾胞腺腫12例(うち好酸性細胞型濾胞腺腫1例),NIFTP2例,FT-UMP1例,乳頭癌3例,濾胞癌3例(うち微小浸潤型濾胞癌2例),最終病理組織検査で良性となったのは63例で,良性的中率は90%となっていた(図3)。
FNACが良性の病理組織検査結果
術前に施行したFNACの最終病理組織検査における良性と悪性の内訳
最終病理組織検査で良性であったものが63例,悪性であったものが7例であり,良性的中率は90%となっていた。悪性は乳頭癌3例,濾胞癌3例(うち微小浸潤型濾胞癌2例)。
術前FNACで意義不明の病理組織検査結果は,腺腫様甲状腺腫24例(68.6%),濾胞性腫瘍8例(うち好酸性細胞型1例),NIFTP2例,FT-UMP1例,乳頭癌7例(うち大濾胞型乳頭癌1例),濾胞癌6例,(うち微小浸潤型濾胞癌3例,被包性血管浸潤型濾胞癌1例,広汎浸潤型濾胞癌1例,好酸性細胞型濾胞癌1例),低分化癌2例,最終病理組織検査で良性となったのは35例で,良性的中率は70%となっていた(図4)。
FNACが意義不明の病理組織検査結果
術前に施行したFNACの最終病理組織検査における意義不明の内訳
最終病理組織検査で良性であったものが35例で,悪性は15例であった。良性的中率は70%となっていた。悪性は乳頭癌7例(うち大細胞型乳頭癌1例),濾胞癌6例,(うち微小浸潤型濾胞癌3例,被包性血管浸潤型1例,広汎浸潤型濾胞癌1例,好酸性細胞型濾胞癌1例),低分化癌2例。
術前FNACで検体不適正の病理組織検査結果は,腺腫様甲状腺腫4例,濾胞腺腫2例(うち好酸性細胞型濾胞腺腫1例)で,最終病理組織検査で良性となったのは6例ですべてが良性の結果であった(図5)。
FNACが検体不適正の病理組織検査結果
術前に施行したFNACの最終病理組織検査における検体不適正の内訳
最終病理組織検査で良性となったのは6例ですべてが良性の結果であった。
術前FNACで悪性疑いの病理組織検査結果であったものは1例であり,最終病理組織検査で良性であった。
術前FNACと術後最終病理組織検査の結果との差異については図6で示すが,最終病理組織検査で良性となったのは105例で,良性的中率は82%となっていた。
術前FNACと術後最終病理組織検査の結果との差異
最終病理組織検査で良性となったのは105例で,良性的中率は82%となっていた。
悪性はFTC 11例,PTC 11例,ATC 1例で合計18%であった。
最大腫瘍径と血清サイログロブリン値の関係については図7で示すが,今回の検討では最大腫瘍径が大きくなるにつれて有意に高くなっていた(P=0.0227)。
最大腫瘍径と血清サイログロブリン値
血清サイログロブリン値と最大腫瘍径の相関解析を行った。
最大腫瘍径が大きくなるにつれてサイログロブリン値は有意に高くなっていた(P=0.0227)。
今回の検討の中で,特殊型濾胞腺腫について最終病理組織検査で好酸性細胞型は3例,明細胞型はなかった。3例のうち1例は38mmで増大傾向があり手術となり,残りの2例は40mm大であった。術前FNACでは検体不適正が1例,良性が1例,意義不明が1例の結果であった。
多変量解析を行い,最終病理組織診断の良悪性との関係を因子毎で見てみると,①腫瘍径40mm以上 オッズ比0.32(95% CI:0.06-1.63)P=0.16,②腫瘍径60mm以上 オッズ比2.45(95% CI:0.32-18.7)P=0.38,③年齢 オッズ比0.54(95% CI:0.47-6.32)P=0.63,④サイログロブリン値 オッズ比1.81(95% CI:0.12-27.13)P=0.67,となっており各因子で有意差はなかった。
今回,当科での手術適応として腫瘍径40mm以上,もしくは40mm未満でも有症状である事,FNACで術前良悪性鑑別困難,並びに患者機能(美容など)を適応の原則基準として手術に臨んだが,その適応基準については多くの文献の後方視的な検討から導き出されたもので確定的なものがない。
Hammadらは,腫瘍径と悪性腫瘍の関係についての7個の研究のまとめで,甲状腺結節n=10,817において2,206(20.4%)が悪性腫瘍,そのうち3~5.9cmの結節では3cm未満の結節と比較して悪性腫瘍リスクが26%高い。しかし,6cm以上の結節は3cm未満の結節と比較して悪性腫瘍リスクが16%低かったと報告している[3],またMegwaluの報告では4cm以上の甲状腺結節101個での悪性リスクの検討においては,悪性腫瘍のリスクは9.9%であり,腫瘍径は有意な危険因子ではなかった[4]と報告されている。
Shresthaらの甲状腺結節の大きさが悪性腫瘍のリスクと穿刺吸引細胞診の精度に及ぼす影響についての報告では,甲状腺結節の大きさ4cmは,FNACの偽陰性のリスクも,悪性腫瘍の全体的なリスクも増加させないことが示された[5]。
2010年の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは,結節性甲状腺腫の手術適応についてのボーディングで,腫瘍最大径が何cm以上で手術適応とするかとの問いに対しては,4cm以上と回答した人数が最も多かった[1]。このことからも,日本の第一線で治療にあたる医師の間で4cmという基準が意識され,各施設間の基準となっている事が分かる。
Tuttleらの報告においても,FNACを施行し濾胞腺腫を疑い,甲状腺切除を行った症例では,悪性のリスクが腫瘍径4cm以上の症例では4cm未満より高かったとしている[6]。
このような文献的考察を踏まえて,甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013では総合的な判定が必要としつつも,腫瘍径については40mm以上をひとつの項目としてあげている[2]。
今回,当科で甲状腺腫瘤における術前診断が非悪性腫瘤で,当科の良性甲状腺結節の手術適応に準じて手術に臨んだ症例の最終病理組織検査結果では,悪性は23例(18.0%)となっており,濾胞癌11例,乳頭癌11例,未分化癌1例であり,全例が良性ではない事を考慮すれば,現在の手術適応は概ね認容できると考えられた。
自験例で有意差は認められないものの,文献・ガイドラインなどを考慮し腫瘍径40mm以上を手術適応とするのは妥当と考える。
上記とは別に,腫瘍径と遠隔転移の関係性について述べられているMachensらの報告によると,366名のPTC患者と134名のFTC患者で検討を行い,いずれの組織型でも腫瘍径が2cmを超えると遠隔転移が増加すると報告されている[7]。
これを踏まえて,臨床的に良性と判断した非手術症例の中にも悪性腫瘍が隠れている可能性があるため,定期的な経過観察が必要と考える。
以上,当科での甲状腺良性結節の治療方針を概説した。
今回の特集で他施設の検討内容も踏まえて,今後の甲状腺良性結節の手術適応基準作成の一助となれば幸いである。
この内容の一部は第35回日本内分泌外科学会総会(会期2023/6/15-17,松本市)で発表した。