2024 Volume 41 Issue 1 Pages 54-57
副腎皮質癌は,極めて稀かつ悪性度の高い腫瘍であり,根治切除以外に有効な治療法は確立しておらず,転移例に対する有効な薬物療法は限られている。副腎皮質癌は,腫瘍内に広範かつ不均一に複雑な遺伝子異常を伴うことが特徴である。一部の症例は遺伝性腫瘍症候群と関連することが知られているが,孤発例を含めて副腎皮質癌に特徴的な遺伝子異常が示されており,p53/Rb1経路,Wnt/β-catenin経路,IGF/mTOR経路などに代表される。さらに近年の包括的遺伝子解析により,副腎皮質癌の予後と関わる分子サブタイプが提唱されている。遺伝子情報に基づく個別化医療は未だ実現されていないが,副腎皮質癌を始めとする希少癌を集めゲノムプロファイリング検査を施行し,癌種横断的なバスケット試験を行うことにより,個別化医療の開発が進められている。
副腎皮質癌は,100万人あたり約0.5~2人に発生する,極めて稀かつ悪性度の高い腫瘍である[1]。根治切除以外に有効な治療法は確立しておらず,転移例に対する治療選択肢は少ない。本稿では,副腎皮質癌の臨床的特徴,遺伝性腫瘍症候群との関連,孤発例に認められる遺伝子異常をまとめ,遺伝学的検査に基づく分子サブタイプや個別化医療の可能性について論じる。
副腎皮質癌の形態学的所見に基づく診断は,1984年に提唱されたWeissの診断基準が現在まで汎用されている[2]。しかしながらWeissの診断基準は診断者間の不一致がしばしば問題となり,良悪性の診断が困難であることも少なくない。診断補助に有用と考えている指標はKi-67(MIB-1)であり,形態学的所見にKi-67陽性率を加えたHelsinki scoreはWeissの診断基準よりも高い特異度を有することが報告されている[3]。
副腎皮質腫瘍の良悪性の鑑別には,形態学的検査に加えて,腫瘍内のステロイド合成酵素の発現動態を評価する内分泌学的検査も重要である。副腎皮質癌の約60%は機能性(ホルモン産生性)であり,最も多く認められるパターンはコルチゾールと性ホルモン(アンドロゲンあるいはエストロゲン)の過剰産生である。このような病態は良性の副腎皮質腺腫では認められず,副腎皮質癌の特徴的所見である。この正常なステロイド合成から逸脱したステロイド合成酵素の発現動態はDisorganized steroid genesisと呼ばれ病理組織学的にも重要な所見であり[4],われわれもエストロゲン過剰症状を契機に診断された閉経後女性の副腎癌症例を経験し,Disorganized steroid genesisを病理組織学的に評価し報告している[5]。
約5~10%の副腎皮質癌が,生殖細胞系遺伝子変異を伴う遺伝性腫瘍症候群と関連すると考えられている[6]。副腎皮質癌で多く認められる遺伝性腫瘍症候群は,Li-Fraumeni症候群(原因遺伝子TP53,全副腎癌患者の2~4%,小児例に限ると50~80%),Lynch症候群(原因遺伝子MSH2,MLH1,PMS2,MSH6,EPCAM,全副腎癌患者の3%),多発性内分泌腫瘍症Ⅰ型(原因遺伝子MEN1,全副腎癌患者の1~2%)であり,稀ではあるが,家族性腺腫性ポリポーシス(原因遺伝子APC),Beckwith-Wiedemann症候群(原因遺伝子IGF2)なども知られている[7](表1)。小児例では全例でLi-Fraumeni症候群のスクリーニングを実施すべきである。成人例では,特に遺伝性が疑われる場合や随伴腫瘍を伴う場合に,Li-Fraumeni症候群,Lynch症候群,多発性内分泌腫瘍症Ⅰ型のスクリーニングを検討すべきである。

副腎皮質癌と関連する遺伝性腫瘍症候群
副腎皮質癌は,腫瘍内に広範かつ不均一に複雑な遺伝子異常を伴い,以下のような複数の経路に遺伝子異常を認めることが示されている[8,9]。
IGF/mTOR経路:IGF2,CDKN1C
Wnt/β-catenin経路:ZNRF3,CTNNB1,APC,MEN1
p53/Rb1経路:TP53,CDKN2A,RB1,CDK4,CCNE1
ステロイド合成経路:NR5A1
細胞周期:CCNB1
ヒストン修飾:MLL,MLL2,MLL4
クロマチンリモデリング:ATRX,DAXX
さらにわれわれは,癌細胞における糖・アミノ酸代謝を制御するNrf2に注目し,Nrf2の変異あるいは高発現は,副腎皮質腺腫には認められず副腎皮質癌のみに認められ,特にWeissの診断基準7~9点,Helsinki score 18点以上の高悪性度癌に特徴的であることを報告した[10]。これらの知見は,副腎皮質癌の特徴である著明な染色体不安定性が,癌遺伝子の高発現あるいは癌抑制遺伝子の機能喪失をきたし,副腎皮質癌の発癌に深く関わっていることを示唆している。
近年,包括的な腫瘍の遺伝子解析により,副腎皮質癌の分子サブタイピングが試みられている(表2)。

副腎皮質癌の分子サブタイプ
ENSATの施行した45例の副腎皮質癌の包括的な遺伝子解析では,mRNAに基づきC1AとC1Bの2群に分類した。C1A群は予後不良であり,遺伝子変異が多く,メチル化も高頻度であった。C1B群は遺伝子変異が少なく,メチル化も少なく,予後良好であった[11]。
