2023 Volume 40 Issue 4 Pages 246-250
多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の原因遺伝子は胚細胞性のRET遺伝子であり,家族スクリーニングにおける遺伝学的検査により臨床的にはまだ未発症であるRET病的バリアント保有未発症者を同定することができる。MEN2の甲状腺髄様癌の浸透率はほぼ100%であるため,発症前に甲状腺を全摘することで発症を回避できる。欧米のガイドラインではRET病的バリアント部位に応じてリスク分類と「予防的」甲状腺全摘術の推奨時期を提唱しており,以前より欧米を中心に同手術がおこなわれ始め,当院でも1994年より施行してきたが,本邦での報告はほとんどない。2022年までに当院でMEN2のRET病的バリアント保有未発症者における甲状腺髄様癌に対する顕性化前甲状腺全摘術をおこなったのは31例あり,全例カルシウム負荷試験で反応がみられた後に施行しており,手術時年齢は欧米の報告よりも比較的高かった。術後病理組織学的検査では22例ですでにミクロレベルの微小な髄様癌を,9例でC細胞過形成のみを発症していた。術後に1例のみ局所リンパ節再発をきたしたが,再手術にて生化学的治癒が得られた。治療成績から本邦における顕性化前甲状腺全摘術の時期はカルシウム負荷試験が陽性になった時点での手術施行で妥当と思われる。
多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の原因遺伝子は胚細胞性のRET遺伝子であり,臨床的には家族性甲状腺髄様癌(FMTC)を含むMEN2AとMEN2Bの2つの病型に分けられ,発症する病態がおのおの異なるが,主要病変である甲状腺髄様癌はいずれにおいてもみられる。MEN2における甲状腺髄様癌の浸透率はほぼ100%であり,若年発症の可能性も高く,MEN2症例の生命予後に大きく影響する。一方,MEN2症例の家族スクリーニングにおいて遺伝学的検査により,臨床的にはまだ発症していないRET病的バリアント保有未発症者を同定することができるので,髄様癌の発症前に甲状腺を「予防的」に全摘出することは根治につながる。米国甲状腺学会(ATA)のガイドライン2015[1]によるとMEN2患者の血縁者でRET病的バリアントが判明している場合は,根治が期待できることからProphylactic thyroidectomy(「予防的」甲状腺全摘)が強く推奨されており,またそれをおこなうべき時期も示されている。しかし,幼児期での手術は合併症や周術期の管理における問題の懸念がある。一方,本邦においては何歳からRET遺伝学的検査を勧めるか,病的バリアントの部位に応じて何歳から甲状腺全摘術を勧めるかに関してのコンセンサスは存在していない。そのため甲状腺腫瘍ガイドライン2018[2]では「未発症変異キャリアに対して一律に予防的甲状腺全摘を行うことは推奨しない」と記載されている。また本邦では,ほとんどの施設で本術式はおこなわれていないのが現状と思われる。
当院では1994年よりMEN2における甲状腺髄様癌に対する顕性化前甲状腺全摘術を施行してきたのでその結果も述べる。なお,「顕性化前」とは,RET病的バリアントがあり,画像検査では明らかな腫瘤が認められないが,カルシウム負荷試験にて血中カルシトニン値に異常反応が認められる状態と定義した。
甲状腺髄様癌は散発性と遺伝性いわゆるMEN2の2タイプがあるが,いずれも現時点では手術療法のみが根治を期待できる唯一の決定的な治療法である。ATAの髄様癌診療ガイドライン[1]では散発性や遺伝性に関係なく甲状腺全摘を勧めているが,われわれは散発性髄様癌の場合はほとんどが単発性であり必ずしも全摘にこだわる必要はなく,病変の広がりに応じた甲状腺切除でよいと報告した[3]。一方,遺伝性であれば大部分で甲状腺両葉に髄様癌が多発していることから,手術時にたとえ病変が単発であるようにみえても甲状腺全摘術をおこなう(片葉切除では将来,残存甲状腺から髄様癌が生じる可能性が高い)。髄様癌の転移形式は主にリンパ行性と血行性である。遺伝性,散発性にかかわらず,高頻度のリンパ節転移を認めることが多い。リンパ節転移陽性の症例では,きちんと郭清をおこなっても術後カルシトニン値が正常化しない症例が約50%存在し,血行性転移が存在するものと推測される[4]。リンパ節郭清については遺伝性の有無に関係なく中央区域(気管周囲)は必須である。ATAガイドライン2015[1]によれば,血中カルシトニン値が高値でない場合で明らかなリンパ節転移がなければ外側区域の予防的頸部リンパ節郭清は勧めてはいない。当院では術前の画像診断などでのリンパ節転移の有無にかかわらず,ルーチンに患側の外側区域の頸部リンパ節郭清を,さらに遺伝性の場合には甲状腺病変の広がりに応じて両側の頸部リンパ節郭清をおこなってきたが,当院の治療成績は欧米の報告と比べてかなり良好であり[4],上述のわれわれの手術方針は妥当であると考えている。
