Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
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Identification of genetic risk factors of aggressive periodontitis in a Japanese population by exome sequencing
Jirouta KitagakiRisa MasumotoShizuka MiyauchiChiharu FujiharaShinya Murakami
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2017 Volume 59 Issue 1 Pages 1-9

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緒言

ゲノムとは生命の設計図である全DNAを指し,親から子へと引き継がれる遺伝情報に相当するもので,ヒトゲノムは約30億個の塩基対から成り立っている。そのヒトゲノムの全塩基配列を解析しようとする試みである「ヒトゲノム解析計画」が1990年頃より開始された。当初15年での完了を目標として遂行された本計画であったが,2001年のヒトゲノムの概要配列解読(ドラフトシークエンス)の発表を経て,2003年4月14日に当初の計画より2年早く完了した1)。「ヒトゲノム解析計画」で解読されたゲノムは数人のゲノムが混雑した状態で解読されたが,2007年には,DNAの二重らせん構造の発見によりノーベル賞を受賞したアメリカ人James Watson博士が自分自身のゲノム配列をデータベースに公開し,これが世界初の個人ゲノムの解読となった。また,同時期に分子生物学者のCraig Venterの個人ゲノムも解読され,論文に発表された2)。興味深いことに,2003年に完了した「ヒトゲノム解析計画」には,13年という期間と3千億円(約30億ドル)の費用を費やしたのに対し,2007年のJames Watson博士の個人ゲノム解読には2カ月という期間と1億2千万円(約100万ドル)の費用を費やすにとどまった3)。その背景には,2005年にアメリカのベンチャー企業によって開発され,2007年に市場に発売された「次世代シークエンサー」の誕生が大きなターニングポイントとして挙げられる。従来型のキャピラリーDNAシークエンサーの1,000台以上の能力を持つ次世代シークエンサーの登場により,ゲノム解析にかかる時間と費用が大幅に削減され,現在では個人ゲノムの配列解析にかかる費用は10万円(約1,000ドル)を下回る勢いである4,5)(図1)。その結果,次世代シークエンサーは,遺伝子解析分野の研究のめざましい進歩や,バイオインフォマティクス(生命情報科学:生命現象を情報科学の手法によって解析していく学問)といった新しい研究分野を切り開く原動力となった。さらに近年では,バイオインフォマティクスを駆使した網羅的なゲノム解析手法であるゲノムワイドアプローチ(GWAS:Genome-Wide Association Study)を用いた,がんゲノム解析や疾患関連遺伝子探索が現在の医学界での世界的傾向となっている。その結果,ゲノム解析の結果を医療へと応用するオーダーメイド医療(個別化医療)やプレシジョン・メディシン(精密医療)という言葉が,頻繁に用いられるようになってきた。

本総説では,次世代シークエンサーを用いたプレシジョン・メディシンの実際と,歯周病学の分野におけるGWASを用いた疾患関連遺伝子の探索に関する最新の知見を紹介する。併せて,我々の研究室が最近報告した侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索について紹介する。

図1

ヒトゲノム解析のコスト推移

2000年以降の,シークエンスにかかるコスト(実線)とデータアウトプット(点線)を示した。2007年に次世代シークエンサーが発売されて以降,急激なデータアウトプットの増加とコストの低下が見て取れる。

プレシジョン・メディシンとは

プレシジョン・メディシンとは,患者個々人の個性などを考慮した予防や治療を確立することである6)。従来型の治療法で処方された薬では,個々人の薬に対する感受性の違いにより,得られる効果や副作用に個人差が出ることが予想される。しかしプレシジョン・メディシンにおいては,個々人の薬に対する感受性を事前に把握し,患者個人に最適な処方を行うといった治療が行われる。プレシジョン・メディシンの最先端を行くアメリカでは,2015年1月20日にオバマ米大統領が行った一般教書演説において“Precision Medicine Initiative”が提唱され,2016年の予算としてプレシジョン・メディシンに2億ドル(約220億円)が計上されることとなった。このように,つぎ込まれる莫大な予算額を見れば,プレシジョン・メディシンに大きな期待が込められているのが容易に想像でき,特にがん治療の分野で,プレシジョン・メディシンの展開が大いに期待されている。実際のプレシジョン・メディシンでは,患者より取り出したがん組織の遺伝子変異を次世代シークエンサーにて調べ,得られた遺伝子変異の情報から人工知能システム「ワトソン」等を用いて適切な分子標的薬を見つけ出し処方する,といった方法がとられている6)。ここにいくつかの例を挙げたい。

