2025 Volume 42 Issue 1 Pages 50-55
選択的RET阻害薬であるセルペルカチニブは,RET遺伝子変異陽性の甲状腺髄様癌とRET融合遺伝子陽性の甲状腺癌に対し高い抗腫瘍効果と安全性が確認され,本邦では2022年2月に保険承認となった。セルペルカチニブによる甲状腺機能低下は,LIBRETTO-001試験では甲状腺癌患者の15%程度と報告されているが,われわれがセルペルカチニブ投与を行った甲状腺癌5症例では全例でT3低下を認めた。セルペルカチニブ治療の対象となる甲状腺癌患者は多くが甲状腺全摘後であることから,セルペルカチニブ投与によるT3低下をきたしやすいと考えられ,適切な甲状腺機能のモニタリングと甲状腺ホルモン補充が必要と考えられる。
RET遺伝子の変化は様々な癌腫で報告されており,腫瘍形成のドライバー遺伝子として機能していることが明らかになっている[1]。甲状腺癌におけるRET遺伝子異常は点突然変異と融合遺伝子が報告されており,遺伝性甲状腺髄様癌では90%に生殖系列のRET遺伝子変異が,散発性甲状腺髄様癌では約60%に体細胞系列のRET遺伝子変異が認められ,甲状腺乳頭癌の約10~20%にRET融合遺伝子が発現するとされている[2]。
セルペルカチニブは選択的RET阻害薬で,LIBRETTO-001試験において,RET遺伝子変異陽性の甲状腺髄様癌,RET融合遺伝子陽性の甲状腺癌に対し高い抗腫瘍効果と安全性を示した[3]。セルペルカチニブの主な副作用には,高血圧,肝機能障害,QT間隔延長,過敏症,間質性肺疾患などが報告されているが,LIBRETTO-001試験では甲状腺癌患者の15%に甲状腺機能低下が確認されている。今回われわれは,セルペルカチニブを投与した5症例のすべてにT3の低下を認めたため報告する。
症例の一覧を表1に,各症例の甲状腺機能の推移を図1,2,3,4,5に示す。年齢は25~75歳で,男性が2例,女性が3例であった。組織型は乳頭癌が2例,髄様癌が2例,混合性髄様癌濾胞細胞癌が1例であり,全例甲状腺全摘術を受けていた。RET遺伝子異常の検出には,RET遺伝学的検査もしくはオンコマインDx Target Test マルチCDxシステム(以下,オンコマイン)を用いた。遊離T3低下を認めた時点でのセルペルカチニブ投与量は80~320mg/日で,遊離T3低下の出現時期は多くが投与開始後1カ月程度で,いずれの症例も投与開始後初回の甲状腺機能採血で遊離T3低下を認めていた。遊離T3低下に対する対処としては,3例でレボチロキシンの増量が,1例でリオチロニンの追加が行われ,リオチロニンの追加投与が行われた1例のみで遊離T3が正常化した。また,症例1と症例5はセルペルカチニブ休薬により遊離T3の正常化が確認された。
5症例のまとめ
症例1 甲状腺機能の推移:セルペルカチニブ投与開始後遊離T3の低下を認め,投与期間中低値が持続したが,セルペルカチニブ中止後は速やかに正常化した。
症例2 甲状腺機能の推移:セルペルカチニブ投与開始後,遊離T3の低下とTSHの上昇を認めた。レボチロキシン増量でTSHは改善したが,遊離T3低値は持続した。
症例3 甲状腺機能の推移:セルペルカチニブ投与開始後,遊離T3の低下とTSHの上昇を認めた。レボチロキシン増量でTSHは改善したが遊離T3は正常化せず,リオチロニンの追加により遊離T3が正常化した。
症例4 甲状腺機能の推移:セルペルカチニブ投与開始直後より遊離T3の低下を認め,その後TSHの上昇を認めた。レボチロキシン増量でTSHは改善したが,遊離T3低値は持続した。
症例5 甲状腺機能の推移:セルペルカチニブ投与開始直後より遊離T3の低下を認めたが,セルペルカチニブ中止に伴い正常化した。
セルペルカチニブ休薬により遊離T3が正常化した症例と,リオチロニンの投与をz行い遊離T3の改善が得られた症例を以下に紹介する。
症例1:73歳女性
既往歴:2型糖尿病,右肋骨骨折,下肢静脈瘤,深部静脈血栓症,無症候性肺塞栓症
家族歴:甲状腺癌の家族歴なし