最近まで甲状腺髄様癌に対する有効な全身治療はなく,再発,とくに遠隔転移をきたした場合の治療は困難をきわめていたが,本邦においても進行再発甲状腺癌に対して2014年以降,複数の分子標的治療薬が承認された。残念ながら完全奏効を狙う治療法ではなかったが,2022年に他剤と比べても高い奏効率を示すselpercatinibが承認発売され,今後の治療成績が期待される[5]。本剤はコンパニオン診断をおこなってから使用する薬剤であるが,「RET遺伝子変異陽性の根治切除不能な甲状腺髄様癌」に対する治療薬でもあるため,生殖細胞系でのRET病的バリアントが判明しているMEN2症例にはコンパニオン診断は不要である。
甲状腺髄様癌は散発性か遺伝性かにより,手術術式,関連疾患へ治療を含めたその治療方針が大きく異なるため,術前での鑑別が非常に重要となる。甲状腺髄様癌以外のMEN2関連疾患がなく家族歴もない,臨床上は一見,散発性と思われる髄様癌症例でもRET遺伝学的検査をおこなうと15%程度は遺伝性である[6]。現在,欧米ならびに本邦のガイドラインではすべての甲状腺髄様癌に対してRET遺伝学的検査をおこなうことを強く推奨している[1,2,7,8]。遺伝学的検査によりMEN2と判明した場合は,その血縁者にも遺伝学的検査をおこなう。その結果,MEN2のいずれの病変も発症していないが同一の病的バリアントが認められるRET病的バリアント保有未発症者を診断することが可能となる。
以前より,欧米ではこのRET病的バリアント保有未発症者に「予防的」甲状腺全摘術がおこなわれてきたが,これには甲状腺髄様癌が真に未発症の正常甲状腺の全摘と,すでに微小な髄様癌が発症している甲状腺を極早期治療目的に全摘する両方が混在している。RET病的バリアント部位によりその髄様癌の発症時期や悪性度が異なることから,同ガイドラインではRET病的バリアント部位によって3つのリスクグループに分類し「予防的」全摘術を含めた臨床的対応を示している[1](表1)。同ガイドラインは欧米のデーターから過去に最も早く発症した年齢をもとにして主に最も早い症例を見逃さないように策定されている。
RET変異コドンに基づく遺伝性髄様癌のリスクレベルと臨床的対応(ATAガイドライン2015 一部抜粋)
本邦では2016年4月から甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査が保険適応になったことから,同検査が実施しやすくなった。現時点では甲状腺髄様癌と診断されている症例のみが保険適応であり,甲状腺髄様癌が診断されていない血縁者は保険適応になってはいない。しかし,発端者が遺伝学的検査を受けることで遺伝性髄様癌を正確に診断できるので,以前と比べてその血縁者へのスクリーニングの機会,ひいてはRET遺伝学的検査は増加するものと思われる。したがって本邦でも今後はRET病的バリアント保有未発症者,そして甲状腺髄様癌に対する顕性化前甲状腺全摘術のケースが増えてくるものと想像される。さきほどのガイドラインは欧米のデーターをもとにしており,日本人のデーターをもとにしたガイドラインやコンセンサスはいまだに存在しておらず,日本人のすべてのRET病的バリアント保有未発症者に対して,そのまま欧米のガイドラインの推奨年齢どおりに手術を勧める,あるいは施行することが妥当であるかは不明である。また本邦では,ほとんどの施設で本術式はおこなわれていないのが現状と思われる。
また,術前にMEN2関連疾患,とくに褐色細胞腫の検索は必ずおこなっておく。MEN2の褐色細胞腫に関しては,通常は甲状腺髄様癌が先行し,30~40歳で約半数が発症するが,同時発症(診断)や褐色細胞腫が先に発症する場合もある[7]。本術式の際にも,褐色細胞腫が見つかっている場合は必ず先に褐色細胞腫の手術をしておく。褐色細胞腫に気づかずに甲状腺手術をおこなうと,突然死のリスクがあり,大変危険である。
