Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgery
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Approaches to patient safety education through incident reporting: Messages for young endocrine surgeons
Shogo Nakano
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2025 Volume 42 Issue 2 Pages 90-96

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抄録

医療の質の改善を目的としてインシデント報告システムが多くの施設で導入され,その分析結果をもとに再発防止策の立案などのリスクマネジメントに活用されている。今回,日本医療機能評価機構が行う医療事故情報収集等事業で公開されている2014年~2023年における内分泌外科診療に関する医療事故,ヒヤリ・ハット事例の安全状況について,後方視的に分析した。医療事故事例231件において8例(3.5%)が死亡事例,35件(15.2%)が障害残存の可能性がある(高い)事例であった。事故の程度について,今回の対象症例を除いた全報告例と比較したところ,相対的に死亡事例は少なかったが,障害残存の可能性が高い事例が多かった(いずれもp<0.01)。また30件(13.0%)において卒後5年目以下の医師が当事者として関与していた。ヒヤリ・ハット事例98件では61件(62.2%)がレベル0インシデント相当であったが,うち3件(3.1%)は死亡もしくは重篤な状況に至ったと考えられる事例であった。

以上の結果を踏まえ,2024年に若手医師からのインシデント報告増を目的として当院の研修医に対し指導を強化したところ,インシデント報告数が前年比7.2倍となった。内分泌外科診療において若手医師が有害なインシデントに遭遇する機会は少なくない。安全状況や研修環境の把握や改善には,若手医師自身からより多くインシデント報告が提出されることが求められる。自主性に任せるだけでは限界もあり,教育体制の構築や積極的な介入も検討すべきである。

はじめに

米国Institute of Medicine (IOM)は,1999年に刊行した“To Err is Human : Building a Safer Health System”の中で,医療事故を未然に防ぐためには医療の質と患者安全への意識向上ならびに安全文化の醸成が必要であることを喚起した[]。これを機に世界中で医療安全に対する関心が高まり,多くの医療施設においてインシデント報告システムが導入された。我が国においては2004年度より日本医療機能評価機構が医療事故とヒヤリ・ハット事例を収集し,定期的に公表している[]。今回,同機構が公開しているデータを用いて2014年~2023年における内分泌外科診療に関連する医療事故およびヒヤリ・ハット事例の動向を分析した。リスクマネジメントにおいて,より多くインシデント事例を収集することが重要であるが,世界的にも医師からの報告数が少ないことが問題として認識されている[]。特に診療の第一線に立つ若手医師の安全状況を把握し,研修環境を改善するためには,若手医師自身から多くのインシデント報告を収集することが必要である。インシデント報告数を増やすために当院で行っている取り組みおよび成果について併せて報告する。なお日本医療機能評価機構のデータの解析においては「医療事故」,「ヒヤリ・ハット」という用語をそのまま使用した。当院においては「医療事故」に相当する事例をレベル3b~5インシデント,「ヒヤリ・ハット」に相当する事例をレベル0~3aインシデントとした。

Ⅰ.公開データにもとづく内分泌外科診療に関連する医療事故,ヒヤリ・ハット事例の分析

1)データソース

本調査は,2014年1月~2023年12月に日本医療機能評価機構が行う医療事故情報収集等事業に登録され,匿名化された医療情報( https://www.med-safe.jp/index.html)を使用した。2023年12月現在,全国1,772医療機関が参加している。医療事故は全例,ヒヤリ・ハットは一部の事例が公表されている。

2)医療事故事例の分析

① 対象事例

同機構のホームページの事例検索にアクセスし,キーワード欄に「バセドウ 甲状腺腫 甲状腺癌 甲状腺未分化癌 副甲状腺腫 副甲状腺癌 副腎腫瘍 副腎癌」,選択欄に「いずれかを含む」を入力しデータを抽出した。45,350件から259件が抽出されたが,関連がない28件を除外した231件(0.51%)を対象とした。また,これを除いた45,119件を内分泌外科診療関連以外として解析した。群間の比較はFisher直接確立法を用いた。p<0.05を統計学的有意差ありと定義した。統計ソフトはWindows版EZR(Version 1.68)を使用した。

② 事例の概要

(1)当事者職種(表1

表1.

事象別当事者の職種(内分泌外科診療関連)

医師が181件(78.4%)と最も多く,次いで看護師の41件(17.7%)であった。

医師のうち30件(13.0%)が研修医や専攻医に相当する卒後5年目以下であった。

(2)発生場所(表2

表2.

