2025 Volume 42 Issue 2 Pages 120-126
66歳女性。17歳時にバセドウ病の診断で薬物治療を受けるも自己中断。43歳時に甲状腺腫を指摘,不適切TSH分泌症候群(SITSH)を呈し,TRAb陰性であったが,バセドウ病として薬物治療が開始。65歳時にTSHの抑制,甲状腺ホルモン高値,TRAbの陽転化を認め当科紹介。バセドウ病・巨大甲状腺腫の診断で,甲状腺全摘を施行。術後ホルモン補充療法を行うも,SITSHが持続した。下垂体腫瘍は認めず,TRβ遺伝子解析で変異を同定し,RTHβ(resistance to thyroid hormone β)と診断した。バセドウ病の合併によりTSHは抑制されるが,治療経過中にSITSHを認める場合,RTHβの合併を考慮する必要がある。RTHβでは至適ホルモン値が症例により異なり,術後のホルモン補充量の調整が困難であるが,本症例ではバセドウ病発症前のホルモン値を目標とした補充療法を行っている。
甲状腺ホルモン不応症(resistance to thyroid hormone:RTH)は,甲状腺ホルモンに対する標的臓器の反応性が低下することを特徴とする疾患である[1]。多くはTRβ(thyroid hormone receptor β)遺伝子の変異によるRTHβであり,甲状腺ホルモンが高値であるにも関わらずTSHが適切に抑制されない不適切TSH分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH)を呈する。この不応性は甲状腺ホルモンの過剰分泌によって代償され,代謝状態は概ね正常を保つことが多いが,個々の症例で心血管系や骨代謝などに影響が現れることもある。
RTHβは甲状腺ホルモン高値を示すため,しばしばバセドウ病と誤診され,抗甲状腺薬や放射線療法などの不適切な治療が行われることがある。今回,われわれはバセドウ病を合併し,甲状腺全摘後にRTHβと診断された稀な症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する。
症 例:66歳,女性。
主 訴:頸部圧迫感。
生活情報:身長146.0cm,体重48kg。(20歳時,151cm,50kg。)
既往歴:皮膚筋炎(60歳より,ステロイド治療中)。
家族歴:兄:甲状腺腫(詳細不明)。
常用薬(当科初診時):チアマゾール30mg/日,レボチロキシン75μg/日,ビソプロロール5mg/日,プレドニゾロン6mg/日,ファモチジン20mg/日,エルデカルシトール0.75μg/日,バゼドキシフェン20mg/日。
現病歴:17歳時に甲状腺腫を指摘され,バセドウ病と診断され薬物治療が開始されたが,患者が自己中断。43歳時に再度甲状腺腫を指摘され前医を受診。TSH 1.32μIU/mL,FT3 5.1pg/mL,FT4 3.0ng/dL,TRAb陰性であったが,バセドウ病としてチアマゾール(MMI)15mg/日で治療開始。その後,レボチロキシン(LT4)とβブロッカーを併用し,MMIは15~30mg/日で継続されていた。TSHは概ね5~10μIU/mL程度で推移。
65歳時,定期受診時にTSH 0.002μIU/mL,FT3 20.57pg/mL,FT4 1.80ng/dL,TRAb 36.8IU/Lと甲状腺機能亢進の増悪およびTRAbの陽転化を認めた。この時点で甲状腺腫は著明に増大し,頸部圧迫感と嚥下困難感も出現していたため,当科に紹介された。
現 症:びまん性甲状腺腫を認めるが,眼球突出を認めない。
血液検査所見(当科初診時):TSH 15.2μIU/mL(0.50-5.00μIU/mL),FT3 6.47pg/mL(2.3-4.0pg/mL),FT4 0.18ng/dL(0.9-1.7ng/dL),TRAb 10.33IU/L(<2.0IU/L),抗Tg抗体 16.9IU/mL(<19.3IU/mL),抗TPO抗体 166.7IU/mL(<3.3IU/mL)。
FT3優位にホルモン値の上昇を認めたが,TSHは抑制されずSITSHを呈していた。また,TRAb,抗TPO抗体の上昇を認めたが,抗Tg抗体は正常範囲内であった。その他,血算・生化学・凝固能に特記すべき異常所見を認めなかった。
