2024 Volume 41 Issue 1 Pages 3-8
腺腫様甲状腺腫は第5版WHO分類では,濾胞結節性疾患の名称で良性腫瘍に組み入れられるが,第9版甲状腺癌取扱い規約ではこれまでと同じように腫瘍様病変に分類される。腺腫様甲状腺腫の発病機序は多様であり,知見の集積とともに病名についての議論を深める必要がある。濾胞腺腫はクローナルな腫瘍性増殖で,圧排性に増殖し線維性被膜を形成する。遺伝子変化としてRAS系の遺伝子変異がみられることが多いが,機能亢進性腺腫ではTSH受容体遺伝子の変異がみられる。腺腫様甲状腺腫との鑑別は病理形態的所見で総合的になされる。乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)および悪性度不明な腫瘍(UMP)との鑑別点となる,被膜,血管浸潤と乳頭癌の核所見の判定基準には日本と米国で扱い方に差があり,注意が必要である。膨大細胞腺腫は細胞質に多量なミトコンドリアが存在する腺腫で,電子伝達系に関わる遺伝子に異常が認められる。
第9版の甲状腺癌取扱い規約の組織学的分類(以下第9版規約分類)が2023年10月に,日本甲状腺病理学会主導で改訂,刊行された[1]。第9版規約分類は,第5版の内分泌および神経内分泌腫瘍のWHO分類(2024年1月時点で 0n-lineβ版,以下第5版WHO分類)[2]に原則的に従っている。本稿では第9版規約分類の腫瘍様病変と良性腫瘍について,遺伝子異常や病理発生機序を含めて総説し,鑑別診断のポイントについて解説する。特に腺腫様甲状腺腫については,病理学的に考察を加えて解説する。
甲状腺良性病変の第5版WHO分類と第9版規約分類の比較
第5版WHO分類で腺腫様甲状腺腫(Adenomatous goiter)は,良性腫瘍(Benign tumours)の項に甲状腺濾胞結節性疾患(Thyroid follicular nodular disease:FND)の名称で組み込まれている。一方,第9版規約分類で腺腫様甲状腺腫は,良性腫瘍の前に配置された腫瘍様病変(Tumor-like lesion)の項に分類されている。第5版WHO分類の乳頭状構造を伴う濾胞腺腫(Follicular thyroid adenoma with papillary architecture)は,第9版規約分類にはなく,濾胞腺腫に含まれている。これまで濾胞腺腫の好酸性細胞亜型とされていた腫瘍は,第5版WHO分類と第9版規約分類ともに膨大細胞腺腫(Oncocytic adenoma)の名称で独立した腫瘍として扱われている。
腺腫様甲状腺腫は第9版規約分類では,第8版までの「非腫瘍性」が除かれ「甲状腺濾胞が多結節性に増殖し腫大する病変で,単結節性のこともある。」と短かく記載されている。一方,第5版WHO分類で濾胞結節性甲状腺疾患(FND)は,「A multifocal non-inflammatory benign proliferation of thyroid follicular cells that results in multiple clonal and non-clonal nodules with highly variable architecture.」と定義されている。この非炎症性(non-inflammatory)の良性増殖性病変の概念は,病理総論的に非腫瘍性の過形成のみでなく良性腫瘍を含む概念に拡大されたと解釈される。
腺腫様甲状腺腫の多巣性結節の一部に遺伝学的に均一性(クローン性)がみられ,病理総論的に過形成性増殖と腫瘍性増殖との混在と捉えられる。こうした多巣性良性増殖性病変は,第5版WHO分類の副腎などの内分泌臓器でもみられ,その病因,発病機序は十分に解明されていない[3]。内分泌臓器に共通の未解明な病気の意味を込めて,濾胞結節性甲状腺疾患(FND)の名称が提唱されたと考えられる。
