Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Low risk neoplasms of the thyroid
Tetsuo Kondo
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2024 Volume 41 Issue 1 Pages 9-13

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抄録

甲状腺の低リスク腫瘍は第5版WHO分類(2022年)で定められた新しいカテゴリーである。そのカテゴリーに含まれるのは硝子化索状腫瘍 hyalinizing trabecular tumor(HTT)と 第4版WHO分類(2017年)で良性と悪性の境界病変として提唱された乳頭癌様核を有する非浸潤性濾胞型甲状腺腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)と悪性度不明uncertain malignant potential(UMP)と総称される分化型濾胞型腫瘍の一群である。第9版甲状腺癌取扱い規約(2023年)においてもNIFTPとUMPが組織学的分類に新たに採用され,HTTと合わせて低リスク腫瘍のカテゴリーが設けられた。本稿では低リスク腫瘍の中のNIFTP,UMPについて概説する。

はじめに

第4版内分泌腫瘍WHO分類(2017年)では甲状腺濾胞上皮腫瘍に良性と悪性の中間intermediate malignancyもしくは境界病変 borderline lesionに相当する疾患概念が提起された[]。この概念に含まれるのは,乳頭癌様核を有する非浸潤性濾胞型甲状腺腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)と悪性度不明uncertain malignant potential (UMP)と総称される被包化濾胞型腫瘍の一群である。第5版WHO分類(2022年)ではNIFTP,UMPが継続して採用され,硝子化索状腫瘍hyalinizing trabecular tumor(HTT)と合わせて低リスク腫瘍low risk neoplasmsのカテゴリーに含められた[]。

一方,本邦の甲状腺癌取扱い規約の組織学的分類には境界病変や低リスク腫瘍のカテゴリーはなかった。WHO分類でNIFTPとUMPが採用されて以降,国内でも活発な議論が続けられたが,第8版規約(2019年)の組織学的分類としては採用されなかった[]。これは国内の甲状腺がん診療の状況では境界病変の導入が直ちに必要とされなかったためである。しかし,甲状腺がん研究を進めていく上では国際標準であるWHO分類を使用せざるをえず,海外と国内の病理診断の乖離の拡大が続くことは中長期的な視点で望ましくない。甲状腺癌取扱い規約委員会で慎重な議論が積み重ねられ,第9版規約(2023年)ではNIFTPとUMPが組織学的分類に加えられることになった[]。

被包化濾胞型腫瘍

低リスク腫瘍であるNIFTPとUMPは被包化濾胞型腫瘍encapsulated follicular-patterned tumorとして捉えると理解しやすい。被包化濾胞型腫瘍とは線維性被膜を有する境界明瞭な結節で,内部は濾胞構造から構成される濾胞上皮由来腫瘍を差す。第9版規約の組織分類で被包化濾胞型腫瘍に含まれるのは良性の濾胞腺腫,低リスク腫瘍のFT-UMP,WDT-UMP,NIFTP,悪性の微少浸潤型濾胞癌,被包化血管浸潤性濾胞癌,被包化した濾胞型乳頭癌encapsulated follicular variant of papillary thyroid carcinoma(EFVPTC),の7つである(図1)。

図1.

被包化濾胞型腫瘍

線維性被膜を有する境界明瞭な結節で,内部は濾胞構造から構成される濾胞上皮由来腫瘍。第9版規約では良性の濾胞腺腫,低リスク腫瘍のFT-UMP,WDT-UMP,NIFTP,悪性の微少浸潤型濾胞癌,被包化血管浸潤性濾胞癌,被包化した濾胞型乳頭癌が含まれる。

従来,被包性濾胞型腫瘍は2つの組織基準によって良悪性の判断が行われきた(図2)。悪性基準の1つは核所見である。乳頭癌には核溝,核内細胞質封入体,すりガラス状クロマチン,核の重畳など特徴的な核所見がみられる。これらの核所見が揃う被包性濾胞型腫瘍は浸潤性増殖の有無に関わらず濾胞型乳頭癌と診断されてきた。もう1つの悪性基準が腫瘍の被膜貫通,血管内侵入によって評価される浸潤性増殖である。乳頭癌の核所見がない腫瘍では,浸潤性増殖がなければ濾胞腺腫,あれば濾胞癌との診断となる。

図2.

