2023 Volume 40 Issue 4 Pages 256-261
原発性副甲状腺機能亢進症は副甲状腺由来の腫瘍から副甲状腺ホルモンが過剰に分泌される疾患である。根治には外科手術で腫瘍摘出が必要となるが,腫瘍摘出後には骨形成優位となり反対に低カルシウム血症となるため,カルシウム補充を行う。その際術後に低カルシウム血症が遷延するHungry Bone Syndromeなど,疾患特異的な病態に遭遇することがある。
今回われわれは原発性副甲状腺機能亢進症を呈する副甲状腺腺腫の摘出後に,Hungry Bone Syndromeに加えて一過性急性腎障害,足関節偽痛風を発症した症例を経験した。急性腎障害と偽痛風については正確な機序は不明だが,原発性副甲状腺機能亢進症の術後管理に影響を与える病態であり,理解をしておく必要がある。
原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism:以下pHPT)は副甲状腺より発生する腺腫,過形成もしくは癌により副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone:以下PTH)が過剰分泌されることで骨吸収が進み,骨塩量の低下が起こり,高カルシウム(以下Ca)血症,続発性骨粗鬆症などを発症する疾患である。腫瘍摘出後にはPTHの正常化または低値によって骨吸収が抑制され骨形成が促される。それに伴い血中Caは骨形成に使用され低Ca血症を引き起こす。腫瘍摘出後にCaを補充しても低Ca血症が遷延,進行する病態をHungry Bone Syndrome(以下HBS)と呼ぶ。また術後に急性腎障害を発症することや急激な血中Ca濃度の低下により偽痛風を発症することがある。
今回われわれは,副甲状腺腫による原発性副甲状腺機能亢進症に対して腫瘍摘出術施行後にHBS,偽痛風,急性腎障害を発症し術後管理に苦慮した症例を経験したので報告する。
患 者:53歳女性。
主 訴:なし。
既往歴:なし。
家族歴:多発性内分泌腺腫症(Multiple Endocrine Neoplasia:MEN)の家族歴なし。
喫煙歴:なし。
現病歴:健康診断時の血液検査で血清クレアチニン(以下Cre)高値を指摘され近隣病院を受診した。精査で高Ca血症と高PTH血症を認め,左下副甲状腺腫瘍によるpHPTが疑われ入院加療開始した。高Ca血症に対し内服,点滴治療を行ったが是正されず,腫瘍摘出手術目的に当院へ転院となった。
当院入院時現症:身長159.4cm,体重57.9kg。前頸部腫瘤と頸部リンパ節腫大は触知しない。
血液検査(初診時):Ca15.2mg/dl,リン1.4mg/dl,アルカリフォスファターゼ(以下ALP)(IFCC)619U/l,尿素窒素(以下BUN)11.1mg/dl,Cre0.93mg/dl,甲状腺刺激ホルモン2.242μIU/ml,トリヨードサイロニン1.73pg/ml,サイロキシン0.77ng/dl,intact-PTH1,498pg/ml,intact-PTH関連蛋白 <1.1pmol/lであった。
画像検査:頸部超音波検査では甲状腺左葉下極に接する境界明瞭で内部に一部囊胞成分を有する楕円形腫瘤を認めた。周囲のリンパ節腫大は認めなかった(図1)。
頸部超音波検査
甲状腺左葉下極に接し,左総頸動脈起始部に平滑,楕円形の充実性腫瘤(31.6×27.4×22.6mm)を認める。境界明瞭で内部に一部囊胞成分を有する。腫瘤周囲にリンパ節腫大を認めない。
Tc-99mMIBIシンチグラフィ検査において早期相で左頸部腫瘤に一致する腫瘤様の集積があり,遅延相でも集積の残存を認めた。異所性病変は指摘できなかった(図2)。頸部単純CT検査で頸部超音波検査と同様に気管前面,左総頸動脈に接する境界明瞭な腫瘤像を認めた。腫瘤の周囲組織への明らかな浸潤や,腎結石および腎盂拡大を認めなかった(図3a, b, c)。
Tc-99mMIBIシンチグラフィ検査
左頸部に早期相,遅延相ともにTc-99mMIBIの腫瘤様集積を認める。
CT検査
(a,b)気管前面,左総頸動脈に接する境界明瞭な腫瘤像を認める。周囲組織への明らかな浸潤は認めない。