非小細胞肺がんの原因の1つとして上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor:EGFR)の変異が報告されている。そのため,非小細胞肺がん患者におけるEGFRの遺伝子変異解析を行い,EGFR変異の有無を調べる。そしてEGFR変異陽性の患者に対して,EGFRチロシンキナーゼを選択的に阻害し腫瘍細胞の増殖を抑制する分子標的薬であるアストラゼネカ社の抗悪性腫瘍薬イレッサ(ゲフィチニブ)を投与する7)。このことは,「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」に対して効果があるとイレッサの添付文書に明記されている。その他に,非小細胞肺がんの原因の1つであるALK融合遺伝子陽性と診断された患者に対しては,ALK融合遺伝子の分子標的薬であるファイザー社のザーコリ(クリゾチニブ)を投与する8)。ザーコリに関しても,「十分な経験を有する病理医又は検査施設における検査により,ALK融合遺伝子陽性が確認された患者に投与すること」と添付文書に記載されている。一方で,EGFRやALK融合遺伝子のように,原因遺伝子と原因遺伝子に適した分子標的薬が開発されておれば,当該分子標的薬を投与されることにより適切な治療を享受することができるが,次世代シークエンサーにより原因遺伝子の同定には至ったものの,適した分子標的薬が見つからない,または開発されていない場合も多くみられる。そのため,2015年に国立がん研究センター主導の下,産学連携全国がんゲノムスクリーニング事業「SCRUM-Japan(Cancer Genome Screening Project for Individualized Medicine in Japan)」が始動した。この事業は,肺がんや消化器がん等の患者を対象とした大規模な遺伝子変異解析により,希少頻度の遺伝子変異をもつがん患者に対して,遺伝子解析の結果に基づいた有効な分子治療薬を処方すること,さらには新たな遺伝子変異を同定し,新規分子標的薬の開発に繋げることを目標としている。

GWAS(ゲノムワイドアプローチ:Genome-Wide Association Study)

がんゲノム解析のような遺伝子の突然変異ではなく,遺伝子多型(遺伝子の多様性)が「外見的特徴といった個人差」や「病気のなりやすさ」に繋がることが報告されている。遺伝子多型の一つであるSNP(一塩基多型:Single Nucleotide Polymorphism)は,ゲノム配列上において1塩基が変異した多様性のことである。SNPの一部がゲノムDNA上のエクソンやプロモーター領域等に存在することで,タンパクの構造や発現量の変化をそれぞれ引き起こすことにより,遺伝的な「個人差」が生じる(図2)。身近な例として,アルデヒドを分解する酵素の機能活性を司るALDH2遺伝子のSNPが,アルコールに対する強さと関連するとの報告がある9)。またSNPと「病気のなりやすさ」に関連した報告も多くなされており,様々な疾患における疾患関連遺伝子探索をGWAS(ゲノム中の塩基配列を解析し,SNPの出現頻度と疾患との関連性を,統計学的手法を用いて検討する解析方法)を用いて行われるようになってきた。例えば,日本人におけるII型糖尿病の疾患関連遺伝子同定を目的として,患者15,463名と26,183名の対照群より採取したDNAサンプルを用いたGWASを行ったところ,これまで疾患との関連性が全く報告されていなかった7つの遺伝子が疾患関連遺伝子として同定された10)

