2024 Volume 41 Issue 3 Pages 152-156
世界では病理のデジタル化が急速に進んでいるが,日本は完全に遅れをとっており,アジアの中でも下位グループである。病理デジタル化導入にはCAP(College of American Pathologists)から,ガイドラインが示されており,3つの強い推奨が出されている。その概要は60例以上の症例でガラススライドとデジタルスライドを比較検証し,95%以上の一致率であること,同じ観察者に対して95%以下の一致率の場合にはその原因を究明すること,ガラススライドとデジタルスライド観察の間は2週間以上空けること,としている。世界では,既に,多くの企業から病理解析アプリが販売されているが,甲状腺疾患に対する病理解析アプリはほぼないが,現在盛んに研究が進んでいる。病理のデジタル化には高額な資金の確保が必要であり,日本の病理診断科にとって高いハードルとなっている。病理デジタル化に関しての概要,甲状腺疾患に関する研究報告,病理解析アプリについて概説する。
世界では急速に病理標本のデジタル化が進み,その波は各国に広がり,デジタル病理画像での診断が行われている。しかし,日本の病理組織診・細胞診におけるデジタル化は遅れており,アジアにおいても下位グループに位置している。
Topol EJは,「機械に目はないが,ディープラーニングモデルの進化により,医療画像の解釈が専門家よりも優れ,ヒトには見えない特徴も検出できるようになった。例えば,網膜スキャンは血圧やパーキンソン病,心臓発作のリスクなど多くの情報を提供する,今後は画像だけでなくテキストや音声も含むマルチモーダルAIが医療を変革する可能性がある[1]」と述べている。重要な点は,人工知能(artificial intelligence:AI)は統計学的あるいは膨大な計算からより高い確率を選択していく作業を踏まえて結果を出すため,100%の正診率を出すことはないということである。上記で述べられている医療に変革をもたらす可能性がある決定事項は,複数の医師,医療従事者による一致率が80%程度の事項,あるいは人間が多大な時間と労力を使って結果を出す事項であろう。AI解析を重要なツールとして導入する時には,検査の精度を階層化し,導入する検査の精度がどの階層に位置する検査なのかを把握し,導入の決断を下すことが重要である。検査においては感度,特異度が80%程度の検査がAI解析の主要なターゲットとなる。80%以下であれば何の疑いもなくAI解析の導入を進めるべきで,80~90%程度であれば各施設で検証したのちにAI解析を採用するべきである。しかし,病理診断,細胞診断は特別である。病理診断は精度100%を求められる医療において唯一無二の検査法で,しかも医療費は非常に抑えられており安価である。いかに進化した機械学習,AIを用いてもこの精度をだすことは不可能に近い。それでも人的資源が枯渇しつつある日本の病理業界において,細胞検査士,病理医が多大な時間と労力を使って結果を出す仕事にAI解析を補助として導入することは必須であろう。近い将来,病理AI解析を使わない細胞検査士,病理医は存在しなくなるであろう。いわゆるデジタル病理医,あるいはデジタル細胞検査士となるであろう。
近年,日本でも一部の病院,大学ではデジタルパソロジー(Digital pathology:DP)が教育目的や遠隔診療目的に使用されており,少数の病院ではあるが日常病理診断でもDPへの移行が進んでいる。日常病理診断でDPを使用するということは,病理画像のデータの集積が進み,ビッグデータとして病理画像の深層学習を使用したAIで解析される解析アプリの開発が進むということでもある。2021年5月にはイスラエルのIBEX社[2]は乳癌診断のためのAIモデルが欧州のCEマークを取得し,同年9月には米国メモリアルスローンケタリングがんセンターからのスタートアップ,Paige.AI. Inc[3]が前立腺がんの診断支援AIをリリースし,FDAの承認を受けている。
病理診断において,進化するDPが主流になる世界の流れは止められない。その流れは急速で,さらに進化している。その進化のスパンは10年単位ではなく,5年以下の単位であろう。われわれ,日本の医療従事者,特に病理医,細胞検査士の意識改革が急務であり,臨床医からのサポートが必須である。われわれは日本の病理デジタル化の現状を把握し,世界の流れに遅れずについていく必要がある。本稿では,世界の病理デジタル化の現状を紹介する。
