2024 Volume 41 Issue 3 Pages 204-209
進行甲状腺癌のRET遺伝子異常の症例にセルペルカチニブ(SEL)の使用が可能となった。LIBRETTO -001において「SEL特有の過敏症」は,皮疹を主体とし,関節痛を伴う発熱や肝酵素増加,血小板減少などを伴うと定義され,甲状腺癌患者の約2%にみられた。当院では2例で過敏症を経験した。いずれも投与開始後3週目に発熱と肝障害にて発症,SELを休薬後,プレドニゾロン(PSL)を併用しつつ3段階減量にて再開した。SELは発症前の用量まで漸増ののちに,PSLを漸減・中止した。その後過敏症の再発はなく,部分奏効を維持している。SEL特有の過敏症の病態は多岐にわたる。過敏症に該当する症状があれば,皮疹がなくともこれを疑い,SELを休薬して速やかにステロイドの投与開始を検討することが望ましい。過敏症は適切な対応により制御可能なため,発症後の速やかな診断と対処方法を理解しておくことは重要である。
セルペルカチニブ(SEL,レットヴィモⓇ)が2022年2月に「RET融合遺伝子陽性の根治切除不能な甲状腺癌」および「RET遺伝子変異陽性の根治切除不能な甲状腺髄様癌」に保険収載された[1]。甲状腺癌の薬物治療においてはdeficient mismatch repair(dMMR)固形癌に対する免疫チェックポイント阻害薬,neurotrophic receptor tyrosine kinase(NTRK)融合遺伝子陽性固形癌に対するtropomyosin receptor kinase(TRK)阻害薬,tumor mutation burden high(TMB-H)に対する免疫チェックポイント阻害薬といったtumor-agnosticな薬剤選択に続き,遺伝子異常に基づく薬剤の選択が増えたこととなる。
SELの薬事承認の基となった臨床試験LIBRETTO-001[1]における高頻度の有害事象は口内乾燥(40.2%),下痢(38.7%),高血圧(36.6%)であった。注意が必要な有害事象として,ALT又はAST増加,心電図QT延長,過敏症関連事象などが挙げられている。過敏症関連事象は「レットヴィモⓇ特有の過敏症」(以下「過敏症」と表記)[2,3]と称され,臨床試験では,斑状丘疹状皮疹を主体とし,多くの場合関節痛又は筋肉痛等を伴う発熱の前駆症状が認められ,通常ALT又はAST(肝酵素)増加,血小板減少を伴い,稀に血圧低下,頻脈,血中クレアチニン増加を伴うと定義された。機序,症状,発現時期,治療,原因薬剤再暴露の可否は,血管浮腫やアナフィラキシーなどの一般的な過敏症とは異なるとされている。過敏症の頻度はLIBRETTO -001の全コホートにおいて全Gradeで5.2%,≥Grade 3で1.7%,甲状腺癌で1.8%(全例≤Grade2)と報告されている。発現時期は肺癌で中央値12日,甲状腺癌の4例で6,87,163,258日,過敏症による休薬は0.8%,減量は3.5%,投与中止は0.4%[1~3]であり,比較的低頻度で,適切な管理により中止不要な副作用であることがうかがえる。
当院では2022年7月~2023年8月に6例にSELを投与開始し,2例(33%)で過敏症を経験したので報告する。なお,副作用評価に有害事象共通用語規準(CTCAE)v5.0[4]を用いた。
症例1:36歳 女性 甲状腺髄様癌(MEN 2A)。
家族歴:父:甲状腺腫手術,両側褐色細胞腫手術。
既往歴:14歳 網膜色素変性症。褐色細胞腫に対し,24歳時に左副腎摘除術,28歳時に右副腎摘除術。
現病歴:17歳時,甲状腺結節(左葉40mm,右葉13mm)にて髄様癌,遺伝子検査にてMEN 2A(RET exon 11 codon634 Cys→Tyr)と診断され,甲状腺全摘+D3郭清を施行し病理結果は髄様癌(pT2bN0pEx0M0;甲状腺癌取扱い規約 第5版)であった。手術後カルシトニン(Ct)値は10,721pg/mlから70pg/mlへ,CEA値は581ng/mlから2.7ng/mlへ低下するもその後漸増し,27歳時,肝転移出現し(Ct 15,000pg/ml,CEA 257ng/ml),下痢と体重減少がみられた。31歳時,骨転移出現。 32歳時,下痢改善も狙い肝動脈化学塞栓療法を計2回施行,Ct値は109,122pg/mlから18,005pg/mlへ,CEA値は812ng/mlから164ng/mlへ低下した。高頻度であった下痢は生活に支障ない程度まで改善した。その後腫瘍マーカーは年単位で再漸増し,SEL開始が決定された。Ct-doubling time(DT)は53カ月であった。