TCGAデータを用いた91例の副腎皮質癌の包括的な遺伝解析では,DNAメチル化の状態に基づき副腎皮質癌症例を3群に分類し,その分類が生命予後と密接に関連することを示した。CoCⅠ群は遺伝子変異が少なく,ステロイド合成能が低く,免疫原性が高いという特徴を有する。CoCⅡ群は遺伝子変異が多く,Wnt経路の活性化を伴い,ステロイド合成能が高い群である。CoCⅢ群は遺伝子変異が多く,Wnt経路活性化に加え,細胞周期の活性化を特徴とする。生存率はCoCⅠ群が最も良好であり,CoCⅡ群が中間,CoCⅢ群が最も不良であった。なお,前述のENSATの分子サブタイプとの対応については,大部分のCoCⅠ群がC1Bに分類され,CoCⅡ,CoCⅢ群がC1Aに分類される[12]。
前述のTCGAによる分子サブタイプの結果に基づくと,CoCⅠ群の症例にはIGF1R阻害剤や免疫チェックポイント阻害剤が有効である可能性があり,一方CoCⅡ群,CoCⅢ群に対してはWnt経路阻害剤や細胞周期の阻害剤が有効である可能性が示唆される[8]。遺伝子情報に基づいた個別化医療の可能性が期待される。
1.IGF2/IGF1R経路阻害IGF2の過剰発現は副腎皮質癌の約90%に認められることから,IGF1受容体阻害を介したIGF2阻害が治療法として期待されている。しかしながら,IGF1受容体阻害薬であるlinsitinibを用いた他施設前向き無作為化研究では,linsitinib群はプラセボ群と比較して全生存期間・無増悪生存期間の改善を認めなかった[13]。これはIGF2過剰発現と同時に認められることが多いβ-catenin経路の活性化などが治療効果を制限しているためと考えられている。IGF1受容体阻害薬が有効であるのは副腎皮質癌の約20%であり,そのような症例はTCGAサブタイプのCoCⅠ群であると予想されている[8]。
2.免疫チェックポイント阻害剤副腎皮質癌に対する抗PD-1モノクローナル抗体であるペムブロリズマブの第2相試験において,客観的奏効率は23%(9/39),病勢コントロール率は52%(16/31)であり,免疫チェックポイント阻害剤の有効性が示唆された[14]。注目すべき点として,マイクロサテライト不安定(MSI)を調べた38例中6例(16%)がMSI-Highであり,奏効した9例中2例はMSI-Highであったが,残りの7例はMSI-Lowであった。副腎皮質癌においてはMSI-Highの頻度が高いこと,また免疫療法の治療効果はMSIに関わらない可能性があることが示唆されている。
3.Wnt/β-catenin経路阻害Wnt/β-catenin経路の活性化は副腎皮質癌の40%に認められ,TCGAサブタイプのCoCⅡ群,Ⅲ群の特徴である。プレクリニカルにおいてはβ-catenin経路の阻害による副腎皮質癌に対する増殖抑制効果が示されている[15]。しかしながら,Wnt/β-catenin経路は副腎皮質以外にも多くの組織におけるホメオスタシス維持に重要であるため,この阻害は小腸など他の重要臓器にon-target効果をもたらし,臨床応用可能な阻害剤は未だ開発されていない。
4.細胞周期阻害細胞増殖の高い(Ki-67陽性率の高い)副腎皮質癌が予後不良であることから,細胞周期の活性化が予後不良な副腎皮質癌の特徴であることが示唆される。TCGAサブタイプのCoCⅢ群は,遺伝子変異が多く細胞増殖能が高いため,細胞周期阻害が有効であることが示唆される。実際に,現在の転移性副腎皮質癌に対する標準的治療はミトタン+EDP(エトポシド,ドキソルビシン,シスプラチン)であり,DNA複製阻害剤がある程度有効であることが示されている。プレクリニカルにおいては,他にもCDK4/6阻害剤などが副腎皮質癌に有効であることが示されている[16]。また,細胞周期の活性化した腫瘍ではDNA修復機構が重要となるが,一部の副腎皮質癌では相同組み換え修復遺伝子変異を認め,予後不良であることが示されており[17],このような症例に対するPARP阻害剤の有効性が期待される。
5.個別化治療に対する今後の展望前述のものに加え,副腎皮質癌において治療のターゲットとなりうる分子/経路は数多く存在する(NF1機能喪失に対するMEK阻害剤,ATRX変異に対するATR阻害剤,など)。そのため,副腎皮質癌に対しては,癌ゲノムプロファイリング検査を施行してその結果に基づき治療,あるいは臨床試験への組み入れを検討することが望ましい[9]。
一方で,副腎皮質癌は希少癌であり,さらに治療のターゲットとなる分子も症例毎に異なるため,副腎皮質癌のみを対象として特定の薬剤の臨床試験・治験を実施することが極めて困難である。従って副腎癌を始めとする希少癌に対する臨床試験は,様々な希少癌を集めて遺伝子パネル検査を行い,特定の遺伝子異常(バイオマーカー)を有する症例を集めて癌種横断的に実施するバスケット試験の形が望ましく,本邦でも実施されている[18]。
副腎皮質癌は,極めて悪性度が高く予後不良な希少癌である。治療の要は熟練した外科医による初回手術での完全切除であるが,ホルモン産生能を有すること,病理診断が熟練を要することから,外科医,内分泌内科医,病理医,腫瘍内科医を含めたチームによる集学的治療が必要となる。切除不能症例の予後は厳しいが,遺伝学的知見の集積により今後の個別化医療の進展が期待される。