Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
Online ISSN : 2758-8785
Print ISSN : 2434-6535
Current status and challenges of hereditary breast and ovarian cancer
Yuko IshikawaTomoyuki Fujita
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 40 Issue 4 Pages 251-255

Details
抄録

遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)は乳癌の約5~10%の症例を占め,BRCA1およびBRCA2遺伝子が責任遺伝子である。当院における2020年4月から2022年12月までのBRCA1/2遺伝学的検査(BRCA検査)の実施状況について,BRCA検査に至る患者の割合,BRCA検査を提案・実施するタイミングを解析したところ,当院はBRCA検査実施率が比較的高率であった。HBOCに関する適切で正確な情報提供は非常に重要であり,診療体制・役割分担・院内連携・情報提供方法のtipsについて述べた。近年は周術期コンパニオン診断としてのBRCA検査も重要になり,BRCA検査が予防的意義から予後改善への意義をもつようになっているので,検査の適切な実施が求められる。患者の自律的な意思決定支援には,医師を含めた医療スタッフのHBOCについての十分な理解と,多職種によるチーム医療のシステム化が不可欠である。

はじめに

遺伝性乳癌は,全乳癌の約5~10%とされている[]。遺伝性乳癌の責任遺伝子は複数同定されているが,最も頻度が高いのはBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子である。BRCA1あるいはBRCA2の生殖細胞系列の病的バリアントを有するものは,遺伝性乳癌卵巣癌症候群(Hereditary breast cancer and ovarian cancer:HBOC)と診断される。80歳までに乳癌に罹患する累積リスクはBRCA1で72%,BRCA2で68%,卵巣癌に罹患する累積リスクはBRCA1で44%,BRCA2で17%と高率に乳癌や卵巣癌を発症する[,]。

2018年7月転移再発乳癌に対するPARP阻害剤のコンパニオン診断目的にBRCA1/2遺伝学的検査(BRCA検査)が保険収載され,2018年10月から当院でも検査を開始した。その後,2020年4月に乳癌発症後のHBOCのリスクが高い患者に対するBRCA検査[]とリスク低減乳房切除術,2022年8月にBRCA1/2病的バリアントを有する再発高リスク乳癌患者の術後補助療法に対するPARP阻害剤が保険収載された。

乳癌の診断後,患者に告知することからはじまり,想定される治療法,手術術式,乳房再建,妊孕性温存,就労の問題など多くのことを患者と相談し治療方針を決定し,同時に心理的サポートなどケアにも努める必要があり[],ひとりの乳癌患者に費やす診療時間は年々増加している。

さらにBRCA検査の対象者については遺伝学的リスクや検査・解釈・費用などの説明を行い,ひとたび陽性となれば,リスク低減乳房切除術を含めた術式の検討,乳房・卵巣を含めたサーベイランスの説明,血縁者に対するアセスメントなどが求められる。

診断から手術や薬物治療開始までの限られた時間の中でいかに効率よく,理解しやすいように正確な知識・情報を提供し,患者が十分な情報を得たうえで自律的な選択ができるように,各施設の体制にあわせて様々な取り組みやサポートが行われていると思われる。

本稿では,議論されることが多い,検査に至る患者の割合,検査を勧めるタイミング,施設における役割分担,多忙な外来診療でどのように伝えるのか,ということに焦点を絞って,乳癌診療の観点からみた遺伝性乳癌卵巣癌症候群の現状と課題について報告する。

対象と方法

今回われわれは,2020年4月から2022年12月までに乳癌発症後で,HBOCのリスクが高く,保険適応のある症例で,BRCA検査を行った131例について,保険適応となる検査対象6項目[]の確認状況と,BRCA検査を提案・実施する状況・時期について検討した。

遺伝性乳癌卵巣癌症候群の診療に関する手引きの中で,乳癌既発症例では,BRCA遺伝学的検査の保険適応となるのは,次の6項目のいずれかの項目にあてはまる者とされている[]。つまり,①45歳以下の発症,②60歳以下のトリプルネガティブ乳癌,③2個以上の原発乳癌発症,④第3度近親者内に乳癌または卵巣癌発症者がいる,⑤男性乳癌,⑥卵巣癌,卵管癌および腹膜癌既発症である。