血液検査所見:FT3 2.3pg/ml,FT4 1.53ng/ml,TSH 2.74 µIU/ml,Ct 26,097pg/ml,CEA 238.7ng/ml,Ca 8.8mg/dL,AST 15U/L,ALT 14U/L,Cre 0.6mg/dL,Plt 29.9 104/μL
画像所見:肺転移(両側多発,最大径6mm),多発肝転移,多発骨転移(腰椎L4-5,仙骨,右腸骨,左恥骨)(図1-a i)
セルペルカチニブ開始後の経過(図2):SELを160mg 1日2回(bis in die, BID)で開始した。21日目に39.1度(Grade 2)の発熱とGrade 3の肝酵素増加とGrade 1の血小板減少がみられた。斑状丘疹状皮疹を伴っていないこともあり過敏症を積極的に疑えず,またCOVID-19流行下で感染症の可能性も考えた結果,過敏症とは診断せずにSELを1段階減量にて継続,発熱は3日持続し23日目からSELを休薬,肝酵素増加はその後遷延するも休薬25日目に改善傾向を確認した。この経過から過敏症と診断し,49日目にプレドニゾロン(PSL)20mg(0.4mg/kg)併用にて,3段階減量に相当する40mg BIDでSELを再開した。過敏症の再発なきことを確認し,2~3週間毎にSELを80mg BID(63日目),120mg BID(77日目)と漸増,98日目に160mg BID,すなわち過敏症発症時の用量に達した。過敏症の再発なきことを3週間確認し,119日目からPSLを1週間毎に15mg(0.3mg/kg),10mg(0.2mg/kg),5mg(0.1mg/kg)と漸減,終了した。PSLの投与期間は92日間で,投与中は皮疹,顔面の浮腫,満月様顔貌,食欲増進,体重増加,中止後はステロイド離脱症状を疑う眠気と手関節の痛みがみられた。
セルペルカチニブ開始時と開始後の画像所見
a.症例1:多発肝転移。5カ月目の造影CT検査にて縮小が認められた。
b.症例2:(i)左肺門リンパ節転移,(ii)左胸水,(iii)右腹直筋転移。いずれもセルペルカチニブ開始後速やかに縮小,5カ月目の造影CT検査(iv~vi)にて腫瘍はいずれも著明に縮小。腹直筋転移はほぼ消失している。
症例1における過敏症の経過
SEL開始21日目にGrade2の発熱とGrade3の肝酵素増加を認めた。発熱持続し,23日目からSELを休薬した。25日間の休薬で肝酵素は低下。過敏症と診断し,49日目よりPSL併用のもと3段階減量でSELを再開した。再発ないことを確認しながら,SELを発症前の投与量まで漸増した。SEL増量後,PSLを漸減・中止した。
🡅:過敏症の発症
SELによる副作用は,SEL休薬中に改善する下痢,甲状腺機能低下症,白血球減少(Grade 2),口内乾燥であった。
10カ月時点で80mg BID継続中,過敏症は再発せず,Ct 1,659pg/ml,CEA 79ng/mlで画像上PRを維持している(図1-a ii)。
症例2:59歳 男性 甲状腺乳頭癌。
家族歴:なし。
既往歴:54歳 ラクナ梗塞。
現病歴:12歳時に気管浸潤を伴う甲状腺乳頭癌に対し手術を受けるも非根治。術後,頸部局所とリンパ節再発に60Coを照射(5,100rad,3,600rad)。肺転移もあり,ピシバニール,エンドキサンを投与後,33歳から当院にて継続加療となった。TSH抑制下に経過観察するも,多発肺転移のうち左下葉の結節が緩徐増大傾向を示した。X-1年の胸部CTにて同結節はさらに増大,X年1月,CTガイド下肺腫瘍生検を施行,オンコマインDxTTにてRET融合遺伝子陽性(NCOA4-RET)が判明し,X年4月,SELを開始した。