日本では腺腫様甲状腺腫の名称が汎用されている。腺腫様(adenomatous)は濾胞腺腫に類似する結節を意味し,過形成と腫瘍の中間的な結節と理解される。前述如く第9版規約分類では,腺腫様甲状腺腫は良性腫瘍の項とは別の腫瘍様病変(Tumor-like lesion)の項に分類されている。欧米では腺腫様甲状腺腫ではなく多結節性甲状腺腫(multinodular goiter)が一般的に用いられている。ただし甲状腺腫(goiter, struma)は甲状腺の腫大を意味する臨床用語で,その原因は橋本病やバセドウ病などの炎症や過形成,乳頭癌などの腫瘍でも良い。よって病理診断名として甲状腺腫を用いることは不適切との意見がある。しかし,この議論は甲状腺疾患(disease)を用いても同じである。腺腫様甲状腺腫の多くは甲状腺腫大を伴うことから,むしろ甲状腺腫の方が甲状腺疾患より病態を的確に反映する用語とも考えられる。以上から第9版規約分類では,腺腫様甲状腺腫から濾胞結節性疾患への名称変更は見送られている。
また,第5版WHO分類のFNDの概念は第9版規約分類の腺腫様甲状腺腫より広く,ヨウ素不足による地域性甲状腺腫(endemic goiter)や先天性のホルモン合成障害性甲状腺腫(dyshormonogenetic goiter)も含んでいる。これまで日本国内ではヨウ素不足や遺伝性ホルモン合成障害などの原因が特定される甲状腺腫には腺腫様甲状腺腫の診断名を用いていない。これらは第9版規約分類では腺腫様甲状腺腫とは別の疾患として扱われる。
腺腫様甲状腺腫の発病機序は多様で必ずしも特定されていないが,ヨウ素代謝障害説,ホルモン不均衡説,循環障害説などがある。前項で記載したように,腺腫様甲状腺腫の結節にはクローン性の増殖がみられることがあるが,細胞増殖と直接関わる遺伝子の異常はみられず,一般には甲状腺ホルモン合成に関わる遺伝子の変化の関与が示唆されている。また機能亢進を伴う腺腫様甲状腺腫では,TSH受容体やGNASなどの遺伝子の機能獲得性変異がみられることが報告されている。
家族性に腺腫様甲状腺腫が高頻度に発症する遺伝性疾患として,DICER1症候群が知られている[4]。DICER1は転写後の遺伝子調節に関わるRNA分解酵素(RNase Ⅲb)である。甲状腺における標的miRNAは同定されていないが,甲状腺ホルモン合成,特にヨウ素代謝の調節との関連が推測される。DICER1遺伝子の変異好発部位は多数あり,後天的な体細胞変異も報告されている。他にKeap1遺伝子異常症も家族性に腺腫様甲状腺腫を発症することが知られている。また,エピジェネティック要因としてPTENなどの癌抑制遺伝子のプロモーターのメチル化との関連が指摘されている。
腺腫様甲状腺腫は肉眼および組織所見を総合して病理診断される。肉眼的に大小の複数の結節が不均等にみられる。結節の性状は多彩で,飴色コロイドの貯留,変性,壊死,出血,囊胞形成,瘢痕線維化,石灰化などの像が不規則に混在してみられる(図1)。充実性結節もしばしば共存して認められる。典型的には両葉に多発性の結節性がみられるが単結節のこともあり,その場合は腺腫様結節(Adenomatous nodule)と呼ばれる。
腺腫様甲状腺腫の肉眼像
肉眼的に大小の複数の結節がみられる。結節の性状は多彩で,変性,壊死,出血,囊胞形成,瘢痕線維化がみられる。
組織学的に結節を構成する濾胞は大きいものが多いが,小さいものも混在する(図2a)。コロイドが充満し囊胞状に拡張したコロイド結節もみられる。濾胞細胞も扁平なものから円柱状のものまで認められる。好酸性濾胞細胞からなる結節もみられる。大きな濾胞腔内に小濾胞が集簇し限局性に突出する像であるSanderson polster(サンダーソンの枕:図2b)は特徴的な所見の一つである。濾胞細胞の重積や乳頭様増殖がみられることもあるが,乳頭癌の核所見は欠く。結節の二次的な変化として,出血,ヘモジデリン沈着,濾胞破綻,肉芽腫反応,泡沫細胞を伴う囊胞形成,リンパ球の浸潤などがみられる。結節の周囲濾胞に対する圧排所見は乏しく,通常は全周性の被膜形成を欠く。非結節部の甲状腺組織にも結節類似の変化がみられる。
