Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Appropriate informed consent from the perspective of patient safety
Mariko Yoshimura
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2024 Volume 41 Issue 3 Pages 188-191

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抄録

インフォームドコンセント(informed consent,IC)とは,医療者から治療方針についてリスクと利益に関する十分な説明を受けた上で患者が同意するプロセスである。医療安全の有事では「ICは適切であったか」,平時では臨床倫理的判断も含め「ICは成立するか」,に着目する機会が多い。日本医療事故調査機構による医療事故の再発防止に向けた提言では,複数のテーマでICについて取り上げられている。そこでは,稀であっても致命的になる可能性について説明すること,リスクベネフィットを含めて他の治療法も提示すること,患者固有のリスクを説明すること,詳細かつ具体的に平易な言葉で記載された説明用紙を用意すること,図や映像を用いるなど丁寧な説明をすること,などが挙げられていた。さらに適切なICには,十分な説明に偏らず,熟慮期間を設けることや価値観を共有して合意形成に至る意思決定支援のプロセスが重要である。

1.はじめに

医療安全管理室には,日々院内の様々な部署や職種から報告や相談が寄せられる。インシデントや合併症の発生報告,対応相談,臨床倫理的課題など,内容や事象レベルは多岐にわたる。いわゆる有事の報告や相談の場合,事前に説明がなされていたか,同意説明文書や添付文書にはどのような記載があるか,診療録に説明の記録はあるか,といったインフォームドコンセント(informed consent, IC)の基本的な内容をまず確認する。日常の相談,いわゆる平時で最も多いのは,特殊な状況下でのICである。身寄りがない,自己判断能力に懸念がある,患者と家族が互いの関わりを拒否している,などの場合がある。このように,医療安全においてICについて考える機会は多い。その中で,医療従事者にも医療安全管理者にも紛争回避・解決の視点が存在することは否めない。ここでは,臨床現場の課題も踏まえて,適切なICについて考えていきたい。

2.インフォームドコンセントとは

ICの定義について,医療安全用語集[]ではWHOの用語定義[]を採用し,「医療者から治療方針についてリスクと利益に関する十分な説明を受けた上で患者が同意するプロセス」と記されている。ICの成立要件には4点あり,患者の同意能力,患者への十分な説明,患者の理解,患者の自発的な同意と撤回である。各医療機関でも指針等が整備され,例えば筆者の所属施設の医療安全管理マニュアルでは,ICに関する基本指針として下記の3つを挙げている。なお,特定機能病院にはICの責任者の配置も求められている。

(1)ICとは医療従事者側から十分な説明がなされ,患者側がその説明を理解,納得した上で,同意,選択することであり,患者の「自己決定権」を保障するものである。

(2)ICの目的は,医療従事者側から十分な説明を患者に行い,医療従事者と患者側がお互いにコミュニケーションを深め,両者が互いに協力し合うことによって信頼関係を築くことである。

(3)ICは,患者側が過度に「権利」だけを主張することではなく,また医療従事者が「同意書」を取得したことをもって責任を回避するためになされるものであってはならない。

3.医療安全の有事と平時

長尾能雅氏は,患者安全活動を有事活動のループと平時活動のループで構成されるダブルループで表現している[]。有事活動のループの中には「事例共有のための臨時会議」があり,そこに「IC内容・倫理的手続きのチェック」が登場する。医療事故等発生後の検証では,ICの振り返りは欠かせない。

実際の医療行為の時間軸では,緊急性を要する場面を除き,IC→医療行為の実施→事象発生・報告という流れとなる(図1)。医療行為の実施前を平時,事象発生後を有事と捉えると,平時で着目するのは,ICは成立するか?ということである。ここでは臨床倫理や共同意思決定がキーワードとなり,法的視点や責任回避の視点も加わる。特殊な状況下でのICの成立についても,指針等に沿って対応していくこととなるが,多職種で臨床倫理カンファレンスなどによって検討することもある。有事には前述のように,医療事故等発生後の検証で事実確認及び原因究明を行う。紛争解決の視点も働くことは否めない。熟慮期間も重要なキーワードであるが,これについては後で解説する。検証結果から再発防止が検討され,啓蒙活動によって平時にフィードバックされていく。

図1.

