Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
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Development and Usage of Mouth Gag for Oral Experiments in the Mouse
Ryutaro KurajiShuichi HashimotoHiroshi ItoYukihiro Numabe
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2016 Volume 58 Issue 3 Pages 148-154

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要旨

歯周病学をはじめ口腔内の研究では,齧歯類を対象として実験を行うことが多い。こうした動物の口腔内に種々の処置を行う場合は,開口状態の保持や視野確保が実験手技を安定させる上で極めて重要な要素となる。しかし,マウスの開口を保持する専用器具は提案されていない。そこで我々は,既存のラット開口器を応用し,幅広い週齢のマウスに適合する規格化された開口器の作製を目的として,開発を行った。本考案は,1.5 mmステンレス線を用いた長方形の切歯係止フレームと,フレーム内側に対向して取り付けた左右口角鈎,フレーム基端部に取り付けた開口調節体から構成される開口器である。各週齢マウスへの本器の適合性を評価するため,4週齢,6週齢,10週齢BALB/cマウスを対象に,本器各部による開口保持状態を観察した。本器の開口調節体により,体重の異なる全週齢マウスの開口を安定して保持することができ,口腔内観察を良好に実施できた。また本器装着時の口腔内実験への応用例として,口蓋歯肉への薬液注射,および上顎臼歯への絹糸結紮による実験的歯周炎作成を行い,本器を用いた場合の処置時の視野確保と器具の到達性などを検討した。本器を用いた開口保持により,各種器具を挿入した口腔内実験を良好に実施できた。なお,総ステンレス製の本器は,オートクレーブ,乾熱滅菌も可能となっている。本器は実用新案登録済みである(公開番号2014-004789)。

緒言

歯周病学をはじめとする歯科分野の研究において,ラットやマウスなど齧歯類の口腔内を対象とした実験を行うことが多い。こうした動物の口腔内に種々の処置を行う場合には,開口状態の安定した保持や視野確保が極めて重要な要素となる。しかし,齧歯類の口腔内は狭小で,舌や頬粘膜が歯列,歯肉に容易に接触するため,視野が得られにくい。こうした問題が口腔内での実験操作を煩雑にする。

齧歯類の開口には,これまで便宜的に既製のピンセットや持針器などが用いられてきたが,これら器具は構造上,片手もしくは両手で把持するため,長時間の安定した口腔内視野確保には向いていない。また,藤井ら(2006)1)は,ラット口腔内実験用の開口器を考案しているが,この装置は外側に上下切歯を牽引し,大型のフレームで頭部を固定する必要があるため,大掛かりで手軽に利用することは難しい。そこで,我々はすでにラットに利用できる装着が簡便で開口量が調整できる小型の内側性開口フレームを開発し,この開口器が安定した開口状態保持と口腔内実験に有効であることを報告した2,3)

一方で,マウスに適合した汎用開口器具については現在も報告されていない。近年では,齧歯類を用いて糖尿病や慢性関節リウマチ,冠血管疾患などの全身疾患と歯周病との関係を研究した実験が多く行われている。特にマウスを用いた実験的歯周炎惹起モデルの作製には,口腔内での精確な器具操作が必要となる。そこで我々は,歯周病学の実験に汎用される4から10週齢のマウス全てにおいて,口腔内の実験に用いることができる開口器の開発を進めてきた。今回,我々は広範な週齢のマウスに対応して開口量が調節できる規格化された開口器を開発したので,本器を用いた開口保持下における,歯周炎惹起のための臼歯への結紮糸留置と口蓋粘膜への溶液投与と共に紹介する。

材料および方法

本動物実験は日本歯科大学生命歯学部動物実験委員会により承認(承認番号;15-38)され,規定に従って実施した。

1) マウス開口器の構造

開口器の骨格には外径1.5 mmのステンレス線を用いた。本器は,長方形の(A)切歯係止フレーム,フレーム内側に左右対向して取り付けた口角鈎;非可動性の(B)右側頬粘膜牽引フックと可動性の(C)左側頬粘膜牽引フック,左側頬粘膜牽引フックを止める(D)固定リング,フレーム左基端部に取付けられた(E)開口調節体(上下顎切歯牽引ダイアル)の5つの部品から構成されている(図1)。