(c)明らかな腎結石や腎盂拡大を認めない。
骨密度測定:腰椎(L2-4):T-score -3.0SD,Young Adult Mean(YAM)65%,大腿骨:T-score -2.3SD,YAM71%で骨粗鬆症の診断基準を満たす骨密度低下を認めた。
術前経過:前医で入院1日目より多量の生理食塩水を持続投与し,エルカトニンを80単位/日を点滴投与した。入院3日目に血中Ca濃度が低下傾向になり,エルカトニン投与を中止しエボカルセト4mg/日の内服を開始した。手術加療のため入院14日目に当院に転院した。転院当日にゾレドロン酸水和物4mgを点滴投与した。血中Ca値が低下したため,エボカルセトを入院16日目まで内服して以降中止し,入院18日目に手術を実施した(図4)。
治療経過中の補正血中Ca,intact-PTH濃度の推移および投与薬剤
術前投与薬により高Ca血症は是正された。低Ca血症は術後4日目頃から発症し,その後テタニー症状も出現した。術直後からintact-PTHは低下し,術後は有意な上昇は認めなかった。
手術所見:副甲状腺癌を念頭において甲状腺片葉切除術に準じた術野展開を行い,左下副甲状腺腫瘍および左Ⅲリンパ節を摘出した。腫瘍は甲状腺左葉下極に接しており周囲の筋組織と癒着していたが,腫瘍被膜を損傷せずに左Ⅲリンパ節を合併切除する形で腫瘍を摘出できた。甲状腺左葉,食道,気管,左反回神経への腫瘍の浸潤は認めなかった。
病理学的所見:摘出した腫瘤は弾性軟の境界明瞭な充実性結節腫瘍で,被膜浸潤を認めず分裂像は乏しくadenomaの所見であった。左Ⅲリンパ節の転移は認めなかった(図5)。
腫瘍所見
(a,b)長径30mmの弾性軟の腫瘤で,割面は囊胞内に白色充実部を形成していた。腫瘍重量は13.319gであった。
(c,d,e)境界明瞭な充実性結節腫瘍で,好酸性細胞質を有する均一性の高い類円形核を有する上皮細胞が充実胞巣状に増生し,被膜浸潤を認めず分裂像は乏しく組織型はadenomaであった。左Ⅲリンパ節には転移性腫瘍を認めなかった。
術後経過:術直後からグルコン酸Caの点滴投与に加えて乳酸Caとアルファロールの内服を開始した。手術翌日から血清Cre濃度が上昇し,術後4日目から血中Ca濃度が低下傾向となり血清Cre濃度は術後5日目に1.44mg/dlとなった(図4, 6)。薬剤性腎障害を否定できなかったため投与薬を全て中止し,テタニー症状に応じて乳酸Caを頓用内服した。その後さらに血中Ca濃度が低下し,テタニー症状が増強したためHBSと診断した。血液検査を頻回に施行し,血清Cre濃度に注意しながらCa補充薬を再開,増量した。術後8日目に発熱を認め,左足関節外果後方に腫脹を伴う強い疼痛が出現した。同日の血中尿酸濃度は4.6mg/dlと上昇を認めず,単純レントゲン写真で左アキレス腱に石灰化を認めていることから臨床学的に偽痛風と診断した(図7)。偽痛風に対しては経口鎮痛薬の内服により術後12日目には疼痛と腫脹は軽快した。術後10日目に血中Ca濃度が最低値の6.2mg/dl,血清Cre濃度は最高値の1.76mg/dlとなった。術後11日目から血中Ca濃度は上昇傾向,血清Cre濃度は低下傾向となり,術後16日目に退院した。術後26日目の外来受診時には血中Ca濃度は8.5mg/dl,血清Cre濃度は1.11mg/dlまで改善しており前医に逆紹介となった(図6)。
術後の補正血中Ca,Cre濃度の推移および投与薬剤
手術翌日から血中Cre濃度の上昇,術後4日目から血中Ca濃度低下を認め同日より薬剤投与を中止。その後も血中Cre濃度が上昇し血中Ca濃度が低下したため薬剤投与を再開。再開後はCa,Creともに改善傾向した。
左足関節単純レントゲン写真
左足関節後方の軟部組織に骨よりやや低吸収の円形結晶を複数個認める(矢印)。