腺腫様甲状腺腫の組織像
a)線維性被膜を有する結節は主に大小不同がめだつ大型の不整形濾胞からなり,濃いコロイドを容れる。b)拡大した濾胞腔に小濾胞が集簇して突出する構造(Sanderson polster)がみられる。
鑑別診断上しばしば問題となるのは濾胞腺腫で,特に単一の腺腫様結節の場合に問題となることが多い。前述の如く腺腫様甲状腺腫の結節には,遺伝子変化が検出されるが,濾胞腺腫にみられるRASなどの細胞増殖と直接関わる遺伝子変異ではない。しかし,現時点の病理診断は,あくまでも表2に示す形態的な所見から総合的になされる。特に,クローン性増殖を示す均一な小型濾胞,圧排性増殖,被膜の性状,濾胞のホルモン合成活性の不均等を示すSanderson polsterの有無は,鑑別所見として重要と解釈される。
腺腫様甲状腺腫と濾胞腺腫の鑑別点
甲状腺両葉が多結節性に高度に腫大する場合は,家族性の有無,甲状腺機能検査データを確認し,ホルモン合成障害性甲状腺腫(dyshormonogenetic goiter)やヨウ素不足による地域性甲状腺腫(endemic goiter)との鑑別を考慮する。また,組織学的に濾胞細胞の濾胞腔内乳頭状増殖がめだつ場合は,臨床的に甲状腺機能亢進所見の有無を確認し,TSH受容体やGNASなどの遺伝子変異を調べる必要がある。
第9版規約分類で濾胞腺腫は,「濾胞細胞のクローナルな腫瘍性増殖で,周囲甲状腺組織を圧排し線維性被膜が形成される。被膜浸潤や血管浸潤はなく,乳頭癌の核所見はみられないが,RAS 系の遺伝子変異がみられることがある。」と記載されている。一方,第5版WHO分類では,「A benign, encapsulated, follicular-cell-derived neoplasm without invasion or nuclear features of papillary thyroid carcinoma.」と記載され,定義上は基本的な違いはない。ただし,被膜浸潤と血管浸潤,および乳頭癌の核所見に関しては両分類での扱い方に差があり,乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(Noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary—like nuclear features:NIFTP)および悪性度不明な腫瘍(Tumors of uncertain malignant potential:UMP)とは鑑別上の注意が必要である。また,第9版規約分類で甲状腺機能亢進症を伴う濾胞腺腫は,中毒性腺腫(toxic adenoma)ないし機能亢進性腺腫(hyperfunctioning adenoma)として扱われるが,第5版WHO分類では,乳頭状構造を伴う濾胞腺腫(Follicular thyroid adenoma with papillary architecture)の名で,濾胞腺腫から独立して分類される。
濾胞腺腫には濾胞癌でみられるRAS系遺伝子変化が検出される[5,6]。具体的にはRAS遺伝子の変異が約25%に,PAX8::PPARG遺伝子再構成が約5~15%に,E1FAX遺伝子変異が約5%に,それぞれ相互排他的にみられる。甲状腺腫瘍の進行に関わると考えられるPI3K-Akt経路やテロメラーゼプロモーター領域の異常などの後期遺伝子変化はみられない。濾胞腺腫は散発性がほとんどであるが,家族性にPTEN遺伝子(Cowden症候群)やDICER1遺伝子の先天性異常により発症するものがある。また,機能亢進性腺腫には,腺腫様甲状腺腫と同様に,自律性のホルモン合成に関わるTSH受容体やGNASなどの遺伝子変異がみられることが多い。