現病歴:左肺癌疑いで胸腔鏡補助下左肺下葉切除+ND2a-2郭清を施行し,甲状腺癌肺転移の診断となり当科紹介。甲状腺右葉に石灰化結節を認め,甲状腺全摘+D1bil郭清を施行し,甲状腺乳頭癌pT1bN1aM1(肺)pStageⅣBの診断となった。術後,放射性ヨード内用療法(I131 3,700MBq)を施行したが,術後17カ月時のCT検査で左胸膜転移が出現し,その後増大を認めた。術後38カ月時にオンコマインを提出し,RET融合遺伝子(CCDC6-RET)を認めたため,セルペルカチニブ320mg/日を開始した。Day28でTSH 1.521μIU/mL(CLEIA,基準値:0.61-4.23μIU/mL),遊離T3 2.02pg/mL(CLEIA,基準値:2.52-4.06pg/mL),遊離T4 1.52ng/dL(CLEIA,基準値:0.75-1.45ng/dL)と遊離T3の低下を認めた。口腔乾燥(Grade1)や過敏症(Grade1)のため1週間程度の休薬や減量を行いながら投与を継続し,その間遊離T3の低値は持続した。Day323でぶどう膜炎と肺臓炎を発症したためセルペルカチニブを休薬したところ,遊離T3は速やかに正常化した(図1)。
症例3:47歳男性
既往歴:アデノイド切除術,過敏性腸症候群
家族歴:母,叔父,従妹が多発性内分泌腫瘍症2A型
現病歴:左頸部腫瘤を自覚し,当院紹介受診。甲状腺両葉に石灰化を伴う結節と左頸部リンパ節腫大,肝腫瘤を認め,採血でCEAは2,540ng/mL(CLEIA,基準値:≦5.0 ng/mL),カルシトニンは35,100pg/mL(ECLIA,基準値:≦9.52pg/mL)と高値であった。RET遺伝学的検査では,RET遺伝子変異陽性(C634Y)であった。甲状腺髄様癌cT2N1bM1(肝)cStageⅣCの診断で甲状腺全摘+D3c郭清を施行し,甲状腺髄様癌pT3bN1bM1(肝)pStageⅣCの診断となった。術後4カ月で肝転移が進行し,バンデタニブを開始した。バンデタニブ開始後54カ月で肝囊胞の増大,CEAやカルシトニンの上昇あり,病勢進行と判断しレンバチニブに変更した。レンバチニブ開始後14カ月でセルペルカチニブがRET遺伝子変異陽性の甲状腺髄様癌に対し保険承認されたのに伴い,セルペルカチニブ320mg/日に変更した。セルペルカチニブ開始後,下腿浮腫が持続したものの,薬剤変更時から尿蛋白は陰性で経過し,血清アルブミン値は3.5-4.0g/dL(基準値:3.8-5.2g/dL)とごく軽度の低下を認めるのみであった。また腎機能は,Day175でクレアチニン上昇(Grade1)を認めたがセルペルカチニブ減量後はクレアチニン1.1-1.3mg/dL程度(基準値:0.5-1.2mg/dL)で経過し,腎機能改善後も下腿浮腫は持続した。下腿浮腫の原因精査として心機能評価を行ったが,BNPは9.2pg/mL(基準値:0.0-18.4pg/mL)と正常で,心臓超音波検査においても左室収縮能は良好で有意な弁膜症も認めなかった。Day231の採血で遊離T3の低下を認め,下腿浮腫の原因となっている可能性が考えられたため,レボチロキシンの増量を行った。TSHは改善したものの,遊離T3は正常化せず下腿浮腫の改善も得られなかったため,リオチロニンを追加したところ遊離T3は正常化し,リオチロニン開始後2カ月程度で下腿浮腫の改善がみられた(図3)。
甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン(T3)とサイロキシン(T4)は甲状腺内で合成されたのちに血液中に分泌され,T3は速やかに組織へと取り込まれ核内受容体に結合し作用を発揮する。一方,T4はサイロキシン結合グロブリン(TBG)に結合し末梢へと輸送されたのちに細胞膜からとりこまれ,1型脱ヨード酵素(D1)と2型脱ヨード酵素(D2)により活性型のT3に,3型脱ヨード酵素(D3)により不活性型のリバースT3(rT3)に変換される。なお,T4から活性型T3への変換はD2が80%程度を担っているとされている[4]。
チロシンキナーゼ阻害薬による甲状腺ホルモン代謝への影響は,2005年に初めて報告され,甲状腺全摘術を受けた甲状腺髄様癌患者10人が,イマチニブ投与により血清TSH値の上昇と遊離T4および遊離T3の減少を示し,その機序としてT4およびT3クリアランスの増強という仮説が提唱された[5]。また,Adulrahmanらは,ソラフェニブによる甲状腺ホルモン代謝に及ぼす影響を検討し,T3/T4,T3/rT3,およびT4/rT3比の低下がみられたことから,ソラフェニブによりD3活性が増強し,甲状腺ホルモンの代謝が促進されるという機序を提唱した[6]。