pHPTは本邦で年間300~400例の新規発症例があり, 男女比は約1:2で女性に多い[1]。治療は責任病変の外科的切除が第一選択である。pHPTの内訳は80~85%が1腺腫大(腺腫),15~20%が多腺腫大,副甲状腺癌は1%未満とされているが[2],岡本らが術前に副甲状腺癌を疑う所見として①触診で頸部腫瘤を触知する,②汎発性線維性骨炎を発症している,③血清Ca値が12mg/dl以上である,④PTH値が極めて高い,⑤超音波検査で腫瘤が球形かつ甲状腺に入り込んでいる,の5点を挙げている[3]。本症例では血清Ca値が高いこと,PTH値が極めて高いこと,超音波検査で腫瘤が球形かつ甲状腺に入り込んでいることから副甲状腺癌を念頭に置いた術式を選択した。pHPTでは副甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで骨が脱無機質化されており,術後は細胞外液中のCaを骨が貪欲に吸収するため血中Ca濃度が低下する。血中Ca値は術後2~4日目に最低値となった後に正常化する場合が多いが,pHPTのうち4~24%で低Ca血症が術後4日目以降も進行し,長期的に遷延するHBSと呼ばれる病態を呈する[4,5]。HBSの予測因子としては術前に①血清Ca値,②intact-PTH,③ALP,④BUNが高値であることとされる[4]。HBSの予防には乳酸CaおよびビタミンD製剤の投与が基本となるが,必要量は術前に予測することが困難であることが多い。本症例では術前の血清Ca値,intact-PTH,ALPが高値であることから術後にHBSが生じることを予想していたが,術後5日目まで血清Ca値が大きく低下しなかったこと,その時点での血清Cre値の上昇が薬剤性腎障害の原因であると完全には否定できなかったために,Ca補充が不十分となりHBSの発症の原因となった可能性がある。加えて術前に投与したゾレドロン酸はpHPTの術前Ca値のコントロール目的にしばしば使用されるが,悪性腫瘍に伴う高Ca血症に対する海外の臨床試験においてゾレドロン酸4mg投与後4日目および7日目でそれぞれ45.3%,82.6%のCa値の正常化を認め,再発までの期間中央値は30日であると報告されている[6]。ゾレドロン酸の骨吸収抑制効果が比較的長期にわたり継続し術直前のゾレドロン酸を投与した結果,HBS発症時期と重なり高度の低Ca血症を誘発したと考えられる。
PTHは糸球体濾過率や糸球体血流量を上昇させる働きを持つとされている[7]。pHPT術後急性期の患者の約50%にKDIGO分類[8]stage1以上の急性腎障害を認めることが報告されており[9,10],発症した患者の多くは術後フォロー中に腎機能の回復を認めている。pHPTによって過剰に糸球体濾過率,糸球体血流量が亢進している状態から術後にPTHが急激に低下することで糸球体機能が強く抑制され,その後定常状態に回復していくと考えられる。
本症例を後方視的に検討すると,術後血清Cre値が上昇し一時的にCa補充薬の投与を中止,そして再開後には血清Cre値が低下していることから,腎障害の原因は薬剤性ではなく急激にPTHが低下したことによる見かけ上の一過性急性腎障害と考えられる。
本症例では左足関節の偽痛風を発症した。偽痛風はピロリン酸Caの関節軟骨や周囲軟部組織への沈着を原因とした関節炎を来す疾患の総称である。術後の急激な血清Ca濃度の低下により,沈着していたピロリン酸Ca結晶が沈着組織において急性関節炎を引き起こすと考えられている[11,12]。一般的に偽痛風は膝関節に発症することが知られているが,過去の文献でもpHPT術後に足関節の偽痛風を発症した症例が報告されている[13]。本症例は術後6日目から急激に血清Ca値が低下しており,偽痛風の発症原因と推測される。
以上を踏まえ,pHPTを伴う副甲状腺腫瘍摘出後に発症する一過性の急性腎障害の理解,ゾレドロン酸の薬理動態の認識が十分であれば,仮にHBSが出現してもテタニー症状の早期改善,偽痛風発症予防,入院期間の短縮に繋がったのではないかと推定される。
今回われわれは,副甲状腺腫による原発性副甲状腺機能亢進症に対して腫瘍摘出後にHBS,一過性腎機能障害,足関節偽痛風を併発した症例を経験した。低カルシウム血症による術後管理に難渋することへの理解が必要である。
なお,本論文の要旨は第34回日本内分泌外科学会総会(2022年6月,茨城)において発表した。