ICに対する平時と有事の視点

4.有事の視点 ~医療事故の再発防止に向けた提言から考えるIC~

適切なICを有事の視点で考える上で,日本医療事故調査機構より発行される医療事故の再発防止に向けた提言は避けて通れない。医療事故調査制度は医療法改正によって2015年10月1日に施行された。本制度の目的は,医療の安全を確保するために医療事故の再発防止を行うことであり,責任追及ではない。本制度の対象は,提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産で,かつ管理者が予期しなかったものである。

医療事故の再発防止に向けた提言は,10例前後の類似事例の抽出と分析に基づき,年2回の頻度で発行されている。2024年8月時点で第19号まで発行されている。今回の特集テーマである「内分泌外科領域での適切なIC」に関連するのは,第16号の頸部手術に起因した気道閉塞に係る死亡事例の分析である。気道閉塞の危険性を知るという提言1の解説で,ICについても触れられている[]。対象事例10例中4例では担当医師に危険性の認識があり,事前に説明がされていた。2例では危険性は認識されていたが事前に説明はなく,4例では危険性の認識がなく文書での事前説明もなかった。これらの状況を踏まえ,気道閉塞について手術同意書へ明記すること,稀であっても重篤な転帰をとる危険性を患者・家族に説明する必要があることが述べられている。

第1号から第19号まで見ていくと,提言そのものにICが登場するのが4つある(図2)。中心静脈穿刺のテーマは2017年の第1報(第1号)と2023年の第2報(第19号)があり,提言内容を比較することで,ICに求められていることの変化がわかる。第1報では「中心静脈カテーテル挿入時には,その必要性及び患者個別のリスクを書面で説明する。特にハイリスク患者で,死亡する危険性を考慮しても挿入が必要と判断される場合は,その旨を十分に説明し,患者あるいは家族の納得を得ることが重要である」と記された[]。対象事例10例中5例で書面での説明がなかった。2023年の第2報では,「患者・家族には中心静脈カテーテルの必要性,リスク評価の結果,挿入・抜去の合併症と発生時の対処法,術者交代やカテーテル挿入中止の可能性,代替法などを書面で説明することが望ましい。特にリスクの高い患者では,死亡する危険が予測されても挿入が必要と判断される旨を説明し,患者・家族とリスクを共有する」と記された[]。対象事例40例中18例で書面での説明がなかった。第2報では説明文書で求められる項目がより増加し,中心静脈穿刺に限らず説明内容が契約書の如く膨大化している現状にも合致している。第1報でも第2報でも個別のリスク説明の重要性については変わらない。ただし,第1報では「納得を得る」という合意形成の最終ゴールを意識したような表現であるのに対し,第2報では「リスクを共有する」という理解の支援,つまりプロセスを意識したような表現となっている。

図2.

ICについて取り上げられている医療事故の再発防止に向けた提言

ICに関する提言及び解説内容から,現状の説明に関する課題を4点抽出した。(1)致命的であることの説明がされていないこと,(2)他の治療法の選択肢が提示されていないこと,(3)一般的な合併症のみで患者固有のリスクが説明されていないこと,(4)医師は説明したと言い,患者・家族は聞いていないと言う相違,である。次に,適切と思われる説明内容を5点抽出した。(1)稀であっても致命的になる可能性について説明すること,(2)リスクベネフィットを含めて他の治療法も提示すること,(3)患者固有のリスクを説明すること,(4)詳細かつ具体的に平易な言葉で記載された説明用紙を用意すること,(5)図や映像を用いるなど丁寧な説明をすること,である。いずれも重要で異論はないが,本特集テーマの契機でもある,ICが契約書の取得になっていないか,という懸念はまだ残るように思う。

そこで参考となるのは,第14号のカテーテルアブレーションに係る死亡事例の分析である[]。提言自体は患者個別の適応の検討及び患者・家族とのリスクの共有,と他と変わらないが,解説の視点が少し異なっている。ここでは,対象事例18例中4例で他の術式の説明がなかったことだけでなく,その4例中2例で「治療前日の説明であったこと」も取り上げられている。医療者が決めた術式ありきで予定が進められたことへの警鐘である。そして,「患者・家族が理解し納得できるよう熟慮する時間をとり,患者の自己決定を支援することが必要である」と記載されている。第14号ではICの「熟慮期間」について初めて明記された。さらに,看護師などの医療従事者の同席が望ましく,必要に応じて患者側視点から患者・家族に質問を促し,理解を深め,リスクの共有を図ることも重要視された。ICの定義に立ち返ると,ICとは十分な説明を受けた上で患者が同意するプロセスである。これまでは前半の「十分な説明」の強化にやや偏っていた印象を受けたが,第14号はプロセスも重視した転換とも言える。