血液検査所見:FT3 2.7pg/ml ,FT4 1.48ng/ml,Tg 111 ng/mL,AST 31U/L,ALT 19U/L,Cre 0.78mg/dL,Plt 29.0 104/μL
画像所見:頸部から上縦隔・肺門リンパ節転移,多発肺転移,左胸膜播種,左胸水貯留,右腹直筋転移あり(図1-b i~iii)
セルペルカチニブ開始後の経過(図3):SELを160mg BIDで開始した。15日目に38.0度の発熱(Grade 1)あり,持続するため17日目にSELを休薬した。18日目にGrade 3の肝酵素増加を認め,過敏症と診断しPSL20mg(0.4mg/kg)を開始した。肝酵素は休薬後8日目には低下し,14日間の休薬ののち31日目よりSEL 40mg BID(3段階減量)にて再開した。過敏症の再発なきことを確認し,SELを80mg BID(39日目,2段階減量),3週後120mg BID(60日目,1段階減量)まで増量した。66日目に38度台の発熱(Grade 2),74日目にGrade 1の肝酵素上昇があり,過敏症の再発を懸念しSELを80mg BID(2段階減量)へ減量した。
症例2における過敏症の経過
SEL開始15日目にGrade1の発熱を認め,17日目からSELを休薬。18日目にGrade3の肝酵素増加を認めたため,過敏症と診断し,PSLを開始した。倦怠感も認めたが,8日間の休薬で肝酵素は低下し,休薬計15日間ののちに3段階減量でSELを再開した。再発ないことを確認しながら,SELを120mgBIDまで漸増した。SEL増量後,PSLを漸減・中止した。
🡅:過敏症の発症
SEL120mg BIDまで漸増の1週後にPSLの減量を開始し,2週間毎に15mg(0.3mg/kg),10mg(0.2mg/kg),5mg(0.1mg/kg),2.5mg(0.05mg/kg)と漸減,終了した。PSL投与は106日間で,PSLによる副作用は白血球増加のみであった。
SELの副作用は,高血圧,甲状腺機能低下症,Cre上昇,味覚変化であった。
6カ月時点で40mg BID継続中,過敏症の再発はなく,Tg 115ng/mLで画像上はPRを維持し得ている(図1-b iv~vi)。
2例ともSEL開始後3週目に発熱と肝障害をきっかけに過敏症と診断した。SELの速やかな休薬後,PSLを開始し,SELを3段階減量で再開し漸増したのちに,PSLを漸減・中止した。PSLの投与期間は約3カ月であった。観察期間10カ月,6カ月において過敏症は再発していない。過敏症の診断とPSL開始がやや遅れた症例1に比べ,症例2では速やかにPSL開始しており,より早期に肝障害が改善した。
「レットヴィモⓇ特有の過敏症」の2例を報告した。臨床試験LIBRETTO-001[1]では発熱及び皮疹のいずれかがある場合を過敏症と定めたものの,適正使用ガイドによると「斑状丘疹状皮疹を主体として,多くの場合,関節痛又は筋肉痛などを伴う発熱の前駆症状が認められる。通常ALT又はAST増加,血小板減少を伴い,稀に血圧低下,頻脈,血中クレアチニン増加を伴うこともある。」[2]とされ,現在では病態は多岐にわたり発熱や皮疹を伴わないこともあるとされる。よって実際の発現頻度は1.8%[1~3]よりも高い可能性がある。実臨床では,これらのうちひとつでも該当すれば過敏症を疑い,他の症状有無の確認が重要となる。さらに,SELの休薬と速やかなステロイド投与,SELを3段階減量の再開から過敏症発症時までの用量までの漸増(図4)により制御可能のため,過敏症を疑った場合の対処方法を理解しておくことも重要である。
レットヴィモⓇ特有の過敏症のマネジメント
レットヴィモⓇ特有の過敏症を疑う症状が二つ以上みられたら,速やかにセルペルカチニブを休薬し,同時にPSL(1mg/kgもしくは<1mg/kg)投与を開始する。過敏症の病態が改善したらセルペルカチニブを3段階減量(40mg BID)にて再開,1週以上の再発なきことを確認ののち漸減していき,過敏症発症時の用量まで戻す。1週以上の再発なきことを確認ののちPSL を漸減していく。BID:bis in die,1日2回,PSL:prednisolone,プレドニゾロン