これらと同様に,慢性歯周炎の疾患関連遺伝子探索も盛んに行われている。白人の患者604名と416名の対照群に対してGWASを行った結果,13個の遺伝子を疾患関連子遺伝子として抽出した研究が報告されている11)。アジア人に目を向けると,日本人の患者2,760名と15,158名の対照群に対してGWASを行った結果,KCNQ5とGPR141-NME8が疾患関連遺伝子として同定されている12)。さらに,韓国人の患者414名と263名の対照群に対してGWASを行い,TENM2とLDLRAD4が疾患関連遺伝子として同定されている13)。興味深いことに,このようにGWASを用いてゲノムを網羅的に解析することにより,これまで当該疾患と無関係であるとされていた遺伝子が,疾患関連遺伝子であるとの報告が多くなされるようになってきた。

図2

SNP(一塩基多型:Single Nucleotide Polymorphism)

SNPは,ゲノム配列上において1塩基が変異した多様性のことである。ここでは,塩基配列Tが塩基配列Aに変異したSNPを示している。ヒトの30億塩基対のゲノムDNAの中で,SNPは300~1,000万ヶ所に存在するといわれている。

侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索

侵襲性歯周炎は,「全身的に健康ではあるが,急速な歯周組織破壊(歯槽骨吸収,付着の喪失),家族内集積を認めることを特徴とする歯周炎」である14)。また,一般的には細菌性プラーク付着量は少なく,患者は10~30歳代が多く,日本における罹患率は0.05~0.1%と言われている15)。「家族内集積を認める」という特徴から,従来よりその発症には遺伝的要因の関与が高いと考えられ,現在までに,炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-1),Fc受容体,マトリックス分解酵素(MMPやカテプシン)等のSNPが,侵襲性歯周炎の発症・進行と関連することを示唆する報告がなされている16,17)。一方,日本人を対象とした近年の報告では,319名の歯周炎患者(慢性歯周炎147名,侵襲性歯周炎172名)と303名からなる対照群を比較し,過去に歯周炎との関連が報告されている35のSNPの出現頻度(MAF:minor allele frequency)を詳細に検討しているが,疾患群と対照群におけるMAFに有意差を認めるSNPの同定には至らなかった18)。このように,これまでの研究成果では,発症前診断において侵襲性歯周炎の疾患感受性が高いと明確に診断できるような疾患関連遺伝子の同定がなされていないのが現状である。その理由の一つとして,単一遺伝子の遺伝子多型に焦点を絞った研究が進められてきたこと,また,炎症や骨代謝に関連した機能既知の遺伝子を対象に行われた研究がほとんどであることが挙げられる。そのため近年,侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索においてGWASが用いられるようになってきた。例えば,ドイツ人・オランダ人の患者438名と1,320名の対照群に対してGWASを行い,GLT6D1遺伝子が疾患関連遺伝子として同定されている19)。また,欧米人を対象としたGWASも盛んに行われており,IL-10等が侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子として同定されている20)。このように,侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索に関しては,欧米人を対象とした研究は数多く報告されているが,日本人を含むアジア人を対象としたGWASを用いた侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索に関する論文報告は行われておらず,疾患関連遺伝子の同定には至っていないのが現状である。