被包性濾胞型腫瘍の診断(第8版規約)

第8版規約では乳頭癌の核所見の有無,浸潤性増殖の有無によって濾胞癌,濾胞腺腫,濾胞型乳頭癌に分類される。

核所見と浸潤性増殖による病理診断は論理的には単純であるが,核所見の有無,浸潤の有無の病理学的判断はしばしば困難である。これは病理診断の観察者間変動observer variation,観察者内変動interobserver variationの要因にもなっている。Hirokawaraらは濾胞構造からなる線維性被膜を有する結節21症例を本邦の病理医4名,北米の病理医4名が各自で再診断した結果,本邦の病理医が良性腫瘍(濾胞腺腫,腺腫様甲状腺腫)と判断する症例を北米の病理医が乳頭癌と診断する症例があることを報告した[]。驚くべきことに本邦の病理医全員が良性結節と判断した21症例の中に北米の病理医が乳頭癌とした6症例が含まれていた。また被膜浸潤,血管浸潤の判断の差もしばしば生じ,良性腫瘍(濾胞腺腫)と悪性腫瘍(濾胞癌)が病理医間で異なることがある[,]。

乳頭癌の核所見のみで悪性腫瘍と診断することについても異論が唱えられるようになった。Liuらは浸潤を伴う濾胞型乳頭癌(17症例)は通常型乳頭癌,浸潤を伴うEFVPTC(18症例)は濾胞癌に似た臨床的態度を示し,非浸潤性のEFVPTC(43症例)ではリンパ節転移,術後再発がないと報告した[]。またPiataらは浸潤性(21例),非浸潤性(45例)のEFVPTCとも平均11.9年の追跡で死亡例がないことを報告している[]。これらの結果はEFVPTC,特に浸潤性増殖(被膜浸潤,血管浸潤)を伴わない腫瘍ではリンパ節転移,再発,死亡の可能性が極めて少ないということを示唆している。KakudoらはEFVPTCの悪性の診断名は誤称であり,新たな境界カテゴリーとして再分類すべきことを提唱した[]。

被包化濾胞型腫瘍の課題を背景にWHO分類では被包性濾胞型腫瘍の病理診断に大きな改定が行われた。核所見と浸潤性増殖の判断については“あり present”,“なし absent”の二段階ではなく,“疑わしい questionable”の項目が加えられて三段階となった。そして“乳頭癌の核所見が疑わしい”や“浸潤性増殖が疑わしい”という甲状腺腫瘍に対して,低リスク腫瘍としてのNIFTP,UMPという診断名が定義されたのである(図3)。

図3.

被包性濾胞型腫瘍の診断(第9版規約)

第9版規約では乳頭癌の核所見,浸潤性増殖はあり,疑わしい,なしの3段階で判定する。乳頭癌の核所見はスコアを用い,スコア2が疑わしいに該当する。第9版規約では低リスク腫瘍としてFT-UMP,WDT-UMP,NIFTPが加わる。

乳頭癌の核所見,被膜浸潤,血管浸潤に対する“疑わしい”についてはWHO分類で組織学的基準が定められている。病理医が判断に迷う所見,病理医間で意見が異なる所見を“疑わしい”とするのではない。乳頭癌の核所見はスコアリングでの評価(0から3)することが推奨されている。核所見を①大きさと形(核腫大,核の重畳,核の密集,核の伸長),②核膜の不整(核形不整,核溝,核のしわ,核内細胞質封入体),③クロマチンパターン(淡明核,すりガラス状核)の3項目(①~③)で評価(1項目で1点)し,核所見スコア2点を“乳頭癌の核所見が疑わしい”とする(図4)。

図4.

疑わしい乳頭癌の核所見

核スコア2のNIFTP症例。腫瘍細胞には核の腫大,すりガラス状核を認める。本症例は遺伝子解析によりNRAS変異が検出されている。

“被膜浸潤が疑わしい”は1)腫瘍が被膜に侵入するが被膜を貫通していないもの(図5),または2)線維性被膜内に孤立した腫瘍胞巣がみられるものをいう。“血管浸潤が疑わしい”とは1)血管内の腫瘍胞巣で血管内皮の被覆や血栓付着を欠くもの,または2)血管壁に近接する被膜内の腫瘍胞巣を指している。

図5.