現在当院では外来でのSEL開始に際し,予め「レットヴィモⓇ特有の過敏症」という病態を情報提供している。そして,発熱や皮疹など患者自身で把握できる症状が出現すると「ホットライン」という患者側から担当スタッフへの直通電話にて報告を受けている。また医療者側からは電話による病状確認ツール「テレフォンフォローアップ」により,特に開始後早期における副作用の出現に細心の注意を払っている。具体的には,発熱などがみられた場合はまずホットラインで状況把握後,速やかにSELの休薬を指示し,その後の外来受診時に採血で肝機能や血小板やクレアチニンなどを確認している。これにより症例1,2ともに速やかにSEL休薬と外来受診に結びついた。
過敏症のGrade 分類は皮疹や肝機能障害などの各々の病態のGrade分類に従い,最もGradeの高い病態を過敏症のGradeとする。CTCAE[4]に「過敏症」という項目はない。一方で,過敏症への対応方法(図4)はGradeに依らず共通している。まずSELを休薬しステロイドの投与を開始する。適正使用ガイドではPSL1mg/kg/日を考慮する,と記載されている[2]。症状が改善して1週以上経過すれば適宜SELを1週毎に1段階ずつ漸増し,元の用量に戻して1週以上問題ないことを確認ののちにPSLを1段階ずつ減量する。われわれの経験では開始量0.4mg/kg/日で過敏症は制御し得,SEL用量も漸増し治療効果も得られた。PSL1mg/kg/日は高用量であるため,肺癌領域では高用量の長期使用を控えるために,SELを元の用量に戻すより前にPSLを漸減する方法で制御し得たという報告もある[5]。あくまで治験での定義しかなく実臨床におけるPSLの至適用量は未だ不明のため,実臨床に即したマネジメント方法の確立が望まれる。まずは症例毎に過敏症の程度を鑑み,1mg/kg/日にこだわらない速やかな投与が肝要かもしれない。われわれの経験ではPSLの使用期間が約3カ月で,既報も同程度であった[5]。ステロイドの代表的な副作用として易感染性,糖尿病,高脂血症,高血圧,消化性潰瘍,骨粗鬆症,満月様顔貌,精神症状などが,離脱症状には倦怠感や関節痛,吐き気,頭痛,血圧の低下などがある[6,7]。他の併用薬による肝障害などの副作用にも注意しつつ使用する。
SELの3段階減量による再開は過敏症のみに適応されている[2]。とはいえ添付文書上は40mg BIDが最低推奨用量であり,減量時点での過敏症が発症した場合40mg BIDまで減量する。一方で,過敏症の部分症状とは見なさない単独の肝障害がみられた場合は,2段階減量による再開が適応される。肝障害の場合は,減量した用量で投与中にグレード3もしくは4が再発する場合は投与を中止する[2]。肝障害は基本的に休薬のみで改善が見込めステロイドは不要ではあるが,高度な肝障害や肝障害が遷延する場合にはPSLが有効である可能性はある[8]。複数の病態の併存に留意し,発熱,皮疹,血小板減少,クレアチニン上昇など該当する症状があれば「レットヴィモⓇ特有の過敏症」としてSELの休薬と速やかなPSL開始ののちの3段階減量開始が適応される。
過敏症発症に関連する因子として,肺癌領域においては免疫チェックポイント阻害剤投与既往が挙げられており[9],これは甲状腺癌での使用は稀ではある。
SEL漸増後の過敏症再発の可能性についての報告もある[9]。これによると,再発する場合はSEL再投与後3~6時間など比較的早い時期に症状が出うる,3段階減量に相当する40mg BIDで過敏症が制御不能な場合はSELの再投与は不能,過敏症が再発してもSEL休薬やステロイド使用で制御可能であればSEL休薬・3段階減量・再増量を繰り返す,過敏症の再発が軽症ならばSELを中断せず支持療法のみの対応も許容される,とされている。
「レットヴィモⓇ特有の過敏症」の2例を報告し,診断と管理法について考察した。予め病態を理解し早い段階で診断と対応することで,SELによる治療効果を得て長期継続できる可能性がある。
本論文の執筆にあたり,症例報告の協力をいただいた患者様に深く感謝いたします。
本論文の要旨は第66回日本甲状腺学会学術集会(2023年12月7~9日,金沢)において示説した。