日本人侵襲性歯周炎患者のデータベース構築

そこで我々は,GWASを用いた日本人侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索を行った。GWASには,ヒトの全ゲノム配列を網羅的に解析するホールゲノムシークエンス,全ゲノム上の既存のSNPを網羅的に解析するSNPアレイ,エクソン領域の配列を網羅的に解析するエクソームシークエンス等が,その解析手法として用いられている。これまでに報告されてきた疾患関連遺伝子の約85%がエクソン領域に存在すること21)in vitroでの当該遺伝子の発現・機能の解析にまで焦点を当てた研究を行うことを考慮すると,エクソームシークエンスを用いた網羅的な疾患関連遺伝子探索が,本研究の遂行に関しては適切と考えられた(図3)。大阪大学歯学部附属病院口腔治療・歯周科を受診し,侵襲性歯周炎と診断された患者の中から,本研究への参加を応諾した者を対象としてゲノムDNA採取を目的とした採血を行った(大阪大学ヒトゲノム研究承認番号629)。侵襲性歯周炎の診断は,「日本歯周病学会による歯周病分類システム(2006)」に従った22)。また,6点法によるポケット測定を含む歯周組織検査,エックス線写真撮影を実施し,歯周組織の炎症面積(PISA:periodontal inflamed surface area)23)ならびに,Scheiのルーラーを用いた歯槽骨吸収率の解析24)を行い,歯槽骨吸収率30%以上を侵襲性歯周炎の罹患歯と定義付けた。侵襲性歯周炎患者44名(限局型:3名,広汎型:41名)(男性:15名,女性:29名)の平均年齢は32.55歳,平均ポケット値は4.18 mm,PISAは1302.96 mm2で,歯槽骨の平均吸収度は37.47%であった。侵襲性歯周炎患者より採取した末梢血より抽出したゲノムDNAを用いてエクソームシークエンスを実施したところ,平均深度は133.25,深度10以上のリードは97.75%であった。エクソームシークエンスの精度の指標である平均深度の値が100以上であれば,シークエンスの精度としては十分と判断されることから,本研究でのエクソームシークエンスは成功裏に行われていると判断した。エクソームシークエンスデータを用いた遺伝子多型解析の結果,1名につき平均74677.87個のSNPデータベースが得られた。得られたエクソームシークエンスデータは,国立遺伝学研究所内のDNA Data Bank of Japanに登録されている(JGAS00000000024ならびにJGAS00000000040)。

図3

エクソームシークエンス解析の方法

1.ゲノムDNAを,超音波にてランダムに断片化する(100~200bp程度)。

2.断片化されたサンプルに,ビオチン化RNAライブラリーをハイブリダイズさせることにより,サンプル中のエクソン領域を含む断片のみがハイブリダイズされる。

3.ストレプトアビジン磁気ビーズを添加し,磁気によるビーズキャプチャーを行う。イントロン領域はビオチン化プローブにハイブリダイズされないので,キャプチャーされない。