甲状腺超音波検査所見:びまん性腫大を認め,推定重量 487.9gであった。内部エコーは不均質であり,びまん性に血流信号の増加を認めた(図1)。また,両葉に複数の等~高エコー結節・腫瘤を認め,最大径は33.5mmであった(図2)。これらの結節・腫瘤はいずれも形状整,境界明瞭,内部エコー均質であり,微細高エコーや境界部低エコー帯は認めなかった。
US所見。甲状腺のびまん性腫大および血流信号の増加を認めた。
US所見。最大径33.5mmまでの結節・腫瘤性病変を認めた。いずれも形状整,境界明瞭,内部エコー均質であり,微細高エコーや境界部低エコー帯は認めなかった。
CT検査所見:甲状腺はびまん性腫大を呈し,気管は左右方向に圧迫されていたが,内腔は保たれていた(図3)。
CT所見。甲状腺はびまん性腫大を認めた。
治療経過:バセドウ病によるびまん性甲状腺腫と診断した。甲状腺腫は巨大であり,頸部圧迫感や嚥下困難感があることから手術適応と判断し,甲状腺全摘術の方針とした。当科初診時,TSHは再上昇してSITSHを呈していたが,この時点でRTHβの合併は考慮していなかった。
皮膚筋炎のためプレドニゾロン(6mg/日)を長期内服中であったため,手術当日ヒドロコルチゾン100mgでのステロイドカバーを行った。甲状腺全摘を施行し,上喉頭神経外枝および反回神経を両側温存,副甲状腺も全腺温存されたと考えられた。摘出された甲状腺の重量は500g,手術時間3時間15分,出血量194mlであった。術後病理ではバセドウ病に伴う変化を認め,結節性病変に悪性所見は認めなかった。
術後経過は良好であり,術後3日目よりLT4 100μg/日で内服を開始し,術後5日目に自宅退院した。術後19日目の血液検査では,TSH 113.0μIU/mL,FT3 2.17pg/mL,FT4 1.49ng/dLとTSH高値が認められ,LT4を125μg/日に増量した。しかし,術後75日目の血液検査でTSH 40.5μIU/mL,FT3 3.43pg/mL,FT4 2.34ng/dLと改善傾向は認めたが,依然としてTSH高値が持続していた(表1)。異なる測定系(2ステップ法)でもTSH高値を確認し,真のSITSHと判断した。頭部MRI検査で下垂体腫瘍は認められなかった。患者の同意を得た上で,TRβ遺伝子解析を行ったところ,Exon 10のcodon429にアルギニン(CGC)からグルタミン(CAG)への既知のヘテロ接合性ミスセンス変異を認め,RTHβと診断した。またTRH負荷試験では,TSHは正反応であった。
術後甲状腺機能およびLT4投与量の推移。(正常範囲:TSH 0.50-5.00μIU/mL,FT3 2.3-4.0pg/mL,FT4 0.9-1.7ng/dL)
その後,LT4 100-137.5μg/日で治療を継続し,TSH 4.4~13.5μU/mLで推移した。動悸などの症状もなく経過している。今後,血縁者への介入も予定している。
RTHは1976年にRefetoffらによって初めて報告され,有病率は40,000人に1人とされる極めて稀な疾患である[2,3]。甲状腺ホルモン受容体にはTRαとTRβの2種類があり,それぞれの変異によりRTHα,RTHβを発症する。RTHβでは,下垂体のTRβにも変異がみられるため,negative feedback機構の障害によってTSHおよび甲状腺ホルモン値が共に上昇する(SITSH)。一方,RTHαではTRαがnegative feedbackに関与しないため,SITSHは認められない。
RTHの病態は標的臓器での甲状腺ホルモン不応である。不応性はホルモン高値により代償されるため,多くの場合では代謝状態は正常に保たれる。しかし,臓器間での不応性は不均一であり,機能低下症状(低身長や倦怠感)と機能亢進症状(動悸や発汗過多)の両者がみられることがある。
SITSHが数カ月以上持続する場合,まず薬剤性(アミオダロンやヘパリンなど)を除外し,異なる測定系(2ステップ法)で再検し,見かけ上のSITSHを除外する必要がある。真のSITSHが確認された場合には,家族歴や下垂体腫瘍(TSHoma)の除外を行い,必要に応じてTRβ遺伝子解析を実施する。
現在,RTHβに対する根本的な治療法は存在しない。症状が主に機能低下症による場合は,LT4製剤による甲状腺ホルモン補充療法が考慮される。一方,機能亢進症状が主体の場合には,βブロッカーを用いた対症療法が行われ,抗甲状腺薬の使用は推奨されない。抗甲状腺薬はその副作用のリスクに加え,TSHの上昇による甲状腺腫大や下垂体過形成のリスクがあるためである。また,手術や放射性ヨウ素内用療法(RAI)などによる治療も推奨されない[4]。
