2024 Volume 41 Issue 4 Pages 292-300
セルペルカチニブの国際共同第1/2相試験(NCT03157128)の2023年1月カットオフデータを用い,RET融合遺伝子陽性甲状腺癌患者およびRET遺伝子変異陽性甲状腺髄様癌患者の有効性および安全性を評価した。独立評価委員会判定による奏効率(RECIST v1.1)を主要評価項目とした。RET融合遺伝子陽性甲状腺癌患者で標準的な治療歴を有する32名,有さない23名,RET遺伝子変異陽性甲状腺髄様癌患者でカボザンチニブ又はバンデタニブによる治療歴を有する143名,有さない116名の各コホートを解析対象とし(日本人10名を含む),奏効率は74.1%~100%であった。安全性は既報と大きな差はなく,日本人集団も既報と同等であった。セルペルカチニブは,治療歴の有無にかかわらずRET遺伝子異常を有する甲状腺癌患者で本データカットオフ時点でも継続的な有効性が確認され,新たな安全性の懸念は認められなかった。
セルペルカチニブは,RETキナーゼを選択的に阻害する低分子標的薬である[1]。2017年に,RET遺伝子異常を有する固形癌患者を対象にセルペルカチニブの有効性および安全性を評価する国際共同第1/2相試験(LIBRETTO-001,NCT03157128,以下本試験)が開始された。本試験の2020年3月カットオフデータで,独立評価委員会判定による奏効率(objective response rate:ORR)を主要評価項目として有効性および安全性が確認され,本邦では2021年にRET融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌,2022年にRET融合遺伝子陽性の根治切除不能な甲状腺癌(thyroid cancer:TC)およびRET遺伝子変異陽性の根治切除不能な甲状腺髄様癌(medullary thyroid cancer:MTC)を効能・効果として承認された。
本試験の2023年1月カットオフデータから,RET融合遺伝子陽性TC患者(コホート1および2)およびRET遺伝子変異陽性MTC患者(コホート3および4)での有効性および安全性を報告する。
本試験の試験方法は既に公表されているため[2,3],本稿では概要を示す。
試験デザイン・試験方法本試験は,非盲検,多施設・国際共同,第1/2相試験である。試験デザインおよびセルペルカチニブの用法用量を図1に示す。本試験は関連法規を遵守して実施され,試験実施計画書などは治験審査委員会での承認を受けた。患者からは,試験開始前に同意文書を取得した。
試験デザイン
第1相パートでは,セルペルカチニブの用量を20 mg(1日1回)から240 mg/回(1日2回)へ漸増し,第2相パートでの推奨用量を決定した。日本人患者6名以上に第2相の推奨用量を投与し,安全性を確認した後,第2相パートへの日本人患者の登録を開始した。第2相パートでは,1サイクルを28日間とし,病勢進行,許容できない毒性,又はその他の投与中止理由が生じるまで,第2相推奨用量である160 mg/回(1日2回)を投与した。
第2相パートはコホート1~6から構成されるが,本稿では日本で承認された適応症での有効性および安全性を報告するため,コホート1~4に登録された患者のみを解析対象とした。
2017年5月に最初の患者が登録され,セルペルカチニブの投与は病変進行などの投与中止理由が生じるまで,また本試験は観察期間終了まで継続される予定である。
データカットオフ日:2023年1月13日
安全性解析対象集団:第2相パートのコホート1~4に登録され,セルペルカチニブを1回以上投与されたRET融合遺伝子陽性TC患者およびRET遺伝子変異陽性MTC患者
有効性解析対象集団:安全性解析対象のうち,初回投与後少なくとも2回の画像評価に相当する期間を観察する機会があった患者
*コホート2では,放射性ヨウ素による治療歴の有無を問わない。
略号:BID=1日2回,CABO=カボザンチニブ,MTC=甲状腺髄様癌,QD=1日1回,TC=甲状腺癌,VAN=バンデタニブ
腫瘍中にRET遺伝子異常が確認された12歳以上の進行性又は転移性固形癌患者で,Eastern Cooperative Oncology Group performance statusが0~2の患者を対象とした。RET融合遺伝子陽性TC患者で,放射性ヨウ素,並びにソラフェニブ又はレンバチニブによる治療歴を有する場合はコホート1に,ソラフェニブ又はレンバチニブによる治療歴を有さない場合はコホート2に登録された。RET遺伝子変異陽性MTC患者で,カボザンチニブ又はバンデタニブによる治療歴を有する場合はコホート3に,治療歴を有さない場合はコホート4に登録された。
評価項目主要評価項目は,独立評価委員会判定によるRECIST v1.1に基づくORR,主な副次評価項目は,奏効期間(duration of response:DoR),無増悪生存期間(progression-free survival:PFS),および安全性とした。