DPやデジタルサイトロジー(Digital cytology:DC)は,病理学におけるデジタル技術の利用を指す。従来の病理学では顕微鏡を使用して組織サンプルから作成された病理標本を観察して診断が行われていたが,DP/DCではこれらの標本をWhole Slide Imaging(WSI)スキャナーでスキャン,あるいはデジタル顕微鏡(デジタル画像表示光学顕微鏡)[4]で,高解像度の病理デジタル画像としてコンピュータ上で確認・判定・診断する。
・遠隔診断:デジタル画像はインターネットを介して共有可能であり,細胞検査士,病理医が地理的に離れた場所からでも判定,あるいは診断を行うことができる。
・データ保存と管理:デジタル画像は電子的に保存され,物理的な標本の管理・保管スペースが不要となる。また,デジタル画像は経年劣化が避けられ,長期保存や再利用が容易である。このことは教育や解析アプリの開発に寄与する。
・解析の自動化:画像解析アプリを用いることで,細胞の数や形態の変化などを自動的に検出し,診断者間の一致率を上げ,診断の精度を向上させる。
デジタルパソロジーに対しては,College of American Pathologists(CAP)からガイドラインが報告されている[5,6]。主な内容は以下の通りである(図1):
College of American pathologistからのデジタルパソロジーに関する強い推奨(文献[6]より)
・重要な推奨事項:
Strong recommendation (SR) 1:少なくとも60の症例を含むサンプルセットを使用し,診断の一致率が95%未満の場合は原因を調査し,改善を試みる。
SR2:同じ観察者に対するデジタルスライドとガラススライドの診断一致率を確認し,95%未満の場合には,原因調査は必要である。
SR3:デジタルスライドとガラススライドを閲覧する間には,少なくとも2週間のウォッシュアウト期間を設ける必要がある。
・訓練:適切な訓練を受けた病理学者が検証プロセスに関与する必要がある。
・現実の臨床環境:検証研究は現実の臨床環境を厳密にエミュレートする必要がある。
DCに対してもCAPからガイドラインが出されているが,現時点で十分な検証論文がなく,DCを推奨するエビデンスがないとされている[7]。しかし,本ガイドラインは,細胞診に特化した機器を対象にしたガイドラインではなく,z軸撮影が搭載されたWSIスキャナーは少ないが,その“WSI”をキーワードに含んでの細胞診のデジタル化の論文検証である。DCは今正にongoingで,DCに特化した機器を用いた研究,商品化が進められている。
日本病理学会,日本デジタルパソロジー研究会,日本臨床細胞学会からもDP/DCに関する指針が提供されており,参考にすることをお勧めする[8]。
病理機械学習(Machine Learning in Pathology)は,病理学におけるデータ解析に機械学習技術を応用する分野である。機械学習は,大量のデータからパターンを学習し,新しいデータを解析する技術である。病理学では,組織や細胞のデジタル画像を解析し,以下のような応用が行われている:
・診断の補助:機械学習モデルが病変の特徴を学習し,自動的に異常を検出することで,医師の診断を補助する。
・予後予測:患者のデータを解析して,疾患の進行や治療効果を予測するモデルの構築が進められている。
・治療の個別化:患者ごとの特徴を解析し,最適な治療法を提案することで,個別化医療の実現を目指す。
病理人工知能病理AIは,病理学における,より高度なデータ解析と自動化を目指す技術である。AIは,機械学習の一部として,より複雑なタスクを自律的に遂行する能力を持つ。病理AIの応用例としては,以下のようなものがある:
・全自動診断システム:AIがスライド全体を解析し,病変部位を特定して診断を下すシステムの開発が進んでいる。
・画像解析の精度向上:ディープラーニング技術を使用することで,非常に高精度な画像解析が可能となり,人間の目では見落としがちな微細な異常も検出できる。
・データ統合解析:電子カルテやゲノムデータなど,多様なデータソースを統合して解析することで,より包括的な診断と治療提案が可能となる。
甲状腺は,多くの疾患が,組織診ではなく,細胞診が行われ,治療方針の決定へと導かれる数少ない臓器である。現行DCの研究,商品化は非常に少ないため,甲状腺の良悪性,質的診断に特化したデジタル解析も少ない。しかし,DCを使用したAI解析を行った報告がが散見されるようになってきた。幾つかの論文を紹介する。