事象別発生場所(内分泌外科診療関連)

「病室,病棟,病棟処置室」が92件(39.8%)と最も多く,「手術室」69件(29.9%)と続いた。

(3)関連疾患

甲状腺腫瘍関連140件(60.6%),バセドウ病関連26件(11.3%),副甲状腺関連8例(3.5%),副腎関連34件(14.7%),その他23件(10.0%)であった。

(4)概要(表3

表3.

事象別概要

内分泌外科診療関連事例では「治療・処置」が114件(49.4%)と最も多かった。一方,内分泌外科診療関連を除いた全報告事例においては「療養上の世話」が15,404件(34.1%)と最も多く,「治療・処置」13,592件(30.1%)と続いた。「治療・処置」,「検査」では内分泌外科診療関連事例が内分泌外科診療関連を除いた全報告事例に比べ統計学的に有意に報告率が高かった(いずれもp<0.01)。

(5)事故の程度,治療の程度(表34

表4.

事故,治療の程度(医療事故)

「死亡」事例8件(3.5%)のうち,概要としては「治療・処置」が3件(37.5%)と最も多かった。要因としては術後出血3件(37.5%),気管切開関連2件(25.0%),不整脈1件(12.5%),腹膜炎1件(12.5%),その他1件(12.5%)であった。「障害残存の可能性がある(高い)」事例35件(15.2%)のうち,概要としては「治療・処置」が19件(54.3%)と最も多かった。要因としては手術手技関連9件(25.7%)が最も多く,画像関連5件(14.3%),術後出血4件(11.4%),気管切開関連3件(8.5%)と続いた。治療の程度では「濃厚な治療を要した」事例が147件(63.6%)であった。内分泌外科診療関連を除いた全報告事例45,119件中の「死亡」,「障害残存の可能性がある(高い)」はそれぞれ3,535件(7.8%),4,626件(10.3%)であった。内分泌外科診療関連の「死亡」は内分泌外科診療関連を除いた全報告事例と比べ発生率は低くかったが,「障害残存の可能性がある(高い)」は高く,両者に統計学的有意差を認めた (いずれもp<0.01)。

(6)発生要因(表5

表5.

事象別発生要因

当事者の行動に関わる要因としては,「確認を怠った」が92件(38.5%),ヒューマンファクターとしては,「技術・手技が未熟だった」が41件(35.0%),環境・設備機器では「患者側」が43件(55.1%),その他では「教育・訓練」が35件(33.3%)と最も多かった。

3)ヒヤリ・ハット事例分析

①対象事例

同期間のヒヤリ・ハット事例より上記のキーワードを用いて抽出を行った。66,123件から105件が抽出されたが,7件を除外し,98件(0.15%)を対象とした。

②事例の概要

(1)当事者職種(表1

看護師が84件(85.7%)と最も多かった。医師は9件(9.2%)で,うち6件(66.7%)が卒後5年目以下であった。

(2)発生場所(表2

病棟部門である「病室,病棟,病棟処置室」が57件(58.2%)と最も多かった。

(3)概要(表3

「薬剤」が78件(79.6%)と最も多かった。

(4)患者への影響(表6

表6.

患者への影響(ヒヤリ・ハット)

ヒヤリ・ハット事例を医療の実施の有無で分けた場合,医療の実施がされなかった所謂レベル0インシデントに相当する事例は61件(62.2%)であった。この中には,仮に実施されていた場合に「死亡もしくは重篤な状況に至った」と考えられるものが3件(3.1%)含まれていた。

(5)発生要因(表5

当事者の行動に関わる要因としては「確認を怠った」が72件(54.1%),ヒューマンファクターとしては「勤務状況が繁忙だった」が21件(34.4%),環境・設備機器では「医薬品」が13件(40.6%),その他では「教育・訓練」が16件(42.1%)と最も多かった。

Ⅱ.当院でのインシデント報告増加に向けた取り組み

当院ではインシデント報告は電子カルテの端末を通じて医療安全管理室が一元的に管理している。内分泌外科診療に関連する医療事故,ヒヤリ・ハット事例の分析結果を踏まえ,若手医師特に研修医からのインシデント報告数を増やすために2024年4月より医療安全管理室の協力のもとに当院に所属する60名の研修医に対する指導の強化に着手し,以下の取り組みを行った。

①インシデント報告入力法のレクチャー,事象やレベル別の具体例の提示(表7),目標設定(月1件以上),心理的不安に対する助言(表8

表7.

インシデントレベルと傷害の程度

表8.

