2024 Volume 41 Issue 4 Pages 224-228
近年,超音波検査をはじめとする画像検査が精巧になり,超音波ガイド下細胞診の技術が広がるにつれ,小さな乳頭癌(低リスク微小癌,PTMC)が高頻度で発見診断されるようになった。1993年から当院ではPTMCに対する積極的経過観察(AS)を施行しているが,5年および10年腫瘍3mm以上増大率は4.7%および6.6%,5年および10年リンパ節転移出現率はそれぞれ1.0%,1.6%と極めて良好であった。即時手術群(IS群)と比較して,AS群は永続性反回神経麻痺や副甲状腺機能低下症などの不都合事象の頻度が有意に少なかった。また,AS後に増大進行などの理由で手術に移行した症例の術後予後はIS群と変わりなく,術後の不都合事象の頻度も同等であった。このことからASは,PTMCに対するfirst line managementたり得るものと考えられる。
低リスク甲状腺微小乳頭癌(PTMC)に対する積極的経過観察(active surveillance[AS])は,1993年に隈病院で,そして1995年には当時の癌研病院で前向き研究として開始された。現在まで国の内外から良好な転帰が報告され,2023年にはMiyauchiらが隈病院におけるPTMCに対するASの長期成績を報告した[1]。本稿では最近の研究結果を示し,ASの長期成績および展望について述べる。
当院の宮内昭(現名誉院長)が1993年に,医局会にてPTMCに対するマネージメント法としてASを提案し承認された。その適格基準を表1に示す。アメリカ甲状腺学会のガイドラインでは,リンパ節転移や遠隔転移,周辺臓器へのあきらかな浸潤など進行性の甲状腺癌を強く示唆する所見がない限り,10mm以下の結節に対して細胞診を推奨していないが[2],それは隈病院と癌研病院からの報告を受けての対応である。1993年当時は甲状腺結節に対する細胞診のガイドラインは皆無であった。もし細胞診をしなかった場合には,その後別の病院で乳頭癌と診断されて「隈病院は甲状腺癌を見逃した」と誹られ,さらに患者は本来不必要な手術を施行されてしまうかも知れない。そうなれば患者本人にも当院にとっても,不本意な結果になってしまう。従って当院ではまず細胞診を施行して診断をつけ,患者にきちんと説明を行っている。日本甲状腺学会のポジションペーパーでも,5mm以上で画像上悪性を疑う腫瘤には,細胞診を施行することが推奨されている[3]。
PTMCに対するASの適格基準
すべてのPTMCが,ASの対象になるわけではない。画像上気管や反回神経に浸潤している可能性のある症例に対しては,即時手術を行うべきである。気管浸潤のリスクについては,気管軟骨と腫瘍壁との角度が重要な評価対象となる。すなわち,両者の角度が直角あるいは鋭角であれば,気管浸潤は否定的である。しかしこれが鈍角である場合,Itoらの研究では,7mm以上のPTMCの24%に気管浸潤が認められた[4]。また,反回神経浸潤については背面に位置し,なおかつ反回神経の走行経路との間に正常甲状腺組織を画像上認めない7mm以上の微小癌の9%に反回神経浸潤を認めた[4]。一方,反回神経の走行経路との間に正常甲状腺組織を認めた症例では反回神経浸潤を認めた症例は皆無であった。2021年に出版されたconsensus statementsに,わかりやすいシェーマが記載されているので参照されたい[5]。また,リンパ節転移が画像上明らかな症例や,稀ではあるが遠隔転移がある症例や細胞診で高悪性度乳頭癌を疑う所見がある症例は,即時手術(IS)の対象となる。
ASの適応ありと判断されたPTMCの患者に対しては,ASかISかの選択枝を提示するが,以前当院では二つをほぼ同等に提示しており,患者に選択してもらっていた。しかしデータが蓄積してきたことにより,現在ではASを第一選択として患者に勧め,それでもISを希望する場合には手術している。図1にASとISの症例の比率の推移を示す。エビデンスと医師の経験の蓄積に伴い,ASを選択する症例が顕著に増えてきた。
当院のPTMCに対する積極的経過観察(AS)と即時手術(IS)の推移
ASを選択した患者には半年後,それ以降は少なくとも一年に一度超音波検査を施行し,腫瘍の大きさの変化や新たなリンパ節転移が出現していないかどうかを観察する。AS前と比べて腫瘍径が3mm以上増大した場合を増大と判定するが,腫瘤の部位が問題なければ,実際は患者の希望で13mm程度になるまで経過観察を続けることもある。転移が疑われるリンパ節が出現した場合は細胞診(同時にサイログロブリンを測定)を施行し,甲状腺癌の転移と診断されれば,手術を施行する(移行手術,[CS])。
