Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Current status and prospects of treatment based on molecular diagnosis of breast cancer
Yuko Takano
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2024 Volume 41 Issue 2 Pages 127-131

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抄録

乳癌は臨床病理学的サブタイプ分類に基づく治療が行われている。近年ではOncotypeDX®を用いてより正確なサブタイプ分類の判定や治療が可能となった。また,トラスツズマブの抗体薬物複合体であるトラスツズマブデルクステカンの登場によりHER2低発現という新しいサブタイプが登場した。さらに,ER陽性乳がんに対する治療耐性への克服としてESR1変異に基づく治療戦略や,PI3K/AKT経路の阻害薬であるカピバセルチブの登場,homologous recombination repair deficiency(HRD)に対する治療戦略など,分子診断に基づく治療がさらに細分化されつつある。今後も乳がん診療は遺伝子変異に基づいた個別治療が広がっていくだろう。

はじめに

2019年の女性乳癌罹患数は97,142例であり,女性の部位別がん罹患数では最も多い[]。2,000年代以降サブタイプ診断に基づく診断と治療が行われており,分子診断に基づいた治療を他のがん種に比べて先行しているといえるだろう。

乳癌の治療は,エストロゲン受容体(ER),プロゲステロン受容体(PgR),HER2,Ki-67を用いた臨床病理的サブタイプに分類し,サブタイプごとに治療法を決定する。2023年9月には早期ホルモン受容体(HR)陽性HER2陰性乳癌に対し,多遺伝子アッセイの一つであるOncotypeDX®を用いたオンコタイプDX乳癌再発スコア®プログラムが保険収載され,より正確な臨床病理学的サブタイプ分類が可能となった。

OncotypeDX®とは,RT-PCRを用いて,固定パラフィン包埋腫瘍組織中の16の腫瘍関連遺伝子と5つの参照遺伝子から構成される21の遺伝子発現を解析するRT-PCRベースのアッセイであり,その結果は0~100の再発スコア(Recurrence Score:RS)として表現される。TAILORx試験[]では,RSが11~25の中間リスクリンパ節転移陰性患者において,内分泌療法単独は化学療法と内分泌療法併用療法に無再発生存期間が劣らないことを示し,また,RxPONDER試験[]では,RSが0~25の閉経後患者では臨床病理学的因子に関わらず化学療法を省略し得ることが示された。

以上の様に,乳癌領域においては分子診断に基づいたリスク評価と治療戦略がとられている。さらに,遺伝子変異や増幅に応じた新規治療法の開発も進んでいる。ここでは特に近年話題となっている分子診断とそれに基づいた治療アプローチについて解説する。

1.HER2

HER2はepidermal growth factor receptor(EGFR)ファミリーの膜貫通型チロシンキナーゼ受容体の一つで,これをコードする遺伝子HER2はがん遺伝子の一つである。その他のEGFRファミリーと様々な組み合わせで二量体を形成し,PI3K/AKTおよびERK/MAPKシグナルを活性化することで細胞増殖の促進,細胞死からの回避などを誘導する。乳癌においては15~25%にHER2の過剰発現が認められ,ヒト化モノクローナル抗体の一つであるトラスツズマブがHER2陽性乳癌におけるキードラッグとして使用されている。HER2陽性乳癌に対する治療法の開発が進み,現在ではトラスツズマブに加え,別の抗HER2モノクローナル抗体であるペルツズマブを併用した治療や,周術期再発高リスクのHER2陽性乳癌の治療では,術前治療後に病理学的完全奏効を得られなかった患者に対して,術後治療としてトラスツズマブの抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)の浸潤癌無再発生存期間(iDFS)における有効性が示されている[]。一方で,再発HER2陽性乳癌に対する二次治療としては,トラスツズマブのADCであるトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の無増悪生存期間(PFS)における有効性が示されている。DESTINY-Breast03試験は,タキサン+トラスツズマブ既治療のHER2陽性進行再発乳癌に対してT-DXdとT-DM1を比較した国際共同無作為化非盲検第三相試験である[]。主要評価項目のであるPFS中央値はT-DXd群が未達に対してT-DM1群が6.8カ月(ハザード比HR0.28,95%信頼区間CI0.22~0.37,p<0.001)とT-DXd群において有意な延長が示された。

さらに2023年3月にはT-DXdの適応がHER2低発現の進行再発乳癌へと拡大された。HER2低発現とは, HER2に対する免疫組織学染色で1+または2+かつin situ hybridization 陰性と定義される。化学療法歴のあるHER2低発現の進行再発乳癌を対象としてT-DXdと主治医選択化学療法を比較した無作為化非盲検第三相試験(DESTINY-Breast04試験)において,主要評価項目であるHR陽性例でのPFS中央値はそれぞれ10.1カ月と5.4カ月(HR0.51,95%CI0.40~0.64)でありT-DXd群の有意な延長を認めている[]。今まで乳癌の治療に使われていたサブタイプ分類に加えて,HER2低発現という治療に結びつく新たなサブタイプが創出された。