図1

開口器の各部名称

2) 実験動物

本器の検証には,4週齢(体重;18.3±1.1 g),6週齢(体重;21.5±0.9 g),10週齢(体重;30.4±2.1 g)のBALB/c系雄性マウス各4匹を用いた。以下に示す手順により各週齢マウスに本器を装着し,開口状態の評価および口腔内実験の実施例として,①口蓋粘膜への溶液投与と②実験的歯周炎作成のため臼歯への結紮糸留置を行った。飼養には粉末飼料(CE-2,日本クレア,東京)を用いた。

3) 開口器の使用方法

本器の基本的な使用方法については,同じ構造を有するラット開口器に関する安田ら3)の既報に準じ,以下の手順で装着した(図1, 2)。

1.各週齢のマウスにペントバルビタールナトリウム(50 mg/kg)を腹腔内投与し,全身麻酔下で本器を装着する。

2.図1に示した(E)開口調節体の上下顎切歯牽引ダイアルを回し,開口量を最小にする。

3.仰臥位で,右側口角に(B)右側頬粘膜牽引フックを挿入し,マウス上顎切歯を(A)切歯係止フレームの上顎切歯保持部に掛ける。

4.次に下顎切歯を(A)切歯係止フレームの下顎切歯保持部に掛け,(C)左側頬粘膜牽引フック先端を(D)固定リングに通して,左側口角に挿入し,頬粘膜を牽引する。

5.再度,(E)開口調節体のダイアルを回し,実験に適合した上下開口量に調整する。

6.舌が術野の妨げになる場合には,図2に示したように必要に応じて,舌を小型クリップなどで口腔外に保持する。

図2

開口器装着時の全体像

4) 開口状態の評価

3Aに示したように,本器装着時と既存の器具を使用した場合の開口状態を比較するため,各週齢マウスに対し以下の3通りの開口操作を行った;a)ピンセット1本で上下顎切歯のみを最大に広げ左右頬粘膜の強制牽引は行わなかった,b)ピンセットを2本用いて上下切歯と左右頬粘膜をそれぞれ最大に広げた。c)開口器を装着し上下顎切歯と左右頬粘膜を牽引した。開口操作は,術者が最大と判断できる状態まで開口し,開口量を計測した。

開口量の評価項目として,下顎切歯と下顎牽引フックの接触点(下顎切歯舌側面)から上顎切歯と上顎牽引フックの接触点(上顎切歯口蓋側面)を結んだ上下開口距離とこれに直交する左右口角間距離とをそれぞれノギス(M型ノギス,松井精密,新潟,日本)を用いて測定した(図3B)。ピンセット使用時の左右口角間距離は,ピンセット1本で上下開口した時の自然な左右口角間距離を非牽引口角間距離とし,もう1本のピンセットを口腔内に挿入して開き左右頬粘膜を拡大した時の左右口角間距離を牽引口角間距離とした。

図3

開口状態の評価方法

A:ピンセット1本または2本を用いた場合と開口器装着時の比較

B:開口状態における計測項目(a.上下開口距離,b.左右口角間距離)

5) 開口器を応用した局所への溶液投与および実験的歯周炎の作成

①口腔粘膜への溶液投与

各週齢のマウス上顎左側口蓋側辺縁歯肉に,31 G針付きマイクロシリンジを用いて,生理食塩水10 μlを投与した。刺入部位は,上顎左側第一臼歯口蓋側とし,針先を左側歯列に沿って2 mm進めたところで注入した。また,投与部位の視認性を向上させるため,生理食塩水には青色色素インディゴカルミンを混合した。

②絹糸結紮による実験的歯周炎の作成

実験的歯周炎作成のため,各週齢のマウス上顎右側第一大臼歯(M1)と第二大臼歯(M2)歯間部に口蓋側より金属製ウェッジを挿入して歯間離開させ,咬合面よりM1-M2間に5-0絹糸を挿入した。絹糸をM1歯頸部に結紮後,結び目部分をM1近心面に位置付けた。絹糸の結び目とM1近心側歯面とを固定するため,M1周囲を簡易防湿,前処理(G-ボンドプラス,ジーシー,東京)した後,フロアブルコンポジットレジン(ユニフィルローフロープラス,ジーシー,東京)を塗布し,光重合により硬化させた。結紮1週間後に再び開口器を装着し,M1と結紮糸の状態を観察した。