4.キャプチャーされたサンプルを精製後,PCR反応を行い,シークエンス解析を行う。

疾患関連遺伝子GPR126の抽出

日本人侵襲性歯周炎患者のエクソームシークエンスデータベースの解析に当たっては,以下のスクリーニングを用いて疾患関連遺伝子の探索を行った。すなわち,① 1000ゲノムデータベース25)でMAFが1%以下であること。② 深度が5以上であること。③ 新規のSNPであること。④ SNPにより生じるアミノ酸配列の変異が,タンパクの機能・構造に変異を引き起こすと推測されたSNPであること。⑤ 2検体以上で認められるSNPであること。以上の①~⑤の選定基準をもとに,得られたデータベースの解析を行った。さらに,本研究の対照群として,京都大学が一般公開している日本人遺伝子リファレンスデータベース(HGVD:Human Genetic Variation Database)を用いた26)。対照群と疾患群を比較検討し,SNPの発現頻度に統計学的有意差(p値 < 0.05)を認める遺伝子を抽出したところ10個の遺伝子が疾患関連候補遺伝子として抽出された。その中でGタンパク質共役受容体(GPR126:G protein-coupled receptor 126)の新規SNP rs536714306を日本人侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子として同定した。SNP rs536714306(c.3086G>A, p.Arg 1029 Gln)は3086番目の塩基がGからAに置換することで,アミノ酸がアルギニンからグルタミンに置換するSNPである。疾患群でのMAFが2.44%であったのに対し,対照群でのMAFは0.27%であり,p値は2.20 × 10-3,オッズ比は9.09,95%信頼区間は1.64~50.36となり,SNPの出現頻度に統計学的有意差が認められた27)。抽出された10個の遺伝子の中でGPR126に注目した理由としては,GPR126のノックアウトマウスでは四肢の形成に異常が認められること28),さらには,GPR126が思春期特発性側弯症の原因遺伝子の一つであることから29),GPR126が硬組織形成に重要な役割を担っていると推測されていることが挙げられる。歯根膜に含まれる未分化間葉系幹細胞は,骨芽細胞やセメント芽細胞といった硬組織形成細胞に分化する能力を有しており,歯周組織の再生や,恒常性維持に重要な役割を演じていることが明らかとなっている30)。そこで我々は,GPR126が歯根膜細胞の骨芽細胞への分化制御において,どのような役割をしているかをin vitro細胞培養系を用いて検討した。ヒト歯根膜細胞(HPDL:human periodontal ligament cells)に野生型もしくはSNP rs536714306を含む変異型GPR126を遺伝子導入し,β-グリセロリン酸(5 mmol/l)とアスコルビン酸(50 μg/ml)を含むαMEM培地にて培養後,GPR126のシグナル下流因子cAMPの発現をELISA法にて,石灰化関連因子の発現をリアルタイムPCRにてそれぞれ検討した。その結果,野生型GPR126はcAMPの発現を上昇させ,石灰化関連因子であるBSP(骨シアロタンパク)ならびにオステオポンチンの発現を上昇させた。一方,変異型GPR126を遺伝子導入したHPDLでは,cAMPの発現上昇ならびに石灰化関連因子の発現上昇は認められなかった(図4)。以上のことから,GPR126のSNP rs536714306により,GPR126の機能が阻害された結果,HPDLの骨芽細胞への分化が抑制されることが示唆された。このようなGPR126の機能変調の結果,歯周組織の恒常性が破綻をきたしやすくなり,早期に歯周組織破壊を惹起しているのではないかと推察される。

図4

歯根膜細胞の骨芽細胞への分化に対するGPR126ならびにrs536714306の効果

HPDLに野生型GPR126もしくは変異型GPR126を遺伝子導入した。

(A)2日間培養後,cAMPの発現量をELISAにより検討した結果を示す。解析結果は2群の平均値±標準誤差で示した。

(B)石灰化誘導培地で24時間培養後,BSPならびにオステオポンチンのmRNA発現をリアルタイムPCR法にて解析した結果を示す。解析結果は,4群の平均値±標準誤差で示した。:p<0.05