2.ESR1

乳癌全体のうち,ER陽性乳癌は約70%で最も頻度が高い。内分泌療法としてアロマターゼ阻害薬(AI)や選択的エストロゲン受容体修飾薬(SERM)であるタモキシフェンや選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD)であるフルベストラントが使用される。ESR1遺伝子はERαをコードし,ESR1遺伝子変異は内分泌療法における耐性機序の一つであることが報告されている[]。ESR1遺伝子変異の陽性率は内分泌療法未治療例ではほとんど認められないが,AIを投与された患者の約20~40%に認められる。つまりAI治療中に生じる獲得変異であり,ESR1遺伝子変異によって活性化されたERαはリガンド非依存的に腫瘍細胞の増殖や転移を促進する。一方で,変異型はフルベストラントなどのSERDに感受性があることが示されている[]。

フルベストラントは注射剤であるため,近年ではSERDの経口薬剤の開発が進んでいる。新規経口SERDの一つであるElacestrantは内分泌療法とCDK4/6阻害薬併用療法後に進行したER陽性HER2陰性進行再発乳癌患者に対してElacestrantと主治医選択治療を比較した無作為化非盲検第三相試験(EMERALD試験)において,腫瘍評価項目の一つであるESR1変異陽性コホートにおける6カ月PFS割合がそれぞれ40.8%と19.1%(HR0.55,95%CI0.39~0.77)と有意にPFSの延長を認めた[](本邦未承認)。また,AI+CDK4/6阻害薬による治療中に腫瘍循環DNA(ctDNA)によるESR1遺伝子変異をモニタリングし,ctDNAにおけるESR1遺伝子変異が認められた時点で無作為化しフルベストラント+CDK4/6阻害薬併用療法に変更する戦略の有効性を評価したPADA-1試験において,主要評価項目である無作為化後のPFS中央値は治療変更群11.9カ月と治療継続群5.7カ月(HR0.61,p=0.0040)であり[],ESR1変異に基づく治療戦略の有効性が評価されつつある。

3.PI3K/AKT/mTOR経路

PI3K(phosphatidyl inositol 3-kinese)/AKT/mTORシグナル伝達経路は,細胞の生存,増殖などに関わるシグナル伝達経路である。他のシグナル伝達経路と複雑に制御されており,この経路の変化ががんの細胞発生,増殖,進行に関わることが知られており,しばしば抗がん薬に対する治療の抵抗性に関与している[10]。PI3KやAKTの活性型変異体,PTENの機能低下がその主な変化である。PI3Kαはヘテロ二量体タンパク複合体でPIKC3A遺伝子によってコードされる触媒サブユニットp110αPIK3R1遺伝子によってコードされる制御サブユニットp85αで構成される。受容体チロシンキナーゼなどのシグナルによりPI3Kはホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸(PIP2)をホスファチジルイノシトール-3,4,5-三リン酸(PIP3)に変換する。PIP3が細胞膜に蓄積されると,AKTや3-ホスホイノシチド依存性プロテインキナーゼ1(PDK1)と結合し,活性化され,下流のシグナル経路の活性化につながる。Phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10(PTEN)はPTEN遺伝子によってコードされる酵素でPIP3を脱リン酸化し,PIP2に変換する役割を持つ。PTEN遺伝子はがん抑制遺伝子として知られており,PTENが阻害されることにより,PIP3が蓄積され,AKT経路の活性化につながる。mTOR(mechanistic target of rapamycin)とはAKT経路の下流に位置するキナーゼの一種であり,複数のタンパク質により複合体を形成する。活性化されたAKTはTSC2をリン酸化し,mTORC1の活性化を引き起こし,細胞増殖に至る。一方で,mTORの活性を負に制御するmTORC2はAKTをリン酸化し,AKTの活性化を引き起こす[11](図1)。

図1.

PI3K/AKT/mTOR経路

ER陽性乳癌においてはPIK3/AKT経路が約50%で活性化し[1112],ERとPI3K/AKT経路の間では重要なクロストークがあるといわれている。そのため,HR陽性HER2陰性進行再発乳癌において,PIK3/AKT経路の阻害とホルモン療法の併用療法の開発が行われてきた。

mTOR阻害剤であるエベロリムスは,非ステロイド系AIの治療歴がある閉経後ER陽性HER2陰性進行再発乳癌患者を対象とし,エベロリムス+エキセメスタン併用療法とプラセボ+エキセメスタン療法を比較した無作為化二重盲検第Ⅲ相試験(BORELO-2試験)において, PFS中央値がそれぞれ7.8カ月,3.2カ月(HR0.45,95%CI0.38~0.54,p<0.0001)と有意な延長を示し,エキセメスタン単剤に対するエベロリムスの併用の有効性が示され[12],承認されている。また,PI3Kα選択的阻害剤であるalpelisibはAI既治療のHR陽性HER2陰性進行再発乳癌患者を対象とし,Alpelisib+フルベストラント併用療法とプラセボ+フルベストラント併用療法を比較した無作為化二重盲検第Ⅲ相試験(SOLAR-1試験)において,主要評価項目であるPIK3CA遺伝子変異陽性コホートにおけるPFS中央値がそれぞれ11.0カ月と5.7カ月(HR0.65,95%CI0.50~0.85,p<0.001)であり,alpelisib群において有意な延長を示した(本邦未承認)[13]。