セルペルカチニブ投与による甲状腺機能低下は,LIBRETTO-001試験の中で甲状腺癌患者の15%に確認されており,その他にもセルペルカチニブによるT3低下をきたした報告が散見される。Boucaiらは,セルペルカチニブによるT3の低下の機序として,セルペルカチニブがD2活性を低下させ,T4からT3への変換を阻害することを明らかにした。また,甲状腺摘出後の甲状腺癌患者と甲状腺が温存されている肺癌患者でセルペルカチニブ投与によるT3の変化を比較したところ,肺癌患者の方がT3低下が軽度にとどまったと報告している[7]。これは,甲状腺摘出後にT4製剤であるレボチロキシンを服用している患者はT3の供給源はT4からの変換のみであるため,セルペルカチニブによる影響を強く受けるためと考えられる。
セルペルカチニブ投与によるT3の低下は投与開始後1カ月程度の比較的早い時期に起こるとされる[7]。今回われわれが経験した症例でも,全例セルペルカチニブ投与後初回の甲状腺機能採血でT3低下をきたした。また,症例5ではセルペルカチニブ80mg/日の低用量投与でもT3の低下をきたしていることから,セルペルカチニブによるT3低下は用量非依存性であると考えられた。さらに,セルペルカチニブを休薬した症例1と症例5はT3が正常値に回復したことから,セルペルカチニブによるT3低下は可逆的であると考えられた。甲状腺癌は長期生存例が多く,甲状腺全摘後に甲状腺機能が安定している場合は血液検査の頻度を減らすことが多いが,セルペルカチニブ導入時と中止時は甲状腺機能が変化しやすいため血液検査の頻度を増やすべきである。T3低下を認めた際,重症消耗性疾患に伴うNonthyroidal illness(低T3症候群)との鑑別が必要となるが,全身状態の悪化がなく,T3の低下・回復がセルペルカチニブの開始・中止と連動していることで,セルペルカチニブによる薬剤性と判断することができる。治療の必要性については,甲状腺機能低下症状の有無とTSH抑制の必要性により異なる。甲状腺癌術後のレボチロキシン内服患者において,甲状腺機能低下・亢進症状ともに遊離T4よりも遊離T3の関与が大きく,機能低下症状はTSH抑制状態においても認めたという報告[8]や,TSH正常では遊離T3は低値となり,その場合LDL-コレステロール(LDL-C)は高値,骨型酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ(TRAP5b)は低値となるという報告[9]がある。このように,TSHが正常であってもT3低値が甲状腺機能低下症状や代謝の変化をもたらすことがあるため,特に機能低下症状がある患者においてはT3値も参考に甲状腺機能を是正する必要があると考える。また,甲状腺乳頭癌の再発・転移症例においてはTSH抑制状態が望ましいが,セルペルカチニブによるT3低下に伴いTSHも上昇傾向となるため,TSHを抑制するために甲状腺ホルモン剤の追加を行う意義はあるだろう。治療は,T4からT3への変換阻害という機序から,T3製剤であるリオチロニンの追加,あるいは十分な量のレボチロキシンの補充が選択肢である。症例2,症例3,症例4のように,TSHはレボチロキシン増量のみで改善する傾向があり,甲状腺機能低下症状がなくTSH抑制を目標とする場合はレボチロキシン増量のみで対応可能である可能性がある。一方,症例3のように甲状腺機能低下症状がありレボチロキシン増量で改善がみられない場合は,リオチロニンの追加も検討される。しかし,リオチロニンは血中半減期が短く血液濃度がレボチロキシンに比べて安定しないことに注意が必要である。無症状かつTSH抑制が不要な甲状腺髄様癌症例では経過観察のみでよいだろう。
セルペルカチニブはRET遺伝子変異陽性の甲状腺髄様癌,RET融合遺伝子陽性の甲状腺癌に対し高い抗腫瘍効果が示されており,今後本邦でも使用症例が増加することが予想される。また,セルペルカチニブによる治療を受ける甲状腺癌患者の多くは甲状腺全摘後であることが想定され,セルペルカチニブによる甲状腺機能低下は留意すべき副作用であり,その頻度は臨床試験の報告より高頻度である可能性がある。そのため,定期的な甲状腺機能の測定と甲状腺ホルモン剤の適切な調整が重要である。
セルペルカチニブによるT3低下をきたした症例を経験した。セルペルカチニブ治療の対象となる甲状腺癌患者は多くが甲状腺全摘後であることからセルペルカチニブによるT3低下をきたしやすいと考えられ,適切な対処が必要である。