疑わしい被膜浸潤

被膜浸潤が疑わしいFT-UMPの症例。厚い線維性被膜内に腫瘍胞巣が茸状に侵入しているが貫通はしていない。

NIFTP

2014年,NikiforovらはEFVPTCの課題に対するEndocrine Pathology Society ワーキンググループ(各国より24名の病理医,その他に内分泌内科医,外科医,心理学者,分子病理学者,統計学者,患者代表が参加)を結成し,非浸潤性EFVPTC(109症例)と血管浸潤もしくは腫瘍被膜浸潤を伴う浸潤性EFVPTC(101症例)に対して臨床病理学的特徴,遺伝子解析,統計解析を行った[10]。この解析において浸潤性EFVPTC(平均5.6年のフォローアップ)の12%に有害事象(遠隔転移,死亡など)が発生したが,非浸潤性EFVPTC(平均14.4年のフォローアップ)では再発,転移はみられず,死亡例は皆無であった。この結果をもとにワーキンググループは非浸潤性EFVPTCを極めて低リスクの腫瘍とし,NIFTPと命名した。

NIFTPは被包化された境界明瞭な結節である。腫瘍性被膜の厚さは様々で不明瞭な場合もある。肉眼的には濾胞腺腫や腺腫様結節(単結節性の腺腫様甲状腺腫)と区別がつかない。内部は比較的単調な濾胞構造からなるが,濾胞の大きさは症例によって異なる。乳頭状構造(許容範囲は1%未満)や充実状/索状/島状構造(許容範囲は30%未満,いわゆる低分化成分)はみられない。砂粒体はみられない。腫瘍細胞の核にはスコア2~3の乳頭癌の核所見を認める。被膜浸潤や血管浸潤はない。壊死や核分裂像の増加(3個以上/10HPF)がないことも基準に含まれている。

より厳格なNIFTPの診断基準も提唱されており,乳頭状構造が完全に存在しないこと,NIFTPの典型的な核所見スコアは2であること,BRAF変異,TERTプロモーター変異,TP53変異の欠如を確認することが望ましいことなどが含まれている[11]。第9版規約では遺伝子検査もしくは免疫染色によりBRAF変異が認められた場合はNIFTPではなく被包化濾胞型乳頭癌とすることを求めている。

NikiforovらはNIFTP27症例中8例(29.6%)にRAS変異を検出している[10]。ZhaoらはNIFTPの54%(27/50症例)にRAS変異があることを報告した[12]。PaulsonらはRAS変異を有する甲状腺癌27症例を再診断したところ,半数以上(59%,16/27症例)がNIFTPであった報告した[13]。これらの報告からNIFTPの主要な遺伝子異常はRAS変異であるといえる。

NIFTPはEFVPTCの中から抽出された経緯があり,乳頭癌の中に占める割合は欧米からの報告では20%程度である。しかしながら,本邦を含むアジアからの報告をみると1%前後とNIFTPの頻度は極めて低くなっている[1415]。この差については乳頭癌の核所見の判定基準が欧米とアジアで異なることが1つの理由と考えられている。

UMP

甲状腺腫瘍におけるUMPの定義,使われ方には変遷がある。チョルノービリ原発事故後の小児甲状腺癌を各国の内分泌病理医で検討した際,良悪性の判断が一致しない症例が多かった。Williamsらは診断の一致しない症例を整理し,UMPの用語をあてたのが最初の報告である[16]。この報告では病理医間の不一致がUMPであり,NIFTPに含まれる腫瘍もUMPに含まれていた。現在は定義が再整理されており,病理医の不一致ではなく,浸潤性増殖が疑わしいという組織学的定義を満たした腫瘍に対してUMPが使用される。

UMPは核所見により2つに大別される。悪性度不明な濾胞性腫瘍follicular tumor of uncertain malignant potential(FT-UMP)は浸潤性増殖が疑わしい被包性濾胞型腫瘍の中で,乳頭癌の核所見がない分化型濾胞上皮腫瘍を指す。従来の基準で濾胞腺腫,濾胞癌と診断されていた甲状腺腫瘍の一部がFT-UMPに該当する。

悪性度不明な高分化腫瘍Well-differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP)は浸潤性増殖が疑わしい被包性濾胞型腫瘍の中で,乳頭癌の核所見があるかもしくは疑わしい腫瘍である。EFVPTCと診断されていた腫瘍の一部がWDT-UMPに相当する。

疑わしい浸潤性増殖を除けば,FT-UMPは濾胞腺腫に,WDT-UMPはNIFTPと同等の肉眼所見,組織所見を呈する。第9版規約ではUMPの診断の際には十分な切出し,再切や深切を追加して浸潤の評価を行うことを求めている。UMPは切出しなどの追加検索に影響を受けるため頻度について論じることが難しい。遺伝子変異は濾胞腺腫,NIFTPと同等と推定される。

おわりに

本邦の甲状腺癌取扱い規約で低リスク腫瘍であるNIFTP,FT-UMP,WDT-UMPが組織学的分類として採用された。今後は病理診断される頻度が急速に増えていくと予測されるが,これら低リスク腫瘍に対する臨床的対応については本邦のエビデンスを急ぎ確立する必要がある。

【文 献】
 
© 2024 Japan Association of Endocrine Surgery

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