甲状腺の良悪性の判定に関して,Sanyal Pら[9]はギムザ染色標本画像を使用し,Convolutional Neural Networks(CNN)を使用した解析で,感度90.48%,特異度83.33%,Guan Qら[10]は液状化検体(Liquid Based Cytology:LBC)を沈降法でスライドガラスに集積し,HE染色を施行した標本を使用し,精度95%と,良好な判定結果を報告している。甲状腺濾胞腺腫と濾胞癌の鑑別に関して,Savala Rら[11]は,症例数は少ないものの,Giemsa染色を使用しartificial neural network(ANN)モデルを作成し評価した報告をしている。Meleki Sら[12]は教師あり機械学習でサポートベクターマシン(Support-vector machine:SVM)を使用し,Non-invasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)とpapillary carcinomaを鑑別する研究を報告している。Wang Jら[13]は甲状腺のLBC検体のパパニコロウ染色標本を使用し,AI補助を用いたThyroid Patch-Oriented WSI Ensemble Recognition(ThyroPower)systemを構築し,junior cytopathologistsの精度が上がり,undetermined significance sampleのBRAFV600E変異がある症例の91%を悪性と判定したと報告している。生成系AIの代表格であるChatGPTを利用した超音波画像の解析の報告もみられる[14]。
有用な甲状腺のDCのデジタル解析は今正に検証がされ始めている。今後の日本を含めた世界の研究の動向を注視したい。
様々な臓器で,病理デジタル解析アプリが既に商品として販売されている。
・IBEX社[2](図2):Galen Breastは浸潤性乳癌,非浸潤性乳管癌(DCIS)の検出,DCISのグレード検出を行う。Galen Prostateは前立腺癌の検出とグリーソン分類を提示する。Galen Gastricは胃癌を検出する。
Galen Breast(文献[2]:IBEX社ホームページより)
・Paige AI社[3]:前立腺癌の病変検出と分類を提示するPaige Prostate Suiteや乳腺の病変を検出,判定するPaige Breast Suiteを提供している。
・VISIOPHARM社[15](図3):130を超える解析アプリをリリースしており,リンパ節の癌の転移巣検出や免疫染色,PDL-1,KI67,ER,PgR,HER2の解析アプリなどが含まれる。
Visiopharm社では130を超える解析アプリをリリースしている。(文献[15]:Visiopharm社ホームページより)
・Hologic社[16]:
Hologic社の商品として,下の2つがある。
・ThinPrep® Integrated Imager:婦人科頸部細胞診の鏡検を行う際に,自動的に選択された視野を提示する。
・Genius Digital Diagnostics System:婦人科頸部細胞診の前がん病変や子宮頸がん細胞をより正確に識別するシステム。
・BD FocalPoint GS Imaging System by Becton Dickinson[17]:子宮頸がんスクリーニングの効率と正確性を向上させる。
・Techcyte Digital Pathology Platform[18]:AIを活用して子宮頸がんの検出を強化するシステム。
上記で紹介した論文,解析アプリはごく一部であり,日本を除く多くの世界各国では病理デジタル解析アプリを使用することが一般化される道筋が既に示されている。しかし,日本の病理デジタル化は世界から明らかに後れをとっており,未だに病理デジタル化を導入している病理診断科は少数である。病理デジタル化の導入には,病理にとっては大きな資金が必要であり,高いハードルとなっている。病理デジタル化に診療報酬を付けることが病理デジタル化を進める最も有効な手段であることはいうまでもないが,診療報酬が付くのを待っていては世界との差は開く一方である。自身で工夫し,自身の施設で可能な範囲で病理デジタル化を進める,あるいはその補助をするべきと考える。