インシデントレポート入力への心理的不安に対する助言

②指導医への定期的な通達

③画像読影や薬剤疑義照会の情報共有および当事者への伝達方法を定型化

④院内メールやコミュニケーションツールによる情報の共有およびフィードバック

この積極的な介入によって,研修医のインシデント報告数が前年95件から680件と7.2倍となったが,より作成が容易で入力項目が少ないレベル0インシデントの報告件数が前年の70件から585件と8.4倍に増えたことに起因していた(図1)。また研修医からの報告が少ない偶発症などのその他の報告数も前年の168件から313件と1.9倍になった(図2)。これによりすべての医師の報告総数も前年の665件から1,374件と2.1倍になった。当院全報告数に対する医師の報告数の割合は14.9%(速報値)となった。

図1.

研修医,医師(卒後3年目以降)におけるインシデントレベル別報告数の年次推移(愛知医科大学2022-2024年)

図2.

医師のレベル0-5総数とその他の報告数の年次推移(愛知医科大学2022-2024年)

考 察

重大な事故の背後にはいくつかの軽微な事象や多数のヒヤリ・ハットが潜んでいることが知られている。様々な事象を共有しその中から重大事故となりかねない根本的な原因を発見し,類似のインシデントに対する再発防止策を講じることが重要とされる[]。このためにはより多くのインシデント報告の収集が必要となる。内分泌外科診療領域特に甲状腺疾患における重大事故としては気管切開チューブ逸脱・迷入に係る死亡事故や頸部手術に起因した気道閉塞がこれに相当し,分析および医療安全の啓発が行われている[,]。安全文化は,報告する文化,正義の文化,柔軟な文化,学習する文化の4つの要素から構成されるが[],報告する文化は安全文化の基礎となるもので特に重要であり,世界保健機構は病院組織に報告する文化を根付かせることを重視している[]。

インシデント報告システムが果たす役割りとして,①事故の再発防止や改善に向けた情報収集ツールとしての役割り,②施設内で患者に発生した有害事象を早期に把握する役割り,③施設内の安全文化を強固なものとする役割りの3つが挙げられている[]。いずれも重要でありインシデント報告を増やす必要性を実感するが,インシデント報告者の労務負担や心理的負担を軽減できるような配慮や取り組みも必要である。一方報告が増えれば増えるほど,事例の評価やトリアージに要する時間もかかり,安全管理者側にも負担がかかることも見逃せない事実である。

欧米の先行研究では最前線で診療にあたっているレジデントが有害なインシデントに遭遇する可能性が高いことが報告されている[1011]。今回の医療事故,ヒヤリ・ハットの解析においても,卒後5年以下の若手医師が当事者となっている事例も少なからずあった。

我が国の研修医に対する医療安全に関するアンケート調査では8割が医療安全講習会を受講しているのにも関わらず,1年間でインシデント報告経験者は約6割にとどまり約4割がインシデント報告の方法を知らなかった[12]。また日本の大学病院の研修医は地域病院の研修医と比較して有意に安全文化の認識が劣っているとの報告もある[13]。

米国においてレジデントに対し医療安全に関するカリキュラムを日常業務に組み込みかつ報告の障壁に対する介入を行ったところ,インシデント報告が増え,有害事象の発生率が減少したと報告されている[14]。インシデント報告に対する苦手意識を払拭することが重要であり[15],今回,研修医に対して積極的な介入を行ったことにより心理的不安を取り除けたこと,負担の少ないレベル0インシデント報告を促したこと,何を報告すればいいか理解が深まったことなどが,インシデント報告を大幅に増やすことができた要因と考えられた。また研修医のみならず,医師全体の報告数も増えたが,研修医からの問い合わせが契機となり指導医からの報告も増えたのではないかと考えられた。当院における病院全体でのインシデント報告に占める医師からの報告の割合は2022年度8.6%,2023年度8.4%であったが,2024年度は14.9%(速報値)と10%を超えた。透明性の高い医療が提供できる病院の目安とされる「インシデント報告総数が病床数の5倍,そのうち1割が医師からの報告」[16]を達成することができた。単年の結果であり,将来的に有害事象の発生を抑えることができるかどうかについては,この取り組みが経年的に継続可能であるか,また研修医修了後もインシデント報告を継続的に続けることができるかどうかも含め,今後の解析を待たねばならない。

おわりに

インシデント報告は組織がエラーから学ぶ過程の基本的要素の一つであり,これを増やし情報を共有し類似の事象の発生防止に務めながら安全文化を醸成することが良質な医療の構築において必要である。有害なインシデント事象に直面する可能性が高い若手医師においては日頃より自身の問題と考え,インシデント報告作成に努めていただきたい。

謝 辞

当院のデータ収集に力添えをいただいた愛知医科大学医療安全管理室事務の多々良英矢課長、同室長の伊藤清顕部長に深く感謝いたします。

【文 献】
 
© 2025 Japan Association of Endocrine Surgery

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