1994年から2022年の間に当院での顕性化前甲状腺全摘術をおこなった症例について述べる。対象としたのはMEN2症例の家族性スクリーニングでRET病的バリアントが認められた症例のうち,①超音波検査で髄様癌を疑う腫瘤がない。②5mm以上の甲状腺腫瘤がある場合は細胞診をおこない髄様癌が否定された。③各種画像検査でリンパ節転移がみられない。④血中カルシトニンやCEAが正常値である,これらをすべて満たした症例のうちカルシウム負荷試験をおこない,反応がみられた場合[9~11]には,すでに微小な髄様癌またはその前段階のC細胞過形成が生じていると考えて,甲状腺全摘術を勧め,承諾が得られて手術を施行したのは31例であった。したがって,「予防的」甲状腺全摘術ではなく,当院では本術式を「顕性化前甲状腺全摘術」と称している。手術時年齢は8~71歳(中央値20歳)で,ATAガイドライン2015[1]に基づくリスク分類別ではhighest risk 1例,high risk 15例,moderate risk 15例であった。初診から手術までの期間中央値は19カ月(2~139カ月)であった。術式は甲状腺全摘術6例,甲状腺全摘術+D1郭清25例であった。術後病理診断では,22例(71%)ですでにミクロレベルの微小な髄様癌が認められ,残りの9例(29%)でC細胞過形成のみが認められ(表2),全例で病変は多発していた。郭清を施行した26例全例でリンパ節転移は認めなかった。全例で術後のカルシトニン値は低下し,術後のカルシウム負荷試験は反応がなく生化学的治癒が得られた。また全例において手術合併症はみられなかった。術後観察期間中央値は127カ月(9~344カ月)で,1例でのみ(p.C618R mutation,手術時10歳,術後病理組織学的検査で微小髄様癌発症,術後88カ月後に頸部リンパ節再発)で再発を認めたが,再発例の再手術後を含めた全例で再発は認めておらず,術後カルシトニン値も感度以下である。カルシトニン値の測定は2015年3月までは旧法のRIA法で,2015年4月からはECLIA法で施行している。
当院の手術例におけるATAガイドライン2015リスク別手術時年齢と病理診断
欧米における「予防的」甲状腺全摘術における成績は,若年で手術をしているのにもかかわらず,報告されている再発率が0.7%から34%で,10数%程度の報告が多い[12~18]。なかには再発後に原病死の例も報告されている[15]。一方,前述した当院での顕性化前甲状腺全摘術の成績は日本人のみのデーターであり,欧米のガイドラインに沿って手術時期を決めているわけではなく,カルシウム負荷試験で反応がみられた時点で手術適応とした。そのため欧米の報告と比べると,当院の手術時年齢は比較的高かった。再発率は3%と低かったものの,顕性化前甲状腺全摘術といえども,術後病理組織学的検査で微小とはいえ髄様癌発症例では術後も十分な経過観察は必要と考える。
Szinnaiら[19]はMEN2Aにおいて5歳以下で手術をした場合は6から20歳で手術した場合と比べて,転移がある症例は明らかに低頻度であったと報告している。また散発性症例ではあるが,腫瘍径1cm以下の微小髄様癌の10年生存率は1cmよりも大きい髄様癌と比較して良好であり,術後のカルシトニン値が正常化する割合も高かった[20]。しかし成人と比べて小児での「予防的」甲状腺全摘術は手術合併症のリスクが高く,しかもその年齢が低いほど手術合併症の頻度は高くなる[16]。MEN2において甲状腺髄様癌の浸透率はほぼ100%ときわめて高く,しかもRET病的バリアント部位によっては幼少/小児期発症の可能性も高いことから,根治性を考慮するとこの時期での「予防的」甲状腺全摘術には意義がある。しかしながら小児,とくに幼少期での手術は手術合併症のリスクが高くなるというジレンマがある。
欧米と異なり,本邦ではRET遺伝学的検査をいつからおこなうか,変異のタイプに応じて何歳から顕性化前甲状腺全摘術をおこなうかのコンセンサスはない。欧米のガイドラインで推奨している様な早期の手術ではなくても治療成績は良好であったことから,本邦における顕性化前甲状腺全摘術の時期は欧米より遅くても良好な結果が得られる可能性が高い。
RET遺伝学的検査が普及するにつれRET病的バリアント保有未発症者も増加するものと思われる。本邦での症例を蓄積し,わが国での顕性化前甲状腺全摘術のタイミングを検討する必要がある。当院のデーターではカルシウム負荷試験が陽性になった時点での手術では7割の症例ですでにミクロレベルの微小髄様癌が発症していたが,術後成績が良好なことから本邦においては負荷試験が陽性になった時点での手術施行で妥当と思われる。