カピバセルチブはAKT阻害剤で,AKT1-3の3つのアイソフォームすべてを阻害し,下流シグナルの脱リン酸化をもたらすことで抗腫瘍効果を発揮するとされている。CAPItello-291試験はAI既治療のHR陽性HER2陰性進行再発乳癌患者を対象とし,カピバセルチブ+フルベストラント併用療法とプラセボ+フルベストラント併用療法を比較した無作為化二重盲検第Ⅲ相試験である。主要評価項目の一つである,AKT経路(PIK3CAAKT1またはPTEN)の遺伝子変化があるコホートにおけるPFS中央値がそれぞれ7.3カ月と3.1カ月(HR0.50,95%CI0.38~0.65,p<0.001)であり,カピバセルチブ群において有意な延長を認め[14],2024年3月にAKT経路の遺伝子変化を認めるHR陽性HER2陰性進行再発乳癌患者に対して承認された(表1)。FoundationOneCDx®がカピバセルチブのコンパニオン診断として使用されるため,今後検査を行うタイミングについて十分に検討する必要がある。

表1.

PI3K/AKT/mTOR経路の阻害薬と臨床試験の結果

4.HRD関連遺伝子

乳癌の5~10%がBRCA1BRCA2CHEK2PALB2ATMなどの遺伝子の生殖細胞系列に病的バリアントを持つことに起因する[15]。そのうちBRCA1BRCA2はがん抑制遺伝子であり,BRCA1/2タンパクは相同組み換え修復に関わっているため,失活することにより,DNA2本鎖切断修復機能に異常をもたらす。ポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)はDNA損傷修復,転写制御など多くの役割を持つが,特にPARP1-3はDNA一本鎖切断の修復を行う。PARPの選択的阻害薬であるオラパリブはBRCA遺伝子変異陽性の乳癌に対してその効果を示している[16]。OlympiAD試験は化学療法既治療の生殖細胞系列BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性進行再発乳癌患者を対象とし,オラパリブと主治医選択化学療法を比較した無作為化非盲検第三相試験である。主要評価項目のPFS中央値はそれぞれ7.0カ月と4.2カ月(HR0.58,95%CI0.43~0.80,p<0.001)でオラパリブ群の有意な延長を認めた[16]。また,同じようにPARP阻害薬であるタラゾパリブはEMBRACA試験において,化学療法既治療の生殖細胞系列BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性進行再発乳癌患者を対象とし,タラゾパリブと主治医選択化学療法を比較して主要評価項目であるPFS中央値がそれぞれ8.6カ月と5.6カ月(ハザード比0.54,95%信頼区間0.41~0.71,p<0.001)であり,タラゾパリブ群において有意な延長を示した[17]。同様に,早期乳癌に対してもオラパリブの有効性が示された[18]。BRCA以外にも相同組み換え機構を不活化(homologous recombination repair deficiency:HRD)を有する変異を持つ場合には理論上はPARP阻害薬の効果が期待できるが, DNA損傷を引き起こすプラチナ製剤の効果も期待される。トリプルネガティブ乳癌(TNBC)はHRDを有する患者が多く約20%と報告されている[19]。しかしながら,TNBCにおけるHRDに基づくプラチナ製剤の効果予測については依然として議論が分かれている。TNT試験は進行再発TNBC初回治療として,カルボプラチンとドセタキセルの効果を比較した第三相試験であるが,BRCA1/2遺伝子変異を有する患者ではカルボプラチン投与群においてドセタキセル投与群よりも良好な奏効率とPFSを示したが,MyriadHRDアッセイ®で高スコアを示したTNBC患者における有効性は示されなかった[19]。一方で,メタアナリシスの結果からHRD陽性のTNBC患者において,プラチナベースの化学療法を用いた術前化学療法の有効性が示唆されており[20],HRDの評価方法が今後の課題であるといえよう。なお,本邦においてはTNBCにおけるプラチナ製剤の投与は特定の条件下でしか承認されていない(2024年4月現在)。生殖細胞系列BRCA1/2以外のDNA修復遺伝子の病的バリアントまたはBRCA1/2を含む体細胞系列の病的バリアントを認める進行再発乳癌に対するオラパリブの有効性を確認した第二相試験において,生殖細胞系列のPALB2または体細胞系列のBRCA1/2変異を有する乳癌に対して有効性を示し[21],さらなる検討が期待される。

終わりに

乳癌の分子診断に基づく治療は,従来のサブタイプ分類よりもさらに細分化されている(表2)。今後は,コンパニオン診断を行うタイミングを適切に行うことで多くの患者に適切な治療が提供されることが期待される。

表2.

分子診断に基づく乳癌サブタイプ分類

gBRCA1/2:germline BRCA1またはgermline BRCA2

* gBRCA1/2病的バリアントおよびHRDはトリプルネガティブ以外のサブタイプにも存在する。

【文 献】
 
© 2024 Japan Association of Endocrine Surgery

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