Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Print ISSN : 2434-6535
Current status and issues in active surveillance for prostate cancer
Takuma Kato
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2024 Volume 41 Issue 4 Pages 240-244

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抄録

PSA検診の普及により早期前立腺癌患者数は増加し,日本においては男性癌の第一位となった。早期前立腺には即時の根治療法を実施しなくても生命予後に影響を及ぼさないことがランダム化比較試験(ProtecT trial)の長期成績で明らかとなっており,早期前立腺癌に対する過剰診断と過剰治療が問題となっている。各ガイドラインでは現実的な対応策として早期前立腺癌に対する監視療法が推奨されている。海外とくに欧米では,監視療法は広く普及し低リスク前立腺癌患者の第一選択となり中間リスク前立腺癌にもその適応は拡大しつつある。しかしながら,日本では普及は進まず適格であっても監視療法を選択する患者は10%程度に過ぎない。また,監視療法を選択しても,継続率は低いことが特徴である。監視療法の普及のためには,患者に対する監視療法の啓蒙と,医師に対する保険診療におけるincentiveが必要と考えられる。

はじめに

PSA検診の普及により前立腺がん症例数は増加している。国立がん研究センターがん情報サービスのがん登録・統計の癌罹患数予測では,前立腺がんは2023年の男性癌の第一位となった[]。検診にて診断される前立腺がんには若年で高分化な限局がんが多いことが知られている。予後良好と考えられる早期前立腺がんに対する過剰診断,過剰治療を回避できる監視療法は,現実的な対応策として各ガイドラインにおいて高い推奨を得ている[]。

監視療法の登場から20年が経過し,中長期成績も各前向き観察研究から報告されるようになってきている[]。低リスク前立腺がんにおける10年癌特異生存は98%以上であり,非転移生存率も1.5%未満とされ,低リスク前立腺がんにおける監視療法の長期の安全性はほぼ確立している。本稿では前立腺癌に対する監視療法を概説し,世界と日本の監視療法の現況を述べ,日本における監視療法の課題について考察する。

前立腺癌治療における監視療法の位置付け

前立腺は骨盤底に位置する膀胱と尿道にある臓器で,精液の射出を担う。前立腺癌の腫瘍マーカーとしてPSA(prostate-specific antigen)があり,PSAは組織カリクレインファミリーのタンパク分解酵素で,精液を液状化させる作用を有する。PSAは感度の高いマーカーであるが,加齢,前立腺肥大症,前立腺炎,尿閉,射精,直腸診などでも高値を示すことがある。一般に4ng/mlを超えれば二次精査として前立腺生検が実施される。前立腺生検はエコーガイド下に前立腺より組織を採取し,病理学的に癌の有無を評価が行われるが,近年では事前にMRIを撮影し,より正確に前立腺癌の診断が行われるようになってきている。病理診断は他の癌腫と異なり,癌の悪性度を腺の構造と増殖パターンにより5段階に分類し,この分類をグリーソン分類という。グリーソンスコアは2つのグリーソンパターンの合計で,3+3の6点から5+5の10点に分けられ,数値が高くなるほど悪性度が高くなる。前立腺生検にて癌と診断されると,CT,骨シンチにてステージングが行われ,転移がなければ限局性前立腺癌として局所療法が行われ,転移があれば転移性前立腺癌として全身治療が実施される。

限局性前立腺癌はリスク分類に応じて治療方針が立てられ,PSAとグリーソンスコア,そして前立腺内の癌の分布と周囲の進展状況を示すT分類によってダミコリスク分類では局所前立腺癌を低リスク,中間リスク,高リスクに分類する。NCCNリスク分類はダミコリスク分類をさらに細分化し,低リスクを超低リスクと低リスク,中間リスクを予後良好中間リスクと予後不良中間リスク,高リスクを高リスクと超高リスクの6段階に分けている(図1)。限局性前立腺がんはリスク分類に応じて治療方針が立てられ,手術,放射線療法,ホルモン療法は全てのリスクの前立腺癌の治療選択肢となるが,低~中間リスクの前立腺癌の患者に対しては,監視療法が治療選択肢に加えられる。

図1.