統計解析セルペルカチニブ国際共同第1/2相試験の2023年1月カットオフデータを用いて,事前に規定された統計解析計画書に従って解析を実施した。ORRは,最良総合効果が完全奏効又は部分奏効と確定した患者の割合に基づき推定した。DoRおよびPFSは,Kaplan-Meier法を用いて記述的に要約した。安全性は,全体集団,日本人集団ごとにtreatment-emergent adverse event(TEAE)およびtreatment-related adverse event(TRAE)の発現割合を算出した。統計解析には,SAS version 9.4(SAS Institute, Cary, NC, USA)を用いた。
2023年1月カットオフデータの有効性および安全性解析対象は,コホート1:32名(日本人7名),コホート2:23名(日本人1名),コホート3:143名(日本人1名),コホート4:116名(日本人1名)で,計314名(日本人10名)であった(図1)。患者背景を表1に示す。
患者背景
全体集団のORRは,コホート1で81.3%,コホート2で100%,コホート3で74.1%,コホート4で83.6%であった。また,日本人集団で2名以上が登録されたコホート1では,7名中6名(85.7%)で奏効が認められた(表2)。ORR,DoR,1年DoR率,PFS,および1年無増悪生存率を,全体集団,日本人集団ごとに表2に示す。また,DoRおよびPFSについては,全体集団のKaplan -Meier曲線を図2に,日本人集団のSwimmers plotを図3に示す。
奏効率,奏効期間,および無増悪生存期間(独立評価委員会による評価)
奏効期間および無増悪生存期間(全体集団,独立評価委員会による評価)
A.RET融合遺伝子陽性TC
B.RET遺伝子変異陽性MTC
Y軸上から右方向に延びる点線は奏効率(又は無増悪生存率)50%を,X軸上の12および24から上方向に延びる点線はそれぞれ1年DoR率(又は無増悪生存率),2年DoR率(又は無増悪生存率)を示す。
RET融合遺伝子陽性TC患者の1年および2年DoR率は,コホート1でそれぞれ73.0%,52.4%(以下同順),コホート2でそれぞれ95.7%,82.2%であった。1年および2年無増悪生存率は,コホート1でそれぞれ71.8%,61.7%,コホート2でそれぞれ95.7%,90.0%であった。RET遺伝子変異陽性MTC患者の1年および2年DoR率は,コホート3でそれぞれ81.9%,60.8%,コホート4でそれぞれ91.5%,86.8%であった。1年および2年無増悪生存率は,コホート3でそれぞれ76.9%,62.1%,コホート4でそれぞれ91.6%,82.8%であった。
データカットオフ日:2023年1月13日,有効性解析対象集団
*コホート2では,放射性ヨウ素による治療歴の有無を問わない。
略号:CABO=カボザンチニブ,DoR=duration of response,MTC=甲状腺髄様癌,TC=甲状腺癌,VAN=バンデタニブ
奏効期間および無増悪生存期間(日本人集団,独立評価委員会による評価)
A.RET融合遺伝子陽性TC
B.RET遺伝子変異陽性MTC
投与開始から奏効およびPFSイベントが確認されるまでの期間を図示した。Y軸上から右方向に延びるバーは,それぞれ個々の患者を示す。X軸はセルペルカチニブ投与開始からの期間(月)を示し,奏効およびPFSイベントが認められた時点,およびカットオフ時点までに得られた生存又は死亡の情報を,それぞれ凡例で定義したシンボルで示した。また,図中の数字はコホートを示す。
RET融合遺伝子陽性TCの日本人患者8名中7名(コホート1:7名中6名,コホート2:1名中1名)が奏効を示し,うち5名(コホート1:7名中4名,コホート2:1名中1名)がセルペルカチニブの投与を継続中である。RET遺伝子変異陽性MTCの日本人患者2名中1名(コホート3:1名中0名,コホート4:1名中1名)が奏効を示した。セルペルカチニブの投与は2名とも中止した。
データカットオフ日:2023年1月13日,有効性解析対象集団
略号:MTC=甲状腺髄様癌,PFS=progression-free survival,TC=甲状腺癌
全体集団でのTEAE発現割合は100%(グレード3以上:76.1%)であった。発現割合が40%以上のTEAEは,下痢(48.1%,グレード3以上:5.4%),高血圧(45.9%,グレード3以上:20.1%),疲労(44.6%,グレード3以上:3.2%),便秘(43.6%,グレード3以上:0%),および口内乾燥(43.3%,グレード3以上:0%)であった。全体集団でのTRAEの発現割合は95.5%(グレード3以上:41.7%)であった。TRAEのうち,発現割合が30%以上であったのは,口内乾燥(36.0%,グレード3以上:0%),高血圧(35.4%,グレード3以上:13.1%)であった。
