2024 Volume 41 Issue 1 Pages 62-64
甲状腺癌取扱い規約第9版(日本内分泌外科学会・日本甲状腺病理学会編)が2023年10月に発行された。臨床的事項の主な改訂点について解説する。TNM分類は,cTNM(臨床所見),sTNM(術中所見),pTNM(病理所見)に区分するが,甲状腺癌の予後予測には手術時に判定するsTNM分類およびsEx分類(甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤所見)を活用するのがよいことを明記した。sEx分類は日本の規約に特有のものであり,浸潤臓器のみならず深達度も考慮するものとした。N分類については,リンパ節転移の大きさとリンパ節外浸潤の有無を勘案した細分類を採用した。また,上縦隔リンパ節の定義は手術手技によるものから,解剖学的位置によるものに変更した。国際基準であるUICCのTNM分類との齟齬が生じないよう工夫しつつ,甲状腺癌の記録上,重要と考える事項を盛り込んだ改訂となっている。
2023年10月,甲状腺癌取扱い規約は第8版の上梓から4年弱という短い間隔で第9版の出版に至った。早期の改訂が必要となった主な理由は,病理診断における第5版WHO分類および細胞診断に関する第3版ベセスダシステムの発行(ともに2023年)であるが,これを機会に臨床的事項の懸案についても,わが国から発信されたエビデンスも含め,甲状腺癌の記録上,重要と考える事項を盛り込んだ改訂を行った。本稿では主要な変更点について解説する。
「総論」には本規約の目的と対象,記載法の原則などを記した。本規約は甲状腺の原発性悪性腫瘍(癌)であることが確認された症例を対象としており,再発例,リンパ腫,他癌の甲状腺転移や剖検発見例は含まれない。TNM分類にあたっての記載法の原則は他の癌取扱い規約の記述内容に可及的に合わせた。所見は臨床所見(cTNM,第8版までは頭にcのない「TNM」分類),術中所見(sTNM),病理所見(pTNM)に区分するが,甲状腺癌の予後予測には手術時に判定するsTNM分類およびsEx分類(甲状腺腫瘍の肉眼的腺外浸潤所見)を活用するのがよいことを明記した。
臨床的事項の記載においては,UICC(Union for International Cancer Control)によるTNM分類第8版との間にできるだけ齟齬が生じないように留意した。とくに今回,UICCのTNM分類と内容に乖離が生じたN分類に関しては,「総論」の中に対応表(表1)を掲載した。さらに,利用者の便宜を図るため,術前の所見,手術時の所見および組織診断時のチェックリストを掲載したので,参考にされたい。

甲状腺癌取扱い規約第9版とUICC第8版におけるTNM分類
腫瘍の肉眼的甲状腺外浸潤の程度を表すEx分類は,日本の癌取扱い規約に固有の分類であるが,今回,その評価は術中所見によるもの(sEx)のみとした。陽性例に関し,規約第8版では前頸筋群(Ex1)とそれ以外(Ex2)と,浸潤を認める臓器によって2群に分けていたが,第9版では浸潤臓器のみならず深達度も考慮するものとした。これまでに蓄積されたエビデンスにより,浸潤の深達度が重要な予後因子であることが示されているためである[1,2]。sEx分類はUICC分類に従ったsT分類と表2に示すように対応している。

甲状腺癌取扱い規約第9版におけるsEx分類とsT分類
所属リンパ節転移の表記に関しては,第8版まではUICCに準じて,頸部中央区域リンパ節(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅺ)転移をN1a,頸部外側区域(Ⅴ,Ⅵ,Ⅶ,Ⅷ,Ⅸ)転移をN1bとしてきた。しかし,とくに乳頭癌のリンパ節転移においては,その大きさとリンパ節外浸潤が重要な予後因子であることが知られており[3,4],第9版ではそれらを勘案した定義を提示した(表3)。囊胞性のリンパ節転移は大きくとも予後は悪くないという意見もあるが,その扱いについては今回,言及していない。また,UICCに倣い転移リンパ節の節外浸潤はsT分類には反映しないことにしている。

甲状腺癌取扱い規約第9版におけるリンパ節転移の分類(sN分類)
上縦隔リンパ節は規約第8版まで,「頸部操作では摘出できない縦隔のリンパ節」と手術手技によって定められてきた。施設や術者,術式によって,同じ解剖学的位置にあっても分類が異なる可能性が懸念される[5]一方で,個体差や腹側と背側での高さのずれ,二次元画像と術中の三次元イメージの相違などのため,気管前・傍リンパ節と上縦隔リンパ節の境界に解剖学的ラインを引くことは難しいと考えられてきた。今回,取扱い規約委員会での熱心な議論を経て,上縦隔リンパ節を解剖学的位置により,「胸骨上切痕の高さより尾側の縦隔リンパ節」と定義した。さらに,無名静脈上縁までをⅪa,それより尾側をⅪbとした。基本的にⅪaまでは頸部創より切除可能だが,Ⅺbの郭清には胸骨切開や胸鎖関節切除によるアプローチを要すると考えたためである。
なお,甲状腺癌取扱い規約に特有のリンパ節ナンバリング(Ⅰ~Ⅺ)は,AJCC(American Joint Committee on Cancer)第8版のナンバリング(LevelⅠ~LevelⅦ)と併記して残すこととした。耳鼻科・頭頸部外科の先生方は後者を多用しており,国際的には前者は理解されないため,今後検討が必要になるかもしれない。
術前の所見における自覚症状(腫瘤,呼吸困難,嗄声,嚥下困難,誤嚥,圧迫感,疼痛,血痰,その他),腫瘤の性状(形状,硬度,境界,表面,可動制限,圧痛,急性増大)の用語,記載順はNCDの症例登録フォームとできるだけ一致するように努めた。また,全体を通じて,腫瘤の大きさは従来のcmでの記載からmmでの記載に改めた。
本規約の冒頭には,1977年発行の第1版からの序文がすべて掲載されている。これらに目を通すことで,綺羅星のごとき先達たちの歩みを知るとともに,本規約が甲状腺腫瘍診療における国際基準とわが国の独自性の両立を図りつつ,熟成されてきたことを理解できる。今後も甲状腺癌診療に携わる医師,研究者の水準の向上に寄与するとともに,国際的に新たな知見を発信し続けるための礎となることを願う。
本規約の改訂にあたり,大変な熱意と時間を費やして議論を行い,作成作業に携わってくださった日本内分泌外科学会,日本甲状腺病理学会の委員の皆さま(伊藤康弘先生,菅間博先生,鈴木眞一先生,亀山香織先生,日比八束先生,菅沼伸康先生,絹谷清剛先生,北村守正先生,堀内喜代美先生,尾身葉子先生,近藤哲夫先生,友田智哲先生,今村好章先生,大橋隆治先生,千葉知宏先生,中島正洋先生,廣川満良先生),および上梓にあたり大変お世話になった金原出版株式会社編集部の宇野和代氏に深く感謝申し上げます。