局所前立腺癌のリスク分類

前立腺癌に対する監視療法

前立腺癌に対する外科治療,放射線治療,ホルモン療法による治療介入は排尿機能,性機能に大きな影響を及ぼす。性機能障害を嫌う患者の多いヨーロッパ,特に北欧では限局性前立腺癌に対し初期治療として経過観察を行い,病期進展後にホルモン療法を行う“遅延内分泌療法”が多く行われてきた。ヨハンセンらはT2以下の限局性前立腺癌に対する遅延内分泌療法の治療成績を報告している[]。癌死は19例,8.5%に認める一方,半数近くの症例が他の疾病,外傷,老衰などによる他の要因で死亡していた。また,10年で疾患進行を半数の症例で認めるものの,多くは局所進行であり,ホルモン療法が奏効した。さらに,彼らは癌特異生存率について前立腺全摘を受けた患者と比較しているが,10年癌特異生存率は遅延内分泌療法群で86.8%,前立腺全摘群で87.9%とほぼ同等であると報告している。このように限局性前立腺癌は無治療でも生存に影響を及ぼさないことは30年以上前からすでに議論されていた。

1979年にPSAが同定されると1980年代には米国で臨床導入され,PSA検査は癌の早期発見のためのPSAスクリーニングとして全世界に瞬く間に普及した。その結果,触知不能のT1c癌である早期癌が劇的に増加することとなった。PSA検診の普及により劇的に増加した早期前立腺癌に対する過剰診断と過剰治療に対する現実的な対応策として監視療法は様々なガイドラインにて高い推奨を得ている[]。

世界には多数の監視療法のプログラムがあり監視療法の行い方は様々であるが,用いる検査は共通しており,PSA,直腸診,針生検,MRIの四つを組み合わせてこれらを定期的に実施していく。監視療法のfollow upの例として,世界最大の監視療法の前向き観察研究である(Prostate Cancer Research International:Active Surveillance;PRIAS)studyではPSAは最初の二年間は3カ月毎,3年目以降は6カ月毎,直腸診は6カ月毎,プロトコール生検はMRI-fusion 生検を基本として1年目,4年目,7年目,10年目,以降5年毎に実施する[](図2)。この定期的な生検で病理学的悪化が見られれば根治療法への移行を患者さんに提案することとなっているが,再生検での病理学的悪化だけでなく,患者の希望があればいつでも根治療法に移行することが可能である。

図2.

監視療法のフォローアップの例(文献[]を元に作成)

前立腺癌に対する経過観察療法として「監視療法」のほかに「待機療法」がある。待機療法は根治療法やホルモン療法に伴う合併症や副作用を回避しQOLを維持することを目的に,無治療で経過観察を行う経過観察方法であり,症状の出現のほか,PSAの上昇や直腸診所見の変化から症状の出現が予見されるときに,対症療法としてホルモン療法を行う。待機療法は全ての前立腺癌が対象となり,病状の進行によって選択されるのはホルモン療法となるが,監視療法は早期前立腺癌が対象で,病状の進行あるいは患者の希望で根治療法が実施される。最終的に選択される治療が異なるために両者は分けて考える必要がある。

世界の監視療法の現況

NCCNガイドラインでは期待余命10年以上の超低~予後良好中間リスク前立腺癌患者に推奨している[]。ヨーロッパ泌尿器科学会のガイドラインでは期待余命10年以上の低リスク前立腺癌患者に強く推奨し,一部の中間リスク前立腺癌患者に弱く推奨している[]。日本のガイドラインにおいては,低~予後良好中間リスク前立腺癌患者に推奨[]となっている。

遅延内分泌療法が古くから実施されてきた北欧では監視療法は普及しており,2014年時点で約7割の低リスク前立腺がん患者が監視療法を選択しているとされる[10]。米国においても,2021年時点で約6割の低リスク前立腺がん患者が監視療法を選択していると報告されている[11]。