③統計処理

各開口操作における上下開口距離の差についての有意差検定は,対応のないt検定を用い,3通りの方法で評価した口角間距離の統計処理については,一元配置分散分析とTukey法による多重比較検定を用いた。すべての統計処理は解析ソフトウェア(SPSSver.15.0 j.;IBM,Chicago,Illinois)を用いた。

結果

1) 各週齢マウスにおける開口器装着時の適合性と口腔内観察

本器自体は開口調節体のダイアル操作により,最大上下開口距離14.0 mm,最小上下開口距離7.0 mmの範囲で開口の調整が可能である。図4Aに示したように,本器は4,6,10週齢のすべてのマウスに適合した。また左右頬粘膜牽引フックの付与により,口唇から咽頭部にかけて頬粘膜全体を圧排でき,切歯から第三臼歯までの広い範囲で口腔内の観察が可能であった(図4B)。さらに,本器は頭頸部周囲を圧迫しない構造であるため,気道を閉塞する恐れがなく,術中に死亡することはなかった。

図4

開口器の適合と装着時の視野

A:各週齢マウス(4~10週齢)への適合状態,B:対側からの歯列の観察

2) 各週齢における開口状態の評価

1, 2には4,6と10週齢のマウスに対し,ピンセットまたは開口器を用いた時の開口量を示した。すべての週齢において,開口器装着時の上下開口距離は,ピンセット使用時と比べて有意な差は認められなかった(表1)。

これに対し,左右口角間距離について表2に示した。ピンセット1本で上下開口しただけの非牽引口角間距離は,ピンセット2本を用いた牽引口角間距離と開口器装着時の口角間距離に比べ3分の1程度しかなく,口腔内を観察することはできなかった(P<0.05,Tukey-test,n=4)。また,牽引口角間距離と開口器装着時口角間距離の両者を比較すると,4週齢で平均0.8 mm,6週齢で平均0.7 mmの有意な差を認めた。しかし,開口量は9 mm前後あり,実験を行う上で十分な視野を得ることができた。

表1

上下開口距離(mm)の比較

表2

左右口角間距離(mm)の比較

3) 口腔粘膜への溶液投与

本器装着により,局所への溶液投与および実験的歯周炎作製に要する一連の操作を,全週齢のマウスにおいて検証した。本器により上下顎切歯,左右頬粘膜を四方から牽引することで術野を広く,かつ長時間安定して確保でき,両手が自由になった術者は31 Gマイクロシリンジで薬液を投与することができた(図5A-C)。

図5

開口器を応用した口腔内実験

A:31 G針の刺入,B:刺入部位の拡大,C:インディゴカルミンの注入

D:ウェッジによる歯間離開,E:結紮器具の操作,F:5-0結紮糸の挿入

G:結紮終了後,H:レジン固定後,I:結紮後1週間経過時(矢印はレジンを示す)

4) 絹糸結紮による実験的歯周炎の作成

術者は絹糸結紮に用いる金属製ウェッジ,持針器,ピンセットなどの実験器具(図5D,E)を障害なく口腔内に挿入,使用することができた。とくに,実験的歯周炎作成におけるM1-M2歯間部への絹糸挿入時には,M1頬側と口蓋側の両方から持針器を操作する必要があるが,右側頬粘膜牽引フックによる頬粘膜の圧排で,頬側の器具操作も良好に行うことができた(図5F,G)。また,口腔内の写真撮影やレジン固定をスムーズに行うため,舌を口腔外に牽引し綿球などを留置することで,唾液を確実に排除することが可能であった。結紮糸とレジンは1週間後も,脱落することなく残存していた(図5H,I)。