日本人集団でのTEAE発現割合は100%(グレード3以上:70.0%)で,TRAEの発現割合は100.0%(グレード3以上:50.0%)であった。日本人集団で2名以上(20%以上)に認められたTEAEおよびTRAE(全グレードおよびグレード3以上)を図4に示す。日本人患者10名のうち,原疾患の進行により2名(コホート1,3で各1名)が死亡した。
2名以上の日本人患者で認められたTEAEおよびTRAE(N=10)
TRAEは,2名以上の日本人患者で認められたTEAEで示した事象について提示した。
データカットオフ日:2023年1月13日,安全性解析対象集団
TEAE:治験薬投与下で発現した有害事象
TRAE:治験薬投与下で発現した有害事象のうち,治験薬との因果関係を否定できない事象
ALP=アルカリホスファターゼ,ALT=アラニンアミノトランスフェラーゼ,AST=アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ,GTP=グルタミルトランスペプチダーゼ,TEAE=treatment-emergent adverse event,TRAE=treatment-related adverse event
本試験の全体集団で各コホートのORRは74.1%~100%で,標準的な薬物療法による治療歴の有無にかかわらず,セルペルカチニブの抗腫瘍効果が認められた。DoRおよびPFSデータは打ち切りが多く,1年無増悪生存率は2020年3月カットオフ時のデータ(コホート1で65.3%,コホート2で100%,コホート3で78.0%,コホート4で93.3%)と比べて大きく変わらなかった。一方,ORRはコホート1で81.3%,コホート2で100%,コホート3で74.1%,コホート4で83.6%と,2020年3月カットオフデータでのORR(コホート1で66.7%,コホート2で100%,コホート3で68.3%,コホート4で67.6%)[4]と比べ同程度又はより多くの奏効がみられ,いずれのコホートでも抗腫瘍効果の持続が示唆された。なお,甲状腺腫瘍診療ガイドライン[5]で推奨されている治療のORRは,進行・再発甲状腺分化癌に対して推奨されているソラフェニブで12.2%[6],レンバチニブで64.8%[7],進行・再発甲状腺未分化癌に対して推奨されているレンバチニブで27.3%[8],進行・再発MTCに対して最も推奨されているバンデタニブで45%[9]であった。
既報の2019年[2]および2021年[3]カットオフデータを用いた解析結果と比較して,新たな安全性の懸念は認められなかった。全体集団と日本人集団で安全性に明確な差異は確認されず,日本人集団のみに認められた臨床的に重要な有害事象もなかった。しかし,日本人集団は10名と少なく,うち5名が投与継続中であるため,引き続き注意深く観察を続ける必要がある。
セルペルカチニブは,RET融合遺伝子陽性TC患者およびRET遺伝子変異陽性MTC患者を対象とした2023年1月カットオフデータを用いた本解析で,標準的な薬物療法による治療歴の有無にかかわらず,継続的な有効性が期待された。また,安全性プロファイルは既報と大きく異なることはなく,全体集団と日本人集団で安全性に明確な差異は確認されなかった。
本試験はEli Lilly and Companyが実施した。また,本稿作成には日本イーライリリー株式会社が関与し,投稿に関する費用は同社が負担した。本稿のライティング・投稿サポートには,Good Publication Practiceを遵守の上,ProScribe株式会社(Envision Pharma Group)の本間由紀子および海老名寛子が関与した。
本稿で示した結果は,第66回日本甲状腺学会学術集会(2023年12月7日~9日)で発表した。
田原信は,日本イーライリリー(株),エーザイ(株),メルクバイオファーマ(株),MSD(株)から講演料を,アストラゼネカ(株),小野薬品工業(株),中外製薬(株),バイエル薬品(株),メルクバイオファーマ(株),(株)ミルテル,MSD(株)から研究費を受領している。竹内伸司は,日本イーライリリー(株)および中外製薬(株)から研究費を受領している。本間義崇は,エーザイ(株),ヤンセンファーマ(株),および楽天メディカル(株)から顧問職の報酬を,大鵬薬品工業(株),中外製薬(株),MSD(株),ノバルティスファーマ(株),GSK(株),ヤンセンファーマ(株),ファイザー(株),バイエル薬品(株),BeiGene,小野薬品工業(株),およびメルクバイオファーマ(株)から研究費を受領している。岩朝勤は,中外製薬(株)から研究費を受領している。森丈治および大森幸枝は,日本イーライリリー株式会社の社員で,Eli Lilly and Companyの株式を保有している。大橋圭明,横田知哉,および清水康は,開示すべき利益相反を有していない。