5.平時の視点 ~臨床倫理から考えるIC~

次に平時の視点で適切なICについて考えてみる。患者が同意に至るプロセスは,意思決定の支援でもある。共同意思決定(shared decision-making)とは,「医学情報と患者の価値観,選好に基づいて,医療者と患者が協働して,患者にとって最善の医療上の決定に至るコミュニケーションのプロセス」と医療安全用語集では定義されている[]。アドバンスケアプランニングの場面でよく登場する用語ではあるが,決してそれに特化したことではない。共同意思決定を考える上では,臨床倫理の視点が役に立つ。臨床倫理の四原則は(1)自立尊重原則,(2)善行原則,(3)無危害原則,(4)正義原則である。このうちICに深くかかわるのは自立尊重原則と善行原則である。自立尊重原則は患者の自己決定を尊重するというものだが,この前提には自己決定のための理解と判断能力が不可欠である。善行原則とは,医療者は患者の最善の利益を考えて行為しなければならないという意味である。ただし,これを常に最優先すると前時代のパターナリズムに陥る危険性がある。患者にとっての利益と価値観は必ずしも一致しないため,これを引き出し,共有することが重要である。

佐藤恵子氏は,現状の説明は各選択肢を説明して患者に選ばせる「松竹梅方式」と評し,適切と思われる説明は「ソムリエ方式」と提唱する[]。医師は専門的知識をもとに患者の価値観に合ったものを提案し,話し合って合意に至るという過程を経ることを重要とする。患者が選択するのは「何をよしとするか・しないか」という「目的」とされる。

これは,医療行為の結果が患者の期待したようなものでなかった時により生きてくる。実際に,「医師と何度も相談して自分が決めたことだから納得している」といった発言を聞いた経験がある。これには価値観を共有して合意に至るプロセス,そして熟慮期間の重要性が反映されている。

6.適切なICとは

詳細かつ丁寧な説明は依然として重要である。しかし,契約書の作成と説明に終始するのでは本来のICは達成されない。同意取得の結果ではなくプロセスが重要である。ただし,十分な説明には時間がかかる。プロセスを重視するとさらに時間がかかる。医療の高度化で説明内容も膨大となり,かつ医療者には時間がない現状で,十分な説明と十分なプロセスを両立する理想的なICは簡単なことではない。

臨床現場での工夫について考えてみると,事前に説明文書を渡して読んできてもらうことや説明動画の活用が挙げられる。これにより定型的内容の説明に要する「労働時間」を削減できる。削減できた時間を患者固有のリスク説明,質疑応答,対話の部分に特化して割くことができる。そして重要なことは,熟慮期間を設けることと,コミュニケーションである。「術前に執刀医はポジティブな話であった。主治医は合併症など悪い話もしてくれた。そこに自分は誠意を感じた。」という体験談を聞いたことがある。責任回避を感じさせずに「誠意」を感じ取れるコミュニケーションは,プロセスの根底に必要なものと思う。

7.おわりに

適切なICについて考えてきたが,自己決定権を尊重し,紛争も回避するにはこうすればバランスが取れるという模範回答はない。また,緊急性のある場面を含め,医師患者関係が十分に形成されていない状況下でのICについての課題は残る。ICの標準化は進んでいくと想定されるが,患者の個別性の部分は当然残るため,今後も多角的な視点で模索していくこととなる。

【文 献】
  • 1.  日本医療安全学会・医療の質・安全学会編:医療安全用語集.第版,2023,p15.
  • 2.  World Health Organization & WHO Patient Safety. Conceptual framework for the international classification for patient safety version 1.1: final technical report January 2009. World Health Organization. https://apps.who.int/iris/handle/10665/70882 2024年8月20日参照
  • 3.   矢﨑 義雄, 小室 一成(編):内科学第12版 朝倉書店,東京,2022,p13-19.
  • 4.  医療事故の再発防止に向けた提言第16号 頸部手術に起因した気道閉塞に係る死亡事例の分析.日本医療安全調査機構,2022,p14-17.
  • 5.  医療事故の再発防止に向けた提言第1号 中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析 第1報.日本医療安全調査機構,2017,p13.
  • 6.  医療事故の再発防止に向けた提言第17号 中心静脈カテーテル挿入・抜去に係る死亡の分析 第2報(改訂版).日本医療安全調査機構,2023,p16.
  • 7.  医療事故の再発防止に向けた提言第14号 カテーテルアブレーションに係る死亡事例の分析.日本医療安全調査機構,2021,p20-22.
  • 8.  日本医療安全学会・医療の質・安全学会編:医療安全用語集.第1版,2023,p20-21.
  • 9.   佐藤 恵子, 鈴木 美香:ICの実践.京大式臨床倫理のトリセツ,児玉 聡(編),金芳堂,京都,2023,p54-76.
 
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