また,BRCA検査を提案・実施する時期については次の通りとした。①確定診断後・手術前 ②術前薬物施行症例では,術前薬物療法中 ③術後早期あるいは薬物療法中 ④術後かなり後,手術施行が2020年より前,とした。

結 果

2020年4月から2022年12月までに,当院で乳癌手術を施行したのは,512乳房489名で,同時性両乳癌が23名であった。平均年齢は,58.3歳,年齢中央値は57歳であった。男性は3名であった。

6項目にあてはまるBRCA検査適応例は234名(47.9%)(図1)で,平均年齢は55.0歳,年齢中央値は52歳であった。174名(74.3%)に対しBRCA検査適応があることを説明し,そのうちBRCA検査を実施したのは131名(75.2%)であった(図1)。BRCA検査を実施した平均年齢は52.6歳,年齢中央値は48歳であった。

図1.

6項目にあてはまるBRCA検査適応例,検査の適応があることを説明した人,検査を実施した人の人数と割合

適応条件については,重複はあるが,次の通りであった(図2)。①45歳以下の発症 52例(40.0%)②60歳以下のトリプルネガティブ乳癌 9例(6.9%)③2個以上の原発乳癌発症 33例(25.2%)④第3度近親者内に乳癌または卵巣癌発症者がいる 62例(47.3%)⑤男性乳癌 2例(1.5%)⑥卵巣癌,卵管癌および腹膜癌既発症 0例(0%)。また,該当する項目数は,1つが102例(77.9%),2つが25例(19.1%),3つが3例(2.3%)であった。

図2.

6項目の適応条件に該当する人数と割合(重複あり)

HBOC診断目的でBRCA病的バリアントを認めた症例は6例で,全症例の1.2%,検査実施者の4.6%であった。これらの症例は全例乳房全切除術を施行した。対側リスク低減乳房切除術(CRRM)を同時に施行した症例はなかったが,後日CRRMを施行した症例が1例あった。

検査を提案した時期は,①②の確定診断後・術前,術前薬物療法中で93%を占めた(図3)。また,検査を実施した時期は,①②の確定診断後・術前,術前薬物療法中で82%であった(図3)。

図3.

BRCA検査を提案・実施した時期とその割合

保険適応となる検査対象6項目の確認状況と検査に至る患者の割合

BRCA検査適応は約50%前後といわれ,文献的には41.2~54.9%という報告[,10]がある。当院でも47.9%であり,ほぼ同程度の比率であった。当院ではBRCA検査の説明をしたうちの約3/4にあたる74.9%がBRCA検査を実施していて,他施設の報告[10]が55.4%であるのに比較し高率であった。また,BRCA検査の適応がある患者に比べ,検査を実施した患者は平均年齢で2.4歳,年齢中央値で4歳若かった。

あてはまる適応条件は,第3度近親者内に乳癌または卵巣癌発症者がいる(家族歴)・45歳以下の発症(若年発症)・2個以上の原発乳癌発症(多発)の順であった。家族歴がもっとも多く,若年発症と多発が適応条件の上位を占める点は他の報告[10]と同様であった。また,該当する項目数はHayashi[]らの報告でも1つが74%,2つが24%,3つが2%であり,当院も同程度の比率であった。また3つ該当する項目があった患者3名のうち,2名がHBOCであった。

BRCA病的バリアントを認めた症例は全症例の1.2%,検査実施者の4.6%と,一般的にいわれている全乳癌の5~10%からはかなり低率であった。しかしBRCA検査適応患者を適切に拾い上げ,検査の説明をしたうちの約75%がBRCA検査を実施しているため,選択バイアスはほぼないと考えているが理由は不明である。

BRCA検査を提案・実施する状況と時期

93%の症例に対し,手術前にBRCA検査の話をし,その多くは術前にBRCA検査を施行していた。結果をもとにした治療方針,特に患側の術式,あるいはCRRMの相談をすすめることができる利点がある。一方,検査を術前に行う意義について十分理解されているにも関わらず,検査結果が出るまで約3週間を要するため,時には早期の手術を希望し,検査結果を術式に十分反映することなく患側のみの手術を希望する患者もいた。その場合は,術直前や術後に検査結果が出るため,まず患側の手術のみ行うことを十分に確認し,対側については時間をかけて,納得がいくように検討してもらうこととした。