考察

歯科医学におけるラット,マウスなどの齧歯類を用いた口腔内実験は,舌,口蓋粘膜,臼歯そして歯周組織など幅広い部位で行われてきた。とりわけマウスは,ラットに比べて小型であることから,省スペースで飼養でき,薬剤,特殊飼料の使用コストが少なく,また遺伝子組み替え実験にも応用しやすいなどの利点から,歯科分野の研究においても広く用いられている。

しかし,マウスの口腔内はラットの1/2程度で,粘膜や歯槽骨も薄く脆弱であるため,実験はより困難になる。さらに舌や頬粘膜の術野への侵入は精確な器具操作の妨げとなり,操作時の無用な組織損傷の理由となる。これらの問題を取り除き実験を安定して実施するためには,開口が長時間保持され,視野が明瞭に得られ,口腔内での器具の操作空間が確保されることが望まれる。しかしながら,現在もマウス口腔内実験において規格化された開口方法はなく,実験者が便宜的に作成した開口装置や既製の実験器具を用いて実施している。

我々は過去にラットに用いる専用開口器を開発し,これを報告した2)。既報のラット専用開口器は,本マウス開口器と同じく,フレームに頬粘膜フックと開口調節体を取り付けた構造であり,6週齢から20週齢のラットへの応用が可能である。しかし,ラット開口器のフレームは,ラット開口量と咬合圧力に合わせて本器より太い外径3 mmのステンレス線を用いており,そのままの素材と構造では大型となり,マウス口腔内への挿入はできない。

今回開発したマウス専用開口器は,単に既報のラット開口器を小型化したものでなく,ラットとマウスの口腔解剖学的な差異を考慮して各部の構造を設計し直した。本器はラット開口器と同様,開口調節体の操作によって,広範な週齢のマウスに対し最適な開口量を設定することができた。また,切歯係止フレームの左右両端に付与された頬粘膜牽引フックにより,口角を十分に拡大し,頬粘膜を傷つけることなく臼歯列外側へ圧排することが可能になった。特にマウスでは口腔前庭が浅く,また頬粘膜は咽頭,口狭への移行部で急激に狭小化するため,頬粘膜牽引フックの先端1/2を強く下顎方向と内側に屈曲させることで粘膜損傷を防止した。また,切歯保持部の固定源であるマウス切歯の舌側形態は,根元が太い楔状のラット切歯に比べ,板状でアンダーカットがなく平滑な構造であるため,歯係止フレームで固定しにくかった。そこで歯係止フレームの上下顎切歯保持部を口腔内側に向けて前屈させ,表面を粗糙にすることで切歯の保持力を高めた。さらに,本器のフレームは1.5 mmステンレス線のみを用いているため,様々な角度からの器具挿入や舌の口腔外への牽引を妨げず,舌を口腔外へ排除,固定しておくことも容易にできた。

すべての週齢のマウスにおいて,本器装着時の最大開口距離は約10 mm以上,口角間距離は約9 mmとなり,両手でピンセットを使用した場合と,同等の開口保持効果であった(表1, 2)。ピンセット1本による上下開口のみでは,左右口角間距離は3 mm程度であり,口腔内観察のみならず片手での煩雑な器具操作は極めて困難であった。一方で,ピンセット2本で上下左右を牽引すると,両手が塞がってしまうため,術者一人で口腔内実験を実施することは不可能となる。したがって,本器を使用することで初めて,両手が自由になり,薬物投与やM1への絹糸結紮による実験的歯周病惹起を容易に実施できることが明らかになった。

本器を使用することで,マウスにおける実験的歯周炎作成や薬物投与だけではなく,外科処置や臼歯を対象とした歯内治療,放射線の口腔内照射実験などにも応用できることが示唆された。また,本器フレームに新たな外部アタッチメントを接続し,口腔内で用いる器具の基軸とすることで,舌固定や器具の挿入の深さ,角度を規格化することに役立つかもしれない。

本器は,総ステンレス製であるため,オートクレーブや乾熱滅菌後,繰り返し使用することができる。また,本器は実用新案登録(番号;14-22)済みである。

謝辞

本器の考案に際して,日本歯科大学麻酔学講座 砂田勝久先生,株式会社 野中理化器製作所の協力に深く感謝する。

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2016 by The Japanese Society of Periodontology
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