コントロール:Empty vector,野生型:野生型GPR126,変異型:rs536714306を含む変異型GPR126

疾患関連遺伝子SMPD3の抽出

上述のスクリーニングでは,「1000ゲノムデータベースでMAFが1%以下であること」を抽出条件としていることから,サンプル数が大きくない場合は統計学的な検出力が低下する可能性がある。そこで,より網羅的な日本人侵襲性歯周炎患者の疾患関連遺伝子探索を目的として,以下のスクリーニングを行った。すなわち,① 1000ゲノムデータベースでMAFが5%以下であること。② 深度が10以上であること。③ 5検体以上で検出されたSNPであること。④ SNPにより生じるアミノ酸配列の変異が,タンパクの機能・構造に変異を引き起こすと推測されたSNPであること。以上の①~④の選定基準に示すように,「1000ゲノムデータベースでMAFが5%以下であること」と抽出条件を緩和した。その上で,得られたデータベースよりSNPを抽出し,対照群と疾患群を比較検討したところ,SNPの発現頻度に統計学的有意差(p値 < 0.05)を認める遺伝子として,8個のSNPを疾患関連候補遺伝子として抽出した。抽出された8個のSNPの詳細を検討した結果,生体膜リン脂質の主要構成成分であるスフィンゴ脂質を分解する酵素,中性スフィンゴミエリナーゼ2(nSMase2:neutral sphingomyelinase 2)をコードする遺伝子SMPD3(sphingomyelin phosphodiesterase 3)のSNP rs145616324に焦点を当て,その発現・機能の解析を実施することとした。SNP rs145616324(c.412C>T, p.Leu138Phe)は,412番目の塩基がCからTに置換することで,アミノ酸がロイシンからフェニルアラニンに置換するSNPである。侵襲性歯周炎疾患群におけるSNP rs145616324のMAFが10.23%であるのに対し,対照群でのMAFは4.55%であり,p値は1.42 × 10-2,オッズ比は2.39,95%信頼区間は1.17~4.89であった31)。SMPD3に着目した理由としては,SMPD3ノックアウトマウスにおいて骨格形成が遅延していること32),骨形成不全症III型モデルマウスfro/froマウス33)において,SMPD3遺伝子が一部欠失していること34),さらにはfro/froマウスとI型コラーゲンをプロモーターとしたSMPD3のトランスジェニックマウスを交配させると,fro/froマウスの骨格異常の症状が改善したことが報告されており35),SMPD3の硬組織形成への関与が示唆されていることが挙げられる。さらに,fro/froマウスにおいて歯槽骨ならびに象牙質形成が抑制されていることが報告されており36,37),SMPD3が歯周組織の恒常性維持に関与していることが示唆されている。そこで我々は,歯根膜細胞の骨芽細胞への分化過程におけるSMPD3の効果を検討した。HPDLに野生型SMPD3もしくは,SNP rs145616324を含む変異型SMPD3を遺伝子導入し,nSMase活性と石灰化関連因子の発現量を検討した。その結果,野生型SMPD3を導入した細胞においてnSMase活性が上昇した。さらに,野生型SMPD3はALPase(アルカリホスファターゼ)ならびにI型コラーゲンといった石灰化関連遺伝子の発現量を上昇させた。一方で,変異型SMPD3を導入した細胞ではnSMase活性ならびに石灰化関連遺伝子の発現上昇を認めなかった(図5)。以上から,SNP rs145616324によりSMPD3のシグナル伝達が抑制されることにより,HPDLの骨芽細胞への分化が抑制されることが示唆された。このようなSMPD3の機能変調の結果,歯周組織の恒常性の維持が破綻しやすくなり,早期に侵襲性歯周炎が惹起されているものと考えられる。

図5

歯根膜細胞の骨芽細胞への分化に対するSMPD3ならびにrs145616324の効果

HPDLに野生型SMDP3もしくは変異型SMPD3を遺伝子導入した。

(A)2日間培養後,nSMase活性を解析した結果を示す。解析結果は4群の平均値±標準誤差で示した。:p<0.05

(B)石灰化誘導培地で3日間培養後,ALPaseならびに I型コラーゲンのmRNA発現をリアルタイムPCR法にて解析した結果を示す。解析結果は,4群の平均値±標準誤差で示した。:p<0.05

コントロール:Empty vector,野生型:野生型SMPD3,変異型:rs145616324を含む変異型SMPD3

まとめ

本研究において,我々はエクソームシークエンスを用いて,日本人侵襲性歯周炎患者のデータベース構築を行った。本データベースを用いてGWASを行った結果,GPR126のSNP rs536714306ならびにSMPD3のSNP rs145616324を日本人侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子として同定した。またin vitro細胞培養実験を行い,GPR126ならびにSMPD3がヒト歯根膜細胞の骨芽細胞への分化を促進することを明らかにした。さらに,上記SNPによりGPR126ならびにSMPD3の遺伝子の機能活性が低下した結果,歯根膜細胞の骨芽細胞への分化能は低下し,歯周組織の恒常性の破綻,ならびに侵襲性歯周炎の発症の一因となると考えられる。今後は,本研究によって得られたGPR126のSNP rs536714306ならびにSMPD3のSNP rs145616324を指標とした,これまでに例を見ない侵襲性歯周炎の早期診断へと繋げ,早期治療による侵襲性歯周炎の進行予防へと繋げたいと考えている。さらには,がん治療におけるプレシジョン・メディシンと同様に,ケミカルスクリーニングを行って分子標的薬を作製し,侵襲性歯周炎の治療へと応用したいと考えている。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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