日本の監視療法の現況

われわれは,2023年8月に日本における監視療法の実態を明らかにすべくアンケート調査を実施した[12]。アンケートはJapan Clinical Oncology Group(JCOG)泌尿器科腫瘍グループあるいはPRIAS-JAPANに参加する施設に電子メールで送付し,実施された。予後良好中間リスク以下の前立腺癌患者に対し,選択された治療方法の割合について質問は行われ,全体解析では監視療法 12.5%,手術40%,放射線療法30%,ホルモン療法5%という結果であり,監視療法の実施状況は10%強に過ぎないことが示された。J-CAPは2010年に実施された前立腺がん診療に対する全国規模の横断研究である[13]。この研究では2010年当時はT1cancerに対しては,10%強の患者監視療法が実施されていると報告されている。昨年実施されたアンケートでも13年前の調査研究とほぼ同様の結果であり,我が国では未だに監視療法が普及していないことが明らかとなった。

日本はPRIAS研究に2010年より参加し,現在42施設がこのプログラムに監視療法選択患者を登録を行い,PRIAS-JAPANとして多くのエビデンスを発信している。2024年2月までに1,302名の患者がPRIASに参加してされ長期成績が報告されている。初期治療として監視療法を選択した日本人患者の予後は良好であり,前立腺癌死は1例のみ,10年癌特異生存率は100%であった[]。しかしながら,監視療法の継続率は経年的に低下し,10年継続して監視療法を実施しているのは17.4% の患者のみであった。欧米の監視療法の解析では,トロント大学[],ジョンズホプキンス大学[]の5年継続率は75%,67%,10年継続率が63%,50%であり,日本人コホートの監視療法継続率は低いことが明らかとなった(図3)。JCOG参加施設,PRIAS参加施設は各地域の癌治療の中核施設であり,癌の治療を行うにあたり紹介患者が占める割合が多い。先ほどのアンケートの自由記載欄には「紹介時点で根治療法が既に希望されている」。といった記載があった。監視療法を推進している施設においても,紹介時点で患者が監視療法を希望していないケースがあり,一般病院の患者説明の時点で監視療法の提案が十分になされていない可能性が示された。日本で監視療法が普及しない点については,患者側要因としては監視療法に対する知識や理解が不足していることが考えられ,医師側要因としては,患者への説明に時間を要し,丁寧な外来followが必要にも関わらずintensiveがないことから,監視療法には積極的に取り組めない,といったことが考えられた。また,日本人の監視療法継続率が低い原因として人種の特性,社会環境などがあげられる。アメリカでの監視療法の実施状況の調査では,監視療法を実施していたのは白人が40.1%に対してアジア・環太平洋領域者は0.7%に過ぎず[11],アジア人は疾患進行に対する不安感から監視療法を好まない可能性が示唆されている。また,日本は皆保険制度により経済的負担が少なく,治療施設も全国に充実していることから,根治療法移行へのハードルが低く,監視療法から次治療へ移行する患者が多いとも考えらえられる。日本において監視療法普及するためには患者が安心して監視療法を選択し,治療を継続するために,監視療法の正しい知識を得る必要がある。また,医師が監視療法を前向きに選択肢と提示できる医療環境の構築が不可欠であり,監視療法に診療報酬加算をつけることで監視療法にintensiveを与えることが重要と考えられた。

図3.

他の監視療法コホートとの継続率の比較

終わりに

早期前立腺癌に対する過剰診断と過剰治療の回避のために監視療法は重要な選択肢であるが,適格であっても監視療法を選択する患者は未だ少ない。日本人の監視療法の長期成績は良好であるが,継続率は低いことが最新の研究で明らかとなった。日本において監視療法が普及するためには,診療報酬加算などのintensiveをつけることで方針決定と診療に関わる医師をサポートする必要があると考えられる。

【文 献】
 
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