施設における役割分担

当院は,千葉県の北西部に位置する千葉県浦安市にあり,東葛南部医療圏に属する。千葉県の28.6%にあたる179.6万人が居住している[11]。大学附属病院であると同時に,当医療圏に3施設が指定されている地域がん診療連携拠点病院のひとつであり,地域に根ざした診療を行っている。一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)の遺伝性乳癌卵巣癌総合診療協力施設(基幹施設は順天堂大学附属順天堂医院)で,乳腺診療に携わるスタッフは常勤医4~5名と非常勤医2名の乳癌学会乳腺専門医または認定医である。年間約200例の乳癌手術を行っている。乳がん看護認定看護師はおらず,消化器・一般外科と同じ外来診察室で外科担当看護師,医療事務が陪席のもと外来診療を行い,必要時はがん看護専門看護師のサポートを得ている。

当科では初診時,患者が記載した問診票をもとに,看護師と担当医が問診し,担当医が検査対象の拾い上げをしている。BRCA検査の適応症例には,乳癌の診断時に担当医から患者や同席する家族にBRCA検査の適応であることを説明し,説明用紙を発行し,カルテに記録が残るようにしている(図4)。

図4.

当院での診療体制

BRCA検査前にさらに説明を希望した場合や,BRCA病的バリアントを認めた場合は,遺伝性腫瘍専門医(がん薬物療法専門医も兼ねる)の外来を受診している。課題として院内に常勤の認定遺伝カウンセラーがいないため,必要に応じて臨床遺伝部門のある順天堂医院と連携を取っている。また,BRCA病的バリアント症例については,定期的に院内多職種による委員会(小児・生殖周産期領域の臨床遺伝専門医,遺伝性腫瘍専門医(がん薬物療法専門医も兼ねる),乳腺・内分泌外科,産婦人科,消化器内科,泌尿器科,病理診断科など)で年数回のカンファレンスを施行して,他科と連携・情報共有をしている。このようにBRCA検査適応の患者には,適切な情報提供とサポートを行いながら,安心して検査を行える体制を整えている(図4)。

外来診療でどのように伝えるのか

多忙な外来診療の中で,新規乳癌患者の約50%が遺伝学的検査の対象となるため,対象者であることを早めに伝え,パンフレットなどの資材を渡して,帰宅後理解を深めてもらい,家族も交えて検討してもらうようにしている。検査の希望の確認は次回以降の受診時にしている。

また,次の点が5~10分程度で確実に伝わるようにし,検査の無理強いはしないように心がけている。①乳癌の1割弱は遺伝子変異が原因である②卵巣癌にもなりやすく遺伝性乳癌卵巣癌症候群という③検査でBRCA遺伝子変異が判明すれば,術式に反映,治療選択薬が増える④家族もHBOCである可能性がある⑤こどもが受け継ぐ確率は50%⑥浸透率は100%ではない⑦HBOCについて相談できる部署がある⑧検査は採血,保険診療で約6~7万円⑨リスク低減乳房切除術やPARP阻害剤を使用できるのはHBOC症例⑩個人情報管理は適切に管理されること,である。

今後の課題と展望

2022年8月にBRCA1/2病的バリアントを有する再発高リスク乳癌患者の術後補助療法に対するPARP阻害剤が保険収載された。主な対象はステージⅡ~Ⅲ HER2陰性乳癌である。われわれは,術前カンファレンス,術後病理カンファレンスを通じて,該当症例を抽出している。再発高リスク症例に対する周術期コンパニオン診断は,遅くとも術後薬物療法に間に合うように検査を実施する必要がある。

今回検討した期間で,BRCA検査の保険適応基準にあてはまらないものの,再発高リスクであった症例は10名(2%)であった。また保険収載後の2022年8月以降の該当者は2名で,検査を実施したが,いずれも病的バリアントは認めなかった。

このような症例は多くはないが,周術期治療で生存率改善をするデータが示され[12],BRCA検査が予防的意義から予後改善への意義をもつようになっているので,適切に抽出し,検査を実施していくことが求められている。

おわりに

BRCA検査を術前に行うことは診断から手術までの短期間に行う必要があること,また周術期コンパニオン診断としても術後早期に検査結果が必要なことから,患者の自律的な意思決定支援には,医師を含めた医療スタッフのHBOCについての十分な理解と,多職種によるチーム医療のシステム化が不可欠である。

【文 献】
 
© 2023 Japan Association of Endocrine Surgery

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top