Miyauchiらは,1993-2019年にPTMCと診断された5,646例を検討した[1]。このうち3,222例(57.1%)が1年以上のASを,2,424例(42.9%)が診断後1年以内にISを受けている。表2にその詳細を示すが,ASを選択した患者は男性,高齢者,さらには病変が単発で腫瘍径が小さいことが多かった。図2に5,646例のフローチャートを示す。ASを選択した3,222例中,394例(12.2%)がASを1年以上受けた後,様々な理由でCSを受けている。ASを継続した2,828例のうち,36例が死亡しているが,甲状腺癌による死亡は1例もなかった。CSを受けた394例中3例(0.8%),ISを施行された2,424例中26例(1.1%)が術後に再発を来し,再手術を施行した。IS群,CS群に1例ずつ,術後遠隔再発(肺)が発見されているが,両群で甲状腺癌による癌死症例は皆無であった。CS群7例,IS群82例が死亡しているが,これらも甲状腺癌によるものではなかった。
AS群とIS群の患者背景
当院におけるPTMC5,646例に対するマネージメントのフローチャート
Miyauchiらのシリーズでは[1],AS症例3,222例中3mm以上増大した症例は124例(3.8%),リンパ節転移が出現した症例は27例(0.8%)であった。また,10年および20年腫瘍3mm以上増大率(以下,増大率)は4.7%および6.6%,10年および20年リンパ節転移出現率はそれぞれ1.0%,1.6%であり,極めて良好と言える。いずれも最初の10年間よりその後の10年間の方が進行率が約半分と低かったことは長期間のASの安全性を支持するものであった。また,IS群における10年および20年リンパ節再発率は,それぞれ0.4%および0.7%とAS群のリンパ節転移出現率に比べてやや低いが,その差はわずかであった。実は本シリーズのIS群の10%以上の症例は,予防的な外側区域郭清を受けており,このことが,リンパ節転移出現率の差に影響しているのかも知れない。
またFujishimaらは,IS症例の中で手術所見にて気管や反回神経に癒着浸潤するなど高リスク因子をもつ症例を除いた群(IS-低リスク群)とCS群の臨床病理学的所見を比較した[6]。表3に結果をまとめたが,このシリーズは2005-2019年にPTMCと診断された症例を対象としており,IS-低リスク群で予防的外側区域郭清を施行した症例はない。CS群の症例はIS-低リスク群よりも腫瘍径が大きく,外側区域リンパ節に転移がある症例が5.8%あり,かつ病理所見としてKi-67 labeling index (LI)がIS-低リスク群よりも高い傾向にあった。これはAS中にサイズが増大したり,外側区域へリンパ節転移が出現したりして手術になった症例がCS群に含まれるためと考えられる。また,細胞増殖能の指標であるKi-67 labeling indexがCS群で高い傾向にあることより,より進行性の症例が選択的にCSを受けたこと示唆すると考えられる。なお,このシリーズでは,CS群とIS-低リスク群の局所再発率は同等であった(10年局所再発率 0.6% vs. 0.7%)[6]。
CS群とIS-低リスク群の手術および病理所見の比較
SasakiらはAS,CS,およびIS群における不都合事象の頻度について検討した。表4に,AS群(CS群を含む)およびIS群における不都合事象を示した[7]。PTMCに対する手術は技術的にそう難しいものではなく,かつ当院の外科スタッフは全員甲状腺外科を専門としている。にもかかわらず,アクシデンタルな反回神経損傷がIS群に4例(0.2%)起きている。2016年にOdaらが別のシリーズで報告したときも,同じ結果であった(974例中2例, 0.2%)[8]。また,永続性副甲状腺機能低下症も1.4%に起きており,これらはもし患者がASを選択し,かつその腫瘍が進行しなければ間違いなく避けられたものである。表5にCS群とIS群における有害事象の比較を示すが,両群に有意差はなかった[7]。すなわちASを開始し,進行増大などの理由でCSに移行となっても手術による不都合事象は増加しない。以上のことから,ASによって若干進行傾向のある症例が効率よく選択されCSを受け,その結果が良好であるので,ASがマネージメントの最初の選択として好ましいと考えられる。
AS群とIS群の不都合事象の比較
CS群とIS群の不都合事象の比較
PTMCに対するASは,きちんと施行すれば非常に安全かつ患者のquality of lifeを損ねないマネージメント法である。しかしそれをきちんと施行するには,医師や超音波検査技師の教育が不可欠である。もしPTMCのマネージメントについて不安なことや不明なことがあれば,当院を含め,症例を多く経験している施設に遠慮なくコンサルトされたい。