RTHβは甲状腺ホルモンの高値を示すため,バセドウ病と誤診されることが多い。日本や欧米の報告では,RTHの約1/3程がバセドウ病と誤診され,不適切な治療が行われていたとの例がある[5,6]。RTHβとバセドウ病は治療方針が大きく異なるため,両者の合併例では慎重な診断と治療方針の決定が必要である。
文献検索により,バセドウ病を合併したRTHβの報告例は11例(自験例を含む)確認された(表2)[7~16]。このうち,3例はRTHβが先行しバセドウ病を発症,残りの8例はバセドウ病の治療中または治療後にRTHβと診断された。全例でバセドウ病の発症時にはTSHが抑制され,通常のバセドウ病と同様のプロファイルを呈していた。このことから,バセドウ病の発症前にRTHβの診断がついていない症例では,初診時にRTHβの合併を疑うことは非常に困難であると考えられる。通常のバセドウ病の場合,甲状腺ホルモンの正常化の後にTSHが正常化するのに対し,RTHβの合併例ではTSHの正常化(または上昇)が先行し,SITSHを呈することが特徴であり,診断の重要な手がかりとなる。
RTHβに合併したバセドウ病の報告11例(自験例を含む)
バセドウ病治療では,11例中7例で抗甲状腺薬による治療が行われ,1例で再燃を認めたものの,全例で寛解が得られていた。RTHβを合併する場合においても,抗甲状腺薬による治療は有効な治療法と思われるが,至適な甲状腺ホルモン値が症例ごとに異なるため,個々の症例に応じた適切なホルモン値の目標設定が重要である。これまでの報告では,バセドウ病発症前に甲状腺機能が測定されているケースでは,その値を目標に薬剤コントロールが行われていた。バセドウ病発症前の甲状腺機能が不明なケースでは,多く場合,TSH正常~軽度高値,甲状腺ホルモン軽度高値を目標に,動悸などの症状が出現しないことを確認しながら薬剤コントロールが行われていた。RAI治療は2例,手術は1例(自験例)で行われたが,いずれもRTHβの診断が治療後に判明した例であった。甲状腺ホルモンに対する不応性のため,RAI治療後の補充療法には高用量のホルモン製剤を要していた。TSHは正常~軽度高値,甲状腺ホルモン軽度高値を目標とした管理が行われていた。
本症例の経過を振り返ると,前医初診時からSITSHを呈していたにもかかわらず,バセドウ病として長期間にわたり不適切な薬物治療が行われていた。バセドウ病発症時にはTSHが抑制され,その後抗甲状腺薬の増量により再度SITSHが現れたという経過は,RTHβとの合併例で典型的な所見であり,この段階でもRTHβの合併を考慮すべきであった(図4)。甲状腺腫の増大については,抗甲状腺薬の長期使用が増悪因子となった可能性が高い。RTHβによるTSH高値および巨大な甲状腺腫に対しては,少量のリオチロニン(LT3)の投与が有効であることが報告されており[4,17],治療選択肢として考慮されるべきである。しかし,本症例では当科初診時に既に有症状の巨大甲状腺腫が存在しており,バセドウ病の寛解が得られていない状態でのLT3投与はリスクが高いと考えられる。そのため,最終的に手術が回避できたかどうかは不明である。術後の甲状腺ホルモン補充療法は,ホルモン値の至適範囲が症例によって異なることや,至適範囲を維持するために高用量のホルモン製剤を要するなど,問題点が多い。しかし本症例では,バセドウ病発症前の甲状腺機能が判明しているため,その値を目標としたホルモン補充療法を施行中であり,経過は良好である。
TSH,FT3,FT4の推移。前医初診時より一貫してSITSHを呈しており,その間不適切な薬物治療が施行されていた。バセドウ病発症時にはTSHは抑制され,甲状腺ホルモンは著明高値を呈した。抗甲状腺薬の増量などにより再度SITSHを呈し,術後は十分量と思われる甲状腺ホルモン補充療法にもかかわらずTSH高値(SITSH)が持続し,ここでRTHβの診断に至った。現在,TSHおよび甲状腺ホルモン値はバセドウ病発症前と概ね同程度の値で推移している。
バセドウ病の治療経過中,SITSHの所見を呈した場合にはRTHβの合併を考慮する必要がある。不適切な治療や,困難な甲状腺ホルモン補充療法を避けるためにも,RTHβを正しく診断することが重要であると思われた。
本論文の要旨は,第67回日本甲状腺学会学術集会(2024年10月,横浜)において発表した。