濾胞腺腫は,「原則的に線維性被膜を有する境界明瞭な腫瘤を形成する。」被膜は全周にわたって存在するが,その厚さは症例により様々である。被膜に石灰化や骨化をみるものもある。被膜から腫瘍内へ分け入るような線維化ないし分葉化は通常認められない。被膜浸潤と血管浸潤の判定は濾胞癌や悪性度不明な腫瘍(UMP)との鑑別上で問題となるが,詳細は本特集の低リスク腫瘍と濾胞癌の項を参照されたい。腫瘍の構成細胞は立方状,円柱状,多角形など多彩な形態を示しうるが,1つの腫瘍内では比較的一様である(図3a)。腫瘍細胞の核は円形高色素性で軽度腫大するが,乳頭癌に特徴的な核所見は存在しない(図3b)。これが乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)との鑑別点である。増殖パターンは小濾胞状構造が主体であるが,大小の濾胞が混在することもある。間質は通常少なく,濾胞間には毛細血管が豊富である。浮腫,線維化,硝子化,出血,石灰化,軟骨化生,骨化生,囊胞形成などの二次的変化を部分的に伴うものもある。特に大濾胞が主体の場合は腺腫様甲状腺腫との鑑別が問題となる(表2)。
濾胞腺腫の組織像
a)線維性被膜を有する境界明瞭な腫瘤を形成する。
b)腫瘍は小型濾胞が優位で,腫瘍細胞の核は円形高色素性で,軽度腫大するが乳頭癌の核所見はない。
濾胞腺腫の亜型として,明細胞型濾胞腺腫(follicular adenoma, clear cell subtype),印環細胞型濾胞腺腫 (follicular adenoma, signet‒ring cell subtype),粘液産生型濾胞腺腫(follicular adenoma, mucinous subtype),脂肪腺腫(lipoadenoma)が稀にみられる。
高度な核異型を呈する細胞が混在する濾胞腺腫が稀にあり,奇怪核を伴った濾胞腺腫 follicular adenoma with bizarre nuclei と呼ばれる。その核異型は濾胞癌よりも強いことが多いが,細胞分裂像や壊死はみられず,浸潤や転移はない。内分泌臓器の腫瘍にみられることがある所見で,悪性の指標にはならない。
中毒性腺腫ないし機能亢進性腺腫では,腫瘍内部に濾胞構造とともに,活動性のバセドウ病でみられる濾胞腔内への乳頭状増殖がみられ(図4),前述の如くTSH受容体遺伝子の機能獲得性変異を伴うことが多い。
機能亢進性腺腫の組織像
活動性のバセドウ病でみられる濾胞腔内へ乳頭状増殖がみられる。
膨大細胞腺腫は腫瘍の大部分(75%以上)が細胞質に多量なミトコンドリアが存在する膨大細胞(好酸性細胞)で占められる腺腫と定義され,電子伝達系に関わるミトコンドリア関連遺伝子の異常を認める。肉眼的に赤褐色調(マカボニー色)で,内部に瘢痕を有することがある。組織学的に腫瘍細胞は顆粒状の豊富な好酸性細胞質を有し,クロマチンはしばしば過染色性であり,ときに核小体が明瞭な,多形性の大型核を示す(図5)。抗ミトコンドリア抗体の免疫染色で,ミトコンドリアの増加,形態異常が確認される。
膨大細胞腺腫の組織像
腫瘍細胞は顆粒状の豊富な好酸性細胞質を有し,クロマチンはしばしば過染色性である。
第9版規約分類の腫瘍様病変と良性腫瘍について遺伝子変化を含め病理学的に解説した。腫瘍様病変の腺腫様甲状腺腫は,発病機序が多様で未解明の点が多く,今後,遺伝子変化などの基礎的な知見の集積により整理されることが期待される。また,病名を第5版WHO分類で提唱された濾胞結節性疾患へ変更することの是非については,国内での議論を進め,合意形成をはかる必要があると考えられる。濾胞腺腫とNIFTPおよびUMPとの鑑別点となる被膜,血管浸潤と乳頭癌の核所見の判定基準には日本と米国で扱い方に差があり,注意が必要である。